第286話 紡がれた未来への希望

 倒れたメイルムが運び出され、再び騒然となった大会議室。

 エリンスとアグルエは二人で手を取り合いながら、呆然としてしまった。

 円卓を取り囲んだ者たちが、真剣に顔を見合わせて話し合っている様子を目の当たりにして、動けなくなってしまったのだ。


 ファーラス国王、ドラトシスの提案に、サロミス国王、ランドスナが険しい顔をしながらこたえていて。

 セレロニア統主ルーラー、ルインが助言をすれば、緑の管理者、フローヴェルがさらに補足を加える。

 青の管理者、プラズがもう一つ提案を出せば、ラーデスア女帝、シルメリナが疑問を上げて、それには白の管理者、クルトがこたえた。


 聖女ランシャの話した真実を受け止めて、皆が皆、想いを一つにしようと『世界会談』を進めている。

 そこには、勇者協会も一国としての立場も関係がなく、そうして呆然とその場を眺めているアグルエのことまで受け入れたような空気には、人も魔族も関係がないのだと思わされた。


 手を取り合っていたアグルエの手が震えている。

 その目にはまた涙が浮かんでいて、エリンスはそっと赤くなっている彼女の頬へと手を伸ばして涙を拭う。

 潤んだ瞳で見つめてくるアグルエに、エリンスは表情を和らげて頷いた。

 そうしている二人の背中をシスターマリ―がぽんっと軽く叩いてくれて、柔らかく微笑んだ彼女の顔にはやはりあの日、旅立ちの背中を押してくれたような優しさがあった。


「これが、きみたちの旅が紡いだ想いだ」


――『きみはここに帰ってくるよ、これはただの、わたしの勘だけどね』


 そう言って笑ってくれたときと同じように、角を露わにしたマリーは朗らかに笑った。彼女も緊張をしていたのか、「ふぅー」と大きく息を吐いていて、エリンスとアグルエももう一度互いに顔を見合わせて頷き合う。

 そうしている間にも、会談は進んでいる。


「帝国の兵も、ファーラスへ送ることはできないでしょうか。今全力で当たらなければいけないのは、ファーラス王国の防衛。人手はいくらでも必要でしょう」


 シルメリナの提案に、ランドスナが険しい顔をして頷く。


「しかし、自国の防衛だけで手いっぱい。ましてや、ラーデスアは結界も不安定だと聞いている。帝国にはそのような余裕もないのだろう? 我が国も兵を出したいが、しかし……」


 どこも人手が足りていないのは言うまでもない事実なのだろう。

 ドラトシスもありがたい申し出だが、といったような顔をするが、首を横に振る。

 それに口を挟んだのは、ディートルヒだった。


「各国、暴れ出した魔物の相手にも手を焼いているところだ。目の前の民を救えずに、この戦、勝利はありえない。自国の防衛に専念してもらったほうがいい」


「えぇ、そうね……」と、よろよろと立ち上がったリィナーサはディートルヒの言葉に同意した

 アグルエの治癒魔法が効いているのか、顔色はだいぶよくなっている。

 リィナーサは、空席となっていた彼女の席まで辿りつくと、静かに腰を下ろして円卓へと向きなおした。


「……世界各地に散っている勇者候補生たちを、ファーラスへ集める」


 そのまま口にした彼女の言葉に、ディートルヒも頷いた。


「今、それを提案しようとしていたところだ」


 言いたいことを先に言われた、とがっかりと肩を落としたディートルヒに、リィナーサは不敵な笑みを浮かべた。

 そんな二人の話に口を挟むように立ち上がったのは、レイナルだった。


「頼りになる傭兵団も、ちょうどファーラスの近くにいるはずだ。彼女らにも協力を仰げば……」

「あぁ、それなら、もう既に手を貸してもらっているところだよ」


 リィナーサはそちらの話にも先回りをしたように腕を広げておどけるように頷いた。


「そうか……」


 レイナルもがっかりとしたように円卓に手をつく。

 そんな彼の後ろでは、すっかり話に置いていかれた勇者協会の役職に就く老人たちが「どうしたものか」と顔を見合わせている。

 もう彼らに口を挟む隙もないようで、メルトシスは「今までお疲れ様でした」とでも言いたそうに、彼らの肩を叩いて立ち上がった。そのままドラトシスとその横に座るファーラス王国第一王子のマルメシスの間まで歩いたメルトシスは、円卓に顔を出した。


