第46話 語られる灯 ――後編――
「ツキトくん、なんだか、ずっと楽しそう」
「あぁ、あいつはずっと楽しそうだったな」
波に揺れる魔導船、夜更けの静けさが船室を包んでいる。
そんな中語られるエリンスの話がキラキラ輝く星のようで、アグルエは相槌を打ちながらも聴き惚れる。
「それで、どうなったの? その勝負の行方」
「俺らは、杖をついて剣を振った師匠に、まあ完敗したんだ――」
アグルエはそう聞いて、でも師匠と呼ぶ間柄になっているのだから続きがまだあるのだろうとエリンスの話を待った。
「ただ、あいつの心はその一敗じゃ折れなかった」
そこでもやっぱりツキトくんなんだ、とアグルエは考える。
「シーライ村にはさ、ジャカスもいたんだ。
子供のころから寄りが合わなくて、一緒に遊ぶこともなかったんだけどさ」
アグルエがエリンスと初めて会った日、ミースクリア勇者協会でのやりとり。
たしかにあれはそんな雰囲気だったな、と思い返す。
「ジャカスが街の騎士学校に編入するって話になって、それでそのために師匠から剣を習いはじめたんだ」
「エリンスたちには弟子を取らないって言ったのに?」
「うん、それがまあ、騎士学校のほうから師匠の恩師の願いだったらしくてさ」
「あー、大人の事情ってやつね」
「そう、その話を聞いたツキトが師匠にもう一回掛け合ったんだ。
『弟子は、取らないんじゃなかったんですか!』って。
そう詰め寄られて、困ったような顔をした師匠の顔を今でも思い出せるよ」
エリンスは笑いながらそう話す。
アグルエもそれを聞いて、話の中ではクールだった会ったこともないエリンスの師匠シルフィスが、困ったような顔をしているのを想像して笑ってしまう。
「あはは、それでどうなったの?」
「もう一戦、俺とツキトと模擬戦をしてくれることになったんだ」
「『師匠』もなんだかんだで、優しかったんだねぇ」
「剣士の戦いってのは、気持ちの持ちようでさ。最初の一戦目は俺もどこか遠慮しちゃうところがあったんだ」
それはシルフィスが怪我をしていたからだ、とアグルエにも想像がつく。
エリンスの気持ちを思えば、きっと「本気になること」ができなかったのだろう。
「師匠は足を怪我していたけど、それでも剣の腕に鈍りはなかった。
動きも遅いわけじゃない。足をかばうようにして戦う隙はあったけど、
そんな隙も感じさせないほどの剣捌きで、木剣だろうと威圧されるような印象が今でも思い出せる」
そう語るエリンスの話を聞く限り、シルフィスは本気で二人と戦ったのだろう。
きっとそれは弟子を取りたくないから、じゃない。
二人の本気の気持ちにこたえた結果だったのだろう。
「二戦目は、俺とツキトは息を合わせて、師匠の隙をつくことに成功したんだ。
かばう足の癖とかも一戦目でわかっていたし、俺が作った隙をツキトがうまくついてくれたんだ。
それで師匠はちゃんと約束を守って、認めてくれた。
俺とツキト、ジャカスの三人は師匠から剣を習った。
厳しくも正しく、今まで自己流でしかなかった剣技を一から学ぶことができたんだ」
今のエリンスにとっての剣術の基盤がそこでできた。
アグルエもどこか昔、自分に剣術を教えてくれた先生のことを思い返した。
「そして1年が過ぎたころ、ジャカスは騎士学校へと編入し、村を出ていった。
俺とツキトは二人で師匠の下で剣の腕を磨いて、そこらにいる魔物くらいなら倒せるくらいにはなった。
今思うと、それが自信になっていったんだろうな。
だけど、だからこそ……そこから1年後、俺が12歳になったとき……あの事件が起きてしまった」
エリンスがやや喋りづらそうにしているのをアグルエも感じ取る。
アグルエにとっても、無理に聞きたいことでもないけれど。
だけどエリンスは優しい声色のままその続き――エリンスにとっての悪夢を話しはじめてくれた。
◇◇◇
エリンスにとっての悪夢のきっかけは、1年前まで一緒に剣を習って騎士学校へと編入したジャカスの一時帰郷だった。
