第83話 シスター・サプライズ


 ファーラス勇者協会は異様な緊張感に包まれていた。

 エリンスは一人、隅の壁に背を預けてその様子を眺めた。


 普段は並ぶ机や椅子が端にと追いやられて設けられた空間には人々が集まる。

 カウンターではいつも通り受付のお姉さんが微笑んでいたが、本日協会内に集まっている人々は、勇者協会を利用しに来たいわゆるお客さんではない。

 鎧を着込んで険しい顔をする者。

 自身の持つ剣を磨き、手入れを欠かさない者。

 本を片手にして時を待つ者。

 仲間と語らい合う者。

 ザッと数えただけでも、三十人以上はいるだろう。

 そのすべてがここまで辿り着いた勇者候補生と同盟パーティーたち。

 勇者洗礼の儀、候補生としての力を試された試験の際に見知った顔も数名いるが、ほとんどは傭兵だろう。


 時折エリンスの顔を見ては仲間と何やらコソコソと耳打ちをする者もいた。

 最下位、落ちこぼれ――そういったレッテルを忘れそうにもなったが、こういう場にいると嫌なほどに感じてしまう。

 ただ、エリンスはそう呼ばれることに特別何かを感じているわけではない。

 だから気にしないように、輪には入らないように、と静かにしているだけだった。

 アーキスやメルトシスの姿が見当たらないことは気に掛ったが。


「えーっと、ごほん。諸君。こんにちは!」


 用意された壇上へと上がり、かしこまったよう咳払いしてから軽く挨拶をする女性。

 幅広のウィッチハットにえんじ色のローブ、真っすぐした姿勢で誰かは一目瞭然。

 周囲の注目が集まり、一同は静かになった。


「わたしは勇者協会赤の管理者、リィナーサ・シャレン。諸君がこの地に辿り着いてくれたことを誇りに思おう!」


 語り出したリィナーサへと、集められた候補生のうちの一人が拍手を送る。

 それに続けて周りの人らが手を叩いた。

 パチパチと響く音が協会内を支配して、リィナーサはそれをなだめるように手を振ってから言葉を続けた。


「静粛に頼もう。今日集まってもらったのは他でもない、きみたちの旅についてだ。

 噂にもなっているから知っている者もいるだろう。現在、ファーラスとラーデスアは緊張状態にある――」


 そう語られはじめたリィナーサの話は、先日の騒動をきっかけにした国の状況だった。

 原因、理由――そこにあった『思惑』が外に漏れることはなかったが、国を覆う事態として、西と北の関係がかんばしくないことは勇者候補生らの耳にも届いている。

 国は解放されたが、未だに赤の軌跡へ挑むことができない事態にイライラを隠せない者もいるようだ。


 そのため、候補生らが足止めされる原因をリィナーサはそれらしく・・・・・語ることで、その場に集まった候補生らを納得させた。


 しばらくの間、赤の軌跡は立ち入り禁止。

 赤の管理者であるリィナーサの立ち合いがないと、近づくこともできないのだという。


「――ということで、不便を掛ける。他の軌跡へと向かう者もいるだろうが、北へはいけないと思ってくれたほうがいい」


 締めの言葉にそう続けて、リィナーサは壇上を下りた。

 国同士の問題が勇者候補生に与える影響も大きいようだ。

 当のリィナーサはそそくさと勇者協会の裏手へと姿を消す。


『争いを起こさせるわけにはいかない。そのための勇者協会なのだから』


 騒動の後、ファーラス国王の寝室でリィナーサに言われたことをエリンスは思い返していた。

 きっと、そのために奮闘してくれている最中さなかなのだろう。

 解散を言い渡された候補生らが勇者協会を出ていく中、エリンスは一人、静かになるのを待ってから勇者協会を後にした。



◇◇◇



 勇者協会を出たエリンスは表通りの建物の角、日陰になったところに背を預けて待っているアグルエの姿を見つける。

 待たせてしまったかな、と駆け足で寄ってその名を呼んだ。


「アグルエ!」


 エリンスに気づくや顔を上げたアグルエは、ただいつものように笑顔を見せてくれはしない。

 晴れないような、ムッとした顔をする。

 怒っているわけではないことがエリンスにもすぐわかった。

 近づくまで気づかなかったのだがもう一人、アグルエと一緒にエリンスのことを待つようにしていた人物がいた。


「やぁ、久しぶり」


 建物の角の向こう側より見覚えのある女性が姿を現した。

 軽い調子で手を上げる、濃紺色の修道服を身に纏う切れ長の目をした女性。

