第241話 切り開け、きみへの想いを乗せて
――言葉を斬れって、言ったって。
ツキノの声を耳に、エリンスはアーキスが振るった刃を剣で受け止め弾く。
続けて振り下ろされる刃に、エリンスも力いっぱい横薙ぎの一撃をぶつけた。
二つの想いの衝突、互いに半歩弾かれたところで、続けざまに振るわれるアーキスの剣を振り払って、一歩後ろへ飛んで距離を取った。
エリンスはその間にも思考を巡らせる。
アーキスの想いに嘘はない。だが、アーキスにも迷いが見えるときがある。
メルトシスの話をしたときだ。それはやはり、彼の胸の中に
飛びかかってくるアーキスの攻撃を弾き、互いに姿勢を低く構えた追撃の二撃目。
エリンスが一閃、横へと剣を振るえば、アーキスは飛び退き避けてから、宙を一段、二段と蹴り飛ばし、エリンスの背後へと回る。
エリンスもすかさず前転して、手のうちで剣を逆手に持ち替える。振り返り際に一閃、力任せに薙ぎ払う。
再び二人の想いは衝突し弾かれて、しかし、宙を蹴ったアーキスが天剣を掲げるように持ち上げ両手で握り込んだ。
羽ばたく白き翼、上段から突き刺すように構えられた天剣。アーキスの鋭い視線が、エリンスの頬を掠める。
「
宙を蹴って飛び込むアーキス、エリンス目がけて勢いよく伸ばされる腕、貫き突く狙い澄ます一撃。
エリンスはそれを見切ったように、ほんの少し身体を横に傾けてかわす。刹那、剣を持ち換えて両手で構え、アーキス目がけて振り下ろした。
「
白き炎を纏う剣身、蒼白に輝く一閃。
アーキスはすかさず振り払った刃で防ぐも、今度はエリンスの力が勝った。
弾かれ吹き飛ばされるアーキスに、エリンスはもう一歩踏み込み斬りかかる。
正面から交差した刃、鍔迫り合いの視線の交差。
力だけで言えば互角、一歩を踏み出すことも下がることもできない。
「きみが、うらやましかった」
突然そう言ったアーキスに、エリンスは「俺が?」と言葉を返すも、交差させた刃から力は抜かない。
「俺にはないものを持っている」
勇者候補生ランク第一位と呼ばれようとも、アーキスにも手にできなかったモノはあったのだろう。
エリンスはアーキスの苦難をわかってあげることはできない。だが、正面から向き合った今、エリンスも全力でこたえた。
「それは俺の言葉だ、アーキス。いろいろな強さを、みんなの背中に教えてもらったから」
勇者候補生たちの背中を追う旅だった。それぞれにみんな、いろいろなモノを負っている背中だ。
「アーキス、俺は、まだ信じてる!」
アーキスも、メルトシスも、そのうちの一人だから。
アグルエがそれぞれに勇者候補生になったわけを聞いていたことを思い出す。彼女もまた、そうやってそれぞれの背中を見たのだろう。
「メルトシスは死んじゃいない。絶対に、生きている!」
ぎりっと鳴り重なる刃、震える空気に、アーキスがずずずっと半歩ほど滑った。
力強く一歩を踏み込んだエリンスに、アーキスは苦しそうな表情をしながらもエリンスの刃を弾いて距離を取る。
――言葉を、斬れるか。
エリンスは真っすぐとアーキスへ視線を向けたまま、右手に強く握り込んだ
手に宿す白き炎、燃え上がる蒼白の剣身。
「迷わされるな、アーキス! おまえの信じた想いを強く持って!」
一歩を踏み出したエリンスに、アーキスは悔しそうにしながらも一歩を前に出した。
「アーキスはやっぱり、一番強い勇者候補生だよ。だから、そんなおまえが信じた、メルトシスのことを信じてやってくれよ!」
叩きつける一閃。アーキスは刃で弾くも、エリンスがそのまま吹き飛ばす。
何もエリンスが剣の腕で勝ったわけでもない。アーキスの迷いは、何者かに触発されて大きくなったに過ぎない。
『次元の狭間』という言葉に巣くった恐怖。メルトシス、友を失う――それぞれの言葉にあったアーキスの迷いが、エリンスにもはっきりと見えていた。
アーキスは苦しそうに「くっ」と言葉を呑み込むように歯を噛みしめる。
エリンスはもう一歩を踏み出すと、両手で剣を振り上げた。