「話はまとまりそうだろ。こっちのことは、こっちでどうにかする」


 円卓に揃った顔触れを見やって逞しく口を開いたメルトシスに、エリンスとアグルエは手を取り合ったままに固まってしまった。

 にやりと口元を吊り上げて、いつもの軽い調子で笑うメルトシスは、だけど真剣な表情へと変わり細めた目を二人へと向けている。


「エリンス、アグルエ、おまえら二人には、やらなければいけないことがあるんだろう? だから、残った後の話は、そっちのこと・・・・・をおまえらに任せてもいいのかってことだ」


 そう言い放ったメルトシスのセリフに、二人はまじまじと円卓の席に並ぶ人らの顔を見やった。

 険しい顔をしながらも口元を柔らかく緩めて笑みを浮かべるファーラス国王ドラトシスに、優しく微笑みながらも力強い緑色の目を見開く風姫ルイン。勇者協会に仕えるそれぞれの軌跡の管理者にしても、エリンスとアグルエへと期待を込めた眼差しを向けていた。

 エリンスとアグルエは、手を取り合ったままに円卓へと向きなおって、それぞれの想いを受け止める。


――『世界を救うために、皆さんと力を一つにしたい!』


 会談の場に魔王として立ったアグルエの想いは、エリンスの胸のうちにも響いていた。


――『魔王の力を継ぐわたしと、勇者の力を継いだ彼……わたしたちが、世界を救う。この世界を危機に陥らせる本当の脅威を止められるのは、わたしたちだけだから……だから、力を貸してほしいんです!』


