第296話 覚悟を示して、決意の再訪
目の前に広がった光景が白い光の中へと収束していく。
エリンスとアグルエは、白い空間へ投げ出されるようにされて戻ってきた。
互いに手を繋いだまま片膝をつき着地する。
「はぁ、はぁ、はぁ」
二人の乱れた呼吸音のみが、空間の中には響いていた。
果てまで続く白い景色――。
ここがどこで、今何をしていたのか。それすらあやふやになるほどの激しい時間の流れを目にすることになった。
彼の記憶を追体験させられたような衝撃に、エリンスもアグルエも、すぐには顔を上げることができない。
「……あんなことが、あったってことなの……」
目尻に涙を浮かべながらアグルエが呟いて、エリンスもそんな彼女の表情を見て首を横に振る。
信じたくはないけれど――それが、見せつけられた向き合うべき真実だったということなのだろう。
「信じたくはないが……」
エリンスも思い返すよう口にすれば、それには空間に響き渡る声がこたえた。
――「それが、事実であり、真実だ」
見下ろすように響いた声に、エリンスもアグルエも顔を上げて辺りを見渡し、その姿を探す。しかし、やはり声の主は二人の前には現れない。
エリンスは、アグルエの涙で潤んだ蒼い瞳を見て、彼女の想いも口にするよう目いっぱい叫ぶ。
「神ってやつがいるのなら、どこかで、見ているんだろ! こんなものを見せて、楽しんでいるのか?」
大いなる巡りの意志が、黒の軌跡の試練を、勇者候補生に課しているというのならば――。
何が目的で、何を望んで、
「……俺たちの、何を試したい!」
エリンスは身体を起こし、声を張り上げた。
今までの勇者の軌跡でも何かを試されていた。そして、この黒の軌跡でも何かが確かめられるというのならば、こたえはあるはずなのだ。
だというのに、謎の声はこたえようとはしなかった。
「わたしたちは、繰り返さない。もう誰も……犠牲になんかさせたくない!」
エリンスの横に並ぶアグルエも、果てまで続く白い空間を見上げ、声を張り上げる。二人は顔を見合わせて頷き合い、そして、握った手に力を籠めた。
「
今はもう、握る剣を持ち合わせてはいない。折れてしまった
エリンスは想いを言葉に乗せて――空間へ問い掛けるように、語り掛けるように、口にし続けた。
「だけど、だからって……今を生きている人々の想いを犠牲にして、全てを破壊するだなんて、そんなことはさせられない。彼にだって、そんな彼を支えた彼女にだって……信じた想いがあった。此の世がそれを歪めてしまったのだとしても……勇者協会だって、五年前とは違う。今を生きる人々は、ちゃんと前に進んでる!」
「何も、犠牲になんてさせないから。わたしは魔王として、そんな世界を望んでいる。人も魔族も、勇者も魔王も関係ない。この星に生きる人、全ての想いを、紡ぎたい!」
不思議と――何故だか声が届いているような気はしていた。
「俺たちは、そんな世界を創りたい」
「わたしたちは、そんな世界を守りたい」
二人は握った手に力を込めてこたえ続ける。
自然と湧き出てくる想いの炎――白と黒、混ざり合う黒白の光が溢れはじめた。
そんな光に当てられたのか――謎の声は感心したように言葉を発した。
――「それが、きみらの覚悟か」
偉そうに見下しているわけでもなく、どこか触れやすいような、そんな響きに聞こえる。
今も、どこかで――その座に就いて、世界の巡りを見守っているのだろう。エリンスには、そのような想いすら伝わってきた。
それが、『勇者』へ近づいたという意味合いだったのか。今はまだ薄っすらとしか理解ができなかったことだけれど――エリンスとアグルエは力強くこたえた。
「あぁ、そうだ!」
「うん! だから……!」
――「きみらが前へ進むというのならば、彼の身に何があったのか、過去を、知らなければならなかったのだろう」
「あぁ……あいつを止めるためには、その想いを乗り越えなければ、いけないんだ」
エリンスがこたえれば、白い光の中で声の主が頷いたような気すらした。
――「この二百年にあった歪みを正すというのならば、あれこそが歪みの象徴だ。向き合うべき真実だった、ということだろう」
その言葉には、アグルエがこたえる。
「わかってる。だから、わたしたちは、その先へ、辿りつく」
二人は一点を見つめて、力強く頷いた。