「俺は犠牲になるつもりもない! ちゃんと、戻ってくる。必ずアグルエとともに!」
――迷いを斬ってくれ、
エリンスの想いにこたえたかのように、剣身が純白の炎に包まれた。
アーキスも天剣を振り上げてそれに応戦する。
互いに真っすぐと交わした視線の先で、揺らいだ白き光の中、二つの剣が交差した。
二つの白き力は、共鳴したかのようにひと際強い輝きを放つ。
刃がぶつかる刹那、それらは反発するかのように轟く閃光を上げて弾けた。
――宙を舞った二本の剣、かんっと響く、想いが落ちた音。
ツキノも黙って二人の勝負の行方を見守っていた。静寂に包まれた広間に、地面を滑った刃の音が鳴り響く。
エリンスの手からも、アーキスの手からも、すっかり力が抜けてしまっている。
弾かれて膝をついた二人はしばらく顔を上げることができず、肩で息を繰り返し、呼吸を整えた。
互いに剣から手を放した時点で勝負はついた。互角の戦いだった。
転がった
――こうしてではなくて、もっとちゃんと剣で向き合ってみたかった。
それが、勝負を終えて飛び出したエリンスの本音だった。
それが、決闘なのだろう。人を斬る恐怖とは違う、ちゃんと想いを届かせるための刃だ――。
「よくやったのう、斬れたぞ、エリンス」
肩の上に飛び乗ってきたツキノに、エリンスは額から流れた汗を腕で拭って顔を上げた。
にこりと目を細めたツキノに、エリンスはややあって柔らかい表情を浮かべながらこたえた。
「……届いたか」
アーキスの迷いを否定することはできたのか。
エリンスがアーキスへと顔を向けると、彼も顔を上げた。
「……エリンス、すまない」
「いや、いいって。アーキスの想いは、痛いほどに伝わった」
片膝をついたまま、互いに安堵の息を吐いて微笑んだ。
ゆっくりと立ち上がった二人は、一歩近づいて、互いに拳同士をぶつけた。
そうしてから手を放してしまったそれぞれの剣を拾い合う。
エリンスが天剣を、アーキスが
「……行くのか」
落ち着きを取り戻したアーキスが静かに言う。
「行く。もう決めたから」
「そうか……俺はもう、何も言わない」
「……でもそれが、本音だったんだろ」
エリンスがそうこたえれば、アーキスは照れたように顔を逸らして頭を掻いた。
「……あぁ、そうだな。彼女のことを救えるのはきみしかいないともわかっていたんだ」
どこか悩むような横顔を見せるアーキスに、エリンスは一歩踏み込むように聞いた。
「何があった? アーキスらしくもない」
俯いて考える素振りを見せるアーキスは一瞬悩んだようだが、すぐに真っすぐ顔を上げてこたえた。
「……ネムリナ・エルシャルズ。彼女だ」
「黒の管理者の?」
どうしてまた――とエリンスは思ったのだが、アーキスは確信を持ったように頷いて言葉を続けた。
「大聖堂できみら親子の話を聞いてしまった。俺は聞かなかったことにして立ち去ろうと思った」
エリンスもだからついてきたのだろうとは思っていた。
「だが、そんな俺の前にあいつが現れた。何を話したかは、覚えていない。その時点でおかしいだろう。俺はその違和感すら忘れてしまっていた。きみを失うことを恐れて」
その結果が剣を向ける決闘だったのだろう。
そこまでのアーキスの話を聞いて、「ふむ……」とツキノが頷いた。
「何か、精神に干渉する魔法のようなものだったように思えるのう」
「あぁ、多分。何を話したかは覚えていないが、胸の辺りがもやもやとするんだ。俺の迷いに、つけ込んできたのだろう」
人の心に干渉する魔法。魔族の力にも匹敵するだろう。
アーキスはそこでひと息吐いてもう一度悩んだように首を捻ると、さらに言葉を続けた。
「思えば、ラーデスア帝国で『捕まっていた』と言われたときから違和感は覚えていたんだ。他に捕らえられていた人なんていなかった。何故、彼女だけが、とな。マリネッタとメイルムのことを助ける手伝いをしてくれて、結局その場ではごまかしてしまったが」
