天才失格

ライリー

[読切]

 恥の多い人生を送ってきた。

 僕には本物の天才の気持ちはわからない。しかし天才と称し、また称せられることがある種の悪質な麻薬としての作用があること、それが心身を焼くようにつらいものであることはわかるつもりである。僕も今焼かれている。その精神を少しでも癒すために、今そのことを綴る。

 僕は所謂天才と呼ばれている。学業ではあらゆるテストにおいて3位より下の成績を取ったことがない。背は低いが運動神経もすこぶる良く、新しいスポーツに手を出しては直ぐに周りの人間達を追い越してしまう。中学から始めたサッカーでは1ヶ月でスタメン、初めての試合でハットトリックを達成。ユースのスカウトに声を掛けられたこともある。ここまで喋ると、「何でえ、自慢話かよ」と思われると思う。それこそが僕の切実な悩みの一つである。中学の頃までは才能を見せびらかして称賛され優越感に浸ることを趣味としていた生意気なガキだったため、皆に「よっ、天才!」と呼ばれる反面で「けっ、調子乗りやがって!」と陰口を叩かれるのがすっかり定着してしまった。そのため休み時間や放課後の遊び相手もしだいにいなくなった。いなくなってから優越感に浸る趣味が人間関係を悪くする原因であることに気づいた愚かさ。中高一貫なのが災いし今も友達0人である。一番気に食わなかったのは兄だったと思う。「お兄さんなんだから面倒みるんだよ」という魔法の言葉に強制され最も多く僕の悪趣味の餌食になったのは兄だった。当然兄弟仲は悪かった。兄が大学に行くために都会に引っ越してからは全く会う機会がない。その時点で自分の過ちに気付くべきだったが、短気だったので嫌味を言われると反省より怒りが先に来たので「印象を良くしよう」という考えがなかった。今その考えを実行しようとしても圧倒的手遅れだが、周りに白い目で見られても胸を張っていられる鋼のハートも持ち合わせておらず困っている。また、手を抜けばいいじゃないかと言うかもしれないが、それではすぐバレて「ちっ、あのやろ、俺たちで遊んでやがる」と思われて逆効果であると経験上感じていた。演技は得意なはずだがこの手のことに関しては全く能力がなかった。

 もう一つ悩みがある。本物の天才に勝てないことである。天才と言われているならミーハーに囃してくる奴らがいそうだがそうならないのはこれが原因である。数多の競技に手を出して大会などに出ていれば「こいつは他のヤツと違う」という者と出会うこともある。おもしれえ...しかしそういう相手には一向に勝てなかった。そこで「なにくそ、強くなってやる!」と思い練習に励むことが出来る者は強くなる。僕は逆に飽きてしまって大人達の叱咤激励もろくに聞かず意地でも二度とやらないと誓ったため強くならなかった。天才に感化されて努力したとしたら変われるんじゃないかと何度も思ったが負けた理由が単なる練習不足だとわかればむしろやる気がなくなった。僕にはエンジンのガソリンがいつも不足していた。僕に言わせればどの競技もある程度やり込むとどうしてもモチベーションが不足し面白くなくなるのが経験上の真理であったから、それに従ったまでなのだが、汗水たらして努力している者はそれを不真面目とし非常にむかついていたように感じた。周りから毛嫌いされては反発せずにはいられないが、孤立しては自分が酷くいやらしい生物のように感じられて頭がグラグラした。もっと言えば自分の持つ精神自体が人間とはおよそ異なるタチの悪いものなのではないかと恐怖した。優越感以外に好物があるだろうか。美しいとか、面白いとか、美味しいとか、人間なら当然感じるであろう幸福の感情が悉く欠落している。人間に不幸を押し付けることでしか幸福を感じて生き永らえることが出来ない生物なのではないか。だからこの状況は当然だ。才能があると言っても人間と調和出来ない自分は偽物の天才なのだ... その精神的苦痛を今日まで引き摺っている始末である。


 レスリング部に入ることにした。僕は元来から喧嘩は強い方では無かったし、体格も大きく無い。柔道は礼儀や何やらでケチをつけられて嫌だったが、ここなら自分は凡人でいられるかもしれない。

「なんだ、この程度か」

「ぶははっ、ボコボコにされてざまあねえな」

何、こんな言葉なら嬉しいくらいだ。なまじ周りの人間よりも優れた能力を発揮するから、調子乗りだと思われる。凡人以下の能力ながらも日々はあはあ特訓していれば、自分が悪癖を治したことを認められる。そうなんだろう?

 腕立て伏せ。プランク。べンチプレス。フットワーク。ツイストローリング。タックル。全て当たり前に出来た。感覚が効率の良い動きを知っていた。これではいけない。

そういえばここには本当の天才がいた。全国準優勝。だれがそいつかは一目でわかった。天才に手本を見せてもらってもむしろやる気が削がれると分かっていたがやることで陰口を叩かれる前に辞めれたら良いと思い、僕が声を掛けようとすると、その前に話しかけてきた。

「俺とスパーリングしよ」

「は?」

「大丈夫、ルール教えたる。ええから、準備せえ」

僕は慣れない仕草でリングに立ち、構えた。相手も構える。うわあ、なんて風格があるんだ。

「準備ええな?」

僕が頷くと、威勢のいい声が横から聞こえ、直後、相手が突っ込んできた。宙に浮いたような感覚。次の瞬間には弾性のある床に叩きつけられ、うつ伏せになっていた。

「あっはっは、どうだった?」

「ええやん、よし、俺が鍛えたろ」

「わっはっは、何がええやんだよ」

なんだこのめちゃくちゃな感じ。確かなのは今までに無い負け方をしたことだ。なんで負けたかすらわからないのは初めてだ。腑に落ちない。

「もう一度!」

「よし、ええで!」

そうか。これだったんだな、凡人てのは。

久々に僕のエンジンにガソリンが充填された気がした。



 天才失格。

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天才失格 ライリー @RR_Spade2

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