第285話 討つべき巨神
――『本来であれば、あと数百年……巡りを繰り返すことで、勇者協会も役割を終えるはずだった』
そうすることで、世界は真の救済を果たすことができていたのだろうか。
少なくとも勇者と魔王は、それを信じて約束を交わしたのだろうけれど――。
ランシャの言葉を聞いて、エリンスは考えを巡らせる。
その間にもランシャは改まったように立ちなおって話を戻した。
「……しかし、二百年前の歪みの象徴が、世界には残ってしまった。
歪みの象徴とランシャが言い表した通りに、エリンスたちの目の前に現れた
しかし、彼が『神の座』へ辿り着いたことで、その存在は人々の認識の外へと消えてしまっている。
ならば、どう語られることになるのか――エリンスとアグルエは顔を合わせて頷き合うと、ランシャの続きの言葉を待つ。
「そして同時に、当時アルクラスアの目的は、この世界リューテモアを支配することでした。そのための力が必要だった。だから、アルクラスアは禁忌に手を出した」
そこまで語ったランシャへ、風姫ルインが静かに口を挟んだ。
「……それが、歴史も語っていることですよね」
そう切り出した話に、ランシャはルインの言葉を待つように頷く。
「我が国セレロニアは、勇者の生まれた地……そう語られている。それもまた、当時セレロニアとなる前の小国の同盟が……アルクラスアと戦争をしていたからに他ならないのでしょう?」
ルインの言葉を肯定するように、「えぇ、その通りです」とランシャは話を続けた。
「かつての
ルインは安心するように息を吐いて、ランシャの言葉に頷く。
もうこの場にいる者は皆、ランシャの話を信じるしかなくなっている。そういった空気だ。
聖女として語る彼女はかつて戦いを果たしたというのに、今もなおまだ、人々と戦うために最後の無茶をしてこの場に立ってくれている。
「その当時、人々が戦ったモノは、青の軌跡にも記されておるのう」
ランシャの表情をうかがうように目を細めた青の管理者プラズが頷けば、ランシャもそれに頷いた。
「えぇ……アルクラスアは、地上の全てを支配するために絶対的な力を必要としていました」
それが『神の器』でもあったのだろうことはエリンスにもわかったが、ランシャはさらに驚くべきことを口にする。
「二百年前、未完成であったそれは試運転として動かされていた。人々は強大な力に成す術もなく、しかし、勇者と魔王の力によって封じ込めることには成功した」
――封じ込める。
その言い方がエリンスには引っ掛かる。
「二百年前未完成であったはずのアルクラスアが造り上げた最終兵器は……二百年の時を経て、完成を果たしている」
エリンスは「ちょっと待ってくれ」と、ランシャの言葉を遮った。
「未完成だったのに、人々が成す術がなかった? 勇者と魔王が、封じ込めたのに……って」
「えぇ、二百年、脅威は眠り続けていたのです。ファーラス王国へ襲来している
アグルエも驚いたようにしながら話を聞いていて、しかし、エリンスにも思い当たることはあった。
青の軌跡で見た壁画に描かれていたことが、それだ。
「やはり、そうか」と頷いたのは、血が滲む包帯を悔しそうに握りしめたリィナーサだった。
「ファーラスへ、
リィナーサの言葉に、円卓の席についたそれぞれも息を呑む。
ランシャもまた、「えぇ、そうでしょう」と肯定して、さらに話を続ける。
「当時アルクラスアが開発していた、人類掃討を目的とした最終兵器――『神の器』オメガ。全てを滅ぼし、全てを破壊する……巨神と呼ばれた
人類掃討を目的とした最終兵器――そう聞いて、大会議室の中には顔を青くする者もいた。話の規模の大きさに想像できない者もいるのだろう。ただ、それを実際に見てきたらしいリィナーサだけは「くっ」と悔しそうに奥歯を噛み締めている。
「未完成だったんだろう……勇者と魔王が、封印したんだろう……」
そう呟いたのは白の管理者クルトだったが、ランシャは首を横に振る。
「勇者と魔王の意志を勇者協会が継いだように、二百年前のアルクラスアの野望を受け継いだ者もいた」
その言葉に口を挟んだのは、ラーデスア帝国女帝、シルメリナだった。
「……ラーデスアには、そのような黒い噂が渦巻いていたでしょう。それは、全て事実だった」
覇王との戦い。その裏で動いていた思惑。そして、シルメリナ自身が『神の器』でもあったのだから。
勇者候補生たちの活躍によって治まったあの戦いは、勇者協会の介入によりラーデスアの過去の悪事も清算されている。
シルメリナに責任はない話にせよ、しかし彼女は一国の皇帝の座に就いた者として抱える想いがあったのか、苦しそうに目を伏せた。
そんなシルメリナを横目にし、ランシャは口を開く。
「えぇ……二百年眠り続けていた脅威は、その間に完成されてしまったのでしょう」
あくまでもランシャの推測だったんだろうが、それにはシスターマリーが返事をする。
「ネムリナ……か」
黒の管理者の地位について、勇者協会を初めから裏切っていた彼女の正体を考えれば、エリンスとアグルエにも納得がいく話だ。
ランシャは頷いてから補足するように言葉を続けた。