何故アーキスの迷いにつけ込んだのか。
彼女にもまた――帝国陥落の裏で動いていた理由がある。
エリンスは呆然と考えながらも言葉を返した。
「そんな……じゃあ、勇者協会側にも裏切り者がいたってことか? 捕まっていたってのも」
「あぁ、カモフラージュだろうな」
アーキスは頷きながらこたえた。
思えばエリンスも、マーキナスの言動と、宙から落ちてきた彼女を支えたときには違和感を覚えていた。それは小さな疑問くらいのものだったが。
「そういうことか……」
エリンスも納得したところで、顔を上げたアーキスはきっぱりと口を開いた。
「エリンス、きみは早く、
エリンスは「でも」と思わずこたえてしまった。
先へ進むとは決めたが、勇者協会の内側にもまだ脅威は潜んでいることに気づいてしまったからには、放っておけないという気持ちが芽生えた。
だが、そんなエリンスの気も知ったようにしてアーキスは首を横に振ってこたえた。
「決めたんだろ。こっちのことは俺たち残された者がどうにかする。俺のことも、信じてくれるんだろ?」
いつものアーキスらしく爽やかに笑って、そう言ってくれた。
エリンスはその笑顔を見ていたらそれ以上、振り返っていることもできなかった。
「わかった」と頷くと鉄柵のほうへ歩いて寄って、その向こうの大穴へと目を向ける。
吸い込まれそうな闇に、優しい風が吹いている。
意を決し、柵を乗り越えて向こう側へ。足が竦みそうにもなるが、足場が消えるその先をゆっくりと見つめた。
「エリンス、ここから先へ進めば戻れぬぞ」
「わかってるよ、戻るときは全てを終わらせたときだ」
肩の上にいたツキノを胸の中に抱きかかえるよう両腕で包む。
むぎゅっと感じる尻尾のもふもふに、小さな鼓動。ツキノはくすぐったそうに笑って口を開く。
「窮屈じゃが」
「……俺だって不安はあるよ。でも、ついてきてくれるんだろ。ここからは一蓮托生だ」
「くふふっ、ここからも、じゃぞ」
笑い合う二人の背中にアーキスが声をかけた。
「信じている、きみたちの帰りを」
エリンスは横顔を向けて、片手を振ってこたえる。
「絶対に、アグルエと一緒に帰ってくる」
決意をもう一度言葉にして――アーキスは「あぁ」と笑いながら頷いてくれた。
エリンスはもう一度大穴へと向きなおって、足場が途切れたその先へと一歩を踏み出した。
途端に身体が支えを失った。前のめりに倒れるようにして、エリンスは大口を開けた暗い闇の中へと吸い込まれる。
身体を駆ける風の音、次第に早くなっていく落下速度。両腕で抱きかかえたツキノの毛並みもばさばさと揺れている。
――ここから先は、本当に何が待っているかわからない!
風の抵抗を受けていよいよ目も空けていられなくなった。
ぎゅっと閉じた瞼の裏に、進んだ先は大穴の闇の中だったというのに、薄っすらと白い光が映ったような気がした。
――きみへの想いで、この先の旅路を切り開く!
エリンスが強く願うその想いにこたえたのか。
腰の鞘の中で
――『さようなら』なんてできない。だから!
わずかながらに続いた道を見失わないように。
エリンスは強く、強く、アグルエへの想いを胸のうちで唱え続けた。
落下していく最中――結論から言えば、大穴へと足を一歩踏み出したその後のことをエリンスは覚えていなかった。ただただ、落ちて行くという感覚だけ。身体を優しく撫でた風の感触だけが響いていただけだ――。
溢れた
陥落した帝国、その奪還、そして、離れてしまった想い。
変わる世界、危機に陥った世界を巡る思惑、歪んだ真実。
人界を襲った惨劇は一つ幕を閉じた。だが、まだ何も終わってなどいなかった。
二人の旅路も終わらない。続く道は地の底へ――かつての勇者を除いて、人が足を踏み入れたこともなかった魔界リューテラウへと向かっている。
――陥落せし帝国に、離れゆく想い fin,
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます