第289話 決戦前夜、それぞれの想いを紡いで

 勇者候補生一同はサークリア大聖堂の本堂、はじまりの場所へ集められていた。

 教壇の上に立つベールまでかぶって正装をしたシスターマリーに、並ぶ参列席に座る勇者候補生たち。

 彼女が作戦指示を伝える中、エリンスとアグルエも大聖堂の二階より、集まったそれぞれの顔触れを見つめていた。


 旅立ちのあの日、『勇者洗礼の儀』を受けたときよりも人数が減っているのは気のせいではないだろう。

 勇者候補生の旅は、一辺倒なものでもない。挫折、離脱――どうしようもない理由も付き纏う物だ。元より資格だけを得て旅を終わらせてしまう人もいるくらいには、『勇者候補生』という言葉も独り歩きするほどになっている。

 それが二百年経った弊害で、歴史が歪んだ影響でもあることを、今のエリンスは知っている。

 真剣な顔つきで真実を伝え、作戦を伝えるマリーの言葉に、そうして残った勇者候補生たちは己の持つ資格を胸に話を聞いていた。


 伝えられた作戦は、ファーラス王国防衛戦。

 こうしている今もなお、迫る魔導歩兵オートマタとの戦いは続いているのだと勇者候補生たちも現実を知ることになった。

 ファーラス騎士団、それに勇者協会の職員たち、傭兵や市民の中から腕の立つものも協力して、どうにか王国城壁内への魔導歩兵オートマタの侵入を防いでいるとのことだが、いつその防衛ラインが破られるかも、もうわからない。

 王国を守り抜くためにも、対処しなければいけないのはそのように迫った魔導歩兵オートマタたちの大本とも呼べる巨神と呼ばれた巨大な魔導歩兵オートマタ、『神の器』オメガだ。

『神の器』オメガの進行速度はそれほど早くなく、今の速度で進むと二日後にはファーラス王国へ接近する見込みだという。最前線で『神の器』オメガの進行を見守る部隊からの報告は、逐一ファーラス王国で最終防衛ラインを敷く指示を出している赤の管理者リィナーサの元へ送られているらしい。


 そうして現状を伝えたマリーは、改めて勇者候補生に覚悟を問うた。


――「共に戦ってくれるか、共に世界のために命を懸けられるか」


 ここから先の戦いは、勇者候補生制度がはじまった歴史の中でも、もっとも過酷な旅路になるだろう。

 マリーの話を聞いて、作戦を聞いて――話を受け止めきれないような顔をした勇者候補生もいた。退席していく者もいる。それでも覚悟を決めたように残った勇者候補生たちは、共に戦うために剣をとってくれる決意を示した。

 一同を代表するように前に出たアーキスにメルトシス、マリネッタにメイルム。そんな彼ら彼女らの姿を見て、残った勇者候補生は四十人ほど。

 去っていく者の背中を見送って少し寂しいような顔つきをしていたマリーではあったけれど、残ってくれた者たちと想いを一つに、戦う決意を言葉にする。


――「勇者協会も……勇者も魔王も関係ない、わたしも、勇者候補生と想いを燃やす」


 最高責任者代理としての彼女は、そんな言葉と共にベールを取り払って角を露わにした。

 エリンスもまた横にいるアグルエと現状を再認識し――そんな二人へちらりと視線を向けてきたマリーに、力強く頷き返した。


 勇者候補生一同には明日の作戦が伝えられた。

 出発は明朝――本日は、協会総本部にて休む時間を与えられることとなり、明日の決戦に向けて、勇者協会も動き出した――。



◇◇◇



 勇者候補生たちもまた、決戦に向けて、それぞれの時間を過ごすことになった。



 エリンスとアグルエは――大聖堂の一角で、あの日の再会を果たしている。

 二人の目の前に立つ勇者候補生は、大きな剣を背負い、いかつい目つきをしながらも困った顔をする同郷の勇者候補生、ジャカス・ハルムント。そんな彼の背中を叩いているのは、すっかりジャカスのことを良き相棒扱い・・・・・・しているミルティ・カルジャ。

