第41話 魔王候補生と、それぞれと ――エピローグ――


 その後、町全体にまで広がった火事が治まって上空に流れる魔素マナの流れ――結界装置も復旧したことで港町ルスプンテルはひとまずの平和を取り戻した。

 しかし、港町ルスプンテルに現れた「魔王候補生」という災厄――その被害は多大なものであり、残された爪痕は大きなものであった。

 町の復興にも時間が掛かるものとなりそうだった――


 平和を取り戻し、復興に沸く大賑わいとなった町に一つの号外が飛び交った。


――勇者候補生、天剣のアーキスと水聖のリィンフォード! 前代未聞の緊急事態に町救う!


 そんな見出しで勇者候補生の活躍が打ち出された号外であったのだが――そこにエリンスとアグルエの名はない。



 時刻は7時頃。

 ダーナレクを退けて、町に迫った地獄太陽ヘル・ザ・サンの脅威も去ったその朝のこと――

 場所はルスプンテル勇者協会執務室、エリンスとアグルエの姿はそこにあった。

 他に集められたのは活躍の中心にいたアーキスとマリネッタのみ。

 そして、四人のことを呼び集めた執務室の主レオルア・カイラスとウリア・レンダートンの六人だけが部屋の中にいた。


 緊張感が包む部屋――その静寂を打ち破るようにレオルアが口を開く。


「単刀直入に言います。これからの話は内密で頼みます」


 そう言って切り出される話には、勇者候補生三人ともが同じことに思い当たる節がある。


「アグルエさん、魔王候補生――その言葉に聞き覚えはありませんか?」


 レオルアは朝日を反射した眼鏡を指で上げながらそうアグルエに聞いた。

 後ろで冷淡な顔したままのウリアの視線までもがアグルエへと突き刺さる。


 アグルエは意を決する。

 隠し通せないことも、嘘をつき通せないことも、もうわかっていた。


「わたしも魔王候補生でした」


 そう口にしたアグルエに誰も驚きはせずアグルエの言葉の続きを待っていた。


「町を襲ったあれは、ダーナレク・レス。

 かつてわたしが魔界にいたときにしのぎを削った魔王候補生……」

「そうでしたか……」


 レオルアはやや目を泳がせながらも頷いた。


「でも、わたしは、わたしのせい――」


 そう言って弁明をしようとしたアグルエの言葉を遮ったのは、「なーんだ」と軽い調子で話しはじめたマリネッタだった。


「初対面のときに魔力を出さないとんでもない魔導士かとも思ったけど。

 そういうことだったのね、アグルエ」


 続けてアーキスが口を開いて笑った。


「その力に救われてしまったな、あはは」


 元より二人はアグルエのことを魔王候補生だからといって、別段疑ってなどいなかったのだ。


「そうですね、事情はあるでしょう」


 レオルアは立ち上がって二人に同調するように頷く。


「ですが、救われたのは事実です。町を代表して感謝を示します」


 丁寧に腰を折ってレオルアはアグルエに向かってお辞儀した。

 後ろで控えていたウリアも同時にお辞儀する。


 その様子を見たアグルエは、呆然とただ立ち尽くしてしまった。

 未だに自分のせいで町にダーナレクがやってきたと責任を感じていたのだが――


「町のために戦ってくれて、ありがとうございました」


 その言葉に救われてしまう――


「いえ、でも、それは……」


 なんと返事をすればいいのかわからなくなり、しどろもどろとなったアグルエを見て、エリンスが口を挟んだ。


「アグルエは勇者を探すために旅をしている俺の同盟パーティー仲間です。

 だからダーナレクとは関係がないとは言い切れませんが、決して、あいつらの仲間ではないんです」


 真髄な様子のエリンスを見て、顔を上げたレオルアはもう一度頷く。


「そうなんでしょうね。だからわたしの独断で、今回の件にアグルエさんの『その事情』は含まないものとします」


 レオルアはキッパリとそう口にしたのだった。

 それにウリアも小さく頷いた。


「……いいんですか?」


 当然自分の正体が明かされてしまえば何か問われるだろうと、

