第240話 落ちこぼれ VS 第一位
交差する刃のうちで、エリンスは苦しくも息を呑み込んだ。
――くそっ、どうして、こうなる!
アーキスが打ちつけてくる刃、その一閃には全く手を抜いた様子も見られない。
右から左へ、左から右へ。
軽い動作で振り抜かれ続ける重い天剣の一撃を、エリンスは手にした
――やはり第一位に君臨しただけのことはある。
続いて左から右へ。
その刃をいなして弾いたところで、エリンスが続けて剣を振るう隙もなくアーキスの刃が頬を掠めた。
エリンスは半呼吸の間を取って半歩下がり剣を振るうも、いともたやすく弾かれてその勢いも殺したままに反撃の一閃が迫ってくる。
なんとか対応し刃を受け止めて力任せに圧し返したエリンスの一撃に、アーキスはそのまま飛び退いた。
エリンスがよろめき二歩、三歩と下がったところで、アーキスは宙を蹴って加速し、さらなる一撃を叩き込んでくる。
防戦一方、エリンスが反撃に出る隙も作ってくれはしない。
「どうしたっ! きみの覚悟は、そんなものか!」
再び振り抜かれる一撃、白き光が過ぎ去るように煌いて、エリンスは両手で構えた
地面を踏みしめるように足をついたアーキスは、弾かれる刹那、もう一撃を振り下ろす。エリンスは半歩下がりつつ、それを受け止めて弾き、アーキスはそれでも攻撃の手を止めない。
更なる追撃、天剣の刃が白く光って、エリンスも咄嗟に剣を振り払い、大きく後ろへ跳ぶ。
「なんで……!」――どうして、戦わなければいけないのか。
そんなエリンスの迷いも、今や刃を通してアーキスに伝わっているようだ。
「迷いは、隙を生むぞ!」
下から上へ振り抜かれた剣閃。鋭い抉るような一撃が、エリンスの構えた刃を弾き飛ばす。
エリンスも足を踏ん張っていることができず、バランスを崩すように後ろへよろけた。
横薙ぎに構えられた刃、アーキスはすかさず追撃を放つ。
視線の交錯、そして感じた本気の剣閃に備わる殺意。
エリンスは間一髪、身体を回転させるように後ろへと避けて、続けざまに軸にした右足とは逆、左足に力を入れて地面を蹴る。
一歩前へ踏み込む意識で飛び出して、胸のうちから溢れる白き炎を刃にまで纏わせて応戦し、弾き返した。
「そうだ、本気で、来い!」
アーキスは後ろへ弾き飛ばされながらも宙を蹴り上がる。そして、そのまま一回転し、宙をもう一度蹴って再びエリンスへと距離を詰めた。
震える空気に感じた緊張感を、エリンスはどこか懐かしくも感じていた。
――師匠と、やり合っているみたいだ。
かつての修行の最中、木剣を用いた模擬試合ではあったものの、エリンスは度々師匠シルフィスと刃を交わした。足を怪我しているシルフィスに一勝も上げたことはなかったが、今感じているのは、そのときの空気に似ていた。
アーキスの剣技には隙が見当たらない。一発一発の的確さ、無駄のない動き。手先で行うちょっとした加減による剣さばき。
そのどれもが、エリンスが今まで相手にした剣士たちのそれとは別格だ。
それに加えて天剣の特性を生かした、どう踏み込むか読めない足さばき。宙を蹴る自在さ、距離感も読みづらい。
――いや、師匠以上。
エリンスは結論づけるように胸のうちで呟いたところで、振り抜いた
弾かれたアーキスは宙を一歩二歩と蹴り上がると、そのまま上方からエリンスへと斬りかかった。
「くっ」
エリンスもなんとか弾き返すが、着地するアーキスは地面を蹴って再び刃を構える。
エリンスがそれを迎え撃ったところで、鍔迫り合いへと持ち込まれた。
「俺はまだ、本気じゃないぞ?」
そう言う余裕まで見せるアーキスに、交差する刃の向こう側から迸る想いにも気がついた。
アーキスは――本気だ。その想いは本物だ。
エリンスのことを思って、願って、止めようとしてくれている。
全力で受け止めた今、エリンスにもそれは伝わった。だが、それがわかればわかるほどに、エリンスの中の疑問は膨らむ。
――どうしてだ?
「また、迷ったな」
力強い一撃に、何とか刃で受け止めるもエリンスは弾き飛ばされた。
地面を滑るエリンスが慌てて顔を上げれば、そのままの勢いで宙へと跳び上がったアーキスが両手で天剣を握る。
「
叫ぶアーキスに呼応して、天剣から迸る白き光がアーキスの背中に光の翼を授けた。
象った白き炎の翼を羽ばたかせて、アーキスは勢いよく天剣を振り下ろす。
「
光と風の
それをエリンスは蒼白に輝く
だが、二つの刃が交わる刹那、膨れ上がるようにして弾ける衝撃が周囲へ走った。
剣圧から放たれる突風、二人の戦いを見守るようにしていたツキノが吹き飛ばされる姿が、エリンスの視界の隅に映る。
「ツキノッ!」
なんとか柱に掴まるようにして堪えているツキノを横目に、しかし、前から迫る気配に対しての反応が一歩遅れた。
「余所見をしている暇が、あるのか!」
アーキスの鋭い言葉が突き刺さる。
エリンスは咄嗟に振り上げた剣でアーキスの攻撃を防いだものの、勢いよく再び後ろへと弾かれた。
腕を伝う痺れる感覚に、その一撃の重さが身に染みる。
手先の感覚が失われるようだ。
だが、握り込んだ
ツキノの言葉、アーキスの
「どうしてもそうしないと、通してくれないって言うのか」
エリンスが聞けば、アーキスは白き翼を揺すらして、静かな眼差しをしたままにこたえた。
「そうだ。きみを先に行かせるわけにはいかない、友として!」
アーキスの想いはわかった。
だが、エリンスは立ち止まるわけにはいかない。
「わかった……俺は絶対に先へ進むからな、アーキス!」
「ならば、来い!」
再び天剣を構えたアーキスに、エリンスも
全身から湧き上がらせるようにとイメージする気持ち。その想いにこたえて、エリンスの胸のうちから白き炎が噴き出すように溢れた。
二重に燃える白き炎が、陽炎のように揺らいだ。
――あのときと、同じだ。
破壊と否定。シドゥと対面したときだ。
――否定することを恐れちゃダメだ!
