第50話 語られる真相


 ツキノ・・・と名乗ったその女性に、エリンスは不思議な印象を覚えた。

 初めて見るその姿に、どうにも懐かしい気持ちを抱いたのだ。


「あなたが、カミハラを守りし者?」


 アグルエはエリンスから離れたツキノに敵意がないことにも、すぐに気づいたのだろう。

 構えた腕を下ろし、手に出した魔法も消して、ツキノに問い掛けた。


「そうじゃな、そう呼ばれているらしいのう」

「だからエリンスを待っていたの?」


 アグルエが畳み掛けるように質問を重ねる。

 そんなアグルエに対し、ツキノは目を細めてから首を横に振って、口元を着ている装束の袖で隠しながらこたえた。


「それは違うのう。わらわはエリンスのことをずっと見ておったからな」

「それはどういう意味だ?」


 エリンスはツキノの話す言葉一つ一つに、何か引っ掛かりを感じた。


「妾は嬉しかったのじゃ。エリンスが妾の意志までをも継いでくれたからの!」


 そう話すツキノは実に嬉しそうに笑った。

 エリンスはその笑顔に、どこか遠い日より見ていた懐かしい笑顔を重ねてしまう。

 口も開けたまま遠い目をしたエリンスに、ツキノは不思議に思ったのか言葉を続けた。


「まだわからぬか? あの日、約束したろう!

『勇者になって世界に真の救済をもたらすんだよ』って。

 エリンスは『俺らで世界を救おう!』って、こたえてくれたろう?」


 その言葉はエリンスにとって決定的だった。

 そんな約束をした相手は、一人しかいないのだから。


「ツキト……なのか……?」


 名前を聞いたときより引っ掛かっていた。

 そして不思議と懐かしさがあるその初めて見る姿から感じた印象までもが、エリンスにそう囁く。


「あぁ、そうじゃ。やっとわかってくれたかの? 妾は『ツキト』じゃ」


「えっ?」とアグルエまでもが言葉を零し、

 エリンスは驚いたまま時が止まったかのように錯覚する


「どういう、こと……だよ……」


 固まって言葉を詰まらせたエリンスの前に来たツキノは、その顔の前で手を振ってエリンスの意識を確かめる。

 そんなツキノの顔を見ても、エリンスはあまりの衝撃に動けないでいた。


「あなたが、エリンスの幼馴染で親友だった、あの『ツキトくん』なの?」


 アグルエが聞く。

 それに対しツキノは頷いてから口を開いた。


「そうじゃ、と言っておろうに」


 エリンスはその言葉を聞いて、思わずその場に尻餅をついて座り込んでしまった。


「おやおや、まだ信じてもらえておらぬようじゃ」


 そう言ってツキノは腕を振って、何やら魔法の詠唱をはじめた。

 すると不思議なことに、何もなかった地面一帯が藁でできた編み物のような絨毯で埋め尽くされる。

 その上にクッションのようなものが置かれ、座る場所まで用意された。


「話せば長くなるからの。どうせエリンスはその力のことを聞きに来たのじゃろう?

