第38話 宿敵


 ダーナレクが空へと飛び上がった後、アグルエはすぐさまに壁に打ちつけられて倒れたままであったマリネッタへと駆け寄った。

 どうやら爆発の衝撃で意識を失っただけのようで、大怪我をしたわけではなさそうだったことに安心する。

 アグルエはマリネッタへ簡単な治癒魔法を掛けて、続けてアーキスのほうへと駆け寄った。


 先に駆け寄ってその手を掴み起こし上げ肩を貸していたエリンスがアーキスへと声を掛ける。


「大丈夫か、アーキス!」

「あぁなんとか。だが、足が折れたらしい」


 アーキスは片足を上げて、エリンスの肩を借りて立ち上がるのがやっとという様子であった。

 駆け寄ったアグルエはすぐさまアーキスの足元へとしゃがみ込むと、その足に向けて魔法の詠唱をはじめる。

 だが、アーキスはそんなアグルエの気持ちを拒否するかのように手で制止の姿勢を示した。


「いい、アグルエ。きみは魔素マナの温存に専念しろ」

「どうして!」


 アグルエはアーキスの言葉に対し、思わず大声を上げてしまう。

 アーキスは片足をかばいながらその場に座り込んでから、アグルエの顔を見やってそれにこたえた。


「自分の身体のことは、自分が一番よくわかる。

 今治癒魔法を受けたところで、この怪我じゃ前線へ復帰するには時間が必要だ。

 アグルエ、きみにしかやつは止められない。

 俺はきみが何者かなんてことに興味はない、ただきみのことを信じているからだ」


 アーキスにそう言われてアグルエは思わず涙を流してしまう。

 ダーナレクとの会話を聞いていれば自ずとアグルエの正体も導かれたことだろうに――信じてくれたアーキスに気持ちが溢れてしまう。


「いや――違ったな」


 アーキスは立ったままで空を見上げていたエリンスの顔を見上げて口にするのだった。


「きみらにしか、やつは止められない!」


 エリンスはアーキスにそう言われてその顔を見つめてしまう。

 そして、静かにただ一度頷いた。


「アグルエ、あいつを止めよう」


 エリンスは剣を構えなおして空を見上げて口にする。

 ダーナレクが何を考えて空へと飛んでいったのかはわからない。

 だけど、何かを企んでいるのは明らかだ。

 その企みを止められるとすれば、アグルエの力を借りるしかない。


 そこでエリンスの持っていたその剣から白い輝きが失われていくのであった。

 そのまま白い輝きを失ったその剣身は溶けるようにして粉々に砕け散ってしまった。


「そんな……」

「その力は、並の剣には強すぎるみたいだな」


 アーキスはその剣であったものを見て落ち込んだエリンスへ向けて言った。


「エリンス、これ!」


 アグルエはそんな二人のやり取りを見て、泣いてなんかいられないと覚悟を決める。

 涙を拭いて立ち上がると、自身が腰に差していた「リアリス・オリジン」と呼ばれたその剣をエリンスに向けて差し出した。


「エリンス、いこう。わたしが翼になる!」


 アグルエから差し出されたその剣を手にし、エリンスは返事をした。


「あぁ! 頼む!」


 エリンスの返事を聞いたアグルエはすぐさまに魔法の詠唱をはじめる。


――炎の翼、今度は二人が飛べる分!


 自分の魔素マナを極限までに引き出すイメージ。

 漆黒の魔封より魔素マナを出力しすぎれば、暴発は免れない綱渡り。

 だから――そこには想いを乗せて――


 アグルエはエリンスの背後へ回ると、その背に両手を合わせてエリンスの背中へと触れる。

 人一人を空へ飛ばす魔法ともなると、その魔力量もさることながら意識と集中力が大事になる。

 それにエリンスが持つ体質、その力のせいで魔法が効きづらいことを考えればなおさらだった。


「わたしは、エリンスの『翼』に集中する。戦うことはできないと思う」

「あぁ、わかってる。戦いは任せろ!」


 アグルエの温もりを背中より全身で感じたエリンスには、どこかそのアグルエの考えですら伝わってくるようだった。


「いくよ!」

「いこう!」


 アグルエの声掛けに力強くエリンスは返事をした。

 その返事を合図にアグルエは魔法を展開させる。

 自分自身こそが翼であるというように意識したアグルエの体全体を黒い炎が包み、その両腕より大きな翼を具現化し作り出す。


――意識は飛ぶことにだけ集中、後はエリンスに全てをゆだねるだけ!


