第74話 天剣&神速VS反逆 ――1――


 昇りはじめた太陽に、影を落とす流れる雲。

 ファーラス城、屋上広場、三人の騎士が対峙する。


 特に目的を持って作られたわけではないだろう屋根の上の広場。

 だけど、そこから見下ろす景色は特別だ。

 一望できる城下街とその先へ続くファーラス運河、ファーラス平原までをも見渡せる。

 選ばれたものにしか望むことのできない景色。

 ここは、国を背負うものが立てる場所。

 天気のいい日、父に連れられて街を見渡した幼き日の記憶を、アーキスは思い出していた。


『おまえは将来、国を背負う剣士となれ』


 父に言われた言葉を思い返した。

 ただ今は、そう――感傷に浸っている場合でもない。

 気持ちを切り替えて、前を向きなおす。


「わざわざ空の下に誘導し……ベダルダス! 何を企む!」


 怒りを隠そうとしないアーキスの言葉に「へっ」と鼻で笑って返すベダルダス。


「珍しく感情的じゃないか、天剣のアーキス」


 馬鹿にするように返事をしたベダルダスへ言葉を返したのはメルトシスだった。


「クソ野郎が! 当たり前だろうが!」

「こっちは随分と口が悪いようでいらっしゃる」


 ベダルダスは笑いながら肩を揺らす。

 メルトシスは剣を握った手を震わせながら、怒りをこらえるようにしていた。


「まあいいぜ。俺としても、ここで若い芽を潰す罪悪感ってものがあるんだ……」


 既に勝った気でいるように語り出すベダルダスは、剣を持たない左手を広げて何やら力を込めはじめた。


重鎧じゅうがい!」


 先に動き出したのはベダルダス。

 詠唱をした言葉に反応するように、その鎧が黒紫色の光を放つ。


「叩き潰してやるよ、勇者候補生!」


 その様子を見て、アーキスは剣を横へ寝かせて腰を低く構えた。


「メルトシス! あの鎧、ただものじゃない!」

「あぁ、わかってる。古代魔導技術ロストマナだ!」

「一気にいくぞ!」


 アーキスは掛け声を上げながら駆け出し、天剣グランシエルの力を使って宙へと踏み出す。

 剣を構えたメルトシスも走り出し、その瞬間――薄緑色に輝く風の魔素マナを纏って姿を消す。


「神撃の型、暴風あかしまかぜ!」


 ベダルダスの背後へ飛んだメルトシスは両腕を振り上げて、風雷剣ツインウェザーに集めた魔素マナを放つよう縦に振り抜く。

 そのメルトシスの動きにこたえるようにして正面、ベダルダスの上方より迫ったアーキスは、天剣グランシエルに集めた白色に輝く光を放つよう振り抜いた。


天空烈波てんくうれっぱ!」


 前方よりは白色に輝く斬撃、後方よりは薄緑色に輝く斬撃。

 同時のタイミングで放たれた魔素マナの衝撃波に挟まれたベダルダス。

 だが、ベダルダスはその場から動こうとせず、にやりと笑って詠唱を続けた。


避鎧ひがい!」


 剣を振り上げたのを合図にベダルダスの鎧背中部分、肩甲骨の辺りより先の尖った柱のようにも見える大きな黒紫色のトゲが二本、斜めに伸びた。

 それに続くようにして、ベダルダスの背中には黒紫色の細いトゲが無数に伸びはじめる。


 まるでハリネズミのようだった。

 後方より迫ったメルトシスの斬撃は、無数の細いトゲに触れたかと思った瞬間――削り取られるようにして、その輝きが跡形もなく消える。

 前方より迫ったアーキスの斬撃は、ベダルダスの手にした黒紫色の魔素マナを纏う蛇骨剣デスペラードによって両断された。

 切られた魔素マナの流れは、ベダルダスの背中より突き出した二本のトゲに吸い寄せられてかき消える。


 大技をいとも簡単に防がれてしまった二人は、それぞれベダルダスを挟むよう着地すると互いに顔を見合わせた。

 それに、と――アーキスは違和感を覚える。

 どうもうまく剣撃に魔素マナを乗せられないような、違和感だ。


「がーっはっは!」


 背中より伸びたトゲはそのままに、両腕を広げて大笑いを上げるベダルダス。

 トゲがベダルダス自身の腕に触れようと動きを阻害している様子はない。

 質量を持たない――つまりそのトゲは魔素マナ


「そうか……先ほど貫かれたとき、痛みを感じなかったが妙な違和感があったあれは……魔素マナに!」

「ご明察、この鎧のトゲは魔素マナをかき消し、魔法を打ち消す! それだけじゃないぜ!」


 アーキスの言葉に笑って返したベダルダスは再び剣を振り上げた。


棘砲発砲しほうはっぽう!」


 ベダルダスの背中を覆っていた細いトゲが、その言葉を合図に動き出す。

 鎧より放たれ、弾丸のように飛ぶ無数の細いトゲ。

 トゲ――もはや細かくなって針と呼ぶほうが適しているだろう。

 その針の発射される狙いの先には、メルトシスが立っていた。


 何をされるのか、予測のできない攻撃に避けるという選択肢がなかったのだろう。

 針を弾こうと剣を振るうが、その斬撃をすり抜けるようにして針はメルトシスを襲う。

 質量がない上に、魔素マナを纏わせているはずの斬撃ですら貫通する。

 さらにはメルトシスの身体までをも貫通した無数の針が、はるか彼方まで飛んでいき消えていく。


「ぐぅ!」


 血を流すような怪我をした様子は見えない。

 だが後退しながら膝をつき苦しそうな表情をするメルトシスに、アーキスは先ほど自身もトゲに刺された時の違和感を思い出す。

 冷や汗が額より垂れた。


「がーっはっは!」


 ベダルダスは二人の様子に空を見上げて笑う。


