第79話 幻影晴れた王都 ―エピローグ―


 ファーラス王国を襲った危機はひとまず去った。

 国を襲った魔王候補生たちは討たれ、謀反を企てた者たちも捕まった。

 首謀者の一人、カベムは命を落とし、ベダルダスとデズボードは未だ意識も戻らないようだった。


 今回の騒動は城の魔導士部隊と勇者協会の実力者たちが北へ遠征している間に企てられたという。

 操られた勇者協会の人員からも兵士からも通常通りの連絡しか送られて来ず、事態に気づくことができなかったようだ。

 幻術下で操られていた職員の無事も確認され、遠征部隊も帰還を果たす。

 そのためウィンダンハによって解放された勇者協会は、事態の収拾につくために大騒ぎだった。


 ラージェスも一命は取り留めたと聞いた。

 現在はファーラスの病院に担ぎ込まれた、とのことだ。

 アグルエの治療が早かったのが救いだったのだろう。


 全ての戦いが終わった後、エリンスらはドラトシス王に呼び集められた。

 場所は国王の寝室。

 煌びやかな照明に赤と黄を基調とした豪華な内装。

 天蓋が垂れる大きなベッドに寝たまま身体だけを起こす国王ドラトシス。

 意識を操られて眠っていたとメルトシスより聞いたが、どうやら無事意識が戻ったようだ。


「……国王陛下、すみません。事態の把握に遅れました」


 ベッドの近く、大きなウィッチハットを手で取り外し背中に回した女性が頭を下げた。

 女性の割に高い身長、えんじ色のローブを羽織ったパンツスタイル。

 長い赤茶色の髪を後ろで結って、力強い眼光をたずさえる。

 整った顔立ちに、スッと通る姿勢の良さは彼女の性格を表しているように真っ直ぐだ。

 大きな杖を背負っており、手にした帽子と合わせて、魔導士であることが一目瞭然。


 彼女はファーラス勇者協会支部長兼赤の管理者、リィナーサ・シャレン。

 リィナーサもまた、先の遠征に出ていて事態に気づけなかったのだという。


「構わぬ、状況が状況だった故に、仕方がなかろう……」


 ドラトシスが静かになだめ、頭を上げるようにリィナーサへ促した。


「今回は彼らの活躍に救われてしまったな……」


 そう言ってリィナーサはエリンスらに向きなおった。

 突然国王の寝室に呼びつけられて緊張をしていたエリンスは、二人の視線を浴びてドキリとする。

 横にいるアグルエも表情が強張っていた。

 一緒に呼ばれたアーキスとメルトシスはいつも通り。


「うむ、感謝する。勇者候補生諸君……!」


 ドラトシスにそう声を掛けられて、エリンスは無意識のうちに背筋を伸ばす。


「さて、どうしてこう陛下の寝室にきみらを呼んだか、わかるかい?」


 リィナーサに聞かれて、エリンスは無言のままに首を横に振った。

 返事をしたのはアーキスだった。


古代魔導技術ロストマナ、だろう……」

「そうさ。さすがだな。陛下、彼らには伝えますよ?」


 リィナーサはベッドの上のドラトシスの顔をうかがうようにして口を開いた。


「構わぬ、そのつもりでこの場を用意したのだ」


 目を瞑って頷いたドラトシスの言葉には、雰囲気も合わさって重たいものがあった。

 他言無用は、暗黙の了解だ。

 この場には侍女や他の兵士の姿もない。


「今回の騒動は、ちょっとややっこしいことになっていてね」


 そう言ってリィナーサが話をはじめた。


「国民は気づいていない。だから今回の騒動は、おおやけにはしないことにした。

 これはね、古代魔導技術ロストマナの研究が成されていたことを外に出さないためでもある」


 勇者協会より禁止されているという強大な力。

 そのような研究が進められたとなれば、一大事件として民衆も騒ぐだろう。


「それにベダルダス、カベムの暴走によって西ファーラスラーデスアのバランスが崩れてしまった」


 緊迫感を含む声で語るリィナーサ。

 エリンスにも想像がつく話だった。

 何がどういった規模で、どう崩れたのかはわからないが。


古代魔導技術ロストマナに関しては、繊細デリケートなことなんだよ。

 きみらが何をどこまで知ったかはわからない。けれど、知ってしまっただろう?」


 リィナーサに聞かれて、四人ともが黙ったままに頷いた。


「勇者協会は当然ラーデスアの動向も知っているんだ。

 だから今回の一件は、勇者協会わたしらも間に入ることになった」


 ドラトシスも静かに目を瞑って頷く。


「争いを起こさせるわけにはいかない。そのため・・・・の勇者協会なのだから」


 ファーラスを襲った危機はひとまず去った――だけど、一変してしまった国同士の状況が予断を許さない。

 まだ一安心とはいかないようだった。



◇◇◇



 話も終わって国王の寝室を後にした四人は、部屋を出た廊下にてリィナーサに呼び止められた。


「そういえば、もう一つ。きみたちに聞きたいことがあったんだ」


 改まって言うようにするリィナーサに、それぞれ顔を見合わせた。

 ひょっとして「魔王候補生」のことを突っ込まれるのかともエリンスは身構えたが、どうもそうではないらしい。


