第307話 人魔戦線、勇者候補生と魔王候補生

 人々の間から上がる声、魔導歩兵オートマタたちが発する不気味な駆動音と鋭い鉄の音。漂うのは魔導歩兵オートマタから零れたオイルの匂いと、乾いた血の匂い。

 砂埃が舞い、かつてあった平和そのものといったのどかな光景は、ファーラス大平原からは消え去ってしまっている。


 戦場を駆けるアーキスは、迫る魔導歩兵オートマタに向かって手にする刃を振り抜いた。

 ひと太刀――風を切り、紙のように軽く振るわれる黒き刀。しかし、その剣閃は鋭く魔導歩兵オートマタのコアを的確に斬り裂く。

 マントを靡かせて着地するアーキスは、続けざまに近づき得物を振り上げた魔導歩兵オートマタへと飛びかかる。

 もうひと太刀、魔導歩兵オートマタを斬り裂いて――刀が手に馴染んでくるような感覚をしっかりと握り締めた。

 七元刀剣しちげんとうけん、黒大蛇。断空の剣閃と呼ばれた魔族が扱っていた伝説の刀は、影を断つ刃。

 しかし、その力の重みをアーキスは感じ続けている。

 魔素マナを込めるように振るうと、全身の力を刀に吸い取られてしまうような、まるで刀が呼吸をしているかのような感覚があるのだ。

 今まで振るっていた剣は、まるでアーキスの想いに合わせてくれるかのように軽かった。そんな感覚を思い出しながら、アーキスは黒き刃を見つめて「へっ」と笑みを零す。


 最前線から撤退してきて、そのまま戦線に参加したアーキスの格好は、もうボロボロだった。

 傷つく軽鎧ライトアーマーに欠けるガントレット。靡くマントはところどころ切り裂かれ、頬には一筋、血が流れる。

 だが、そんな痛みなど感じる暇もなく、アーキスは高揚する想いに興奮が隠せない。

 振るえば振るうほどに、刀が認めてくれるかのように想いが通じ合う。

 一歩一歩と手にしている刃に近づいているような、たしかな感覚が楽しいのだ。


 飛来してきた魔導歩兵オートマタに、周囲の兵士たちも応戦している。再び不気味な駆動音を上げて着地した魔導歩兵オートマタへ、兵たちの間をすり抜けるように駆け、アーキスは黒き刃を振るう。下から上へ貫く一閃、魔導歩兵オートマタたちが手にしている武器もろとも、そのコアを斬り裂く。

