第228話 冷渦の勇者候補生
地下での戦いが一段落つく少し前――しかし、地上で刃を交わす二人には、地下でも戦いが起こっているなんてことを知る由はない。
放心したように立ち上がれないエリンスに、氷の鎧を身に纏い、鬼と化したシドゥが刃を向けていた。
――「だから、貴様の道はここで終わりだ」
シドゥの言葉がエリンスの胸の中で響く。
――ここで、終わる。こんなところが、終点……?
幼馴染の親友に手を引かれて進んだ道だった。
歩いているうちに独りになってしまって、だけど、旅立ちのあの日、それは
そう想い続ければ、その言葉を認めるわけにもいかない。
シドゥがエリンスの首を刎ねようとしたところで、エリンスは手にしたままだった
――たとえ、世界が歪んでしまっていたとしても、真実がそうであったとしても、ここで立ち止まるわけにはいかない。アグルエと、約束したんだ。
見上げた夜空、重ねた手のひら、あの星空に想った願い。
――『俺はもっと強くなる。そして、勇者になる』
あのときは恥ずかしくて口にもできなかった。「きみを守れるほどの」だなんて。
――『だって、今までだって二人で何とかしてきただろ』
一緒にいられれば大丈夫、そう信じていた。たとえ離れていても想いは一緒だ。
「グゥッ!」
周囲を白い光が包み込んで、シドゥは慌てたように飛び退き、エリンスの首に添えた剣を引く。
エリンスが力強く握った手元ではバチバチと白き光が迸る。エリンスの想いに共鳴するように閃光が弾けたのだ。
「ッ……まだ、立ち上がるカ」
冷たい氷の向こうから響く低い声。
エリンスは魔物のように姿を変えたシドゥを睨みつけて、ゆっくりと立ち上がる。全身からは光が溢れ出す。悲しき想いを照らし、否定する白き炎の光が。
「おまえ一人に、背負わせはしない」
風が吹いたように白き炎が舞い上がる。
高鳴るエリンスの鼓動に共鳴するように、爆発する想いが響いたように。
「おまえの絶望は、俺も背負ってやる。だから、独りで先に進ませはしない!」
真っすぐと睨みつけるエリンスに、シドゥは表情も冷たい氷に隠したまま言葉を吐いた。
「そうかヨ、だったラ、死ネ!」
シドゥの全身から溢れ出す冷気が膨れ上がる。手にしていた大振りの氷の刃は、周囲の冷気を吸うようにさらに大きくなった。
一歩踏み出したシドゥがそれを振り下ろす。エリンスも
エリンスはなんとか弾き返し後ろへ飛び退く。
腕が痺れる。寒気に合わさる単純な一撃の重さだ。常人の力では振るうことも難しい重い刃を、シドゥは振るい続ける。
続けざまに氷の刃を肩にかけるように持ち上げたシドゥは、その場で距離を取ったままにエリンスへと振り下ろした。
「
振り払われる氷の刃から放たれた冷気が、突風となってエリンスへと吹きつける。
冷え切った衝撃が、周囲の空気をも切り裂くように迫り、エリンスは咄嗟に横に跳んでその攻撃をかわす。
衝撃が過ぎ去って、玉座の間に立つ黒い柱を粉々に砕いた。がらがらと瓦礫の崩れる音がする。周囲の気温もさらに低くなった気がした。
――だけど、これでも霊峰で戦ったときよりはまだマシだ。
あのときに比べ、エリンスが経験を積んだというのもあっただろう。
だが、単純に今は想いが勝る。胸の奥底から湧き上がるような熱意に、エリンスの力――白き炎がこたえてくれているようだ。
「
シドゥが地面へと氷の刃を突き立てる。すると、エリンスの足元辺りが青白く光り、そこから氷でできた鎖が幾重にも飛び出した。
エリンスはさらに飛び退きながら、剣を振るって追従してくる鎖を断ち斬る。掃っても掃っても飛び出してくる鎖に、手のうちに集めた白き炎を剣へと集約するようにイメージし、特大の一撃を振り抜く。
「
白き否定の力を込めた想いを飛ばす。
その衝撃波は鎖を全て断ち斬って、地面で跳ねるようにしてシドゥへと向かって飛んでいく。
だが、シドゥはそれをかわすと、目にも留まらぬスピードで地面を滑るようにエリンスへと距離を詰めた。
腕を引く動作、振りかぶる氷の刃。
エリンスも咄嗟に剣を構えて受け止めようとするのだが。
「
大きく振り抜かれる冷気纏った剣に、弾くように剣を振ったエリンスは受け止めきることができずに吹き飛ばされた。
剣圧、剣風――。一撃の重さが桁違いだ。
今や人の数倍の力で剣を振るい続けるシドゥの刃は、簡単に弾くことを許してはくれない。
飛ばされたエリンスは背中を打ちつける強烈な痛みでそれを自覚させられた。壁にめり込むようになったところで動きが止まり、その反動が全身へと響く。
「ぐっ!」
身体のあちこちが痛む。それにしたって全身から湧き出る白き光が和らげてくれた気がする。だが、ゆっくりとそんな風に考えている暇もない。
動きが止まったエリンスに、シドゥは再び剣を構えながら突進してくる。
振り上げられた刃、冷たい氷の向こうに見えた凍てつく眼差し。覚悟を背負った彼に、容赦の二文字はもう存在しない。
「
膨れ上がる周囲が凍り付くほどの冷気。
エリンスの力を持ってしても否定しきれないほどの寒気を伴う一撃。