 アグルエが何を想ってそう口にして、頭を下げたのか。エリンスの想いも、彼女と一緒だ。

 だから、二人は手を取り合ったままに、エリンスはメルトシスの言葉に力強く頷いた。


「……救ってみせる。世界の破滅なんて、そんな未来は、絶対に!」


 二人の想いは元より一つだ。

 赤い空に、魔導歩兵オートマタ、『神の器』オメガ。世界で暴れだした魔物たちにしても、そうだろう。

 世界の変調を裏で操っているのは、幻英ファントムとクラウエルだ。


――二度と負けない。二度と、目の前で友を失うような、悔しい想いはしたくない。


 エリンスが空いた手に拳を握れば、アグルエも「うん!」とグッと力を込めるように頷いてくれる。


「もう、わたしたちは負けないから……これだけの人に支えられた絆が、皆の想いが、この世界にはあるんだから。それを、破滅だなんて……壊させはしない」

「あいつらの思い通りになんかさせるものか。今度こそ……絶対に止める!」


 白き炎と黒き炎――二人が取り合う手に、二色の炎が灯った。

 ぼわっと燃え上がる黒白こくびゃくの光に、会談の場についていたそれぞれが目を見開いた。


 まるでその場にいる全員を包み込むように、優しい温かさが広がっていく。

 二人の想いに共鳴するように、皆の心の中に宿った灯にも炎がついていく。

 やがてそれは、大きな希望へと――皆の想いは、一つになっている。

 二人の想いを目の当たりにして、二人の言葉を疑う者ももうその場にはいなかった。

 ただ苦言を呈したのは、二人のそんな力も現状も一番理解していたレイナルだ。


「しかし、勝算を立てるにしてもだな」

「課題は……いくつか残っているってところだわ」


 その言葉にはマリーが同意するように頷いた。

 レイナルも頷き返すと、続けて円卓の場にいたシルメリナへと言葉を向ける。


「シルメリナ様、ラーデスアには勇者協会より至急で頼みたいことがある」


 突然の声掛けに、シルメリナは驚いたようにしながらも「なんでしょうか」と頷いた。


「黒の軌跡の復興作業に、集中してもらいたい。勇者協会からもできるだけの手を貸す」


 レイナルの呈した話には、シスターマリーも大きく頷くようにしていた。

 忘れてはならない、エリンスの中に眠る勇者の力のこと。

 覇王たちによって崩落させられた黒の軌跡をまだ巡ることができていない。ゆえに、クラウエルには敗北を喫したのだ。

 散々にレイナルにも心配されたことではあったし、また『すべての軌跡を巡ること』は魔竜でもある聖女ランシャに言われた言葉でもある。

 エリンスとアグルエにとって、全ての軌跡を巡ることは、この戦いに勝利するためにも必要となることだ。


「……わかりました。それが、この先の戦いに必要になることなのですね」


 頷いたシルメリナは何か魔法の詠唱をしはじめた。

 手元に球体状の魔素マナを集めはじめ、そこに何やら言葉をかける。

 ひと言、何か言い終わったところで手の上に浮かべていた球体状の魔素マナは霧散するように消えた。


「頼んでおきました」


 静かに何事もなかったかのように言ったシルメリナに、レイナルは頷く。そして、円卓の場を挟んで、エリンスへと向きなおった。


「エリンス」


 真面目な顔をして名を呼んだ父に、エリンスは改まってしまって背筋に力が入る。

 横に並んだアグルエも静かに続きの言葉を待っていて、円卓の席についたそれぞれも二人のことを見守っていた。


「おまえの中にある紡がれた力が、未来への希望だ……あいつの分・・・・・まで、想いを果たせ! 勇者を超えろ!」


 言われなくても決めていたことではあった。

 だけど、『勇者を超えろ』――そう言ってくれた父の言葉に、エリンスは胸の中に渦巻く友から託された想いを思い出す。

 真の救済、未来への希望。その全てが、今この場に立つエリンスを支えてくれた想いだ。ツキノがいたから、今この場に、エリンスは立っていられる。


――だから、そんなツキノ想いも一緒に、越えていく。


 エリンスが力強く頷き返すと、アグルエも同じように頷いてくれた。

 そんな二人の表情を見て、円卓についたそれぞれはより一層気を引き締めたように話し合いを続けていた。


 そうして――話がまとまりかけたところで、世界会談の場に集まった一同には一度、解散が言い渡された。

 エリンスとアグルエは、レイナルに連れられて部屋を後にしたのだが、しかし、各国の王たちにしても、勇者五真聖にしても、すぐに席を立つものはいなかったという。

 それぞれの目的が明らかになり、世界会談は続いていく。


 各国、勇者協会が託されたことは、ファーラス王国へと侵攻している『神の器』オメガを止めること。

 エリンスとアグルエに託されたことは、その裏で全ての糸を引いているクラウエルを討って、幻英ファントムの下へと辿りつくこと。

 そのためには、シスターマリーも語った通り、課題がいくつか残っている。


『神の器』オメガの脅威からファーラスを守り切らなければいけないこと。

 勇者の軌跡を巡らなければならないこと、黒の軌跡の復興がまだ済んでいないこと。

 エリンスの折れてしまった剣――願星ネガイボシのこと。

『神の座』へ辿りつく必要があること。そのために必要になるだろう、『道導みちしるべ』のこと。


 真実が明るみになり、勇者協会の元に人々の想いは一つに、大いなる戦いへ向けて動きはじめた。

 そこから先の旅路は、進めば戻ることができない一方通行。

 何が待っていようと、どんな未来があろうと、受け入れて、紡がなければならなかった。

 エリンスとアグルエもまた、最後の覚悟を試される――。


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