第39話 燃ゆる災禍にその剣は輝く


 黒煙が覆い月も見えない夜空の戦場――

 下には炎上する港町――上には轟々と勢いを増した地獄太陽ヘル・ザ・サンと呼ばれる魔法の太陽。

 燃ゆる炎に挟まれて――二つの意志を宿したエリンス、アグルエと興奮し笑みを浮かべたダーナレクが対峙する。


 エリンスはその心のうちに燃やした灯を強く思い返して剣を構えなおした。

 リアリス・オリジンと呼ばれたその剣は、エリンスにこたえるかのように白く輝きを乗せてきらめく。

 アグルエもまたエリンスの翼であるということに意識を集中させてその背を支える。


 互いに沈黙――


 まず、動いたのはダーナレクであった。

 その手にした2メートルはある黒き大太刀「斬破ざんば黒炎こくえん」を軽々と振り上げて、エリンスへと飛んで踏み込んでくる。

 エリンスはその攻撃を左へとかわすようにと考える。

 すぐにその考えをアグルエが汲み取って「黒い炎の翼」で風を切ってダーナレクの斬撃を避ける。


 避けてすぐにエリンスは「はっ」と息を吐いて、白き輝きを放つ剣を振るう。

 大きな得物を振り回すダーナレクではあったが隙は少なく、すぐにその攻撃に反応し後ろへ飛び退いてエリンスの攻撃をかわす。

 ダーナレクはすぐさま身体を回転させ、その勢いを乗せて大太刀を振り回した。


 2メートルはあるその大太刀が薙ぎ払われ、通常であれば避けようとしてもその射程をかわしきれない。

 ただ今、エリンスたちが戦場としているのは空である。

 エリンスとアグルエはダーナレクの横薙ぎを上昇することで回避し、そのままダーナレクの斜め上から距離を詰めると再び剣を振るった。

 ダーナレクは大太刀のその刃で、エリンスの斬撃を防ぐ。


――キィンッ!


 夜空に響き、火花散る衝撃――


 ダーナレクはそのまま押し返すように大太刀を持つ腕に力を込めて振るい上げる。

 エリンスは全体重を乗せるようにして斬撃を後押しするのだが、ダーナレクの力のほうが上であった。

 弾き飛ばされることを予見したアグルエは、すぐさまに風を切って翼を羽ばたかせダーナレクから距離を取る。

 そしてそのまま、今度は後ろへと風を切って隙のできたダーナレクへ再び距離を詰める。エリンスはその勢いのままに剣を振るった。

 ダーナレクはそのエリンスとアグルエのコンビネーションのスピードに一歩避ける動作が遅れてしまった。


 エリンスの放った鋭い切っ先がダーナレクの腕へ触れ、鮮血が飛び散った。


「くっ」


 傷は浅い。

 だがエリンスの持つ魔導霊断まどうれいだんが宿った剣によってつけられたその傷には、魔族特有の高い再生能力や痛覚遮断が機能しない。

 魔素マナによる魔族の力は通用しない。


「やはり、翼を止めないとダメか……」


 ダーナレクは感じたその痛みを持って、素直に感心してしまった。

 息を合わせた見事なコンビネーションだ、と。

 攻撃の手を止めたダーナレクはエリンスとアグルエのことを見やりながら口にした。


「長くは持たないんだろう」


 ダーナレクの指摘した通りだった。

 攻撃の手を止めたダーナレクに対し、エリンスとアグルエも動きを止めて息を整えるほうに集中していたのだ。


――集中力、体力の消耗も、魔素マナの消耗も激しい。


 二人が同時に実感したのは身体全体を襲いくる疲労感。

 しかし、少しでも気を緩めてしまえばダーナレクを相手にすることも、空をかけることも難しい。

 エリンスとアグルエには返事をする余裕がなかった。

 そうした一時の静寂を破ったのは、またしてもダーナレクだった。


「ふ、ぜろ! 炎蒸華えんじょうか!」


 鼻で笑ったダーナレクは大太刀を持った右手とは逆の左手を伸ばすと魔法の詠唱をした。

 左手より放射される炎に、エリンスは白き輝きを放つ魔導霊断まどうれいだんの力が宿った剣を向ける。


――魔法であれば、打ち消せる!