振り下ろされる剣撃に、エリンスは
「
振り抜く刃から放たれる蒼き衝撃。シドゥが振り下ろした氷の刃と交わる刹那、閃光のように弾け、衝撃が周囲に拡散した。
広がった白い冷気の靄、崩れた瓦礫の土埃。凍り付いた空気が雪となり舞い、二人の視界を遮った。
その隙になんとか壁から離れ立ち上がったエリンスに、崩れた玉座の間の中、シドゥは息もあげずに真っすぐと構えて立っていた。
息が上がっているエリンスとは真逆の態度だ。
天井より崩れてきた瓦礫が、その氷の身体にぶつかろうとびくともしない。
防御力もさることながら、力を底上げし俊敏さも備えている氷の鎧。
――まずは、あれをどうにかしないと、ダメか。
そうしなければ、その向こうにいるシドゥに
霊峰でやり合ったとき、エリンスの剣の腕が通じなかったわけでもない。だが今は、より強い想いの差で勝らなければ勝ち目はない。
シドゥの想いが象る
勇者候補生たちの中でも囁かれていた噂がある――「候補生ランク第三位以上の者が持つ力は、
エリンスもアーキスと一緒にいて、それは散々に思い知らされてきたところだ。だからメルトシスだって簡単に死んだとは思えない。
その二人に名前を連ねる第三位、冷渦の勇者候補生――シドゥもまた、彼らに劣らない本物の力を持っている。それがたとえ造り物だったとしても。
「もウ、終わりカ、エリンスッ!」
冷たくも轟く声を上げるシドゥに、エリンスは真っすぐとした眼差しを向けながら首を横に振った。
それを合図としたのか。崩れる天井、瓦礫を弾きながらもシドゥが強引に距離を詰めてきた。
振り抜かれる一閃、エリンスは横に吹き飛ばされながらも、その刃をなんとか弾く。
――やはりパワーが違いすぎる!
そうして、エリンスもまた強引にいなすことが精いっぱい。
地面を滑るエリンスに、シドゥは勢いを殺さずに再び突進してくる。
――それに、近づいた距離の分、冷気も増している。
エリンスも白き否定の炎を通わせているはずなのに、それ以上のシドゥの想いが押し寄せる。
――あの鎧を砕くには、どうする。
思考は止めずシドゥが振り抜く刃をかわして、エリンスは逆に一歩を踏み込んだ。
下から上へと振り抜く一閃、だが、シドゥはそれにも素早く対応し、氷の刃で応戦する。
懐へ飛び込むことはできない――ならば。
エリンスは弾かれながらも姿勢を低くし地面を蹴ると、手のうちで剣を回転させて逆手で握った。
シドゥの視界から外れるような動き、先ほどよりは一歩近く踏み込むことはできるのだが。
「
シドゥが地面へ刃を突き立てれば、周囲から青白い氷の鎖が伸びてエリンスへと迫る。
エリンスは地面を蹴ってその全てをかわす。上へ飛んで、上空へと狙いを引きつけたところで、勢いよく宙を蹴るように降下して、再び姿勢を低く構える。
近くに迫った鎖を一本、剣を軽く振ることで砕き、眼前で逆手のままに構えた刃を腕に沿わせるようにして駆け抜ける。
いくら氷の鎧で身体のパワーを上げていようと、エリンスのスピードを目で追うのはシドゥ自身、その判断能力までは上がっていない。
白き否定の炎を宿した刃は、シドゥの氷の鎧を裂く。
だがそれも一瞬、エリンスが振り返ったところで、氷の刃を両手で構えなおしたシドゥの鎧の傷は塞がっていた。
「無駄ダ」
――もっと、大きな力をぶつける隙を作らなければ、砕けない!
手のうちで剣を持ち換えて構えなおすエリンスに、シドゥはすかさず距離を詰めて氷の刃を振り上げた。
「
再び周囲に舞う強い冷気。エリンスは受け止めようと剣を振るうが、受け止めきれず、後方へと弾き飛ばされる。
「ぐぅ」と思わず漏れ出た声に、だが、シドゥも今度はそこで攻撃の手を止めはしなかった。
飛ばされたエリンスに並走するように高速で駆けて追いついたシドゥは、そのままエリンスの腹を蹴り上げた。
構える間もなく襲い来る衝撃に、エリンスは「がはっ」と胃液を吐き出して、そのままの勢いと速度で上方へ飛ばされる。
天井へ叩きつけられて全身に伝う痛みに目を閉じる暇もなく、地面を蹴ったシドゥが一直線にエリンスへと迫った。
「息の根ヲ、止めてやル」
やはり冷たい声は、厚い氷の向こうから低く響いた。
間近に迫った死の恐怖。天井にめり込んで身動きの取れないエリンスはこのとき、はっきりとそれを目にした。
突進してくる氷の鎧、構えられた刃はエリンス目掛けて振り抜かれた。
「――
エリンスの視界が真っ白にスパークする中、全身を打ちつける痛みに感覚が麻痺していく。そこでエリンスの意識は一度途切れた――。
シドゥはそのままの勢いで力任せに天井をぶち破り続け、エリンスのことを斬り上げる。二人はそのまま階上の天井をもぶち破り、雲がかかり出した青空の下へと飛び出した。
口から血を吐き出して白目を剥いたエリンスがそのまま空を舞う。
黒鉄の王城の屋根の上に着地した冷たき氷の鎧は、落下して屋根に叩きつけられるエリンスのことをただ静かに冷たく見つめていた。
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