第308話 『神の器』オメガ

 マーキナスたちと別れ、アーキスたちは魔竜の背に乗って一気に戦場を駆け抜けた。

 飛来する魔導歩兵オートマタたちの相手は背後で、魔王候補生や他の勇者候補生、ファーラス騎士団や傭兵団たちが相手にしてくれている。

 戦場を舞う砂埃を突き抜け、戦いの音が遠ざかれば――目の前に迫るのは巨大な足音と地響きを繰り返して前進し続ける巨神、『神の器』オメガだ。


 数十メートル離れた位置へ着陸したというのに、どすんと巨大な侵攻音が耳を貫き、踏み潰され固められた足元に自然と目が向いてしまう。

 アーキス、メルトシス、マリネッタ、メイルムは魔竜の背から飛び降りて、ファーラス王国へ迫りつつあるオメガを見上げた。

 それぞれが脳裏に思い出したのは、数刻前――最前線で起こった壊滅の記憶だ。

 あのような力がこの距離で再び発揮されてしまえば――ファーラス王国も、そこに暮らす人々も、守るために戦ってくれている戦場の人々も、無事では済まない。


「ここにいる四人で、食い止めるぞ」


 一歩前に出たメルトシスの力強い言葉に、それぞれが頷く。

 王子として、その国の未来を両肩に背負っている――そういった覚悟が現れる背中を見つめて、アーキスも眼差しを結ぶ。


 メイルムは再び魔竜の背中にまたがると、魔竜は何か確認するように頷いてから空へと羽ばたいた。

 周囲を見渡すと、先ほどまでとは違うことにアーキスたちも気づく。不思議なことに、オメガの周囲に魔導歩兵オートマタたちの姿が見えないのだ。


「大丈夫!」と空からメイルムが張るように声を上げた。


「さっきみたいに、護衛に回っている魔導歩兵オートマタがいないみたい!」


 そんな彼女の声に、真っすぐ前を見据えていたメルトシスとマリネッタがこたえる。


「なら、好都合」

魔導歩兵オートマタだって、無限に湧き出てくるってわけじゃないでしょう」


 人々が守り抜くために戦い続けた結果だ。

 アーキスはグッと眼前で拳を握ると、気合を込めるように声を上げた。


「だとしても、あいつを止めなければ、明日は来ない」


 どすん、と響く足音に、巨神の影がまた一歩ファーラス王国へと近づいている。

 そんなオメガを前に、再び着地した魔竜の背からメイルムが飛び降りて、四人は顔を合わせて頷き合った。


「勇者候補生として、か」


 どこか力を抜いたように空を見上げたメルトシスに、メイルムは緊張した面持ちで「うん」と頷いた。


「選ばれた者として、だよ」


 そんなメイルムには、マリネッタが「はぁ」と息を吐いてからこたえる。


「まさか……その資格を背負って、こうしてこんなところまで来るなんてね」


 肩を竦めたマリネッタを見て、メルトシスはからかうように口を開いた。


「なんだ、マリネッタ、怖気づいたのか?」

「そんなわけ、ないでしょう」


 マリネッタはそうこたえたが、彼女が杖を握る手は震えている。

 アーキスも、腰に添えた手が震えていることに気づく。

 メイルムも背負った杖を掴もうとして空を掴んでいて、そんな風に言っていたメルトシスの足も震えていた。

「へへっ」と笑うメルトシスに、それぞれは顔を合わせて――目の当たりにした力を前に、想いは一つだ。


「ううん、怖いよね、みんな」


 メイルムがそう言いながら笑えば、アーキスはグッと拳を握りなおしてこたえた。


「あぁ……だけど、俺達には託されたモノがある。背負ったモノがある」

「えぇ、そうね、怖い。だけど、紡いでくれた想いがあるから。そんな人たちがいるから」


 マリネッタが、誰かのことを指してそう続ける。

 それぞれがそれぞれに、誰のことを指しているのかはぼんやりと思い描くことができる。

 だけど――やはりどうしてだが、その名まで思い出すことができなくて。


「あぁ、俺たちの中には、忘れられない、たしかな何かが残ってる」


 メルトシスも拳を握ってこたえてくれた。

 アーキスも「あぁ」と頷いてこたえる。


「それを教えてくれたのは、『彼と彼女』だ」


 メイルムが「うん」と大きく頷いた。


「『彼ら』だって戦ってくれている。だから、わたしたちだって」


 覚悟を示すにはもう十分だ。

 それぞれ前を向きなおして、迫るオメガのことを見上げた。

 魔竜は優しくそんな四人のことを見守ってくれていて――そんな四人の背後に、人影が近づいた。


「俺にも、共に戦わせてくれ」


 男の声に振り替える四人の前に、そこには三人の勇者候補生が立っていた。

 くすんだ銀髪、全身を黒い鎧で覆っていて、のぞく整った顔立ちの半分は包帯に覆われて隠されていた。鋭い金色の眼光に、首元に巻かれた黒いマフラーが風に靡く。

 そんな彼を中心に、二人の勇者候補生が彼を支えるように並び立っている。背中に大きな斧を背負った小柄な青年に、すらっとしたいで立ちに腰に剣を構えた長い赤髪の女性。

 その勇者候補生たちの名は、アーキスも知っている。

