第299話 幕間 最前線~傭兵団と勇者候補生~
空は赤く染まり――世界は変わりゆく。
朝も夜もなくなった世界に、アーキスは一人、憂いた想いを空へと投げかけた。
「これが……人類の最前線」
ファーラス平原最北部に構えられるは、地の魔法で創造された巨大な灰色の壁だ。
魔物の行く手を阻み、地を進む
空を飛ぶ
物見台になっている砦の最上部へと上ったアーキスは、そこから見下ろした平原の先の光景に息を呑んだ。
遠くに見えるゆっくりと近づいてくる巨大な影、無機質な魔導機械――。
あれが、『神の器』オメガだろう。報告には聞いていたし、ファーラス王国へ近づきつつあることも知っていた。
進行方向に村があることも、アーキスは知っている。だが、ちょうど目の前で――その村が、巨大な足によって踏み潰され崩れていくのを目の当たりにしてしまった。
住民の避難は既に、先陣を切ってくれた傭兵団とファーラス王国騎士団のおかげで果たされてはいるが、胸をぎゅっと締め付けた想いに、「くっ」と目をそらす。
しかし、目をそらしてばかりはいられないのだろう。
巨大な影より逃げ惑うように、魔物は瞳を赤く光らせて砦へ近づいている。それと同時に、人も魔物も区別せず手にした得物を振り回すのは、機械を組み合わせたような身体を持ち、
今もなお、亡都の方角より現れ続ける
いくらこうして砦を構えていたところで、予断は許さない。ここもいつまで持つかは、わからない。
人々は最前線として構えられている砦を守るように、魔物と
空を駆ける魔竜に、その背中ではマリネッタとメイルムが地上を見渡すようにし、杖を構えながら旋回していた。
アーキスはそんな二人と目を合わせると、頷き示し合わせるようにしてから、物見台に備え付けられている梯子を駆け下りた。
梯子の下ではメルトシスとディートルヒ、それに傭兵団の団長ディムル・オンズバーンが顔を合わせて話をしている最中だ。
アーキスたちは、ファーラス王国に一番近い位置で防衛線――通称、最終防衛戦線を張るリィナーサたちの指示を受けて、こうして最前線までやってきた。
そこを守ってくれているのは、ディムルの一声で世界各地より集まった大傭兵団。ラーデスア帝国の一件でも手を貸してくれた彼ら彼女らは、そのままファーラス王国防衛戦線にも参加してくれたらしい。
ディムルの右腕である実質の傭兵隊の頭である眼鏡をかけた僧服の男、カシアスは、参謀として何やら作戦を提示していた。
それを受けてディートルヒとディムルが話を詰めて――その間にも兵たちの戦いは続いている。
腕を振り回すスキンヘッドの大男、傭兵団の副団長であるヴァルアードは、血が滲む拳を拭いながら、戦場から戻ってきたところだ。
ちょうど同じタイミングで魔竜が砦に着陸し、その背中よりはマリネッタとメイルムが飛び降りる。疲弊したような顔を見せていたヴァルアードではあったが、メイルムが頭を下げれば、『聖女』との再会を喜ぶように笑い声をあげて、拳を握る。
アーキスたちと一緒に駆け付けた勇者候補生の一団が、傭兵隊に力を貸しに戦場へ走っていくのを見送って、ディムルの元に集まったアーキスたちは頷き合わせて作戦の最終段階の確認をしはじめた。
守っているばかりでは、この戦況は変えられない。いずれ近づくオメガによって、この砦も踏み潰されるだけ――来る未来は、誰もが予測するものと一致する。
そこで、
繰り返される防衛線の中で、ディムルたちは一度チャンスを作りオメガの足元まで近づいたのだという。
オメガも、『神の器』などと大層な名で呼ばれてはいるが、
「だけど、近づいてもあの大きさでは……」
苦言を呈したマリネッタに、ディムルは「勝機はある」と頷いた。それに続けて、カシアスが話をしてくれた。