 サークリア大聖堂での旅立ちの際、励ますように元気づけてくれたシスター。


「マリーさん? え?」


 驚いたエリンスは大きな声を上げる。


「そう、マリーさん!」


 朗らかな笑顔につられてエリンスも笑うのだが、横にいるアグルエは警戒心を隠さずにムッとしたままだった。


「アグルエ、どうしたんだ?」


 そう聞いても返事をしてくれない。

 どうして二人が一緒にいるのか。

 気になりはしたが、エリンスは言葉を続ける。


「シスターマリー、俺が旅立つ時に元気づけてくれた勇者協会の人だ」


 マリーの顔を見て、アグルエの顔を見て、エリンスは言った。


「聞いた」


 アグルエはその言葉に一言だけ返事をする。

 だが、表情は変わらない。

 怒っているわけではないだろうが、何か気に障ることをしてしまったのか。それとも待たせすぎたのか。

 エリンスは頭を捻って悩ませるも、その様子を見たマリーが笑い出した。


「あはは、きみは変わらないねぇ」

「何がですか?」


 楽しそうにしたマリーにエリンスが聞く。

 マリーは目を細めて、ドキリとするような視線でエリンスを射抜く。


いろいろあった・・・・・・・だろうに、はじめて会ったときのままだ」


 その言葉には――今までの旅路を見透かされたような鋭さを感じた。

 エリンスは思考が停止する。

 そのエリンスを差し置いて、アグルエは表情をそのままにマリーの顔を見て聞く。


「どういうことですか?」

「え?」


 エリンスも疑問を返す。


「んー?」


 だがマリーは誤魔化すように明後日の方向を眺めてとぼけた返事をした。


「はぁ……」


 呆れたようなため息はアグルエの肩の上から聞こえた。


「ちゃんと話したらどうじゃ」


 ツキノはそう言葉を続け、さらにはアグルエが言い放った。


「あなたは魔族。敵意も感じないけど、それに魔王候補生でもないけど……」


 エリンスは困惑してその言葉の受け取り方がわからなかった。

 マリーは少し考えるようにしてから口を開いた。


「ここじゃちょっと、ね。赤の軌跡にいきたいのでしょう?」


 何も考えられなかったエリンスは言われた言葉をそのまま受け取って、こくんと首を縦に振る。

 話の流れがさっぱり読めない。


「じゃあ明日朝、8時はちのこく! 北門に集合ね!」


 それだけ言ったマリーはコツコツとブーツのヒールを鳴らしながら二人に背を向けて、勇者協会の中へと入っていった。

 置いていかれたエリンスとアグルエは互いに顔を見合わせた。


「どういうことだ?」

「わたしにも、話してくれなくて……」


 得体の知れない者と一緒にいることになれば、それは警戒もするだろう。


「あやつは昔から変わらんのう」


 ただ、アグルエの肩の上でツキノがそう言葉を漏らした。


「知り合いなのか?」

「うむ、知っておる」


 ツキノの知り合いであるのならば、信用してもいいのかもしれない。

 それにアグルエの言う通り敵意は感じなかった。

 はじめて会った大聖堂、そこで感じた印象をエリンスは思い返す。

 励ましてくれた言葉の数々は本物だ。


 冷静になって考えてみればみるほどに――疑問が次々と湧き上がってくる。

 どうして魔族が勇者協会に、それも総本部であるサークリア大聖堂でシスターをしているのか。


「まあ、それがまさか今は人界に、それも勇者協会にいるとは思わなかったがのう」


 そこについては知らなかった様子。

 ツキノはマリーの消えた勇者協会の入口を眺めながら呟いた。


「アグルエ、マリーさんとは、勇者協会総本部であるサークリア大聖堂で会っている」

「その話はマリーさんもしてた。エリンスのこと、『応援してる』って言ってた」


 エリンスは旅立ちの日に大聖堂で言われた言葉を改めて思い返す。


「何か……俺たちの知らない事情があるらしい」


 星刻の谷――そう呼ばれた谷で見たこと。

 勇者と魔王の関係。

 勇者が創立した組織である勇者協会にいる魔族。


――無関係ではない。


「うん、きっとそう。それにマリーさんは、わたしのこと・・・・・・も知っている」


 エリンスとアグルエは確信を持って頷き合い、衝撃的な出会いにしばらくその場を動くことができなかった。

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