「トゲは魔素マナを傷つけ削り取る。身体にダメージはなかろうと、魔素マナを集める力、魔力は弱まるって寸法さ。そこにはあるだろう、たしかな痛みが!」

「ぐっ!」


 メルトシスはすぐさま立ち上がる。


「なら、直接斬るまでだ!」


 体勢を立てなおしたメルトシスは剣を構えたままに姿勢を低くした。

 そして、そのまま風の魔素マナを纏い駆け出す。

 瞬間――姿を消したメルトシスはベダルダスの側面へと回りこみ、切りつける。


 メルトシスの神速剣しんそくけん

 目にも留まらぬ速さであったのだが、ただベダルダスはその動きが読めていたかのように剣を構えて、メルトシスの斬撃を受け止めた。


「なっ!」


 受け止められたことに驚いたメルトシスであったが、力を抜いたわけではない。


「軽い軽い!」


 であるのにベダルダスはその斬撃をいとも簡単に弾き返した。

 アーキスはすかさずメルトシスの対面、背中を向けたベダルダスの背後へと回って剣を振り上げる。

 違和感はありつつも、魔素マナを集めるように意識して剣を振り抜く。


天空烈波てんくうれっぱ!」


 隙だらけのように見えた背中――

 だが、ベダルダスは素早くその場で振り返ると黒紫色の魔素マナを纏う剣によってアーキスの斬撃を真っ二つに切り裂いた。


「無駄だ!」


 切り裂かれた魔素マナの衝撃波は再びベダルダスの背中より生えている二本の大きなトゲに吸われるようにしてかき消される。

 最低限の動作、最低限の力で攻撃をいなされる。

 その場より動こうとしないベダルダスは、二人に挟まれていようとも余裕そうな表情で憎たらしい笑みを浮かべる。


「ちっ……」


 距離を取って構えなおしたメルトシスが舌打ちをした。


――懐へ飛び込むことも難しい。動きが読まれているようだ。


 アーキスは考える。

 先ほどから魔素マナによる斬撃は、全てトゲに吸われるようにして防がれる。

 だからといって近づくことも難しく、さらにはトゲを針のように飛ばすあの技だ。

 至近距離で避けようもなく撃たれれば、魔力を削られる。

 それがどれほどのダメージなのか、身体に表れない分、厄介だ。

 先ほどから感じている違和感。

 魔素マナをうまく斬撃に乗せられない。

 威力を出しきれていないのも、きっとそのせいだ。


「神速の型、こがらし!」


 アーキスがそう思考を巡らせる間にも、メルトシスが攻撃を仕掛けた。

 細かい動きで飛び回り、あらゆる方向より斬撃を浴びせるメルトシス。

 だが、その一つ一つを全て受け止め、いなすベダルダス。


――見ていない……?


 アーキスにはその様子を見ていて、少し気になることがあった。

 ベダルダスにメルトシスの攻撃を目で追っている様子がないのだ。

 それにベダルダスはその場からあまり動こうとしていない。

 常に一歩のみ、中心を守るようにして立ち回っている。


 それでいて、メルトシスの神速剣の動きですら見切られている。

 神速剣を知っているから防げるというたぐいのものではない。

 動きが完全に読まれるように――


「神撃の型、暴風あかしまかぜ!」


 ベダルダスの背後に飛んだメルトシスが剣を振り抜いた。

 だがそこから放たれた薄緑色の魔素マナを纏う衝撃波は、ベダルダスの背中のトゲに吸われるようにしてかき消される。


――魔素マナを吸い寄せる……?


「手も足も出ないってか、がーっはっは!」


 大笑いを上げるベダルダスに、一頻ひとしきり攻撃を仕掛けたメルトシスは返事をしない。

 肩で息をするメルトシスの目とアーキスの目が合った。


「天剣のアーキスが聞いて呆れるぜ、諦めちまったか?」


 アーキスのほうへと振り返ったベダルダスに、アーキスは返事をせずに考え続けた。


――それにどうしてやつはわざわざ外へ出たんだ?


 天剣グランシエルが大空の下でしか効力を発揮しないことを、ベダルダスも知っているはずだ。

 剣を構えたまま動かないアーキスを一瞥し、ベダルダスは口を開く。


「ならこいつで、刺してやる!」


 ベダルダスはそのまま左足を軸にして身体を一回転させる。


棘鎧しがい!」


 詠唱に合わせて鎧から放たれる黒紫色の魔素マナが、ベダルダスの周囲を取り囲む。

 魔素マナは次第に、無数の針のように形作られていく。


棘砲発砲しほうはっぽう!」


 ベダルダスがそう叫んで剣を振り上げたのを合図にして、先ほどメルトシスに向かって発射されたように、今度は360度所構わず針が放たれた。

 アーキスは慌てて宙へと踏み出して避けようとするも、それでは避けようがなかった。

 メルトシスも目を見開いたままに、神速剣の構えで右へ左へと針をかわそうとする。


 範囲が広がっている分、先ほどメルトシス一人を狙ったときよりは密度が薄い。

 しかし、二人は全てを避けきることができなかった。

 ところどころ身体を掠った針によって、目に見えない傷を負う。


「圧倒的だろう、古代魔導技術ロストマナの力は!」


 大笑いするベダルダスに、肩で息を続けるアーキスとメルトシス。


――黒紫色の魔素マナ古代魔導技術ロストマナの力。


 鎧に秘密があるのは間違いない。

 たしかにベダルダスの言う通り、その力は圧倒的だった。

 アーキスは思考を巡らせたままに、ベダルダスを睨みつけた。


――だが、完璧な技術というわけでもないようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る