『神の器』オメガの巨大なコアは、胸部に剥き出しの状態で、これ見よがしに設置されているらしい。
あれだけ大きな身体を動かすともなれば、それ相応の力がいるのだろう。周囲の
しかし、剥き出しのコアと言えど、その巨大なコアを破壊するとなると、難しい話となる。
一度近づきはしたディムルたちであったが、コアを守るバリアを破壊することができなかったそうだ。
ディムルたちの推察では、オメガは二種類のバリアを作り出してコアを守っているらしい。
一番外側、一層目には
「あたしたちが近づいたときは、二層目までしか破壊できなかった――」と、ディムルはそう語ってくれた。
それも、バリアを破ったところでものの数分でバリアは再展開されてしまうとのことだ。
コアを守るそのバリアを破壊しなければ、オメガ自体に傷をつけることもできない状況。オメガを止めるというのならば、三重のバリアを一気に突破して、コアそのものを破壊するしかない。
アーキスたち駆け付けた勇者候補生に求められている働きも、それぞれに理解した。
「それを、打ち破るぞ」
メルトシスが力強く語った言葉に、アーキスとマリネッタも、メイルムも頷いた。
作戦は単純だ。傭兵団と騎士団、それに集まった勇者候補生たちが道を切り開く。
その間に、魔竜の背に乗ったアーキスたちがオメガの足元まで近づいて、コアとそれを守るバリアに攻撃を開始する。
一層目の攻撃に、ディムル、ヴァルアード、ディートルヒが。二層目の攻撃には、マリネッタ、カシアスが魔法で応戦する。そして、三層目、最後のバリアをアーキスとメルトシスが。メイルムは上空、魔竜の背より、それぞれのことを支援する。
バリアを破壊したのち、一斉攻撃にてコアを破壊する――そこまでが、立てられた作戦だった。
目標が決まれば、善は急げ――最前線も、もう長くはもたないだろう。
そうしている間にも傷ついた兵たちが運び込まれていて、砦に控えていた勇者協会職員である治癒師たちも大忙しで動き回っていた。
アーキスたちは覚悟を胸に、砦を飛び出し戦場へと出向く。
◇◇◇
赤い空から落ちてくる不安に、戦場は血の匂いで充満している。
崩れるように機械片をばらまいて倒れた
どす黒い血を流しながら倒れる魔物たち、事が切れてしまったファーラス騎士団の若い兵の姿もあった。
涙ながらに後退する部隊が彼の亡骸を運び上げ、アーキスたちはそんな彼らとすれ違うように、戦場へと駆け出した。
一番悔しそうな顔をしていたのは、メルトシスだ。
「行くぞ、俺たちで……終わらせる」
悔しさを呑み込むように前を向きなおした彼の言葉に、重く口を閉じていた一行も、ただ前を見据えて走り続ける。
「ここは、任せろ!」と、横から飛び出してきた魔物にはファーラス騎士団の部隊が飛び込んできてくれた。
「団長たちは、あいつを!」と、迫る大きな影のほうを見つめて、傭兵の一団が
しかし、それでも手は足りない。迫る二体の
肉を断たれ血を流すヴァルアードに、すかさず治癒魔法を唱えるカシアス。
空を駆ける魔竜の背より、メイルムが号令を送ってくれた。
「もうすぐ!」
そう叫んで、翼を羽ばたいた魔竜が一行の先頭へ躍り出る。
戦場に溢れた剣と刃がぶつかり弾ける音に、魔物の雄叫び。
アーキスたちの進む道を切り開くように、騎士団や傭兵たちが力を貸してくれている。
戦場を抜ければ、平原のその先には巨大な影が近づいていた。
迫った
持っていた剣を
――
かつて地上に出た魔族の女王、そんな彼女の無念を晴らすかのように刀を振るっていた彼。そんな彼女らの想いすら――刃には乗っていて、力を貸してくれているようだ。
「頼む、黒大蛇!」
アーキスがそう言いながらもう一撃、刀を振るえば、刃は煌めいて、迫る
そうしてそれぞれが戦場を抜けたところで――目前には、巨大な影が迫っている。
――どすん!