 バンドルにエノル、そして彼は――。


「シドゥ・ラースア・レンムドル……きみは、死んだはずじゃ」


 アーキスがこたえれば、シドゥは首を横に振った。


「俺には果たすべき責任がある。そのために地獄から戻ってきた。想いは、ここで燃やす」


 腰に差した大振りの黒い剣を抜いて、シドゥは真っすぐオメガを見上げていた。

 エノルとバンドルは何か言いたそうに目を合わせていたが、そんな彼に寄り添うように、アーキスたちへと真っすぐな眼差しを向けてくる。


「俺にそれを教えてくれたあいつに、ここでそれを示したい」


 シドゥはきっさきをオメガへと向けてそう言った。

 冷たく彼の周りを漂う青白い冷気の中に、白き炎が灯って、熱い想いが前を向いている。

 アーキスは、真っすぐと向き合うとそれにこたえた。


「……わかった。背負うものは、みな一緒だ」


 シドゥも真っすぐと頷いてくれて、一堂に揃った勇者候補生は並び、真っすぐとオメガへと向かい合った。

 どすんともう一歩近づいたオメガに、マリネッタは耳元に当てている端末に手を当てて「えぇ」と何やらこたえている。

 一行は緊張感を伴う面持ちで、マリネッタが聞いているのだろう連絡を待つ。

 すると、マリネッタは「えぇ?」と驚いたように大声を上げた。


「どうした?」と聞いたアーキスに、メルトシスも「なんだって?」とマリネッタの顔をうかがう。

 マリネッタが耳にはめているのは、マーキナスが開発したという連絡端末。別れの間際一つだけ預かった、一定範囲内であれば彼女の声を拾えるという魔導機械だ。

「リィナーサさんからなの?」とメイルムが聞いたところで、驚きに目を見開いたままであったマリネッタも「え、えぇ」と頷いて、言葉を続けた。


「リィナーサさんから、追加の指示が来たわ」


 ごくりと緊張を呑み込む一向に、シドゥも冷たく腕を組んだまま話を待つように耳を傾けている。

 マリネッタが、リィナーサの声を代弁してくれた。


――『チャンスは、一度よ。コアが剥き出しとなっているオメガに、こちらも一点に集中させたありったけの魔素マナを照射する。そのために、あなたたちには数分でいい、オメガの足を止めて、完全に動かないようにしてほしい』


 まず、返事をしたのはメルトシスだ。


「無茶を言ってくれるぜ。あの、大きさのものを……」


 振り返るメルトシスに、アーキスは「あぁ」と頷いた。


「焦点を合わせるために、動きを止めろってことか」


 マリネッタとメイルムも顔を合わせている。


「チャンスは、一度」

「その一度を、わたしたちでつくらなきゃ」


 シドゥは無言のままに、しかし、何かを考えるようにもう一歩近づいたオメガを見上げていた。

 オメガの進行速度も、最前線で目撃したときよりも早くなっている。この様子では、勇者協会の読んでいた時刻を上回る速度で、ファーラス王国へ近づくだろう。

 オメガがいよいよ、勇者候補生たちの目の前に迫っていた。

 そう悩んでいる暇も、考えている暇も、猶予はない。

 ゆっくりと足を止めるオメガに、勇者候補生たちがその顔を見上げれば――瞳のような赤い光が、ぐるりと一周回り、そうして並んでいたアーキスたちへと狙いを絞るように向けられた。


「あいつ、今まで歩くだけで、見向きもしなかったのに」


 メルトシスの言葉には、マリネッタが頷く。


「どうやら、学習したみたい。ただの、魔導歩兵オートマタってわけでもないようね、やっぱり」


 メイルムも「うん」と両手で杖を握り締めながら、オメガと向き合い見上げた。


「わたしたちを、敵だと見なしてる」


 オメガはゆっくりと巨大な腕を振り上げる。

 その狙いをアーキスたちに定めたように、ゆっくりとした動作で、しかし確実に叩き潰すように振り下ろした。


「来るぞ! みんな!」


 アーキスの声に、それぞれは一歩を踏み出していた。


「えぇ!」と返事をしたマリネッタは、飛び退きながら魔法の詠唱をはじめていて――「おう!」と声を上げたメルトシスは、アーキスと共に前へと踏み出す。

「はい!」とこたえたメイルムは、すかさず魔竜の背に飛び乗って、魔竜はそんなそれぞれの想いにこたえるように空へと羽ばたいた。


「言われなくても!」


 既に抜いた剣に、全身から冷気を放ってシドゥも飛び出した。

 そんな彼の横には、エノルとバンドル、二人の勇者候補生もついていてくれる。


 叩きつけられる剛腕に、響く地鳴り。

 だが、そうして上体を下ろしてくれたなら好都合――。


 アーキスとメルトシスは、叩き下ろされたオメガの腕を避けてからそのオメガの腕へ飛び移る。

 そうして一気に駆け上り、その眼前へと迫った。

 引き絞られた瞳のような赤い光に、第一位と第二位、二人の勇者候補生の覚悟の灯った瞳が交差する――。


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