第40話 落ちる太陽、重なる想い
直径300メートルはあるかというようなそんなものが町へと落ちてしまえば――想像しなくてもどれほどの被害を及ぼすかが歴然だ。
エリンスとアグルエの二人はダーナレクを取り逃してしまったことよりも、目の前に迫ったその巨大な危機に焦りを見せた。
「どうしよう!」
「こんな、巨大な……」
エリンスは眼前に迫るその巨大な太陽に呆然と立ち尽くしてしまう。
緩やかな落下をし続ける
「大きいとはいえ、これって魔法だよな?」
エリンスは確認するように背後のアグルエへと聞く。
「うん!」
アグルエは一言返事をした。
――だったら!
エリンスは自身の持つ力によって打ち消すことができるのでは、と考えた。
そのエリンスの考えを感じ取り、アグルエも翼をはためかせて眼前迫った
エリンスは剣を持った腕を真っ直ぐ斜めに伸ばし、そこに力を集中させるようにと意識をする。
白い輝きと黒い炎が交じり合う光が剣へと集まりはじめる。
「
まるで魔法の詠唱をするかのようエリンスは叫んだ後に、力を込めたその腕を振り抜いて剣へと集まった力を飛ばすように剣を打ち振る。
剣より放たれた二人の力は衝撃波となって
――バシュンッ!
衝撃波が触れた部分の炎に裂け目が生まれはしたものの、その一撃では巨大な
それでいてすぐに炎の裂け目を埋めるようにと
「くっ」
効果が見て取れないことにエリンスは苦悶の表情を浮かべた。
速度も落ちず、むしろ段々と早くなっているようにすら感じる落ちゆく太陽。
「なら、これなら!」
そんなエリンスとは反対に、アグルエはエリンスの背後から黒い炎へと力を込めた。
翼となったアグルエの
翼が二人を守る卵の殻のような形となって、さらにそこから
白い輝きと黒い炎が混ざり合ったその
「想いよ、重なり届いて守りたまえ――シンクロナイズ・イージス!」
アグルエが魔法の詠唱を終えるや否や、盾のように広がった
――ゴゴゴゴゴゴッン!
激しい地鳴りのような轟音を上げていた
「くっ」
「うっ」
ただその分の重量が魔法の使用者であった二人へと還元され、のしかかった。
勢いを殺すことはできているが、
ただの時間稼ぎにしかならない。
エリンスもアグルエも身体全体でそれを痛いほどに感じた。
アグルエは「それに……」と小さく口にして考える。
先の戦いでほとんどの
アグルエ自身の限界も近い。
アグルエは苦悶の表情を浮かべながら、自身が展開した盾へと集中を続ける。
共鳴しているエリンスはそんなアグルエの気持ちを悟って思考を巡らせる。
しかし、強大すぎる危機を前に何も思いつかない
「こんなとき、どうすればいいんだ!」
このままでは
町に落ちた最悪の光景を考えてしまったエリンスに――近づき声を掛けるものがいた。
「なーに、弱気になってんのよ!」
そうして二人の背後から聞こえたのはマリネッタの声だった。
エリンスは驚いて首だけ後ろに向けてその姿を確認する。
アーキスの左腕に抱えられるようにして、マリネッタはアーキスと共に空に立っていた。
「こんな格好、屈辱だけど……」
「あはは、悪い。こういう飛び方しかできないんだ」
アーキスは笑ってこたえ、マリネッタはその姿を見られて不服そうな顔のままに
「アーキス! マリネッタ!」
嬉しそうな声を上げたのはアグルエだった。
その喜々とした感情がエリンスにも伝わる。
「――状況はわかったわ」
マリネッタは辺りにダーナレクの姿がないのを確認すると、二人へ言葉を続けた。
「勝負は……着いたようね」
「あぁ、逃げられたけど」
エリンスの返事を聞いて「そう……」とマリネッタは静かに返事をこぼす。
「勝負が着いたならこれをどうにかするだけだろ?」
アーキスはエリンスとアグルエが食い止め続ける
マリネッタはそれに加えて説明を続けた。
「この太陽が出現し落下をはじめたのは、地上からも確認されていたわ。嫌な予感はすぐにわかった。
だから、わたしとアーキスはウリアさんの協力も得て、近場の魔導士を集めた! 止める術はある!