地を揺らし響く巨大な一歩。見上げれば、遠くから見た時よりも巨大なその機械の身体に圧倒されてしまう。
不気味な赤い光を放つ眼に、黒白の光を放つ剥き出しとなっている胸部の水晶――それが、コアだろう。
四本指の手に巨大な腕をぶら下げて、他の
しかしその一歩が、それ以上の武器なのだろう。
オメガの進んできた道には、踏み締められた足跡が残っている。巨大な侵攻を許してしまえば、ファーラス王国と言えど、ひとたまりもなく、成す術もなくただ潰される。
冷や汗を流したアーキスに、しかし、ディムルとヴァルアードはにやりと笑って飛び出した。
作戦の、第一手。
そんな二人に続いて、黄金の鎧に黄金の剣を抜いたディートルヒが地面を蹴って飛び上がる。
足元へ集まったアーキスたちのことに目もくれないオメガは、それでも続けて一歩を踏み出すための足をゆっくりと上げた。
その足目掛けて剣を振り抜くディートルヒに、しかし、その剣撃はたやすく弾かれる。やはりコアから発せられているバリアをどうにかしなければ、その身体を傷つけることはできないのだろう。
だが、そんなディートルヒの元へ、周囲を飛来していた
「あいつらが、この侵攻を守っているんだ。このデカブツを攻撃すれば、ああやって
カシアスの言葉に、アーキスも息を呑む。
ディートルヒの一撃は、おとりだ。次の一撃を貫き通すための一手に過ぎない。
飛び上がる二人の背中を見つめてしまったアーキスとメルトシスに、しかし、上空ではすぐさま魔竜の背に乗るメイルムが、魔法の詠唱をはじめた。
「聖なる光よ、穢れより身を守れ!
メイルムの杖の先から白い光が放たれ、一行へ降り注ぐように飛び散った。
身体の芯から温かくなるような感覚に、不思議と身体までが軽くなる。
ただの防御を目的とした加護魔法ではない。
呆然とアーキスが目を向ければ、身体より白い粒子を放つメイルムは握った杖に祈りを込め続けている。
――彼女の想いが、皆の想いを強くする!
アーキスがメルトシスと顔を合わせて頷き合えば、その横ではマリネッタとカシアスがすかさず魔法の詠唱をはじめた。
「水聖よ、我の声にこたえよ! 清き水の裁き、無法なるものへ、刃と成りて降り注げ!」
「天より
飛び上がった二人の詠唱に合わさって――薙刀を振り回したディムルの一撃と、拳を振り抜いたヴァルアードの一撃が、オメガのコアを守るように光を放っていたバリアへと響き渡る。
砕けるような激しい閃光に風が巻き起こり、マリネッタとカシアスと入れ違うように、ディムルとヴァルアードは落下する。
互いに瞳を交差させて、すれ違った二人の魔導士が杖を構えた。
「
「
天が轟き、オメガの足元を囲うように浮かび上がる青き魔法陣。刃のように形を変えて吹き上げる水流の嵐に、空より走る青白い稲妻が――オメガに向かって炸裂する。
すさまじい閃光と共に、空気を震わせ何かが砕ける音が響き渡った。
落下するディムルとヴァルアードのことは、魔竜とその背にいるメイルムが拾い上げた。
それを確認して、二人が唱えた魔法の衝撃を交わすように飛び上がったアーキスとメルトシスは顔を合わせて、飛び込んできた
「行くぞ、メルトシス」
「いいぜ、アーキス!」
そうして二人は、空高くまで駆け上がりオメガの眼前へと迫る。
残り一層のバリアに阻まれる感覚があって――その不気味な赤い一つ目の瞳は、そこまでしてようやく、目の前の二人のことを捉えたように引き絞られた。
「風雷の型、
手にした魔剣、
アーキスも胸のうちより溢れた白き光を手に宿し、想いを乗せた黒き刀を振り抜いた。
「光より出でよ――
激しく瞬く白い光の中、反発して伸びる影が黒い蛇の形を象った。
鋭く赤い目を光らせて――鋭く尖る黒の一閃。
アーキスが振り抜いた刃より放たれた黒白の一撃と、メルトシスが放った
ガラガラと何かが崩れる音、上げていた足を下ろして膝をつくオメガに、確かな手ごたえがある。
――やったか!
と振り抜いた感触を確かめて落下し行くアーキスに、メルトシスも力を使い切ったような表情で頷いた。
そんな二人のことを魔竜が背に乗せるように拾ってくれて、入れ替わるように魔竜の背中から、ディムルとヴァルアードが飛び出した。
――これで、コアを守るバリアは全て破った。
声を出すことはできないアーキスだったが、そうして飛び出した二人の後姿を見つめる。
――バリアの再生まで、どれくらいの時間がある?
それはわからなかったが、ほぼ最速と言ってもいいタイミングで、二人は飛び出してくれた。
「やるぞ、ヴァル! これが、みなの一撃だ!」
声を張り上げ薙刀を振り上げるディムルに、拳を握ったヴァルアードが、バランスを崩した『神の器』オメガへと飛びかかる――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます