第237話 サークリア大聖堂に隠された真実
「あるにはある。だが……
レイナルの険しい表情には不安も見えた。
だが、エリンスは不確かな道であっても続いているのならば、と前のめりにして訴えかける。
「あるなら、教えてよ、父さん。どんな道だって、俺は進む」
「おまえならそう言うと思ったよ、だからだなぁ……」
はぁ、と息を吐いてレイナルは、何食わぬ顔で尻尾を振っているツキノへ視線を落とした。そうしてから周囲を警戒したように見渡して、もう一度口を開いた。
「エリンス、おまえも知ることになったのだろう。かつて、ここが何であったのか」
レイナルは大聖堂の床を指す。
エリンスはシドゥから聞いた話を思い出した。現在サークリア大聖堂が建っているこの地には、魔族の小国があった、と彼は言っていた。
エリンスがこくりと頷くと、レイナルは説明を続ける。
「これは今、かつての王宮が埋まった山の上に建っている」
小山の上に建つサークリア大聖堂、その山も人工的なものだったということだろう。
「ということは……」
「あぁ、そうだ。そうして造られたことにも意味がある。大聖堂と王宮は繋がっている。地下へと潜っていけば、山の中に広がる王宮に下りることができる」
「それが、この場所……」
エリンスが改めて大聖堂を見渡して見れば、静まり返ったそこにかつての面影なんてものはないのだろう。
それもまた勇者協会によって秘匿された真実。どうしてそうする必要があったのか。特別な意味を持って建てられた勇者協会総本部に、エリンスも改めて思わされるところがあった。
帝国が大罪の上に建っていたように、ここもまた、封じられた過去の上に建っている。
「王宮が建っていた場所は特別なところだった。というよりは、その王宮自体が特別だったんだよ。地下には大きな
大いなる巡りに近い場所――。
「どうして、勇者協会がこの地に総本部を置いているか、わかるだろ?」
レイナルの問いに、エリンスは頷いた。
「勇者の力は、大いなる巡りと繋がることを表す白き炎の力だ。勇者の力を継ぎやすくするために?」
「それはそうだが、少し違う。勇者の聖杯は、その
だから、その水をひと口にすれば勇者の力が身体に宿る。
「そういう風に造られたんだ、かつての勇者に」
それもまた勇者と魔王が歪めた世界のカタチなのだろうか。
「それが、サークリア大聖堂に隠された真実……」
「そうだ。本題へ入るぞ、エリンス」
そこまでは前置きだったようだ。改まったようにそう言ったレイナルに、エリンスは目を合わせたまま「うん」と頷いた。
「かつての王宮は魔界とも繋がっていた。王宮のさらに地下には、魔界へと続く大穴がある」
レイナルは言った。その手段が
「穴?」とエリンスが聞き返せば、レイナルは頷いて説明を続けた。
「あぁ、
どういうことだろう、と考えるエリンスに、ツキノも「うむ」と首を縦に振る。
「いいか、飛び込めば魔界へ渡ることができる可能性はある。ただし、先ほども言った通り、一方通行、戻ってくることはできない」
「ちょっと待って、可能性って」
「あぁ、無事は保証されないと言っただろう」
レイナルは真剣な表情をしていた。エリンスもまた、緊張を呑み込むようにその言葉を受け止める。
「大穴を通り抜けられるのは、資格を持っているモノだけだ。まあ、白き炎を胸に宿すおまえやツキノならば……とは思うがな。資格や覚悟なき者が飛び込めば、次元の狭間に落ちて命を失うだろう」
行ったら戻ってくることはできない一方通行な上に、最悪の場合は死を意味する大穴。
たしかに、とエリンスは、レイナルが話すことを躊躇った理由にも納得する。
だが、エリンスはもう決めた。それがたとえ危険を伴う道であっても、彼女へと届く可能性がわずかにでもあるならば。それに、帰りのことは向こうでどうにかすればいい話だ――とも拳を握る。
「うん、大丈夫だ」
覚悟を問われるというのならば、その覚悟は疾うにできている。
「
真っすぐと言い返したエリンスに、だが、レイナルは眉に皴を寄せて、険しい表情をしたままに口を開いた。
「だがな、エリンス。正直に俺も気持ちを話すぞ」
そう前置きをして、レイナルも真っすぐとこたえてくれる。
「俺としてはおまえに、先に黒の軌跡を巡ってもらいたい。今のおまえの力はまだ、不安定で不十分なものだ」
ピシッとエリンスの胸元を指したレイナルに、エリンスもすぐにこたえることはできなかった。
それは事実だろう。シドゥとの戦いでもその片鱗が見えた。四つの軌跡を巡っただけのエリンスの白き勇者の力では、五つの軌跡を巡った
黒の軌跡の復興まで七日程かかる見込みだとも聞いている。こうしている間にも刻一刻と、魔界では戦いがはじまっているのかもしれない。アグルエの身に危険が迫っているのかもしれない。
全て頭では理解している。だが、高鳴るエリンスの鼓動の音がそれを否定する。取り返しがつかなくなる前に、早く、早く、と騒ぎ立てる。
エリンスは立ち上がって、椅子に座ったままでいるレイナルの前へと一歩出た。
「でも、待てそうにないんだ、父さん」
「あぁ、おまえならそう言うと思った。だから、話そうか迷った」
真っすぐと向き合った父と子は、しばらく無言で視線を交わす。
エリンスは右手拳で胸を押さえて鼓動が治まるのを待つ。落ち着いたところで、改めて口を開いた。
「道があるなら、俺はその道を進むよ」
静かに語るエリンスの言葉を、レイナルもまた静かに聞いていた。
「悔しかった。何も話さず背中を向けた彼女に、手が届かなかったことが。思い知った。自分に力があるとわかって、何とかできると思っていたんだ。でも、何もできなかった。ずっと一緒に旅をしてきた、大切な女の子一人守り通すこともできなかった。このままお別れだなんて、諦められるはずがない」
胸のうちに込み上げてくる想い。
エリンスの握った拳に、白き炎がぼんやりと灯るようになったかと思えば、それは急に燃え上がった。
「だから決めた。仲間とも約束した。もう彼女を泣かせない、もう二度と彼女の手を放さない。力の反発、星の力、そんな運命だなんて、俺が
そう言ってエリンスが拳を解けば、白き炎は消えていた。力のコントロールも――段々と、無意識のうちにもつくようになってきた。
そんなエリンスの肩へと、ツキノがぴょんと飛び乗る。
呆然とエリンスの顔を見上げたままだったレイナルは、揺れる白い尻尾を目で追うと「ふっ」と小さく笑って、潤ませた目の淵を指先で拭ってからこたえてくれた。
「……そうか」
たったひと言の返事ではあったけど、エリンスはそこに感じた父の想いに、もう一度強く拳を握った。
エリンスの肩の上ではツキノが胸を張るようにして尻尾を振る。
「言ったろう?
「悪いな、ツキノ。何もかも、昔からおまえに頼りっきりだ。思えばそうやって、エリンスのことを連れ出してくれたのも、おまえだ」
「それは違うの。エリンスに想いがちゃんとあったから、
笑ってそう言ったツキノに、レイナルも「そうだな」と笑っていた。
「行ってくるよ、父さん」
エリンスが改まってそう言えば、レイナルは驚いたように声を上げた。
「今からか?」
その声には、静かに話を聞いていた
「いても立ってもいられない。ずっと、胸のうちで想いが騒ぎ立てるんだ」
エリンスの全身を薄っすらと白き炎の膜が覆い包んでいる。
全身から溢れ出している想いに――レイナルも気がついたようだ。
「そうか」ともう一度言って笑ったレイナルは、腕を伸ばして祭壇を指した。
「地下への入口は、祭壇の裏手にある。行ってこい、エリンス。男なら決めた道を突き進め、心に決めたモノを守り通せ」
そう言って道を示してくれた父親に、エリンスは「あぁ」と力強く頷くと背を向けた。
祭壇の裏手に回ると小さな扉に隠されたようにして設置されている。その先に下り階段を見つけた。
肩の上のツキノと頷き合ったエリンスは、静かに階段を下りて行った。
◇◇◇
一人取り残されたレイナルはそっと立ち上がると、去って行った息子の背を目で追って、静かに話を聞いてくれていた
大きな体は吹き抜けとなっている大聖堂でも立ち上がることはできなさそうで、窮屈そうだ。だけど、柔らかく丸まっている尻尾が軽く、レイナルの頭を撫でた。
レイナルがその鱗に包まれる大きな足に触れれば、
「恥ずかしい、親子の会話を聞かせてしまったか」
目から涙を流しながらレイナルがそう言えば、
「ふっ……俺も知らぬ間に、いつの間にか大きな背中になっていた。いつも、あいつに会うと、驚かされる。それは家を空け過ぎた俺の責任でもあったんだがな……」
覚悟を決めたように立ち上がったエリンスの背中を見上げたとき、レイナルはまだ小さかったエリンスを肩車したときのことを思い出していた。
親として、父親として、何かしてやれたという記憶はあまりない。ずっと家を空けて、ミレイシアに任せっきりにした子育てだった。
たまに帰ればきっと、お土産を持ってきてくれるおじさん程度にしか認識されていなかったことだろう。
でも、あいつは追ってきてくれた。セレロニアで顔を合わせて、それからそんなに時間は経っていないというのに、そんな小さかった背中が大きな背中に変わっていた。
そんな子を親である俺は、一方通行の危険な道へと送り出してやることしかできない。
「俺は、やっぱり父親失格だな……すまない、ミレイシア……きみに相談する時間もくれないらしい、うちらの息子は」
もうずっと連絡も取れていない。きっと、彼女も二人のことを心配して故郷の家を守ってくれている。
そう思うと余計に、レイナルの頬を涙が流れた。
「誰に、似たんだか」と泣いて――きみに似たんだろう、と笑った。
そんなレイナルが一人流した涙を、
レイナルは腕で涙を拭うと、
「ここだけの話にしておいてくれると助かる。俺は顔を洗ってくる」
しかし――そんな大聖堂での親子の会話を耳にしていた影が二つ。
吹き抜けとなった大聖堂二階、柱の上にぴたりと隠れるように身体を隠していた女性が、にやりと薄気味悪い笑みを浮かべる。
そして、もう一人。
たまたま通りがかった廊下の陰で、顔を出すタイミングもなく全て盗み聞きしてしまったらしい。
紺色のマントをどこか悔しそうにぎゅっと握ったのは、勇者候補生第一位、アーキス・エルフレイだった。
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