 だがしかし、そんなことはダーナレクにもお見通し。


「もらった! 喰らえ、黒炎こくえん!」


 ダーナレクは放った魔法を煙幕のような囮とし、そう叫びながらエリンスとアグルエの死角をついて距離を詰めていたのだった。


 魔素マナの動きを読んでいたアグルエはそれに気づいていたのだが、エリンスは気づくのが遅れてしまう。

 その少しの意識のずれが、運命共同体となって飛行を可能にしている今の二人には致命的であった。


 エリンスが気づいて避けるほうへと意識を向ける前に、ダーナレクの放った斬撃が襲い来る。

 かろうじて生身へとその斬撃をもらうようなことはなかったが、その大太刀はアグルエが作り出し具現化させた「黒い炎の翼」へと触れてしまう。


 アグルエはその瞬間に「やばい!」と焦りを感じてしまう。


 斬破ざんば黒炎こくえん

 魔素マナを喰らい吸収する大太刀。

 その刃が起こす現象としては、エリンスの持つ魔導霊断まどうれいだん――魔素マナを拒絶する力にも似ているものだ。

 だからこそ、ダーナレクはエリンスの力を初めて見たときに驚きが隠せなかったのだ。


 アグルエのその焦りは集中をかき乱す。


 アグルエが繰り出していた魔法――「黒い炎の翼」に触れた斬破ざんば黒炎こくえんは、そのアグルエの魔素マナを吸収し、エリンスとアグルエの翼をもぎ取るように消し去った。


 エリンスの背中から手は離さないようにしているアグルエではあったが、完全に魔素マナの流れは止まってしまい、魔法が消えてしまう。

 体が宙に投げ出されたような、そんな感覚。

 それは確かな浮遊感。

 エリンスは空中で身動きが取れなくなってしまう。


「造作もない! やはり人間とは脆い」


 ダーナレクは続けてエリンスに向けて大太刀を構え、そして、振るった。


 咄嗟にエリンスは手にした剣でその大太刀を受け止めるのだが――

 空中に置いて力を支える要であった翼がない今のエリンスでは簡単に圧されてしまう。


 エリンスの持った剣が一際白く輝く――


「人間ごっこも、もう終わりだな、アグルエ!

