第53話 新たなる予感
雲一つない青空が広がった、翌日の朝――
エリンスとアグルエは揃って、母ミレイシアに「いってきます」と挨拶をして、再びカミハラの森を訪れた。
アグルエの肩から飛び降りた白い狐に案内されるようにして、二人が少し森を進んだところでツキノが姿を現した。
「こんな浅いところまで出てきていいのか?」
「この森から出なければ大丈夫じゃ」
エリンスの聞いたことにツキノは即答する。
「で、寄ってほしいってどういうことだ?」
エリンスが質問を重ねる。
ツキノは「うむ」と頷いて、エリンスとアグルエをそれぞれ見やってから口を開いた。
「その狐は
魔力とはまた違う、『
森を離れられぬ妾の代わりに連れていってやってほしい」
ツキノがそう言うと、アグルエの肩へと飛び乗った白い狐が「クゥーン」と鳴き声を上げる。
「その子に妾が意識を飛ばすこともできる便利品じゃぞ」
「品って道具扱いしていいのか? 一応生きているんだろ?」
「ダメじゃ。妾のように大切に扱ってほしいのう」
エリンスとツキノの仲のいいやり取りに、アグルエは「あはは」と笑ってしまう。
「ツキノ、って呼べばいいのか?」
エリンスはアグルエの肩の上に乗った白い狐の頭をなでながら聞いた。
「うむ。くふ、くすぐったいのう」
そう言って耳をピクピクと動かしてくすぐったそうに揺れたツキノを見て、エリンスは慌てて手を放した。
「って感覚まで繋がってるのか!」
「くふ、冗談じゃ。繋がっておらぬ」
驚いたエリンスにツキノは笑って返した。
「か、からかわないでくれ……。
今のその姿で、そうからかわれるとなんか小恥ずかしい」
「そうかの? 妾は別に変らんが?」
「いや、それはそうだろ」
アグルエは二人の楽しそうなやりとりを眺めて笑い続けていた。
そのアグルエの肩の上で、白い狐がスーッと風に溶けるようにして姿を消した。
「消えちゃったぞ」
「うん、でも大丈夫みたい。なんだかツキノさんの温もりは感じる」
エリンスの言葉に、アグルエは自分の肩をなでてそう言った。
「普段はアグルエの
仕組みや原理がエリンスにはわからないが、どうもそういうことのようだ。
「そうだ、ツキノさん。昨日聞きそびれたことがあったんです」
「なんじゃ?」
神妙な面持ちで口を開いたアグルエに、ツキノもまた真面目な表情で返した。
「ダーナレクは、どうして5年前この森に?」
エリンスはたしかに、と思い返す。
――それにあいつは、気になることを散々に口にしていた。
「妾がここにいることが誰かから漏れていたんじゃろうな。
妾のことを知っておった魔族連中なんざ、限られるものじゃが。
妾を倒して、力を奪おうとでもしたのじゃろう」
「あいつは、『あのとき空振った』って口にしていた。
それは、ツキノの話も合わせて考えるなら、
「多分、そうじゃろうな。やつはなんらかの手段で妾の居場所を知ったのじゃろう」
「もう一つ、ダーナレクがしたことについても聞きたいんです」
「うむ。あんなことをするやつが、
そう切り出したアグルエに、ツキノは驚いたようにして頷いた。
「荒業じゃ。失敗したら魔族と言えど命を落とすことになろう」
「ツキノさんは、何か知っているんですか?」
鋭い目をして聞いたアグルエの質問に、ツキノは目を逸らさず少し考えるようにしてから返事をした。
「……妾にはわからぬ」
エリンスもアグルエも、ツキノが何かを知っているらしいことは察するところがあった。
だが、それ以上踏み込んで聞けない事情がありそうなところまで察してしまう。
少しの間をおいて――気まずさを感じたのか、ツキノが話を切り替えるように口を開いた。
「お主らは次、ファーラスへ向かうのじゃろう?」
「うん、そのつもりだ」
故郷へ帰ってきて、エリンスは「白の軌跡」で聞いた『自分自身のルーツを知れ』という言葉の意味を思い知った。
おまけに「父親を探し出す」という旅の目的が増えてしまったが――
次に目指すはファーラスにあると言われている「赤の軌跡」だ。
先に向かったアーキスとメルトシスの背中を追い掛けなければならない。
「気をつけて向かうことじゃ」
そう――心配するような眼差しで続きを語ったツキノの言葉に、エリンスとアグルエは気圧される。
「森が騒いでおった。あの国は今、とてつもない脅威に晒されておる」
――想いの所以とその行方 fin,
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