 周りの兵たちから「助かった」などと声が上がる中、近づいてくる気配に、アーキスは振り返った。


「あなたは、また無茶をしているんじゃないでしょうね」


 青い髪に揺れる透明感がある水のような水色のローブがはためいて――漂う水を身に纏いながら地面を滑るように飛んできたのは、水聖と呼ばれた勇者候補生。

 やれやれと首を横に振るマリネッタに、アーキスは「大丈夫」と笑って返す。


「無茶なんてしていない。やっと、こいつと呼吸が合ってきたところだ」


 息は上がっているけれど、そんなことを気にしている暇もないのだ。

 手にしている黒き刃を掲げれば、マリネッタは「はぁ」と呆れたように息を吐いた。


「それが、やっぱりあなたの本性なのね、戦闘狂の剣狂い」


 言い方は酷いものだ、とアーキスは笑う。

 だが、その脳裏では――かつて戦った第一刃との戦いが思い起こされた。


「たしかに、な。俺は、こうして自由に戦える場所を探していたのかもしれない」


 彼も――そうだったのだろうか。

 手にしていた剣の制約から解き放たれて、アーキスは今、ようやく自分自身と向き合えた気さえしていたことに気が付いた。

 そのように二人が会話をしている間にも、飛来してくる魔導歩兵オートマタたちが足を止めてくれることはない。

 二人の目の前にそれぞれ着地した魔導歩兵オートマタへ、アーキスは黒き刃を、マリネッタは水を刃のように模して杖に纏わせて、それぞれに弾いて、断つ。

 背中合わせに着地しなおして、マリネッタは「ふっ」と息を吐いた。


「それはいいけどね、一つ、オメガを止められるかもしれない策があるの」


 もう一体、飛来した魔導歩兵オートマタへ、マリネッタは杖を振りかぶりながら声を上げる。


「だろうな。今度こそ、か」


 マリネッタがこうして再び前線まで駆けてきたことに、アーキスは悟ってもいた。


「今度こそよ。そのために、今リィナーサさんや、ウィンダンハさんが動いてくれてる」


 こたえたマリネッタの背に、魔導歩兵オートマタが迫った。鋭い銀色の刃を振りかぶり、しかし、マリネッタは振り返ろうともしない。

 すかさず飛び込むアーキスが、彼女の背中を守るように間に入り込み、刃を振り抜く。黒き一閃に、得物もろとも魔導歩兵オートマタは斬り裂かれ崩れ倒れた。


「ならば俺たちがしなきゃならないこともあるってことだ」

「えぇ、そういうことよ」


 再び背中合わせに着地する二人に、周囲には魔導歩兵オートマタたちが集まりはじめている。

 ざざっと土を踏み締めると、マリネッタは手にした杖を勢いよく地面についた。

 周囲へ浮かび上がるように、青い光を放つ魔素マナが広がって幾何学模様を描き出す。だがそんな中へ、メルトシスとメイルムも遅れるようにして飛び込んできた。


「俺たちの分も、残してくれよな」


 既に抜いている剣を振り抜くメルトシスに、メイルムも手にした杖を振るって周囲に光を振りまいた。


「わたしだって、力になれるから」


 周囲へ飛び散ったメイルムの放つ光が、アーキスや周囲の兵士たちにまで降り注ぐ。

 自然と身体が温かくなるように、全身の傷までもが癒えていくような光の魔法だ。

 空から巨影が近づいた。どすんと地響きを上げて着地したのは、白き白銀の翼を広げる魔竜。勢いよく羽ばたかせた翼と振り回した長く太い尻尾で、周囲の魔導歩兵オートマタたちを薙ぎ飛ばした。

 アーキスが魔導歩兵オートマタの一体を斬り裂けば、その背後ではメルトシスも一体を斬り倒す。

 マリネッタが唱えた水流の魔法で迫る魔導歩兵オートマタたちを一掃すれば、メイルムが避けた兵士たちの治療に回った。

 勇者候補生たちは戦場の中を舞う。

 背中合わせに四人が並べば、マリネッタが口を開いた。


「もう一度、オメガに近づく必要があるわ」


 それにはメルトシスがこたえる。


「にしても、この戦場を抜けるったって、数が多すぎるぜ」


 一体一体こうして倒していても埒が明かないだろう。

 アーキスも「そうだな」と頷いたところで、四人の元へ駆けてくる者の声が響いた。


「その心配は、無用よ」


 黒い鎧に素早い動きで薙刀を振り回す。頭の後ろで結った長い黒髪が揺れるように戦場へ舞って、傭兵団の団長ディムルは、魔導歩兵オートマタを一体斬り裂いた。

 着地するディムルに、飛びかかる二体目の魔導歩兵オートマタ。しかし、そちらには遅れて飛び込んでくる傭兵団の参謀カシアスが、対処するように手にした長棒を振り回して弾き飛ばす。


「ディムルさん、平気なんですか」


 メイルムが心配したように声をかけるが、ディムルはにこりと笑って首を横へ振った。

 

