第56話 友の行方を追って
ファーラス城下街の外に作られた難民キャンプは、数百人規模の街から追い出された人々がそこで暮らしていて、一つの町のようだった。
王国の南側を流れる運河には数隻の貨物を運ぶための小型船が停泊している。
その岸辺に立ち並んだ簡易的なテントと建物の数々。
行き場を失くして立ち尽くしている勇者候補生の
元々は港町と城下街とを繋ぐ役割がある運河も、すっかりそこの人々の生活を支えるものとなっているようだった。
嫌な予感がする――そう語ったアグルエを連れて、エリンスは難民キャンプへと立ち寄った。
勇者候補生の立ち入りが禁止されたというファーラス王国。
街がその有様であるならば、二人より早くに到着しているはずである友の姿を、その中から探そうと思ったのだ。
しかし、結論から言ってしまえば、エリンスの探した友――アーキスもメルトシスも、難民キャンプでは見つからなかった。
アグルエがそこらで暇そうにしていた候補生の
追い出されたらしき町人に街の様子を尋ねてみても「わからない、知らない」の一点張り。
難民キャンプにいた人々は、皆一様に発散できないわだかまりを抱えているようだった。
二人は難民キャンプから距離を取って、目の前を流れた運河のほとりに立ち、ファーラスの城壁を見上げた。
城壁と繋がった橋の上には、未だ入国審査を待つ長蛇の列ができている。
緩やかな流れの運河が、時の流れを表しているようだった。
「どうしたものか……」
すっかり他の候補生同様、エリンスも足止めを喰らってしまった。
悩んだエリンスに声を掛けたのは、アグルエの肩の上にいたツキノだった。
「悪いことは言わぬ。立ち去るべきじゃな」
意外にも随分と弱気な発言をしたツキノに、エリンスは驚いた。
ツキノはツキノで、アグルエ同様に何か感じ取ることがあったようだ。
神妙な雰囲気のままツキノが口を開く。
「この街を包んでいる結界に、人にはわからぬように細工がされておる」
「うん……これは、魔族の
アグルエはそれに同調するよう頷いた。
ツキノは頷いてから話を続けた。
「認識を阻害する、幻術のような魔法の気配じゃ」
幻術――人の目を晦ますような、人の感覚に影響を与える魔法の一種だ。
「結界に作用させるほど、つまりは
そう聞いてエリンスは思い出してしまうのだ。港町ルスプンテルでのことを。
「ダーナレクみたいな待ち伏せか?」
「ううん、違うと思う。何か、もっと、嫌な予感がするの……」
アグルエはファーラス上空を見上げて不安そうな表情を浮かべる。
その表情を見ていると、エリンスの中で何かが燃え上がるようだった。
「だったら尚のこと、放っては置けない」
「エリンスならそう言うと思ってた」
アグルエは視線を上空より下ろし、そう言い切ったエリンスに顔を向けて頷いた。
「それにこれは避けては通れぬ道なはず」
エリンスはアグルエの肩の上、納得していないような雰囲気を醸し出したツキノへと向けて言う。
「まぁそうなんじゃがなぁ……二人がそうまで言うなら
じゃがこの気配、街に入るだけでも危険が伴うと覚悟せよ」
ツキノの言葉に重みを感じたエリンスとアグルエは、同時に頷いた。
だがしかし、目の前にある問題は何も片付いていない。
「でもどうやって街に入るか、だよな……」
エリンスはそう口にして、運河に掛かった橋の上の長蛇の列の先、城壁にある南門へと目を向けた。
少し目を細めて眺めてみると、二人の位置からでもそこで何が行われているのか、だいたいの様子が把握できた。
ちょうど商人の一団が検査を受けているところのようである。
数人の兵士に付き添った魔導士のような姿が一人、兵士たちは商人が引く荷車の荷物を検査していた。
商人と下働きと見える若者は、兵士らと何やら言葉を交わし、魔導士がそれぞれの魔力を見るようにして目を光らせている。
困ったようにした下働きの若者の一人が、別の兵士に呼び出されて連れていかれるところであった。
兵士に捲し立てられて、商人の主人は黙り込んでしまっているようだ。
何が起こったのか、エリンスにも想像が容易い。
荷物検査はもちろんのこと、きっとああやって魔力の検査までされている。