 おまえは本当に弱くなった。昔のほうが強かったじゃねぇか!」


 力込めて振るわれたダーナレクの斬撃には、エリンスたちをそのまま地上まで叩き返すような勢いがあった。


 だが――アグルエはダーナレクにそう言われ、「想い」を思い返す。



 昔のほうが――強かった。

 それは――そうなのかもしれない。

 だけどそれは、「狭い世界」の中での話だ。

 たしかにわたしは誰にも負けない力も魔力も持っていた。

 けどわたしは知らなかった。

 美味しいもの、美しいもの、素敵なもの――それらが世界に溢れていたことを。

 魔界の狭い世界の中では、本の中でしか知ることができなかったから。


 瞬間、アグルエが走馬灯のように思い返したのは――

 エリンスと見た星空であり、海であり――

 アーキスの横顔であり、マリネッタの横顔であり――

 ルスプンテルの町並みであり、そこにいた人らの笑顔であり――

 災禍さいかの中でも戦い続けるその姿だった――その「想い」だった。



 エリンスは――その「想い」に共鳴し、自分の内より力が溢れ出てくるのを感じ取る。

 そのままエリンスはダーナレクの斬撃を弾き返し――エリンスとアグルエは再び、空を飛んだ。


「なん、だと……」


 勝ちを確信していたダーナレクは、とてつもない力で弾き返されたことに驚きながらも体勢を立てなおす。

 そしてダーナレクはエリンスとアグルエのその姿を目にしてもう一度驚くのだった。


 白い輝きと黒い炎が交じり合ったように渦巻く翼をはためかせ、二人は先ほどと同じように空を飛んでいる。

 エリンスがその手にした剣――先ほどまで白く輝いていただけであったその剣にも、黒い炎が渦巻いている。


「アグルエ、受け取った!」

「うん、わたしも!」


 エリンスとアグルエは二人にだけわかる会話をして、ダーナレクに向かって剣を構えなおす。


「俺にはおまえら魔界の事情はわからない。

 だけど、おまえがしたことその全てが、許せない」

「綺麗だった町をこんなにもした、その身勝手さ。許さない」

「俺たちは!」

「わたしたちが!」

「勇者候補生として、おまえを斬る!」


 エリンスとアグルエは内なるところから溢れてくる力を全て剣に乗せ――

 二人は呼吸までをも重ね息を吐きながら――全力を込めて、透き通るように輝いた白と黒が融合した炎の刃を振るう。

 その斬撃は――光輝く衝撃波となって、ダーナレクへと向かって放たれた。


「ぐぅっ!」


 大太刀「斬破ざんば黒炎こくえん」を構えてその衝撃波を防ぐダーナレクではあったが――


――止めきれん!


 そこではじめてダーナレクは焦りを感じた。

 人界に適した力を得て、魔王の娘であるあの最強と謳われた滅尽の魔王候補生をも凌駕する力を得ても――

 そうしてもまだ、届かない――強い力があるということを痛感させられる。


 二人の想いが融合したその力は、進化したというダーナレクの力でさえ完全に上回っていた。


「くそがっ!」


 今まで優越感に浸り戦いを楽しむ素振りさえ見せていたダーナレクは、そこではじめて怒りをあらわにし、悪態をついた。

 ダーナレクは怒りのままに力強く斬破ざんば黒炎こくえんを振り回して、二人が放った斬撃にある魔素マナを喰らい尽す。

 ただ、そうしても消し去ることのできないエリンスの力の部分――魔導霊断まどうれいだんによる一撃はその身体で受けることとなる。


 白い衝撃波に包まれてすぐに治癒できない傷を全身に負ったダーナレクは肩で息をしながら二人へと向きなおった。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 息も絶え絶えといったダーナレクを見て、エリンスとアグルエは剣を構えなおすのだが――


「今日のところは、認めてやるよ。俺の負けだ」

「逃がすわけがないだろ!」


 その言葉にダーナレクが逃げるつもりだとすぐに気づいたエリンスとアグルエは、衝撃によって空いた距離を飛んで詰める。


「それは、どうかな……」


 そう言ってダーナレクが顔を向けたのは――上空にて未だ燃え続ける地獄太陽ヘル・ザ・サン

 ダーナレクのただならぬその雰囲気にエリンスもアグルエも攻撃の手を止める。


――ゴゴゴッ


 地響きを伴うようなその音はエリンスたちの頭上――その太陽より響いていた。


「タイムリミット、終焉しゅうえんだ……」


 そう言ってダーナレクはエリンスとアグルエに背中を向けた。


「お、おい! まだ聞きたいことが!」


 エリンスは叫ぶのだが、ダーナレクはお構いなしにそのまま何やら魔素マナを集めて転移魔法――ゲートを造る。


「また会おう、エリンス・アークイル!」

「待ちなさい!」


 アグルエが叫び、二人はゲートの中へと消えていくダーナレクを追おうとするのだが――


――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!


 その瞬間、辺りを包んでいた地響き伴うようなその音が一層激しさを増すのであった。

 それは――空に浮かぶ地獄太陽ヘル・ザ・サンが緩やかに落下をしはじめた、その音だった。

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