 ミルティに促され、ジャカスはアグルエに向かって頭を下げる。アグルエは困ったように手を振り、逆に頭を下げてしまって、ジャカスはより一層困ったように頭を搔いて俯いた。

 砂漠のサロミス王国での一件はアグルエにも話してあった。仲直りできたことは伝えてあったにしろ、こうして改めて、エリンスは二人の勇者候補生を紹介することができた。

 明日の決戦に向けて――ミルティは王女という立場上、出撃を止められているのだと困ったように言う。だけど、どうやら父親や護衛隊の目を盗んでファーラス王国へ赴くつもりらしい。

 思わず苦笑いをするエリンスに、アグルエも「大丈夫かな」と笑っていて、でもそんな彼女の気持ちが純粋に嬉しかった。



 アーキスは――食堂の一角で、サークリア大聖堂へ避難してきた家族と共にいた。

 カジュアルなドレスに身を包み、静けさを身に纏うような落ち着いた佇まいをするのが、アーキスの母、アルレイア・エルフレイ。そんなアルレイアに手を繋がれて、ふわりと広がる青いドレスを着ているアーキスの妹、アメリア・エルフレイ。

 アーキスの顔を見やるなり駆け出したアメリアに、母親は心配そうな顔をしながらも優しそうに困った笑いを浮かべていた。

 転びそうな勢いで駆け寄ってきたアメリアのことを抱きかかえたアーキスは、そんな妹の無邪気さを受け止めて、母親と視線を交わす。

 自身が育った由緒正しきファーラス王国も、今は戦火のど真ん中だ。その場にはいない家族、最前線で未だ戦い続けている父のことを思いやって――『勇者』として覚悟を吞み込んだアーキスは、妹をゆっくりと地に下ろすと、腰に差した二本の剣と刀へ視線を向けた。



 メルトシスは――執務室の一室で、父親であるファーラス国王ドラトシスと、義兄である第一王子マルメシスと共にいた。

 辺境の屋敷で療養している母親のことを詰め寄ったメルトシスに、ドラトシスは「安心しろ、抜かりない」としっかりとこたえてくれている。

 父と母との関係も、将来国を背負う立場にいることも――メルトシスは旅をして、決して逃れられないものだと知った。

 未だ目覚めないかつてのライバル・・・・・・・・と交わした想いを証明するために、できることをやる力と、国を守る使命に想いを燃やしていた。



 マリネッタとメイルムの姿は――医務室にあった。

 ベッドの上で窓からのぞく赤い空へと目を向ける起きたばかりのメイルムに、マリネッタは心配そうにしながらも、そんな彼女のベッドの横に置いた椅子に腰かけている。

 改めて礼を伝えたマリネッタに、メイルムは困ったように笑っていて。マリネッタが「もう体調は平気?」と聞けば、メイルムも「うん、明日のためにも、寝てはいられないよ」と決意を表した。

 メイルムもランシャと共に覚悟を示して、眠っている間に起こったことを理解しているのだろう。

 だけど、マリネッタはそれでも彼女のことが心配だった。

 ラーデスアでの戦いから、今の今まで眠りについていたほどの負担だ。本当なら身体のためにもメイルムに戦わせるべきではないのだろうと思っていた。

 ただメイルムが真っすぐと空へ向けている視線を追えば、もう「休んでおきなさい」とも言える雰囲気ではないのだろう。悟ったように諦めて、「はぁ」と息を吐いたマリネッタに、メイルムは頬を綻ばせて笑いかけている。