そうして少しでも異常があれば、勇者候補生と見なされてファーラスへの立ち入りができない、ということだろう。
つまり、魔力をある程度持っている人間は今、ファーラスへ立ち入ることができない。
「わたしたちならもしや……」
エリンスと同じように、城門のところでのやり取りを見ていたアグルエが呟く。
魔力がないエリンスと魔力を感じさせないアグルエならば、検査に立ち会っている魔導士の目を誤魔化すことはできるだろう。
それに二人の格好は一見して、勇者候補生じゃないと言い張ればそう見えなくもない。
アグルエは町娘に見えるし、エリンスは魔法が使えないただの傭兵にも見える。
ただそこまで考えても、二人であの列に並んだところで街へ入れてもらえるとは思えない。
「ペーカリーさんに頼もうよ」
そう言ったのはアグルエだった。
エリンスは人に迷惑を掛けるのもどうかと思ったのだが――
もしも、一刻を争うような事態であるならば――そう言ってはいられないのかもしれない。
『わたしにできることであるならば、何でもお手伝いさせてもらいたい!』
そう言ってペコペコとしていたペーカリーの姿を思い浮かべ、エリンスはアグルエに返事をするように頷いた。
「きっとペーカリーさんもそういうつもりで言った言葉ではないだろうけど、その言葉に甘えるとしよう」
◇◇◇
思い立ったらすぐ行動。
二人は城壁の門より続いた列の中からペーカリーの姿を探した。
幸いにも列はあまり進んでいない亀のような進行だったようで、列の中間くらいのところで、すぐにその姿を見つけることができた。
「街に入るために協力してほしい」と真髄な目をして語った二人に、ペーカリーも返事に困ったようにはしていた。
「迷惑にならない、候補生だとも気づかれないから」とエリンスが説得をして、ペーカリーはそれを了承してくれた。
エリンスとアグルエは、下働きの傭兵と町娘の役として、ペーカリーに付き添って門へと迫る。
列の進行は思った通り遅く、二人がそこへ辿り着いたころには夕刻近くだった。
「まずは荷物を見るぞ」
粗暴な様子で口にした兵士が、ペーカリーの荷車に積まれた荷物を一つ一つ確認していく。
その様子をただ黙って見つめたエリンスとアグルエは、なんとも言えない緊張感に襲われた。
嘘をつくことに慣れていないというのもあったし、もしバレでもしたら、ただでは済まないだろう。
兵士らと一緒にいた魔導士の女性が、二人に近づく。
疲れたような顔をした女性は、流れ作業のようにエリンス、アグルエ、ペーカリーへと順番に手を翳す。
多分、感知系の魔法で
大丈夫なはずだとエリンスは自分に言い聞かせて、緊張のままに返事を待った。
「魔力量0と、0に近いと、一般的。問題なし」
おそらくエリンス、アグルエ、ペーカリーの順で魔力を見られた。
少し不気味なものを感じたが、エリンスはその言葉に安心して一息吐く。
勇者候補生になる人間に、魔力がないはずがない。
一般的に考えればそうなのだが、エリンスは例外に値する。
「ん、この剣はなんだ?」
安心したのも束の間、荷車より一本の剣を見つけた兵士がペーカリーへと問い詰めた。
それは――町娘が腰に差していては不自然だろうと思い、ペーカリーの荷車へと隠して積んだアグルエの剣。
「あ、あ、いえ」
明らかな動揺をしたペーカリーに「まずい!」と思ったエリンスはすぐさま口を開いた。
「そちら、ファーラス騎士団長より直々に頼まれた品で! あんまり、触ると……」
咄嗟の嘘、思いつきで出てきた言葉だった。
顔をしかめた兵士に、エリンスの背中を冷や汗が流れる。
「……そうか、じゃあ、問題なし、だ」
緊張も一瞬――兵士はエリンスの説明で納得してくれたようだ。
エリンスの後ろに隠れていたアグルエも「ふぅ」と小さく息を吐いて安堵したようだった。
そうして、改めて許可を出された三人は歩みを進めた。
エリンスはペーカリーの荷車を引いて、ペーカリーは額より出た汗をハンカチで拭いながら城壁の門を潜る。
アグルエはその後ろで兵士らに頭を下げると、二人に続いてファーラスへと立ち入ったのだった。
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