第4章、故郷と過去編――想いの所以とその行方
第44話 眠れぬ夜、語られる想い
星空の下、闇に染まった大海原、波音の中を魔導船が進む。
その一室――二段ベッドだけがようやく入るほどの狭い格安の客室に二人の姿があった。
ルスプンテル港町からファーラスのあるミルレリア大陸、ミープル港までは三日間の船旅だ。
アグルエはこれから先の旅に思いを馳せて、皆が寝静まる夜になってもどうにも興奮が止まなくなってしまったのだった。
「ねぇ、エリンス。まだ起きてる?」
「なんだ、アグルエ。起きてるよ」
アグルエは二段ベッドの下の段から、その上の段で横になっているエリンスの姿を想像して名前を呼んだ。
すぐに返事をしたエリンスに、アグルエは言葉を続ける。
「エリンスはどうして、勇者候補生になったの?」
前に聞いたときはそれ以上聞きづらい雰囲気になってしまったその質問。
だけど今ならば――そこにある「想い」をこたえてくれるのではないだろうか、とアグルエは思っていた。
「……アーキスにも聞いてたよな、その質問」
返答に少し間があって、エリンスは優しい雰囲気のままに返事をした。
アグルエが眠れずに困っていることにも気づいたようだ。
「うん、『勇者』に憧れる気持ちって、素敵だと思うから」
「前にも言った幼馴染の、親友の夢だったってのもあったけど、そうだな……
本当に憧れはじめたのは、『勇者レインズの冒険譚』って本を父さんが送ってきてくれたときだったな……」
エリンスは幼き日のことを思い返したようにそう話してくれた。
そしてアグルエはその本のタイトルを聞いた瞬間、ドキッと胸が高鳴ったのを自覚する。
「知ってる!」
思わず声も大きくなってしまったが、アグルエは時間を思い出して、声のトーンをすぐに戻した。
「わたしも、大好きだった本」
勇者レインズの冒険譚。
それはアグルエが子供のころに一番の楽しみに読み進めた本の物語。
何の才能もないと思い込んでいた青年レインズが、とある国のお姫様と出会い、強くなりたいと剣を手にして旅立つ。
その旅には様々な困難が立ちはだかり、そして旅の果て、レインズは伝説の聖剣をその手に、国を救って勇者となってお姫様と結ばれる。
ありきたりではあるものの、子供にもわかりやすくレインズの気持ちに共感できることが多く、200年前以前の人界でも人気があったお話だ。
エリンスがその話を知っているということに、
その話がきっかけで勇者に憧れたということに、
アグルエはある種のときめきを感じてしまった。
エリンスとしても、これから向かう先――自分の故郷のことを考えると、自然と幼き日のことを思い出したようだった。
「憧れはその本がはじまりだった、けど――そうだな。まあ話せば、長くなるんだが――」
魔導船は静かな夜の大海原を進み続ける。
そうして、二人は同じ方を向いたまま――
静かに語られるエリンスの思い出に、アグルエはただただ耳を傾けた。
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