 二人もまた――想いを胸に、勇者候補生として明日を見据えていた。



 勇者候補生たちだけではなく、それをサポートする側に回った大人たちもまたそれぞれが戦いに向けて、あるいは、戦いの中で動きはじめている。



 夕暮れ時となっても空は赤く、夜が訪れても空が暗くなることはなかった。

 最前線、ファーラス平原で王国へ迫る魔導歩兵オートマタたちと戦いを繰り広げるディムル傭兵団に、ファーラス騎士団の面々。

 ファーラス王国の城壁前に最終防衛ラインを敷き備えたのは、ファーラス王国騎士団長アブキンス・エルフレイに、赤の管理者リィナーサ。

 真剣な顔つきで相談を続ける二人に、慌ただしく兵士や職員が報告へ舞い込んでくる。四六時中、明日まで持ちこたえるための戦いは続いていて、王国を守るための戦いは油断を許さない状況が続いていた。

 次々に出る負傷者、無数に湧き出る魔導歩兵オートマタ。無機質な殺戮兵器との戦いは、激しさを増すばかりだ。


 そんな彼らを救うため、マリーの指示でひと足先に動き出したのは人類で唯一転移魔法を扱える男、勇者協会の右腕、剣聖けんせいディートルヒ。

 彼の力で最前線への兵たちへの補給や、人員の移動までもが行われている。

 しかしそれでもやはり、予断は許されない。


 最前線で戦う者たちを支援するためにも、サークリア大聖堂では夜通しで、会議が続けられていた。

 世界会談に使われた円卓に腰かけるは、エリンスの師匠シルフィスに、勇者五真聖と呼ばれたそれぞれの勇者の軌跡の管理者たち。

 シルフィスの横には風姫ルインがぴったりとくっつくように話し合いに参加していて、シルフィスは少し恥ずかしそうにしながらも、明日に向けての作戦を詰めている。


 その場には、勇者協会の先鋭として呼ばれた者たちもいた。

 赫剣かくけんのゼルナ。参謀の一人として呼ばれた、今はラーデスア帝国に所属している勇者協会職員ブエルハンス。セレロニア公国、土の都を治めるグンブート家の当主ファリタスの姿までもがある。

 勇者候補生ではあるものの、勇者候補生ランク第九位であるララン・S《セレロニア》・グンブートも、支援する側として、勇者協会で働くことを決めていた。

 彼らの会議もまた、夜遅くまで――それぞれ寝る時間すら惜しんで続けられた。



 シスターマリーは最後までその立場でいることを求められているのだろうと、諦めて悟って――最高責任者執務室で、マーキナスと共に最終確認をしているところだ。

 エリンスとレイナル、それに港町ルスプンテルを治めるデイン・カイラスの子孫、レオルア・カイラスの姿もそこにあった。

 エリンスとアグルエの果たすべきこと、彼らについて回れるのはマリーだけの特権でもある。何が起こるかはわからないために、勇者協会の後のことは、レオルアに一任するとのことで話がまとまっていた。

 困ったようにするレオルアに、しかしマリーはマーキナスにも続けて指示を出していた。勇者候補生たちを送り出せるのは、マーキナスの役目。その後のことまで考えて、頼みたいことがあったらしい。

「人の世も魔界の未来も、この戦いの先にしかない」――マリーが語れば、エリンスは拳を握り、レイナルも力強く頷いていた。

 その場にはいない次期魔王の背中を支えて――想いを託すようにシスターマリーは未来を考えていたのだろう。



 アグルエは――ただ一人、勇者協会総本部宿舎棟の屋上より不気味な赤い空を見上げている。

 時間としては夜になっているのに、そこに広がる星空は現れない。

 世界の変調、そして――亡くしてしまった家族、亡くしてしまった友。

 さらには、その立場・・・・に自分が立つということの意味。

 想いは彼と共にある――だけど、強い決意を胸に、独り――星も見えない赤い夜空を見上げていた。

 これから先――数百年先の未来のことまでを考えて、魔王としての在り方を考えておかなければいけないのだと悟っていたから。


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