その際、ジャカスの通うファーラス騎士学校の先生――シルフィスにとっての恩師もまた一緒にシーライ村を訪れたのだ。
シルフィスの恩師が村長の家に立ち寄ったという噂を聞いたエリンスとツキトの二人は、興味本位で何を話しているのかと村長の家へと忍び寄った。
『ジャカスくんは優秀な成績です。あなたの教えのおかげもあって剣の筋もいい』
『あぁ、けどそれはあいつの実力ですよ、先生』
村長の家のダイニングにて、いつも通り杖を片手に椅子に座ったシルフィスと、ローブを身に纏った髭の生えた年老いた恩師が話をしていた。
エリンスとツキトはその話を窓の外、その窓枠の下から盗み聞きするように耳を傾けた。
『昔はあなたが弟子を取るなんて、想像もできませんでしたよ』
『俺も取ることになるとは思っていなかったんですがね。あなたの頼みじゃ断れませんよ』
『ふぉーほっほ。別に無理強いしたわけではないですよ』
少し困ったような返事をするシルフィスがちょっと面白かった。
『それに、そのお弟子さん。候補生候補があと二人はいると聞きましたよ』
『……いるには、いるが』
そう恩師から話を持ち掛けられて、シルフィスは少しこたえづらそうにした。
『エリンスくんとツキトくんでしたかな? 村でも噂になっているだとか』
恩師の耳にも二人の名前が入ったのだろう。
子供のころから『勇者候補生になる』と豪語していたツキトの話は、今でも村で毎日のように心温まるいい話のネタにされている。
『うむ……』
シルフィスはそれを聞いても、何やらこたえづらそうにしていた。
そうしてエリンスは、決定的なあの一言を聞いてしまう。
『ただ――エリンスのことは、候補生に推薦するつもりはない』
シルフィスもエリンスがその言葉を、窓の外で聞いているとは思わなかったことなのだろう。
ただ、その言葉を聞いてしまったエリンスは、全ての力が身体から抜けてしまった。
そして横にいたツキトはエリンスのそんな顔をうかがいながらも、立ち上がって窓から顔を出した。
気づけばエリンスは、我も忘れて走り出していた。
ツキトが何か制止するようなことを言っていたような気もするが、エリンスの耳には届かなかった。
ツキトは慌てて、村長の家へと乗り込んで、シルフィスに今の話をエリンスが聞いたことを話して、どういう意味なのかと問いただした。
だが、シルフィスはこたえづらそうに頭を掻いて、ツキトにもその理由を話さなかったらしい。
エリンスはただ走った。
逃げ出したかった、その場から。
夢や憧れで語った「勇者候補生」。
剣を習って自信をつけるうちに近づいているような気すらしたそれが、師匠の一言で全て遠のいていくような絶望感。
自身の体質のせいなのか、起因もわからぬその言葉がこだまするようにエリンスを責め立てた。
だけど、そんなエリンスを救ってくれたのは、またしてもツキトだった。
「エリンス! 待って!」
慌てて追ってきてくれただろうツキトの声でエリンスは我に返る。
立ち止まったエリンスに、ツキトが追いついて、そのエリンスの両肩を掴んでツキトは口を開いた。
「きっと、あれはそのままの意味じゃない! 師匠は口下手だから!」
「うん……」
必死のツキトの説得するような声に、エリンスは心ここにあらずといった調子で返事をする。
「ぼくは、二人で勇者候補生になりたい!」
肩を揺さぶりながら話すツキトの声は、まるでエリンスを体の底から揺さぶるように伝えるもののようだった。
「二人で真の救済を! 絶対に果たすんだ!」
ツキトの声がエリンスに響き渡る。
どんどんと遠くなっていく子供のころより夢見たそれと、エリンスの心を繋ぎ止めた
それはいつも――ツキトの存在だった。
「師匠に認めさせよう!」
何か思いついたように口にしたツキトに、エリンスは無意識のうちに頷いた。
「うん、師匠に認めてもらいたい」
「そうだね!」
エリンスの返事を聞いて、ツキトはどこか安心したように強く頷いた。
「剣の腕だって、俺たちは強くなれたんだ。
森の魔物、ギガントベアを狩って、師匠を驚かせよう」