古代魔導技術ロストマナのことは、他言無用。それはわかっただろう?」

「あぁ、もちろん」


 アーキスが頷いて、それに続いてエリンスも「言いません」と返事をした。


「それに関して、ある男を目撃しなかったか、と思ってね」

「ある男?」


 聞き返したのはメルトシス。


「勇者協会が追い続けていてね。

 協会職員でも、ある一定以上の実力者にしか知らされていない要注意人物。

 古代魔導技術ロストマナがあるところには必ず現れる、名も無き男」


 そう言われてエリンスは、誰にも気づかれないようにアグルエの顔をうかがった。


「通称、幻英ファントム


 アグルエの表情が一瞬強張ったのを見逃さない。


「会わなかったが……」

「ベダルダスの裏で糸を引いたのがそいつだったのか?」


 アーキスとメルトシスがそれぞれこたえたのを聞いて、エリンスも慌てて返事をした。


「見ませんでした」

「うん……」


 アグルエも続けて頷く。


「そっかぁ」


 それぞれの顔をうかがったリィナーサは、顎に人差し指を当てて天井を見上げて考えるようにした。

 どうやらアグルエの表情の変化には気づかなかったようだ。


「あいつらの意識が戻るの、待つしかないか……」


 独り言を呟いたリィナーサは、整った姿勢はそのままに振り返る。


「じゃあ、わたしは急ぐから。またね!」


 話はそこで終わりだった。

 顔だけ四人に向けて挨拶をしたリィナーサは慌ただしく、だけど走ることはなく城の廊下を歩いて去っていった。

 その背中を見送った四人は、それぞれ考えるように足を止めたまま。


「なんなんだろうなぁ」

「さぁな。ベダルダスらの裏で糸を引いていたのは間違いないだろうが、今は考えても仕方がない」


 メルトシスの呟きにはアーキスが返事をして、エリンスもその考えに同調した。

 こちらも話は終わり。

 そういった雰囲気になったところで、メルトシスがにこやかな笑顔を向けて口を開く。


「城の者が戦った俺たちのためにいろいろ準備してくれたらしい。アグルエ、腹は減ってないか?」


 終始元気のなさそうだったアグルエのことを気遣ってくれたのだろう。


「……う、うん! 減ってる!」


 アグルエは未だ少し赤い目をこすってから、慌てて笑ったように返事をする。

 ただ、エリンスは返事の間にあった動揺を気にし続けた。



◇◇◇



 その夜、エリンスとアグルエはドラトシス国王の計らいで王城の客間の一室を借りて宿を取った。

 天蓋付きの大きなベッドが二つ並ぶ部屋に、エリンスは妙な緊張感を覚えていたたまれなくなる。


「はぁ……」


 ぼふん、とベッドに跳ねるよう座ったアグルエは、腕の中に抱えていたツキノをそっと枕の横に寝かせてからコートを脱いで畳む。


 ツキノは未だに眠り続けている。

 あまりにも長い時間眠り続けるのでエリンスとしても心配をしたのだが、小さな身体で大きな力を使わせ続けた弊害だろう。

 アグルエは『心配いらなさそう』と見立てて言っていた。

 その証拠に、穏やかな表情をしたままに眠っている。


 少し気まずい雰囲気を覚えながらもエリンスとアグルエは、二人して上下するツキノの白いお腹を見つめる。

 スースーと立てている寝息が静かな部屋に響く。


「なぁ、アグルエ」


 騒動後、ようやく二人きりになれた時間だ。

 疲れてはいたものの立ったまま、部屋の雰囲気も合わさって腰を下ろす気になれなかったエリンスは、アグルエのほうへと向きなおって名を呼んだ。


「……どうしたの?」


 アグルエの元気はずっとなかった。

 祝賀会パーティーと称されてエリンスらのために用意された料理を食べているときも表情は曇らせたままで心ここにあらず、といった様子。


 その理由がなんとなく察せてしまう。

 先の戦い、ルミアートとの問答。

 リィナーサに訊ねられたとき。

 中庭で遭遇した――あの時の表情。


「あの時、何があったんだ?」


 そうエリンスが聞いて、アグルエは全てを悟ったのだろう。

 表情を曇らせて、一言「うん……」と返事をして俯いた。


「ひょっとして、リィナーサさんの話と関係があるんじゃないのか?」


 アグルエと同調したとき見えた男の影。

 この一連の騒動、縺れた思惑の裏側に――糸を引いているような者の影がずっと見えていた。


「全部終わったら話すって約束だったもんね……」


 零すように言ったアグルエはそのまま言葉を続けた。


「わたしが会ったあの男が多分、そう」


 アグルエは俯いたまま静かに口にする。


「あいつはわたしとすれ違って……一目見て何故だか、知ってたの。

 わたしが、魔王の娘だってことを。

 わたしが今回斬るべき相手は――あの男だった」


 右手に黒い炎を浮かべて見つめるアグルエは、あの時・・・のことを話しはじめてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る