「平気平気、あいつに繋いでもらった命、その分もあたしが背負ってやらなきゃならないから」


 彼女も彼女なりに、傷を負っている。

 最終防衛線の本陣まで戻るなり、治療を受けていたはずだったが――カシアスが呆れたように息を吐いているところを見る限り、黙っていられなくなったのだろう。


「だからね、この戦場は、あたしたちが請け負うよ」


 ディムルの後ろからは傭兵たちが、周囲の兵を助けるように集まって魔導歩兵オートマタに応戦していた。

 しかし、その兵たちの数よりも遥かに多い魔導歩兵オートマタたちが、未だ飛来し、四人の行く手に立ち塞がるように並び立つ。

 がしゃんと不気味な駆動音を上げて、手にする二本の得物を振り上げて、兵たちも応戦してくれはするものの、戦場を抜けられそうにもない。砂や土が入り混じる粉塵が上がって先は見通せないが、この数を倒しながら進むには骨が折れることになるだろう。


「数が、多いわね……」


 マリネッタは奥歯を噛み締めるように先を見据えている。

 アーキスも「あぁ」と手にした刀に力を込めて構えなおす。

 オメガに近づくにしても――こいつらをどうにかしなければ、本陣が持たないだろう。

 だが、一行がそう考えたところで、もう一つの声が響いた。


「待たせたね、勇者候補生。助っ人を、連れてきたよ」


 空より声が聞こえたかと思えば、空間がぐにゃりと歪む。そこからぺらりと姿を現したのは子供と見間違うような背丈をした魔族の子だった。


「マーキナス?」


 と、アーキスが首を傾げたところで、どすん、どすん、と周囲から物音が上がり、ぞわっとするような増大した大きな気配が背筋を駆けた。

 周囲の戦況が、大きく変わったような――感じたこともないような大きな気配だった。

 四人は顔を見合わせるように周りへ目を向けて、ディムルたちも驚いたように周囲を見渡している。


 魔導歩兵オートマタの一体が、周囲の兵の一人へ斬りかかる。

 とっさに剣を振るうも弾かれた兵に、その背中を支えるように間に飛び込んだのは――頭に角が生えた魔族だった。拳に纏った魔素マナを振り抜いて、魔導歩兵オートマタを薙ぎ倒す。

 見れば周囲では、尾を持つ魔族が、腕を複数持つ魔族が、巨大な身体をした魔族も、人々を助けるように魔導歩兵オートマタたちへ立ち向かっている。

 兵たちにも驚きが広がっていたが、彼ら彼女らが、魔導歩兵オートマタたちと戦っている背を見て悟るところがあったのだろう。自分たちに危害を加えるためではなく加勢してくれたのだ、と意識を一つにして、共に魔導歩兵オートマタたちとの戦闘を再開する。


