第75話 天剣&神速VS反逆 ――2――


 古代魔導技術ロストマナの力が込められて作られた鎧、魔鎧まがい

 メルトシスは一度対峙したと言っていたし、その危険性も目の当たりにしたと言っていた。

 完璧なものではない。

 使用者に負担があるものと考えていい。

 アーキスは目の前で笑い続けるベダルダスを睨みながらも、そこにある弱点を見出す。


 動かないのではない、動けないのだ。

 空の下に出たのではない、出る必要があったのだ。


 針を飛ばす攻撃技にしたってそうだ。

 魔力を削るという目に見えない痛みは、たしかに強力なものだ。

 だが、ベダルダスが針を飛ばした瞬間、鎧に集まる魔素マナに綻びが見えた。


 ベダルダスの背中越し、メルトシスと視線を合わせたアーキスは頷いてアイコンタクトを送る。

 メルトシスは頷いてから、ベダルダスに悟られないように口を開いた。


「たしかに強力だ。懐へ飛び込めやしない。

 だけど、その力がどういうものか、わかっているのか!

 デズボードは……暴走した力に飲み込まれた!」


 震える握りこぶしを作るメルトシス。

 ベダルダスは見下すように顎を上げて笑って返事をした。


「弱いからそうなる。くだらないものを守ろうとする弱さ。弱いから守ろうとする」

「違うだろう! 守るから強くなれる。おまえに、信念デズボードを否定させやしない」


 剣を構えたメルトシスは一歩を踏み出す。


――キィン!


 互いに振られた剣が交差して、メルトシスとベダルダスは押し合うように、剣を通して顔を見合わせる。


「弱いやつの言葉だなぁ!」


 ベダルダスが力を込めるように剣を振り抜いて、メルトシスは弾かれて吹き飛ばされた。

 地面を滑るメルトシスは、ベダルダスを睨み続ける。


「おまえにあるのは信念じゃない。野心だろう」


 そう言ったアーキスの言葉に「あぁん?」と眉をひそめたベダルダスが振り返る。


「野心、信念……ねぇ。想いで世界は救えるか?」


 そう聞かれて、アーキスは何もこたえられなかった。


綺麗事おもいだけじゃあ、正せやしない。『世界を救ってくれる勇者』、だぁ?

