第5章、ファーラス王国編――思惑縺れる魔幻の王都

第54話 魔幻に堕ちた王都 ――プロローグ――


 人界リューテモアで最も大きい大陸、ミルレリア大陸。

 そこに名を連ねる二つの大国――西のファーラス王国、北のラーデスア帝国。

 かつて200年前まで一つの国だったという二カ国の関係は、実のところあまり思わしくない。

「勇者」と「魔王」が対立している世界の絶妙なバランスの上で、均衡を保っているだけに過ぎなかったのだ。


 だから、その均衡が破られるというのならば――バランスが崩れるのも必然と言える。



 そびえるファーラス城を中心に広がった城下街と、それを囲う大きく高い灰色の城壁。

 東西南北に伸びたメインストリートには、様々な商店が立ち並び、大勢の人々が暮らしている。

 勇者信仰が厚いファーラスには「赤の軌跡」もある故に、本来であるならば、勇者候補生の同盟パーティーが大勢押し寄せたはずであった。


 ファーラス王国、南通り。

 城下街南門からファーラス城までを繋ぐ大通りの一角に、ファーラス勇者協会はある。

 その前で、エリンスとアグルエは立ち尽くしていた。


「アグルエ……この街、やっぱり変だ」


 扉に掛けられた「closed」表記の札を見て、エリンスは言葉を零した。

 扉の取手に固く鎖が掛けられていて、勇者協会は閉鎖されている。


 異常な光景だ。

 勇者協会が――閉まっているはずがない。

 勇者協会は24時間いつだって人を迎え入れて、勇者候補生をサポートするのが特色なのだから。


 横に並ぶアグルエもそれを見て頷いて言う。


「この街には、とてつもなく嫌な予感がする」


 アグルエは街に近づいたときからそう口にしていた。

 エリンスにはわからなかったが、どうも街全体を包む空気に異常が見えるようだ。



 だから、二人がこうして街へ入るだけでも、一苦労したものだ。

 今、ファーラスは――国王の伝令により、勇者候補生の立ち入りが禁止されている。



「言ったろう。この街に滞在するだけで危険じゃ。常に警戒を怠るでないぞ」


 アグルエの肩の上、白い狐を通して、二人と同じ光景を目にしているツキノが口を開いた。


 その言葉でエリンスは思い返すのだ。

 数日前に別れた勇者候補生である友の二人を。



 そうして、二人の名を――エリンスは思わぬ形で目にすることになる。

 扉が閉じられた勇者協会の前、街の中でも目立つ場所に立てられた看板で。


――WANTED(お尋ね者)

 アーキス・エルフレイ メルトシス・F・リカーリオ


 雑に切り裂かれた二人の顔写真と共に、その名が刻まれていた。

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