しばし、考えるような間があって、しかし、声はしっかりと『二人の答え』を受け入れたようにして、こたえてくれた。
――「きみらは、こたえを示した。待っているぞ、『神の座』で」
次第に消えていく気配を見つめ――二人は手を繋いだままに、白い空間を見上げている。
渦巻くような空間の歪みに、白い光が溢れ出して二人は思わず目を閉じた。
◇◇◇
次に目を開けたとき、何もない石室の一室で、二人は先ほどと同じように手を繋いだままに天井を見上げていた。
歴史を感じさせる古びた石室は埃が積もっていて、天井付近では青白い
顔を見合わせた二人は手を繋いだままに振り返り、そして、その先へ続いた階段を駆け上がった。
数分ほどして、二人は地上へ出る。積もった雪の白さが眩しくて、しかし、赤い空から落ちてくる不安に、急がなければ――と互いに想いを確かめ合う。
「エリンス、アグルエ!」
そのようにした二人の元に、シスターマリーが駆け寄ってきた。
見渡せば周囲では、未だ拠点となる黒の軌跡の周辺を守るように、兵士や職員たちが魔物と戦っている戦地のど真ん中だ。
「マリーさん!」
アグルエがエリンスの手を離して、マリーのほうへと駆け寄った。
「二人とも、無事?」
「そっちこそ、大丈夫ですか」
心配してくれるマリーに、エリンスはすかさず聞き返す。
「えぇ、こっちは何とかね。二人のおかげもあって」
マリーが目を向けたほうへエリンスも目を向ければ、前線に出て剣を振るうシルフィスに、レイナルが魔物を薙ぎ倒しているところだった。
そんな彼らに影響されて、現場の兵や職員たちの士気も上がっているようだ。
「そっちは? 無事、試練は突破できた?」
マリーに聞かれて、エリンスとアグルエは顔を見合わせてから「はい!」と力強く頷いた。
大きな返事が響いたのだろう。「じゃあ、次の段階へ進むか」とレイナルが飛び退いて、二人の元まで戻ってくる。
「父さんも、ありがとう」
エリンスがこたえれば、レイナルは「なーに」と首を振って、大したことではないとアピールしている。
「次の段階って……」
アグルエが呟けば、杖を突き足をかばうようにしてシルフィスが舞い戻る。
「魔界へ、進むのだろう」
シルフィスの力強い眼差しには、エリンスが頷いてこたえた。
「あぁ、そのためにも、マリーさんに!」
エリンスがマリーへと顔を向ければ、彼女も頷いてくれる。
「善は急げってことだ」とレイナルは言いながら手にしていた魔術符を懐へしまったが、シルフィスは抜いた剣をそのままに、一歩を踏み出した。
「師匠?」とエリンスが聞けば、シルフィスは「ふっ」と笑って、エリンスとアグルエ、それぞれの顔を見やってから再び前を向いた。
「ここを乗り切るのにも、もう少し、な。もう兵たちも職員たちも限界なんだよ」
優しく零したシルフィスの言葉に、エリンスとアグルエは周囲を見渡した。
腰を下ろす兵や職員たち、傷ついた者で溢れた簡易テントに、その治療に回る勇者協会職員たちの手も足りていないのは一目瞭然だ。
二人が黒の軌跡へ挑むために、それだけの人が力を貸してくれた。想いを紡いでくれたのだ。
「後のことは頼んだぞ、エリンス、レイナル……アグルエ!」
突いていた杖から手を離して、両手で剣を握りこんだシルフィスは、怪我をしている足を、それでもつきながら前を向いていた。
「シルフィスさん!」
アグルエの不安そうな声に、エリンスの気持ちも揺れてしまう。
だけど、そんな二人の肩をレイナルが叩いてくれて、二人が顔を向ければレイナルは首を横に振った。
「今取るべき最善を、あいつも選んでくれたんだ」
シルフィスは気合を込めるように剣を握り、「はぁぁぁー!」と息を吐いて、未だ迫る魔物へと斬りかかった。
そんな彼の背中を見つめて、シスターマリーは転移魔法の詠唱をはじめる。
「……行きましょう。まだ、何も、終わってはいないのだから」
マリーの言葉にエリンスとアグルエは頷いて、シルフィスと、そんな彼へ続くように剣を振った兵や職員たちの背中を見守った。
託された想いにこたえるべく、『待っている』と告げられた言葉にこたえるべく、二人は再び、魔界の地を再訪する――。
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