第55話 追放された勇者候補生
二人がシーライ村を旅立ってから二日目の昼頃。
開けた青空の下、ファーラス大平原と呼ばれる広大な大地を、エリンスとアグルエは進む。
見下ろすように遠くまで広がった景色は、雲一つない一面の青空と緑の絨毯。
その上には一筆で描かれたような、踏み固められた曲がりくねる土の道が遙か先まで続いている。
そして二人の視界が、その先にある構えられた城壁と先端が尖がった塔――ファーラス城の一部を捉える。
「見て! エリンス!」
興奮抑えられないように指差しながら飛び跳ねたアグルエに、その肩の上で白い狐も飛び跳ねた。
耳についている花飾りと、白く大きな尻尾がモフッと揺れる。
「ようやっと、見えてきたようじゃの!」
シーライ村よりついてきたツキノはそのかわいらしい姿のまま、すっかりアグルエと意気投合している。
動物に懐かれる経験がなかったというアグルエもツキノにべったりだ。
二人の間に何かがあったことはわかるのだが、エリンスにその内容までは想像がつかなかった。
「……見えてきたな」
二人を見ていて返事を忘れそうになったエリンスも、遙か道の先に見えたファーラス王国を眺めながら返事をした。
「アーキスとメルトシス、まだ街にいるかな?」
「どうだろう。もう旅立っている可能性もあるぞ」
「また、会えるといいな」
アグルエは弾む気持ちが抑えられないのか、先ほどまでの歩くペースよりも少し早足となって先へ進んでいく。
揺れる金髪と肩の上で揺れる白い尻尾が、キラキラ輝くように見えて――エリンスはボーっと後姿を眺めてしまい、置いていかれる形となった。
「あ、ちょっと」待てと言おうとして、走って追い掛けて――
エリンスは立ち止まったアグルエにすぐ追いついた。
「どうしよう、エリンス」
そう言ってアグルエが指差していたのは、道端の
丘の上から景色を眺めていたときは気がつかなかった。
エリンスが少し考えている間にも、アグルエは動いていた。
困ったように腰を押さえて立ち止まっている商人に、アグルエが静かに近寄った。
アグルエは『どうしよう』と聞いておきながら、商人を助けることを決めていたようだ。
当然エリンスも、そう考えていたのだが。
「あのー、大丈夫ですか?」
アグルエのことにも気づかない様子で困り続けていた商人は、その声でビクッと肩を揺らしながら振り向いた。
エリンスの見立てでも着ているものは庶民的な服装。
馬を引いていないことを見るに、特段裕福な商人ではないのだろう。
丸眼鏡をして穏やかな目つきをした商人は、額に滲んだ汗を手にしたハンカチで拭きながら、アグルエへとこたえる。
「これは、すみません。邪魔でしたかな」
頭をペコペコと下げながら商人はちらちらとアグルエとエリンスのことを見やった。
エリンスは誤解させても悪いだろうと考えて、すぐに返事をする。
「いや、そういうわけじゃなく。大変そうだなと」
「いやはや、そうなのです……人通りもなく困っていたところで……」
どこか遠慮がちにこたえる商人を見て、エリンスは悪い印象を持たなかった。
様々な商材が山のように積まれている人力で引くタイプの荷車は、草原のぬかるんだ泥の間に挟まってすっかり動かなくなっているようだった。
積まれたものを降ろして荷車を助けるにしても、荷車をそのまま押し出すにしても、どちらにせよ一人では大変なことだろう。
「手伝いましょうか?」
エリンスが申し出たことで、商人はパッと表情を明るくさせた。
「い、いいのですか!」
わかりやすい人だな、とエリンスは考えて、アグルエも商人の返事に頷いてから荷車を押すのを手伝った。
二人が手伝ったことにより、荷車の救出は簡単に済んだ。
「ありがとうございます、ありがとうございます」としつこいように頭を下げ続けた商人に、二人は簡単な自己紹介をし、商人もまた名乗ってくれた。
「勇者候補生様でしたか! わたしはペーカリー・ジャミスン。
ミープルとファーラスの間を行き来して、商人をしているものです。
ところで、お二人はファーラスへ?」
そう聞いたペーカリーに、エリンスとアグルエは頷いて、自然と三人は足並みを揃えファーラスへ向かう。
「えぇ、そうなんです」
アグルエがこたえると、ペーカリーは表情を曇らせてから言葉を返した。
「だとしたら、ちょっと、大変なときかもしれませんね……」
何を言い淀んでいるのか、エリンスにはわからなかったのだが、続きをペーカリーは話し出した。
「今、ファーラスは……勇者候補生が入れなくなっているとかで……」
言葉の意味を理解することができなかったエリンスたちは、迫りつつある街へと目を向け、足を進めたのだった。
◇◇◇
ファーラス王国が目前へと近づいて、エリンスはその光景に驚く。
街の外側、ファーラス南側を流れる運河の岸辺には、仮設テントや即興で組み立てられたような建物が並んでいる。
外と街とを繋ぐ大きな石造りの橋には、旅の者や行商人が立ち並び、長蛇の列ができていた。
列の先にある城下街の南門には、兵士が数名待機していて、どうやら検問しているようだ。
一目見てわかるあまりの厳重な警戒体制に、エリンスは言葉までも失った。
「これが、今のファーラスです……」
ペーカリーがそう言って、エリンスは先ほどの言葉の意味を理解する。
「国への出入りは南門にだけ絞られていて、国に入るのですら厳重な検査を越えなければならないのです」
「どうして、そんなことに……」
「それもこれも、国王様が『勇者候補生様の立ち入りを禁止』してから、なのです。
今街に入ることができない候補生様や、街を追い出されてしまった一部の町人は、ああやって街の外に難民キャンプを建てているところなのです」
ペーカリーが指差したのは、街の外に並んだテントの数々。
武器を背負った勇者候補生の
呆然としてしまったエリンスに、ペーカリーはペコリと頭を下げる。
「ありがとうございました、エリンスくん、アグルエさん。
おかげさまで商材を失わずに済んだ。
私はファーラスの東通りに店を構えているので、もし立ち寄れるならば、ぜひ!
わたしにできることであるならば、何でもお手伝いさせてもらいたい!」
「あぁ、そんな。できることをしたまでで……」
「ファーラスへ、入ればいいのですがね……お二人の旅路に幸運があらんことを!」
そうして一礼したペーカリーは荷車を引き、城壁より続いた長蛇の列の最後尾のほうへと歩き出した。
立ち去るペーカリーを見送ったエリンスは、もう一度異様な有様の難民キャンプへと目を向けて、そのままファーラスの城壁を見上げた。
一体、この街で何が起こっているというのだろう。
話に聞いたことでも、書物で読んだことでも、ファーラスと言えば「勇者信仰」に厚い国であったはずだ。
国王も皆から信頼されていたはずである。
それに国王は、勇者候補生メルトシスの父でもあるはずなのに――
ようやく辿り着いた大きな街を目の前にして、エリンスは不安を
そして、気づく。
ここまで来るときはワクワクとしていそうなものだったのに、ペーカリーとの別れ際、アグルエが終始無言であったことに。
真剣な表情をしてファーラスの上空を眺めたアグルエを見て、エリンスは口を開いた。
「アグルエ、どうしたんだ?」
ただエリンスがそう声を掛けても、アグルエは目を逸らそうとせず、返事をしなかった。
エリンスはその横顔を眺めて、言葉を待った。
少しの間を置いて、アグルエは覚悟を決めたように口を開く。
「この街にはとてつもなく嫌な予感が立ち込めている。
これは間違いようもなく――魔族の
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