 それも含めて、伝えるときが来たということになろう?」


 造り出したクッションの上に丁寧に膝を折って座り込んだツキノは、エリンスとアグルエにもそこへ座れと促した。


 どうやらツキノには、ここを訪れたエリンスとアグルエの目的がお見通しらしい。


 アグルエは少し警戒心を残したままに腰を下ろした。

 エリンスも続けてツキノに促されるままに座った。

 二人が腰掛けたのを見て、ツキノは口を開いた。


「妾はな、魔族だけど、魔族と呼べるか怪しいものでなぁ。

 どう説明したらいいのか難しいものなんじゃが、

 魔素マナを取り込むことのできない不完全な魔族なんじゃ」


「そんな、魔素マナを取り込めないって……それじゃ……」


 アグルエはツキノの話を聞いて、驚いて口を押えてしまう。


「魔族がどうして魔族であるか、か」


 エリンスはアグルエから聞いた話を思い出しながらそうこたえた。

 魔族は魔素マナの影響を強く受けるから魔族。


「そうじゃ、妾は不完全な魔族。魔素マナの影響を受けることができない。

 否、むしろ――故に、妾はこの世界から拒絶された。

 魔素マナの影響を受けられない魔族であった妾は、魔界で生き続けることができなかった。

 200年前、魔界で生きづらそうにしていた妾は魔王に誘われ人界へ出た。

 ただ、人界でも妾は生きられなかった。

 死に掛けた妾はこの森に辿り着き、そしてある者に救われた」


 200年前の話――それは、魔王がこの世界に現れたときの話だろう。


「カミハラを守りし者? 違うのう、むしろ妾がこの地に守られておる。

 説明するまでもなかろうが、妾を救ってくれたのはエリンスの祖先、アークイル家の者じゃ。

 巡廻地リバーススポットであるこの地に繋ぎ止められることで、妾は事なきを得た。

 ただ、その際に交わした契約がアークイル家の者には、呪いのようなものとなって受け継がれてしまったのじゃ」


「それが、俺の弱魔体質で、魔導霊断まどうれいだん――その力ってことか」


「そうじゃ。エリンスの祖先は妾を救うために自身の魔素マナを全て捧げて契約を交わしてくれたのじゃ。

 その契約の代わりなのかわからぬが、妾の力の一端がエリンスらにも伝わったようでな」


 エリンスは自身の右手を眺めながらその話を聞いて考えた。

 魔素マナを拒絶するこの力は、ツキノの力の一部だということになる。

 ツキノはエリンスのそんな様子を眺めながらも話を続けた。


「そうまでしなければ、妾は生きていなかったじゃろう。ただし、その契約には続きがあってのう。

 妾が生き長らえるためには、この世界から切り離される必要があった」


「世界から、切り離される……」


 言葉の大きさにエリンスには想像もつかない話だ。


「要は、妾はこの世界に直接関与できなくなってしまったのじゃ」

「だから……こんな森の奥に独りで?」


 アグルエはツキノに同情する悲しそうな表情をしてその話を聞いていた。


「そうじゃな。でも独りだったわけではないからの。

 話はまだ続くんじゃがな。妾には一つ、心残りがあった。

 200年前、魔王と人界へ侵攻したとき、この世界の歪みを正しきることができなかったのじゃ。

 生き続けるうちに、妾にはまだやるべきことがあると願い続けるようになった」


 そこまで聞いて「ツキノ」が「ツキト」であるというならば、エリンスにもそれがなんなのかはわかった。


「真の、救済……」


 エリンスがそう口にした言葉にツキノは大きく笑顔で頷いた。


「そうじゃ。妾は世界を救済し変えたかった。それが恩返しでもあると思ったのじゃ。

 世界から切り離されて、この地を離れることもできない妾にはそんな力がなかった」


 ツキノはそこで一息ついてから言い切った。


「だから妾は、勇者になることにしたんじゃ」


 エリンスは重たい空気を感じながらも、冗談めいたことを言ったツキノに思わず突っ込んでしまう。


「全然、そこの間で話が繋がってないんだけど……」

「世界を救うのはやっぱり勇者じゃからな!」


 アグルエも話が飛んだことに驚いてしまっている。


「魔族のままでは勇者になれぬ。そもそもこの地を離れることもできぬ。

 そこで妾は力を使い果たしてでも、勇者になろうと決意したんじゃな。

 自身の分体となる人間の器を創って、人間として転生しようと眠りについた。

 世界から切り離されていても、妾じゃない妾・・・・・・を創ってしまえばいいと思った」


「それが、ツキト……」


 エリンスの言葉に頷いてツキノは話を続けた。


「事はうまく運んだのじゃ、あの日が来るまではな」


 それがなんなのかは、エリンスもアグルエも知っている。


「ダーナレク……」


 アグルエがそう口にした名前を聞いてツキノは頷いた。


「あの魔族、そんな名前じゃったかの。

 あやつは、妾のことを探してこの森を訪れたようでな。

 ただ人間だった妾に気づくことはできなかったのう」


「けど、ツキトはあの日……」

「あぁ、死んだ」


 ハッキリとそう口にしたツキノに、エリンスは言葉が返せない。


「でものう、妾のこころざしは死んではいなかった。

 分体を消失した妾は長い眠りについた。その間、ずっと見守っていたんじゃ」


 そう言ってツキノはエリンスのことを指差した。

 つられてアグルエもエリンスの顔を見やった。


「エリンスが、妾の想いを継いでくれた。そのともしびを絶やさずにいてくれた」


「勇者候補生……」

「あぁ、そうじゃな。

 どうやらあの日の作戦通り、師匠を認めさせることにも成功したようじゃ!

 妾とエリンスの勝利じゃな。くふふふふ」


 ツキノは実に楽しそうに笑ったのだが――

 エリンスにとってそれらの話は右耳から入って左耳から抜けていく。


「納得、できない」


 エリンスはツキノの話を聞いて、素直にそう言葉を零した。


「ふむぅ、まあすぐに飲み込めない気持ちも妾とてわかる」


 あの日死んだと思っていたツキトが生きていて、

 ツキトが実は魔族であって、

 それが魔法を使えない理由でもあって、

 大きすぎる話の規模にも――エリンスは思考が追いつかない。


 それは迷いなのか、もやなのか。

 はっきりとした事実は目の前にあるというのに、

 はっきりとしたこたえの出ない自分自身に、やきもきとしてしまう。

 こういうときは――無性むしょうに剣が振りたくなる。


「どうじゃ、エリンス。久々にあれ、やらぬか?」


 そうして納得していないエリンスの表情を見たツキノは、スクッと立ち上がって両腕を広げた。

 再び何やら魔法の詠唱を口ずさんだツキノの両手には、それぞれ二本の木剣が浮かび上がる。


 それを見たエリンスもすぐさまに立ち上がった。

 ツキノは立ち上がったエリンスに向けて、木剣を一本差し出した。


「お互い、納得できない喧嘩をしたときはこれ・・と決まっておったろう?」


 ツキノが差し出す木剣が示すのは、幼き日より組み合った剣戟、剣術の模擬戦――決闘。

 その理由はおやつの取り合いから、師匠に剣技を見てもらう順番決めなどにまで至る。


「まあ、喧嘩したわけじゃないがのう」


 そう笑いながら口にしたツキノの顔を見て、エリンスは「あぁ、そうだったな」と頬を緩めたのだった。

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