第12話 狼と消臭剤
スピード型と呼ばれるモンスターに分類される狼。
スピード型はユキムラがこれまで使用してきた、カウンタークリティカル型と言われる構成には相性が悪い。
スピード型モンスターの攻撃には簡単に言えばカウンターが取れない小攻撃がある。
迂闊にカウンターを合わせると確定反撃を受けてしまう。
ユキムラのキャラ構成としては、その小攻撃さえ受けてしまえば非常に危ない。
ではどうするか、それがCrDクリティカルディフェンスだ。
カウンターを取るタイミングよりほんのすこし前のタイミングで攻撃に対して防御行動を取ると、どれだけ力に差があろうが貫通ダメージもなく完璧に防御が可能になる。
スピード型と戦うときは小攻撃をCrDで防ぎ大攻撃でカウンターを取らなければいけない。
あくまで、今の、ユキムラは、だが。
飛び込んでくる狼の爪がユキムラに迫る、ユキムラの頭のなかではVOでの戦闘シーンとして処理されている。
(ほいっと)
当たり前のようにCrDを決める。爪と剣がぶつかり合いキィンという高い音が鳴る。
他の狼も次から次へと飛びかかってくる。
突発的に戦闘に入ったため位置取りの修正は戦いながらだ。
踊るようなステップで次から次へと降り注ぐ攻撃を全てCrDで防ぐ。
キィンキィンと甲高い音が絶え間なく聞こえる。
ゲームとは違って爪と剣がぶつかり合い小さな火花が出ており、ユキムラは呑気に綺麗だなぁと思ったりしながらも、その鉄壁の防御は破られることはない。
レンからすれば目の前の光景を見ても、何が起きているかは分からないが、とりあえず師匠すげぇ! と思うのだった。
ある程度の熟練プレイヤーだとモンスター相手ならほぼCrDなら出来る。
問題はこの降り注ぐ攻撃に混ぜられた大攻撃にタイミングをずらしクリティカルを入れる。
この二つを混ぜるとそれを正確に実行できるプレイヤーはかなり限られる。
「ガァァァァ!」
ユキムラの首筋に狼が飛びかかる。
その直前に首筋に飛びかかる狼の逆から、別の狼によるひっかきを行う撹乱攻撃を混ぜられている。
狼は群れで行動するためこのようなパーティプレイのような連携をしてくることがある。
しかし、ユキムラには通用しない。
鼻歌でも歌うかのように涼しい顔で、本来死角となる方向からの大攻撃にCrクリティカルをあわせる。
ドサリ
狼の首が落ちる、頭部を失った身体はそのまま地面に激突し、魔石へと変化していく。
ユキムラにはゲーム画面と同じ俯瞰視点があるのだ。
狼側からしたら残念な話だが、死角方向からの攻撃は意味がない。
もちろん未熟なプレイヤーなら撹乱されることもあるが、ユキムラだ。
絶対の自信を持ってのコンビ攻撃、必殺の攻撃を、何事もないようにかわされ、あまりに見事に仲間を失った狼は狂騒状態となり、ユキムラに襲いかかる。
(あーあ)
冷静さを失った敵に憐れみというか失望のような感情をもつ。
折り重なるように突っ込んでくる狼の攻撃にCrをあわせていく。
ユキムラの持つスチールソードが振るわれるたびに、ドサリドサリと狼の遺体が地面に落ち魔石へと変わる。怪我一つ追わずにユキムラは全ての狼を魔石へと変える。
「すげぇすげぇ! 師匠はやっぱ凄い!」
「まだだ、まだ下がってろレン!」
駆け寄ってこようとするレンを止める、急いでソーカのところへ駆けつける。
ガキィン!
ソーカのいた木が大きくえぐられる、間一髪間に合った。
ゴロゴロとソーカを抱きしめたユキムラが転がる。
体勢を整えて抱えていたソーカを座らせる。
「じっとしていろ、動くなよ」
ユキムラの言葉を理解しているかわからないがすごい速さでコクコクと頷く。
地面に水たまりが広がっていくが、ユキムラは紳士にそれをスルーする。
傍らに自分のマントを外して置く。傍らには採取した花のエキス(特上)も置いてやる。
とても良い香りのする、匂い消しにもなる。
「それを使え」
その言葉で自分の状態を理解したソーカは顔を真赤にしてうつむいてしまう。
掛ける言葉も見つからないので飛び出した影へと向き直る。
そこにいたのは巨大な狼、先程の狼の集団のボスであろうジャイアントウルフだ。
「そ、そうかアイツがいたからこんなとこまで出てきたのか……
いくら師匠でもアイツは無理だよ……師匠……」
レンの顔色が不安に染められる。
このジャイアントウルフは過去たくさんの犠牲者を生み出した、森の黒き悪魔と呼ばれる森の浅いエリアのボス的なモンスターだ。
過去アイツにあって生きて帰ったのはレンの父ガッシュだけだ。
なおその時の怪我を定期的に街の医者に診てもらうために、今ガッシュは村を出ていたりする。
レンの紛らわしい表現にも困ったものだ。(第5話ファス村終盤のレンのセリフ参照)
サリーも、また街の医者に通うことになるんじゃないか? って不安に思ってしまったのだろう。
ホントはあのまま時間が来たらサリーは命を落としてしまうんだが……
遅効性の毒のせいで、それまでそれなりに歩いたりしていたためにそこまでとは思わなかった。
仕方ないことだ。
ジャイアントウルフの右目のまぶたは古傷のようになっていた。
以前ガッシュが傷をつけたあとだ。
目自体は残念ながら無事だ。
自分の群れを葬ったユキムラに激しい敵意と憎悪をむき出しにしている。
それでもこの長寿な狼は慎重に距離を取る。
ユキムラを侮ることはない、ガッシュの時に思い知らされたのだ。
いつものようにおもちゃを狩るように舐めてかかって初めての手傷を加えられてしまった。
目の傷がじくりと傷んだ。
同時にユキムラに向かい走り出す。
疾風のような素早さでユキムラの手前で急速にサイドステップする右、左、右、普通の人間ならまるで巨大な狼が何体にも分かれたような錯覚を覚えるかもしれない。
ユキムラは冷静に攻撃モーションを捉えようと観察している。
12Frくらいならいいけど、それ以上だと忙しいなぁ……
VOにおける1Frは1/60sec一秒間を60等分したものだ。
通信技術が発達してラグが発生しなくなりVOでもかなりマゾいフレーム単位の攻撃が実装された。
ユキムラは経験と鍛錬によって4Frくらいの攻撃にもCrを合わせるという変態技術を会得している。
狼の影がユキムラの身体を通り抜けた。
周りで見ている人間にはそうとしか映らない。
その一瞬でジャイアントウルフは、左右から爪による斬りつけを3回、噛バイトみつきを1度行っている。
そして、噛みつきにしっかりとカウンターを合わせられた。
バッ
鮮血が空に舞う、大きな傷が肩口に刻み込まれる。
過去の反省から身を捩ったことがジャイアントウルフを救った。
しかし、彼の幸運はここまでだった。
二度に渡る自分にとって狩る対象でしか無い人間ごときに傷を、しかも今回は重症を負わされた。
彼のプライドは傷つけられ、そして怒りから無謀な突撃を選択させる。
実力差がはっきりした時点で逃げていれば……。
彼よりも強いもののいない森で、井の中の蛙となっていたジャイアントウルフの最後だった。
ズーーーン
勢い良く頭部のなくなった身体が地面を滑り、大木に激突し鈍い音を立てる。
それがこの戦いの終わりのゴングがわりとなった。
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