第51話 所以と行方のその決闘
「懐かしいじゃろう。
「……懐かしいって認めると納得するみたいだ」
エリンスとツキノはそれぞれ距離を取って対峙した。
辺りに出した敷物とクッションを、サッと魔法のような力で片付けたツキノは、木剣をクルクルと指先の上で回しながら口を開いた。
「まっ、すぐに受け入れてもらえるとも、思っておらぬ」
「でもあんたが嘘をついてる訳じゃないことくらい、俺にもわかるんだ」
エリンスが木剣を構えて、ツキノに返事をした。
それを見たツキノも指先で回していた木剣を手に取った。
逆手で剣を握り、そのままを前へと突き出して、拳を裏返してからツキノは言う。
「あんた、とは他人行儀じゃのう。あの頃のようにツキト、と呼んでくれてもよいぞ」
剣身を腕に添わせて逆手に持つその持ち方は、ツキトが得意としていた剣の構えだ。
エリンスは嫌なほどに納得させられてしまうのだ。
目の前にいるツキノと名乗った女性の魔族が、
「ツキトは……男だったし」
「くふふ! そうじゃなぁ。
勇者になるならば、妾は男の子になりたかったからのう!」
楽しそうに笑うツキノ。
「手加減はなしじゃ。エリンス、優しさはいらぬぞ。
妾と本気で、一戦交えるつもりで来い!」
そう言ったツキノに対しエリンスは、少し悩み頷いてから返事をした。
「……わかった!」
アグルエは無言のままに、二人のやり取りを見つめ続けた。
二人はもう、息まで通じ合っているかのように言葉を交わしている。
エリンスも口ではああ言っているが、内心もうわかっているのだろうことは、アグルエにも伝わってきている。
そうしてアグルエの前で対峙した二人の決闘――
それは突然、合図もなしにはじまった。
先に動いたのはツキノのほうだった。
逆手で構えた剣を走り抜けながら振り抜く。
エリンスはその攻撃を受け流すよういなしてから、構えた剣を振り下ろす。
攻撃をかわされたツキノは、腰を落として姿勢を低くし下からエリンスの攻撃を弾き、再び走り抜けてエリンスの背後を取るように動く。
背後を取られたエリンスは、すぐさまに身体を回転させて、その反動までをも威力に上乗せして剣を振った。
その攻撃を剣で受け止めたツキノは、鍔迫り合いへと持ち込まれる前に振り払って、
そのままの勢いで剣を持っていない左手を地面へと突き、側転――
身軽な動作でエリンスの視界の外へと飛び出すと、姿勢を再び低くしたままに走り抜けるよう剣を振る。
エリンスは一瞬、ツキノの姿を見失っただろうに、すぐさま対応して攻撃を防ぎながら弾いた――
言葉を交わさず、繰り返される剣と剣の応戦模様。
エリンスとツキノの戦いを眺めたアグルエには、二人の距離感がわかってしまうのだ。
互いに次の一手を読み合うような剣戟は、二人が戦い慣れている証だ。
話に聞いたツキトと今のツキノでは、体型も性別も種族すらも違うだろう。
だけど、エリンスは気づいたようだ。
剣を振るときの癖、攻撃をかわした後の挙動、視線の動き――
それらは紛れもなく、
ツキノの話を聞いただけでは、どうも読み切れない話であったのだけど。
その二人の決闘を見ていると、アグルエも納得させられてしまうのだ。
――本当に、エリンスが亡くしたと思っていたツキトくんが、そこにいるんだ。
まるでダンスでも踊るかのように、息を合わせた剣戟を繰り返した二人の決闘を、
アグルエはただただ無言のままに、優しい眼差しを向けたまま見守った――
◇◇◇
二人の戦いは1時間にも及ぶ激しいものとなった。
互いに体力を使い果たし、立っていることも座っていることもできなくなって、二人は地面に寝転がって空を見つめていた。
「はぁーぁ、くふふ」
「はぁ、はぁ」
息も絶え絶えで、呼吸を整えることでやっとの二人ではあるが、その表情は晴れやかだった。