 エリンスまでもが罪に問われてしまうのでは、とすら思っていたアグルエは素直に驚いてしまう。


「ただしそれは、あなたたちの活躍も『なかったこと』になるということです」

「あぁ、構わない」


 そこに含まれているのは自分のことだろうと考えたエリンスは、すぐに返事をした。


「エリンス……」


 アグルエはそんなエリンスを見てまた自分を責めてしまうのである。

 せっかく落ちこぼれと呼ばれていたエリンスの得た活躍の場であったのに、と。


「大丈夫さ。アグルエを救えた。それだけで俺は十分だよ」


 エリンスは落ち込んだような顔を見せたアグルエに対して笑ってこたえた。


「ということですので、この件は『天剣のアーキスと水聖のリィンフォードの活躍にて解決をした』ということにします」


 そんなエリンスとアグルエの様子を見て、レオルアは最後にそう告げた。

 アーキスもマリネッタも納得したようにはしなかったものの、仕方なくといったように頷いてその話を了承したのであった。



◇◇◇



 サミスクリア大陸の玄関口である港町ルスプンテルのその役目、サミスクリア大陸と他の大陸とを繋ぐ海路の復旧にはそこから三日の時間が掛かった。

 その間足止めを余儀なくされた勇者候補生たちは、町の復興を手伝ったり怪我の治療に専念したり、とそれぞれがそれぞれに、ルスプンテルでの時間を過ごした。


 戦いの最中、足を骨折してしまったアーキスは幸いにもそれ以上の大した怪我はしておらず、

 治癒魔法を受けた後、安静を見て五日間、ルスプンテルの病院へ入院することになった。

 町が襲われた翌日に試練を突破して出てきた候補生のメルトシスはアーキスが入院する病室へ赴き、町の変化に驚いたという。



 町の復興を勇者協会の一員として手伝ったマリネッタは、海路の復旧が済んだその日にエリンスたちより一足先に出発をした。

 その別れ際、アグルエはマリネッタに尋ねたのであった。


「また会えるよね?」

「当然よ」


 そう言って返事をしたマリネッタは何やらもぞもぞと恥ずかしそうにしながら言葉を続ける。


「そ、その……ぁ、ぁりがとう……。

 あのときは、返事ができなかったけど、その……うれしかったわ!」


 マリネッタは薄れた意識の中で、自分のことを守ってくれたアグルエの姿を薄っすらとだが覚えていたのである。


「ううん、こちらこそ、マリネッタには助けられたもん」

「うん……」

「マリネッタは、一人なの?」


「えぇ。わたしの旅に、仲間はいらない。

 けど、あの言葉は、嬉しかったのよ」


「そっか……」

「うん……そろそろ行くわ。

 じゃ、またどこかで会いましょう、アグルエ!」


 そう言ってアグルエに手を振ったマリネッタは一人、港町ルスプンテルを去り旅立っていった。



 エリンスとアグルエは忘れてはならぬ約束――バレズキッチンに預けた剣の完成を待つことにした。

 町の緊急事態ということもあり、約束よりは期限が伸びて剣の完成には五日間の時間が必要となった。

 だから二人はそれを待つ間、ゆっくりと休息を取った後、勇者協会と自警団に協力し町の復興を手伝ったのだった。


 勇者協会執務室の一件以来、ずっと落ち込んでいて、いつもみたいな食欲もなかったアグルエのことをエリンスは心配していたのだが――

 町の復興を手伝う最中、ルスプンテルの町の人々の笑顔に触れて、アグルエも次第に元の表情豊かである元気さを取り戻していったのだった。



 復興に賑わった町はある種お祭り騒ぎに沸く宴のようでもあった。


 アグルエはその雰囲気を肌で感じて、そこにあるたしかな平和を守れたのだと――実感する。

 そうして、改めて自身の旅の目的を強く思い返したのである。


 結局のところ、ルスプンテルでは「勇者の名前」や「星刻の谷で触れたこと」についてはわからなかった。

 だけどそれも、旅を続けるうちにわかるのだろう――と、アグルエは考えたのだった。

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