「一体、これは……」


 戦場のあちこちで感じられるそういった気配に、士気が上がっていく様子すらアーキスにも伝わってきた。

 魔族たちが、加勢してくれているのだ。


「援軍の到着さ」


 着地したマーキナスはにやりと笑った。

 驚いて手と足が止まったアーキスたちの元に、魔導歩兵オートマタが飛びかかってくる。

 一瞬対応に遅れる一行だったが、しかし、飛び込んできた巨大な影がそれらを一掃するように、腕で薙ぎ払った。


「こちらは、任せて!」


 響いた女性の声に、アーキスは思わず声の方向を見上げた。

 巨大な影に見えたのは、高速で突っ込んできた巨人の魔族。

 つぶらな眼に浅黒い肌、腰蓑だけを身に着けた姿で、その肩の上には長い金髪を振り乱した女性が乗っていた。

 ちらりと顔を向ければ、彼女は三つの瞳でアーキスたちのことを見下ろしている。


「ウルボ?」


 メルトシスは巨人の魔族を見上げながら、その名らしきものを呼んだ。

 ウルボと呼ばれた巨人の魔族は、にこりと笑みを見せると「ウルボ、やる!」と元気にこたえ腕を振り上げた。


「メルトシス、知ってるのか?」


 アーキスが聞けば、メルトシスは「あ、あぁ」と戸惑ったようにしたまま頷く。


「話しただろ、魔界で、俺たちと一緒に戦ってくれた巨人の魔族だ」

「人間、友達、守る! 勇者候補生、仲間。ウルボたち、力、貸す!」


 振り上げた腕で飛び来る魔導歩兵オートマタを叩き落として、ウルボは声を上げる。

 彼がそう言った通り、魔族たちが加勢してくれているおかげで、戦況は一変した。

 ウルボの肩の上に乗っていた金髪の女性は、アーキスたちの元へと飛び降りてくる。


「あなたは……」


 アーキスが聞けば、彼女は柔らかい笑みを浮かべていて。

 しかし、その額に縦に開いた瞳に見つめられて、アーキスは緊張を覚えた。


「わたしは、セレナ・ルス、心眼の魔王候補生。あぁ、自己紹介は大丈夫よ、アーキスくん。わたしには、全て見えているから」


 金色の三つの瞳がうるりと輝く。


「魔王、候補生……?」


 メイルムは未だ戸惑いが隠せないといったように、周囲で戦っている魔族たちのことを見やる。

 セレナはマーキナスと顔を合わせると、頷き合ってからこたえてくれた。


「そう、わたしたちは、魔王候補生。ここは、人類の最終防衛戦線でしょう? そこには、わたしたちの想いだって詰まってる」


 補足するようにマーキナスが口を開いた。


「そういうこと。ルマリアに頼まれたんだ。みんなを、戦場へ導けってさ」


 人手が足らないことを見込んでいたからこそ、なのだろう。

 にしても魔族がこうして加勢することで混乱も生まれるかと思われたのだが――しかしみんな、戦場の空気に呑まれたように、既に手を取り合って魔導歩兵オートマタたちへ立ち向かっていた。

 勢いが戻ってきたように、ファーラス騎士団、ディムル傭兵団の者たちの表情も明るい。加勢してくれた魔王候補生たちは否応なしにその力を発揮して、魔導歩兵オートマタの侵攻を食い止める。

 否、食い止めるどころか、数で押されていた戦況を押し返す勢いだ。


「わたしたちには、わたしたちをここまで導いてくれた『魔王』の意志が残ってる。想い、紡いでくれた、彼女の希望が! だから、ここからは、わたしたちも手を貸します!」


 力強く宣言したセレナの言葉に、アーキスは心を打たれたように返事をすることができなかった。


――人も魔族も、勇者候補生も魔王候補生も、関係がない。

 ここは、人類の最終防衛戦線、人と魔族の――人魔戦線。


 ディムルが「頼もしいや」と笑って、気を取り直したように薙刀を振り回して魔導歩兵オートマタを斬り裂いた。

 それをきょとんと見ていたウルボは、にこりと笑うと飛び上がって勢いよく着地し魔導歩兵オートマタたちを踏み潰す。

 そんなウルボを見て、ディムルも負けてられないと言ったように楽しげに笑うと、次の魔導歩兵オートマタに向かって駆け出した。

 アーキスたち勇者候補生も、そんな風に周囲で戦ってくれている人と魔族の顔を見やって頷き合って――。

 そうしたところで、マーキナスが「もう一つ伝言だ」と言葉を続けた。


「リィナーサから。『タイミングを合わせる。オメガが近づいた後、対抗策を実施する。だから、足止めは頼む』ってさ」


 四人はそれぞれに頷いて、その間にもみんなが戦場を切り開くように、勇者候補生のための道を作ってくれた。


 戦況は変わった。人と魔族が紡いだ想いによって、世界は変わりつつある。

 アーキスは、それぞれのことを導くように先へ立ってくれていた二人の姿を、ぼんやりとだが思い出すことができた。

 それが――誰だったのか。

 名前を思い出すことはできなかったけれど、『人と魔族』、いつも手を取り合っていた二人の姿を思い浮かべて――。

 そんな彼らの希望にこたえるべく、アーキスたちは戦場を駆け抜けた。


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