第42話 旅立ちの港町


 町を燃ゆる災禍さいかが襲ってから五日後の朝――

 エリンスとアグルエは揃って、町の西側にある職人街を再び訪れた。

 目指した場所は「バレズキッチン」と看板を掲げた、金物工房――鍛冶屋だ。


 外にいても熱気が漂うその戸を開けると、元気な気前のいいおっちゃん――バレズが顔を出した。


「おうエリンス! 待ってたぜ! ようやっと、きたかー!」


 首に掛けたタオルで額の汗を拭ったバレズの言葉には、聞いているだけで爽快になるような活力が溢れていた。


「町がこんなになっちまってよ、作業に遅れは出たがな。

 ちょうどだ、ちょうどさっき、終わったところだ……」


 何か一つ大きな仕事をやり遂げた後の達成感を噛みしめるようにバレズは言う。


「ありがとうございます、バレズさん」


 エリンスは先の戦いで思い知った。

 自身の力を未だに使いこなせているわけではないが、強すぎる魔導霊断まどうれいだんの力には、並の剣では耐えられない。

 それこそアグルエの持つ「リアリス・オリジン」と呼ばれた逸品であるならば、その力にも耐え得ることが実証済み。

 だから、バレズが打ってくれるといったその剣が待ち遠しかった。

 魔素マナを含む鉱石、アダマンタイト――そこから生まれる剣が。

 これから先に――再び「宿敵ダーナレク」と対峙することを思えば、それほど心強いものはない。


「ほら、これだ!」


 一度奥へと引っ込んでいったバレズが剣を一本手にして、店のカウンターまで戻ってくる。


 エリンスはその剣を目にするなり――その蒼く光るような色合いを持つ剣身に心までもが惹かれてしまった。


「早速、握ってやってくれ!」


 急かすように興奮治まらないバレズがエリンスへとその剣を手渡した。

 静かに頷いてその剣を受け取ったエリンスは、手にしただけで驚いてしまう。


――軽い!


 五日前『リアリスにも負けない剣を仕立ててやる!』と意気込んでいたバレズであったが、その言葉に嘘偽りはなかった。

 薄く見えるが芯はしっかりとしている蒼く光るような色見のある剣身――

 自然と手に馴染むグリップにはかつてエリンスが手にしていた「鈍ら」のものを再利用リサイクルして改良までしてもらった。


「綺麗だね」


 アグルエはそんな光を放つような剣を見て感想を言う。

 エリンスはただ一言「うん……」とだけ返事をすることしかできなかった。


 自分のために打ってくれたというその剣――

 それはまるで――物語に出てくる勇者の剣みたいだ、と感動してしまったのだ。


「エリンス、その剣にはまだ名前がないんだ。

 名前をつけてやってはくれないか?」


 放心してしまっているエリンスにバレズがそう声を掛けた。

 剣の名前――それは職人である鍛冶師にとって、自分の生んだ子に名前をつけるような大事なことのはずである。


「いいんですか」

「あぁ、そのつもりで待っていた」


 そう言われエリンスは少し考えた後、剣の名前を口にした。


「願いの星――願星ネガイボシ!」


 そこに込めたのは、スターバレーで見たあの夜空――

 横に並んだアグルエと共に誓ったその言葉――


「いい名前!」


 アグルエはニコニコと笑いながら目を輝かせて頷いた。


「あぁ、願星ネガイボシ! 俺の鍛冶人生で一番の逸品だ!」


 素振りをするように剣を振るったエリンスのその姿を見て、バレズはとても満足そうな表情をしていた。



◇◇◇



 バレズキッチンにて自身の剣を受け取ったエリンスはその足でルスプンテルの港へと向かった。

 横に並んで歩くアグルエもどこか嬉しそうでウキウキとしているようだった。


 ルスプンテル港――魔導船まどうせん乗り場。

 二日前より運航が再開された「魔導船」と呼ばれる全長200メートルを超える巨大な船が止まっている。

 十人規模の魔導士の魔素マナによって動く大きな客船は、リューテモアの海の移動手段として一般的なものである。


 その波止場のところに、エリンスとアグルエにはすっかり見知った顔となった二人の姿があった。

 勇者候補生最上位――アーキスとメルトシスの二人である。

 エリンスの次の目的地が二人と同じであるとわかったとき、出発は共にしようと約束をしていたのだ。


「アーキス! メルトシス!」


 二人の顔が見えるなりエリンスは手を上げて二人のことを呼ぶ。


「やーっときたか」


 メルトシスはのんきな様子でエリンスとアグルエの顔を見やった。


「エリンス、用事はもう済んだのか?」


 そう聞いてきたアーキスにエリンスはこたえる。


「あぁ、バッチリだ。アーキスこそ足は?」

「もう問題ない」


 そう聞いたエリンスに見せるように、アーキスは足を振って見せた。


「よかった」


 そう安堵の声をこぼしたのはアグルエであった。


「じゃ、とっとと行こうぜ!」


 そう言って先頭を歩き、波止場に止まっていた魔導船へとメルトシスが乗り込んでいく。


「そうだな」


 アーキスは「やれやれ」と首を振りながら、とっとと先に進んでいくメルトシスの背中を追い掛ける。

 エリンスとアグルエもその二人の背中を追うように魔導船へと近づいた。


「すごい、大きい」


 アグルエはその巨大な船に圧巻とされたように見上げたままに足を止める。

 海がないという魔界にはここまで大きな船が存在し得なかったのだろうことはエリンスにも想像がついた。


「俺も、乗るのは初めてだ」


 横に並び同じように船を見上げたエリンスをアグルエは不思議そうな顔をして眺めていた。

 エリンスはその視線に気づきアグルエの顔見やったところで、アグルエが口を開く。


「ここに来たときは、どうしたの?」


 アグルエは、一ヶ所に集められる勇者候補生の話を思い出して故郷からの移動にこの魔導船を使ったと思い込んだらしい――


「ん? あぁ、勇者候補生はくらいを持った協会の神官が使う特殊な転移魔法で集められるんだよ」

「へぇー、そうだったんだ」


 エリンスはアグルエの疑問の意図を汲み取って返事をするのだった。

 そしてその話をして――エリンスは同時に思い出した。


――懐かしくもなるな、故郷を旅立った数日前が。


 エリンスが故郷シーライ村を旅立ったのはもう半月前のことだ。


――でも、こんなに早く帰ることになるとは思わなかった。


 船を見上げたエリンスはその先に続く旅路の先をも見据えていた――



 エリンスたちが次に目指すのは――

 サミスクリア大陸より北西にあるミルレリア大陸、ファーラス王国領内にあるエリンスの故郷シーライ村。

 ファーラスには初代勇者の残した「赤の軌跡」も存在する。


――自分自身のルーツを知れ、エリンス・アークイル。


 エリンスは「白の軌跡」で胸に刻んだことを思い返し、果てまで続くまだ見えぬその旅路を追うのであった――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る