今度はエリンスから一歩を踏み出した。
その勢いのままに振り抜く一閃、アーキスは白き翼を羽ばたかせながらそれにこたえる。
ぶつかる刃、交差する視線、切り返す剣、踏みしめた一歩。
互いに弾いた二撃目も、互いに同じタイミングで力いっぱいに振り抜いた。
想いを乗せても、エリンスのほうがやや圧される。
蒼白に輝き出した剣身に、天剣の煌きが勝ったように、衝突する刃同士も輝いた。
――天剣は空の下で力を発揮するって言うのに、なんてパワーだよ!
これが天剣のアーキスと呼ばれた、勇者候補生第一位の実力。
その名を背負った者の覚悟の強さを、エリンスは改めて思い知らされた。
共闘したこともあった。肩を横に並べられて、それがあのときは素直に嬉しかったとも思っていた。
だが、相手にするとこれ以上の辛さはない。それは友として、エリンスの胸にも響く。
互いに弾いた刃、続けて振り抜いた剣閃は、互いにタイミングが少しずれた。
横に跳ぶような動きを見せる二人。交差した刃がそれぞれにエリンスの右腕を、アーキスの左太ももを、掠って過ぎる。
飛んだ鮮血に、飛び退く二人。互いに顔を合わせたまま肩で息を繰り返し、しかし、眼差しだけは外さない。
アーキスの想いにブレは見られない。だが、ずっと違和感を払拭することはできない。
アーキスらしくもない。アーキスが魔法で操られているのかもしれないと最初は思った。だが、白き否定の刃が掠ったところで、アーキスにかかっている魔法が解けたような変化は見られない。
やはりアーキスの想いは本物だ。だが、覚えた違和感の正体は必ずどこかにあるはずだ。
顔を合わせた二人の交差した視線、口を開いたのはアーキスだった。
「どうしてきみは、そうして己を犠牲にしてまで全てを背負う」
それはどこか、エリンスがシドゥに問うた想いにも似ていた。
だが、エリンスは否定して首を横に振り、迷うことなくこたえる。
「犠牲になんかならない。それが、俺の信じた強さだ」
――困った一人を救えずして、世界なんて救えるものか。
勇者を目指した際に掲げた想いが、今となっても支えてくれている。今となる絆を紡いでくれた。
別に自分自身を犠牲にしているわけでもない――ましてや、勇者候補生として犠牲になるつもりもない。まだ、その旅は終わっていないのだから。
「信じる、強さ」
「アーキスにだって、
笑う余裕なんてものは持ち合わせていなかったが、エリンスは無理矢理笑ってそう問いかけた。
その視線の先でアーキスの刃が揺れる。煌く天剣は泣くように輝いた。
「俺にはっ! くっ」
何かを我慢するように、苦痛の顔を浮かべたアーキスが空いた左手で胸を押さえた。
エリンスはその隙を突くように一歩を踏み出して剣を振り抜く。
アーキスはなんとかいなすように剣を振るって飛び退いた。
「メルトシスを、信じていたんじゃないのか!」
刃に想いを乗せて踏み込んだエリンスに、アーキスは苦しそうにしながらももう一歩飛び退く。
「俺は、師匠が教えてくれた強さを、幼馴染が教えてくれた強さを、大切な彼女が教えてくれた強さを、信じてる。だから、まだ俺の旅は終わっていない。ここで止まるわけには、いかないんだ!」
もう一歩エリンスが踏み込んで剣を振るえば、アーキスは苦しそうな表情で天剣を振るい、それを受け止めた。
衝突する刃の向こう、アーキスは一層苦しそうな表情を浮かべた。「くっ」と吐き出された息に、想いが漏れる。アーキスの迷いも見えた。
「俺はっ、あいつの剣で……天剣を愛し、勇者になんて、ならないっ」
苦しそうにしたアーキスは剣を振り払うと、白き翼を打って大きく距離を取る。
エリンスは呆然と、そうしたアーキスを目で追った。
「俺は、もう二度と、友を失うわけにはいかないんだ!」
白き光を宿したアーキスが、涙を浮かべる瞳で真っすぐとエリンスを見つめている。
彼の何がそこまで奮い立たせるのか――メルトシスの話をすると、アーキスに見える異常な昂り。
「わかったぞ、エリンス!」
エリンスが思考する間にもそう叫んだのは、横で二人の戦いを分析するように眺めていたツキノだった。
「言葉に絡みつく歪な
――精神に干渉する魔法?
エリンスがツキノの言葉に気を取られている間にも、アーキスは剣を構えなおしていた。
「だとしても、先へは進ませない!」
最初からアーキスらしくないとは、エリンスも思っていた。何かあったことは明白だ。
だがアーキスは、エリンスのそのような気持ちも知らずに一歩を踏み込んでくる。エリンスは仕方なしに
「エリンス、言葉を斬れ! お主の想いで、否定するんじゃ!」
エリンスは刃を受け止める。ツキノにこたえている余裕はもうなかった。
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