 ありもしない幻想を夢見て、そうして生まれてきた勇者候補生が何を救った? この200年、救ってねぇだろうが!」


 体勢を立てなおしたメルトシスも何も言い返せないようだった。


「今や独り歩きした言葉に群がる弱者おろかもの、ただのお飾りに成り果てたゆうしゃ

 なら覚ましてやろうじゃねえか、たしかな支配ちからが必要だ!」


 勇者候補生をただのステータスとして考える者がいることを、当然ながらアーキスも知っている。

 世の中がそういう風潮になっているのも、否定できない事実だ。

 アーキスは天剣グランシエルを見つめて怒りを飲み込んでから、静かに口を開いた。


「たしかにそれも事実だ。だが、俺たち・・・は、先の時代に、勇者を目指して心半ばで倒れていった者のためにも立ち止まれない。

 そういう信念おもいがあるからこそ、今こうして剣を取る」


「おまえらはまだまだ若いんだよ……世界の有様・・・・・を知らないからそう言える」


 やけに冷静な様子でベダルダスはそう言った。


「……デズボードも似たようなことを言っていた。何を知った、ベダルダス!」


 こたえようによっては今すぐにでも飛び掛かる――そういった気迫のままにメルトシスは剣を構えている。

 一瞥したベダルダスはこたえようとしない。「へっ」と鼻で笑うのみ。


ついえる貴様らが知らなくていいことだ。魔王は俺が討ってやる。勇者候補生なんて、もういらねぇんだ」

「魔王候補生と手を組んでか?」


 アーキスがそう聞いた言葉に、ベダルダスは再びアーキスのほうへと向きなおって口を開く。


「魔王候補生? あんなものは、利用しただけに過ぎない。断絶魔術式ジャッジメントが完成された今、やつらも無力だろう!」


 興奮したように笑い続けるベダルダスに、アーキスは説得を諦めた。

 話が通じないとは端から思っていたが、ベダルダスの考えを聞けば聞くほどに、そう思わされる。

 過信だ。

 古代魔導技術ロストマナと呼ばれる力はたしかに強力だ。

 だが、だとしても相手はあの魔王候補生・・・・・・・

 侮っている。

 港町ルスプンテルは一人の魔王候補生によって、一夜にして多大な被害が出た。

 本来魔族は――人間に協力する意味などないだろう程の力を持っているはずなのだ。


 相手が子供の姿をしている、とアグルエは言っていた。

 だからなのか。

 だとしても――利用されているのはベダルダスのほうだろう。


――力づくで止めるしかない!


「民を犠牲にする、おまえのやり方は許せない!」


 先に一歩を踏み出したのはメルトシスだった。


「俺は剣だ。天剣、煌け、放て!」


 続けてアーキスが踏み出して、二人は同時にベダルダスへと飛び掛かり距離を詰める。


「何度やろうと同じことよ、もう魔素マナも集まらないだろう!」


 身体を一回転させて黒紫色の魔素マナの流れを周囲へ振り巻いたベダルダス。

 正面に寄ったアーキスの斬撃は剣で受け止められる。


「メルトシス! 今だ!」


 その一瞬の隙を作れるだけでよかった。

 鍔迫り合いとなったアーキスとベダルダス。

 周囲には未だ魔素マナが立ち込めて、ベダルダスの魔鎧まがいに集まっている魔素マナは薄まったままトゲも出ない――


「神撃の型、強嵐きょうらん!」


 太陽と重なるように上空より姿を現したメルトシスは、神速剣の速度も利用したままに身体を一回転させて剣を振り抜いた。

 慌てて上を見上げたベダルダスは、太陽の眩しさに目を細めてその斬撃を捉えることができない。

 力技でアーキスを弾き飛ばし、剣を振り上げるベダルダスであったが、メルトシスは既にそこにいなかった。


「――こっちだよ!」


 ベダルダスの背後へと回ったメルトシスがもう一撃――速度と風の魔素マナを乗せた斬撃を放つ。


――ガキィン!