まあそのためにこんな格好なんだけど……」
マリネッタはアーキスに抱えられた自身のその格好を未だに不服そうにしていた。
本当に嫌なのだろう
天剣グランシエルを手にし、空中に浮かび上がっているアーキスのことを見やったアグルエが心配そうな眼差しを送った。
「アーキス、あなた足は……」
「言っただろう? 無茶でもしなきゃ、収まらないって。
それにこれは、きみのその空の飛びかたを見て思いついたんだ」
そう言ったアーキスの背中には渦巻く風で作られたような魔法が確認できた。
「足に負担をかけることなく、空を
「無駄口叩いている暇はない!」
「マリネッタ、策って!」
アグルエの限界を感じていたエリンスが慌てて結論を急かすように聞く。
「並の魔法ではこの高度まで
でも、わたしとアーキスがその中継地点となって
「でも炎蒸に、水の魔法は」
アグルエがそう口を挟んだ通りだ。
現に一回――水魔法が通用していないことはマリネッタも十分承知。
「ただの水じゃ効果はないでしょう。でも、ここは! 港町!」
そう言ってマリネッタが目を向けたのは――暗い夜空の下に広がる大海原――
アグルエもマリネッタが何を考えたのかすぐに想像がついた。
「まさか」
「そのまさかよ!」
口角を上げたマリネッタが杖を掲げて、魔法の詠唱をはじめた。
夜空にキラリッと青く光ったその杖が作戦開始の合図となる。
地上にてその合図を確認した自警団副隊長ウリアの指示のもと、自警団の数十人に及ぶ魔導士部隊、さらには考えに同調してくれた魔法を使える住民までもが同時に魔法の詠唱をはじめる。
水と風の
大海原――次第に渦巻くように上昇をはじめた海水が大空へと伸びてくる。
アーキスとマリネッタはその大渦のほうまで飛んで近づくと、マリネッタはその上昇してきた大渦にある
町の目前へと迫った
「くうぅぅぅ!」
当然数十人にも及ぶ量の膨大な
腕の中で苦痛そうな声を上げたマリネッタにアーキスも力を貸すようにして自身も大渦へと
マリネッタに掛かる負担は――その肩の上で踏ん張っている水瓶様も一緒に受けてくれていた。
そうして――皆の願いは一つとなって、巨大な海水の大渦が空まで舞い上がる。
アグルエはその巨大な一つの魔法を見て感動してしまう。
――物語の中で語られる伝説の大魔法、大海原を操る大渦の魔法。メイルシュトロームだ――と。
「っくらええぇぇ!」
マリネッタは自身に掛かった負荷ですらも全て解放して飛ばすかのように大声で叫んで、その大渦を操るように杖を振った。
大海原より伸びていた大渦はマリネッタの杖に反応するように捻じ曲がり、空を
海より伸びた大渦――メイルシュトロームがそのまま
ただの水であれば「
しかし、皆の想いが一つになったその大渦は、轟々と燃え続けていた
メイルシュトロームが着弾するその間際にエリンスとアグルエは大きな盾の展開を止めて距離を取った。
燃える勢いを失ってその速度も減速した
「エリンス!」
「あぁ!
アグルエのその掛け声にエリンスは大きく返事をした。
それを合図に翼をはためかせ
二人から――黒い炎の翼の魔法が消える。
空中で刹那の制止――
時間が止まったとも思えたその瞬間に二人は全ての意識を集中させた。
エリンスは空中で身体をねじり、アグルエがその反動を活かすようにエリンスの背中を押す。
その瞬間――エリンスは力を込めたその腕を――全身の勢いを乗せて振り抜いた。
「――届け!」
白い輝きと黒い炎が十字に交わる衝撃波が放たれて、今一度――メイルシュトロームが炸裂し続ける
斬撃の衝撃波を放ったエリンスとアグルエはそのまま空中でバランスを崩して地上まで落下していく。
あわやそのまま地面に叩きつけられるかといったところで、アグルエは最後の力を振り絞って翼を作り出すと、そのままエリンスを受け止めて着地した。
無事を笑い合った二人は、自らの放った斬撃の行方を見守った――
二人の想いを乗せた斬撃は、大渦に乗った皆の想いと同調し、次第に大きくなっていき――
迫る
その衝撃はメイルシュトロームの流れさえも断ち切って――行き場を無くした大量の海水が弾けるように町へと降り注ぐ――
キラキラと輝き散り散りとなって――それは恵みの雨であるように――
降り注いだ雨に、一様に空を見上げていた住民や自警団、勇者候補生の
そうして、町に迫った大きな危機が去ったことを察するのであった。
空を覆った黒煙が晴れ、町の炎も鎮まって――辺りは夜の静けさを取り戻したかのように見えた。
だが、薄く――水平線より希望の光が溢れ出す――夜明けはもう近かった。
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