「恐らく、そのようです。二百年前の戦いで、アルクラスアの中心にいた元凶たる研究者ダミナは、勇者と魔王、デイン・カイラスの手によって討たれています。わたしも目の前で見たことなので、それは間違いない。しかし、彼の妹であったもう一人の研究者は……行方不明だった。彼女は魂をモノに定着させる魔術を研究していた。その力を使って二百年生き続けていたのでしょう」
そうして、『神の器』オメガは完成されたということだろう。
しかし、それが今になって動き出しているともなれば、おかしな話だ。
「ネムリナは……魔王が討ったはずでは……」
エリンスが呟けば、マリーが首を横に振った。
「そうじゃなかったってことでしょう。
その言葉に同意するようランシャが首を縦に振る。
「えぇ、そうだと思います。未完成であった最後のパーツとして、彼女自身が『神の器』になった」
そう考えれば、きっとそこにはクラウエルも関わっているはずだ。
悔しくもなる。あのとき止められていれば、これ以上の被害も減らせたはずなのに。
そう思ってエリンスが拳を握れば、アグルエがそっと手を取ってくれた。
「それが、わたしたちが討つべきモノ……」
アグルエはそうしながら顔を上げる。
「亡都そのものが……そんな脅威が眠っていたってこと……くっ」
リィナーサの悔しそうな呟きに、その場に集まっている誰もが目を伏せる。
それが、今もなおファーラス王国へ迫っている。ともなれば時間の猶予もない。
しかし、ランシャの話を受け止めて静まり返った大会議室では皆、動き出すこともできなかった。
そんな静寂を打ち破るようにして、「うっ」とうめき声を上げて頭を押さえたランシャは、円卓に手をつきながら言葉を続けた。
「わたしに、話せるのはここまでのようです……わたしは、勇者や、彼の友であったデインの想いを継いだ。もう時間も、残されていないでしょう……後は、あなたたちに託すしか、ないようです……」
そう言葉を残して、力が抜けるように崩れるメイルムの身体をエリンスとアグルエは慌てて抱えるように支える。
すっかり熱が冷めたようにメイルムの身体が冷たくなっている。放っていた白き炎の光も消えていて、輝いていた彼女の瞳も静かに閉じられる。
「メイルム?」
エリンスが聞いても、しかし、彼女は瞳を閉じたまま返事をすることもない。
ランシャの気配はこの場からも消えていて、再び騒然となった大会議室に、マリネッタも駆け寄ってきた。
エリンスの腕にのしかかる重さに冷たさが、嫌な予感を告げている。
「メイルム?」
アグルエが呼んでも返事はない。しかし、アグルエはそっとメイルムの胸元へ耳を当て鼓動の音をたしかめて、咄嗟に顔を上げた。
「まだ、息はある!」
慌てたように叫ぶアグルエに、マリネッタもメイルムの身体を抱えるように腕を挟んだ。
「急いで! 医務室へ!」
そう叫んだのは、事態を静観していたシスターマリーだった。
メイルムのことを運ぼうとしたエリンスとアグルエに、マリネッタと、駆け寄って来たアーキスが「あなたたち(きみたち)はこの場に残れ!」と言い残して、彼女のことを運んでいった。
ランシャの魂を憑依させるなんてことは、きっと眠り続けていたメイルムの身体にも負担があったのだろう。ランシャ側にも負担は大きかったはずだ。
メイルムもランシャも、それを承知の上で無理をしてくれたのだろうことまで、エリンスとアグルエには伝わっていた。
残されてしまった二人は顔を見合わせて、ばたりと閉まった扉を見守る。
世界会談も一時中断になるかと思われた。
しかし、その席についた者たちは真剣な顔を見合わせて、彼女が話してくれた真実に着実に向き合っていた。
二人も手を取り合って、再び円卓へと向きなおる――。
◇◇◇
ファーラス王国の北、赤の軌跡のさらに北。
亡都と呼ばれる黒い大地を、巨大な影が歩みを進めている。
全長は三十メートルにも及ぶ魔導機械で形作られていて、管や配線が入り混じる太い腕と太い脚が嫌でも目立つ。
空から流れ落ちている黒紫色の霧の中に隠れて、巨大な影がのしりのしりと二足歩行で歩みを進める。
一歩一歩、大地を踏み締め、大地を踏み壊し、進む道にある木などは薙ぎ倒され踏み潰される。
どしん、と響く足音はゆっくりと着実に、ファーラスへと近づいている。
濃い霧の隙間から、それは顔を出した。
人型を模して造られているそれは、胸元に駆動するコアが剥き出しとなっていて、淡い黒き光を放っている。顔のように造られた一つ目は、大きな赤い光を放っていて、赤い空の下、不気味にぎょろりと周囲を確認するように動いていた。
巨神と呼ばれるにふさわしい大きな
ゆっくりと進むそれを取り囲むようにして、無数に飛び立ち進行するのは、人型大の
『神の器』オメガは、まるで周囲の
今もなお――ファーラス王国は迫りくる危機と戦っていた。
剣を手に取る兵たちは王国の北に防衛のための戦陣を敷き、王国内部では少しでも国民たちを脅威から遠ざけるため、南側への避難が進んでいる。飛来してくる
しかし――それもまた、時間の問題に思われた。
無数に飛来する
そのような巨大な
巨神の進む速度はそれほど早くはない。
しかし、人々が勇者協会総本部で世界会談を執り行っている間にも、『神の器』オメガは強大な力を持ってして一歩一歩、たしかにファーラス王国へと近づいていた――。
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