第10話 レンの母
村の中央にくべられた火のゆらめきを受けて、サリーの魅力的な外観は面妖な魅力さえ発している。
他の若い衆はこの魅力に当てられ自分の限界以上の酒を飲んでしまい、その屍を晒している。
もちろんサリー本人に悪意はない、と思いたい。
レンはすでに家で、夢の中へと旅立っている。
すでに宴の会場には潰れた旦那を蹴っ飛ばしている女将や、昔の話に花を咲かせている老人衆、ガールズトークをしている集団など、場の盛り上がりは落ち着いてしっぽりとした雰囲気になっている。
ユキムラも散々いろんな人と杯を交わしていたが、来訪者の特殊能力により他の人間よりも【酔い】が状態異常として判断されているのか、泥酔には至らずに気持ちよく酔っているレベルまで回復している。
そして今、目の前にラスボスが座ってきた。
中身は50過ぎたおっさんではあっても、リアルな素人の女性経験など皆無。
1対1でこんなにきれいな女性と話すなんて不可能! 絶対的無謀! 直立不動! つけもの石!
……が、実際は驚くほど冷静な自分にユキムラ自身が驚いていた。
いくら現実と見紛うこの世界もやっぱりゲームなのかな?
ユキムラはその心理状態をそういうことにしておく事にした。
「ユキムラ様、今日は本当にありがとうございます。そして、お疲れ様でした」
柔らかそうな双丘がお礼をいう時に腕によって歪み、まぁ凄いことに。
ごくりと生唾がでてしまう、ごまかすように手に持つワインを飲み干す。
サリーはワインが満たされた器をユキムラがもつ杯に傾ける。
綺麗な琥珀色の液体が並々と注がれる。
ユキムラは自然とそのワインを注ぐ器を受け取りサリーの杯へと注ぎ返す。
軽く杯を合わせる。
「乾杯」
二人の喉を、周囲の熱気を冷ましてくれる液体が流れていく。
杯を傾けるサリーの姿は、艶っぽい。その一言に尽きる。
若い衆がメロメロになってしまうのも致し方ない。
ユキムラは設定的に16歳くらいだが中身は50過ぎ、そうでなければサルのようにがっついているだろう。
「ユキムラ様はお酒がお強いのですね、私は少し酔ってきてしまいました……」
炎の揺らめきに映されるサリーの少し上気した顔、そしてほのかに朱を指す肉体からだ、お酒のせいか、それとも火にあたり温かいせいか、うっすらと汗ばんだ肌。
ふわっと香る女性特有の魅惑的な香り、気がつけばさっきよりもサリーはユキムラとの距離を詰めてきている。
これを無自覚に行っているのだから、本当に恐ろしい。
「レンが……、息子があんなに嬉しそうにしている姿を久しぶりに見ました……」
ユキムラが一人で煩悩との最終決戦を挑んでいる時、サリーは美しい声で語り始める。
「ガッシュが村を出てからあの子は毎日寂しそうにしていました。
本当に父親が大好きな子だったので……
ガッシュがいるときはどこに行く時も後ろをついて回って、楽しそうにガッシュの周りを走り回っていました。
ユキムラ様はレンにとって父親以外で初めて尊敬できるお人なんでしょう、あの子にとって自慢の父、私にとっても最愛の旦那ですから……」
すっ、と目を落とす。
つらい過去を話させてしまったんだなとユキムラはいたたまれなくなった。
慣れている人間ならお辛いでしょうとでも言って肩を抱いて、後はわかるな?
という状態だが、素人童貞ユキムラくんにそんな甲斐性はない。
「辛い話をさせましたね、お悔やみを申し上げます」
「はい?」
「はい?」
素っ頓狂な声をあげるサリーにあわせて思わずユキムラもへんてこな声が出る。
「ガッシュは今でも元気にしてますよ? たぶん来週には帰ってきます。
ああ、愛しのガッシュ……早く逢いたい……」
自分の身体をだいてクネクネと身体をよじらせるサリー。
色んなとこが凄いことになっていたので心の録画設備に収めたが、ユキムラの中の温度は急速に冷めていった。
それと同時にユキムラは思った。
自分はこの女性に生涯気を許すことはしない。と。
オンナハコワイ……
そんなこんなで村総出のお祭り騒ぎは過ぎていった……
用意された床に横になるとあっという間に眠りの世界へと落ちていくユキムラでありました。
翌朝、ユキムラが村長の家の客間から顔を出すと村長の奥さんが朝食を用意してくれていた。
「あらあら、あんなに馬鹿騒ぎしていたのにユキムラ様はきちんとお目覚めになるのですね」
顔を洗いたいというと家の裏に井戸があるのでそれを使ってほしいと言われ外に出る。
「うっ……酒臭!!」
村全体から立ち上がる酒の臭い。
そして転がる人々、これは酷い……
どうやって登ったのか木の上から布団のように干されている人がいたり、木の幹に抱きついて器用に寝ている人がいたり、昨日の騒乱ぶりが伺える。
女性たちはそんなものがまるで存在していないかのように朝の家事に勤しんでいる。
女性は強い!
顔を洗いさっぱりしたユキムラはテーブルに付く、朝採れたての卵の目玉焼きとボア肉の塩漬けを焼いたものに、小麦粉を水と卵でこねて焼いたナンみたいなパン、塩漬け肉や細かく刻んだ野菜のスープ。
どれも優しく温かい味だ。
ユキムラがコンビニ弁当以外を食べたのはもう何年ぶりか、
「お口にあうといいのだけど……」
品の良い優しそうな笑みを浮かべ村長の奥さんはテーブルの向かいへ座る。
食卓に自分以外の人間がいるだけで少し雰囲気が変わるんだな、ユキムラはまた一つ大切なことを知った。
「とても、美味しいです」
普通の食事だが、本当に美味しい。
目頭が少し熱くなってしまった。
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