「なにぃ!」


 鈍い衝撃音が響き、驚きバランスを崩したベダルダス。

 ついには一歩、二歩と転びそうになる身体を支えるようにして、重たい足を踏み出し、今の今まで動こうとせずにいたその場から離れた。


 斬撃により深く傷つけられたベダルダスの魔鎧まがい

 ベダルダス自身にダメージが入っている様子は見えないが、周囲に集まる黒紫色の魔素マナに見えた綻びが大きくなった。


「動かないんじゃない、動けないんだろう」


 アーキスの指摘に、ベダルダスは焦ったような表情をして体勢を立てなおした。


「わざわざ開けた外に出たのも、そこから一歩も動こうとしなかったのも、魔素マナの流れが見えないといけないからだ。

 背中のトゲは魔素マナに反応する避雷針のようだった。

 それはつまり、魔素マナの流れを探知して追っているからだ」

「そうか、だから神速剣の動きを目で追わなかったのか」


 メルトシスの言葉にアーキスは頷いてこたえる。


「防ぐことのできない魔素マナの針を飛ばす。たしかに、目に見えないダメージはあるし、強力な攻撃だ」


 アーキスがそう口にしたところで、メルトシスが続けて言いたいことを言ってくれた。


「あぁ、だけどその分守りが薄くなる。隙が大きすぎる」

「昔からおまえの悪い癖だ、ベダルダス」


 息を合わせた二人の言葉に、ベダルダスは顔を赤くして吼えた。


「知ったように、口にしやがって。なめた口利くんじゃねぇ! 若造クソガキどもがぁ!」


 ついには激昂し、周囲に集まった黒紫色の魔素マナがバチバチと反発しあうように弾ける。


「暴走の兆候だ!」

「破壊するぞ!」


 メルトシスが叫んだのを聞いて、アーキスは頷いた。

 魔鎧まがい――古代魔導技術ロストマナによって作られたという鎧は、精密に使用者の魔素マナをコントロールする役目があるのだろう。

 だから一つの傷で大きな影響が出る。

 それに魔素マナを介している以上、使用者の感情に揺さぶられやすい。


――うごごぉぉぉ!


 雄叫びを上げるようなベダルダスに、もう人の言葉は届かないだろう。

 力任せに剣を振り回して、メルトシスへと迫ったベダルダス。

 その背中には、もうトゲも見えない。

 ただ、拡大し膨らみ続ける黒紫色の魔素マナが不気味だった。


 隙だらけの攻撃を全て交わしたメルトシスが、剣を構えて腰を低くし駆け出した。

 メルトシスの神速剣の構えに合わせてアーキスは、宙へと踏み出して一歩、二歩、三歩と高く上昇する。


 渦巻くような薄緑色の風を纏ったメルトシスが、屋上広間を縦横無尽に駆け回って、怒り狂うベダルダスを攪乱かくらんする。

 今や目で追うことしかできないベダルダスがキョロキョロと辺りを見渡す間に、アーキスは空を翔けた。


「あぁん?」


 怒りを露わにして腕を振り上げたベダルダスの懐へと、メルトシスが滑り込んだ。

 一瞬――ベダルダスはメルトシスと目を合わせて、にやりと笑う。

 だがその刹那の時には、二人の認識の間に圧倒的な差があった。

 目で捉えたベダルダスと、加速し続ける魔素マナの中にいたメルトシスでは。


信念おもいを知れ! ベダルダス!」


 神速の内に駆け回ったメルトシスに、風の魔素マナが追いついたのはその少し後。

 スリップストリームと呼ばれる現象を受けて、舞うようにした薄緑色の魔素マナが、竜巻を起こして渦巻いた。


「がぁあ!」


 瞬間――2メートルはある体躯に重い鎧をつけて、並大抵の風では動じもしないはずであるベダルダスの身体が、宙へと投げ出される。


「神速の型、旋風せんぷう!」

飛翔天衝ひしょうてんしょう!」


 浮き上がったベダルダスの胴体目掛けて、メルトシスは腕を突き出して、神速風速の勢いを乗せたままに風雷剣ツインウェザーで一突き。

 同時に空より急降下し迫ったアーキスも、剣を真っ直ぐ突き刺すように構えて突撃――二人のきっさきが交差する。


――ぐううおぉぉぉあぁぁ!


 悲痛な声を上げたベダルダスは、バランスをとることのできない空中に投げ出されたまま――ただし二人の剣が身体を貫いたわけではない。

 黒紫色の魔素マナが集束した中心点。

 交差する刺突に貫かれた魔鎧まがいは、その不気味な魔素マナと共に弾けるように砕け散る。


 古代魔導技術ロストマナによって生み出された魔鎧まがいと呼ばれる鎧。

 圧倒的な力を見せても、そこにはそれ相応の対価リスクがあるのだろう。

 力の反動により、魔素マナを失いすぎたベダルダスは意識を失ったようだった。


 力に溺れたかつての騎士団副団長を見つめたアーキスは、たしかな勝利と共に虚しさを感じていた。

 一体どうしてこのような力をこいつは知った――誰の差し金だ?

 散々に目的や野心を語っていたがそこにはどうしても見えぬ敵――影がちらついてしまう。


 メルトシスも同じようなことを考えたのだろう。

 二人は剣を鞘へと収めて――呆然と、まだ戦いが続く空を見上げた。

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