「懐かしいじゃろう、こうやって空を眺めるのも」
「……懐かしい」
ツキノの言葉にエリンスは認めるよう言葉を返す。
「妾はな、本当に嬉しかったんじゃぞ」
そう笑顔のままに口にしたツキノに、エリンスは起き上がりながら返事をした。
「俺も勇者候補生になれて嬉しかったんだ。ツキトの夢を継げたって……」
ツキノも身体を起こして、エリンスの顔を見やってから頷いた。
「うむ! ありがとうな、エリンス」
そう言って見つめられて、エリンスはどこか照れて顔を赤くしてしまう。
ツキノはそんなエリンスに声を掛けず立ち上がると、サッと手を振った。
再び魔法のような力で、その辺りに落ちたままだった木剣を片付けてから、敷物を広げた。
その上に腰を下ろしたツキノが口を開いた。
「アグルエ」
「は、はい!」
二人のやりとりを黙って見ていたアグルエは、急に自分の名前を呼ばれて驚く。
「お主にも感謝しておる。妾は眠っている間、エリンスの中から全て見ておったからのう」
「い、いえ。そんなとんでもないです。ツキノさん……でいいんですよね」
「ツキノでいいぞ」
かしこまった返事をしたアグルエに、ツキノは笑顔で返事をした。
「ツキノ、さん……聞きたいことがあるんです」
「そうじゃな、妾もお主らには話したいことが山ほどある。
じゃが、
そう聞いたアグルエは頷いてから尋ねはじめた。
「ここは、
わたしたちは、
『ナガレ ヲ タダセ』って……あなたならその意味を知っているのではないですか。
それに、
「うーむ……妾も見ておったぞ。でも、上手く説明できるかどうか、なのじゃなぁ……」
ツキノは少し悩んでから返事をしてくれた。
エリンスもその言葉の続きを待って、アグルエはごくりと緊張を飲み込むよう続きを待った。
「それは、――――じゃな。って、やっぱり言葉にならぬか」
ツキノは説明しようと口を開いてくれただろうに、肝心な部分がエリンスとアグルエには聞き取れなかった。
「どういうことですか?」
アグルエが質問をする。
「言ったろう? 『制約故、話せることは限られてくる』。
『世界』から切り離された妾は、『世界』に直接関与できない。
妾は今制約によって生かされておる身。
だから残念じゃが、その
「つまり俺とアグルエが聞いた
それだけ聞いたエリンスにも、話の規模くらいは見えてきた。
ツキノはそのエリンスの言葉に頷いて返事をする。
「そうじゃな。あの地で見たことは、口外せぬほうがよい」
真剣な眼差しでそう語るツキノに、エリンスとアグルエは頷いた。
そして、その眼差しのままにツキノは呼んだ。
「エリンス」
「なんだ?」
すっかりツキノを
「レイナルを探すのじゃ」
「父さん……?」
そこでどうして父親の名が出てくるのか、と疑問に思ったのだが――
その名を聞いた瞬間、エリンスの中で全てが繋がっていくのだった。
父レイナルが村に珍しく1週間滞在したあの年に、エリンスはツキトと出会った。
そして、レイナルはアークイルの血筋を引く者。
その二つに、繋がりのないはずがない。
「父さんは、ツキトがツキノだと知っていたのか……?」
「……そうじゃな。妾は
ツキトを亡くした翌年に、父レイナルに会ったことをエリンスは思い返した。
父親が何も口にしなかったことに少し怒りも覚えるのだが、エリンスはそこに何かまだ重大な秘密が隠されているような気がしたのだ。
「父さんは、何かを知っているのか?」
アークイルの血筋のことも、
弱魔体質を知って凹んだ俺に、父さんは何も言わなかった。否――
質問しながらエリンスは考えた。
そしてツキノは、そんなエリンスの質問に言葉を返す。
「知っておる。この世界の――――、その全てを」
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