「うん、ぼくもちょうどそれを考えていたところだよ!」
エリンスが咄嗟の思いつきで口にしたその言葉が悪夢のきっかけとなった。
禁足地と呼ばれシーライ村の裏にある樹海――カミハラの森。
その森は不思議な生態系をしており普通ならば暗い森の奥や山中にしかいないようなギガントベアが
そのギガントベアを狩れることこそが、剣士として一人前の証とまで、エリンスとツキトは思い込んでいた。
レイナルの書庫に隠されていた鉄の剣を二本盗み、エリンスとツキトはその森にて狩りを試みた。
実際、ギガントベアを相手に二人は善戦を果たした。
まだ12歳の子供であった二人でも、シルフィスより習ったエスライン流の剣術は巨大な魔物相手に通用した。
二人は一匹目のギガントベアを無傷で倒したとき、確かな力の感覚と達成感を得たのだ。
そうして――己の力を過信しすぎた二人は森の奥へと足を踏み入れてしまった。
まさかそこに、そんなものがいるとは思わずに。
◇◇◇
そこまで聞いたアグルエはそこで出会ったものがなんであったのかすぐに気づいた。
「それが、ダーナレクだった……」
「あぁ、そういうことになるんだろうな」
静かな船室――エリンスの語る悪夢を聞いたアグルエもまた考えさせられてしまうのだ。
どうしてダーナレクが5年前、人界のカミハラの森に足を踏み入れたのか。
結局、先の戦いではそのこたえを聞くことはできなかった。
「ダーナレクの目的は今になってもわからない。
けど、あのときは、何故だか俺とツキトのことを襲ってきて追い掛けてきたんだ」
ダーナレクが勇者候補生になってもいない子供だった二人を襲う理由は、アグルエが考えてもわからない大きな謎だ。
「二手に分かれて逃げようと提案したツキトが森の奥へと走り出して、ダーナレクはツキトを追って森の奥へと消えていった。
結局、俺は
だけど、その後、ツキトが帰ってくることはなかった。カミハラの森は1/4が黒焦げてしまった。
俺は、あのときの喪失感を一生忘れることができなさそうだ……」
そう語ったエリンスの気持ちをアグルエは察してしまう。
エリンスの昔話にはいつもツキトの存在がつき纏っていた。
エリンスにとってツキトの存在がどれほどのものだったのか、そこまでの話を聞いたアグルエにもその大きさがわかってしまう。
アグルエもまた、自然と涙が溢れそうになる。
アグルエはエリンスに返事ができなかった。
ただ、エリンスは静かに続きを語り出す。
「そして、何もかも失ったと思った俺にも、一つだけ残った夢があった。
ツキトがずっと語り続けた勇者候補生――だから俺は、勇者候補生になることは諦めたくなかった。
師匠は……ただの同情だったのかもしれない。
けど、そこからの5年間、本気で俺に剣と心構えを教えてくれたのは間違いない。
あの言葉の意味は、聞くのが怖くて聞けなかった。
だけど、『優しさは甘さになる、覚悟を忘れるな』っていつも俺を推してくれた。
そして、師匠に認めてもらえて、俺は勇者候補生に推薦してもらえたんだ」
「そうだったんだね……エリンスの覚悟は、わたしにも伝わったよ」
そうして語られたエリンスが勇者候補生になった理由――
アグルエはそこにある想いを確かに受け止めて、エリンスが眠る二段ベッドの上の段へと手を伸ばす。
エリンスの様子が見えていたわけではないし、その手が届くわけでもないけれど、アグルエはどうにもエリンスに触れたくなってしまったのだ。
一言では言い表せないその気持ち――
幼馴染であるツキトの力強い支えと、失ってしまったその大きさ――
アグルエには想像ができないほどの悲痛がそこにはあったのだろう。
だけどエリンスが真っ直ぐでいられたのは――失ってしまってもまだある「ツキト」の影響力。
これから向かうというエリンスの故郷――
そこで向き合うのはきっとエリンスには避けては通れぬその過去となるのだろう。
アグルエは確かな予感として、それを感じていた。
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