 そうしてエリンスは大事なもの背負って、大きな力を背負って、夜空へと飛び上がった。



 少しして――

 意識を取り戻したマリネッタは座ったまま空を見上げていたアーキスへと近寄ってから一言口を開いた。


「いったのね……」

「あぁ、いった」


 マリネッタもアーキスと同じように二人が向かった夜空の先を見つめて――もう一度口を開く。


「……何が起こるかわからない。わたしたちにもできることをしましょう」



◇◇◇



 夜空をかけて、普通であればその空気の肌寒さを感じるところであろう。

 だけどエリンスがその寒さを感じることはなかった。

 今ならば――ハッキリとわかる。

 それはアグルエの想いの炎の温もりだ。


 ただ、空をかける感覚というものに慣れないエリンスはそれだけで動揺をしてしまうのだが――

 エリンスのそんな動揺が背中で集中を続けるアグルエにも伝わってしまうのであった。


「エリンス、集中して!」

「ん、あぁ、わかった!」


 魔法で強く繋がった今のエリンスとアグルエは運命共同体。

 ちょっとした気持ちの揺れ動きであろうと、それが互いに伝わってしまう。


――どれくらい飛んだのだろう。下を見れば、また動揺してしまいそうだ。


 エリンスはアグルエに言われ、前方にだけ意識を向けた。

 そうしていると次第に嫌な魔素マナの気配が近づいてくる。


 舞台は再び、炎に包まれた港町上空――

 ダーナレクは何か、集中をするようにして座禅を組んでそこで魔法の詠唱を続けていた。

 そこに近づいたエリンスは、手にした剣に再び想いを乗せて強く集中する。


「ダーナレク!」


 声を上げ、剣を構えて、エリンスとアグルエはダーナレクへと突進した。

 再び白い輝きを取り戻したエリンスの右手から、剣へとその力が響き渡っていく。


「追ってきたか――」


 ダーナレクは迫るエリンスに気がつくとすぐに体勢を変えてその突進を横に避けた。

 そしてお互いに体勢を立てなおす。


 アグルエを翼にして剣を構えるエリンスと、それを見やって何かを考えるようにするダーナレクが対峙する。


 ダーナレクはその二人を見て口を開く。


「随分と無茶なことをしているようだ」


 ダーナレクから見てもアグルエが無茶な魔法の使い方をしているのは明白であったようだ。

 それにアグルエは強気な様子で言い返した。


「ダーナレク、あなただってそうでしょう」


 ダーナレクはそのアグルエの指摘に眉をピクリと反応させる。


「あなたの『炎蒸』は体の中から湧き出る力――昔はそれを口から吹いていた」


 そう――アグルエは地上での戦いで気づいていた。

 ダーナレクは明らかに昔と魔法の使い方が違う。

 人型へと進化したその身体での魔素マナの使い方にまだ慣れていないのだ。


魔素マナが膨れ上がっても、それ以上に力を出せない!」


 アグルエのその指摘は図星であった。

 だが、それにダーナレクは笑ってこたえる。


「クハハ、だからなんだという。

 慣れない力でも、今のおまえよりは上だ」


 それも事実であった。

 先ほどアグルエはその力の差を体感したばかり。


「だから、俺がおまえを叩き斬る!」


 エリンスは二人の会話に割り込んで力強く宣言する。

 だが、それに対してもダーナレクはただ笑うのだった。


「クハハハハ、もう遅い。準備は整った!」


 そうダーナレクが口にした瞬間――

 ダーナレクの背負った膨大な魔素マナの輪より炎が噴き出して、三人の対峙したさらに上空へと魔素マナが集まり出した。


「何をしようっていうの」


 その膨大な魔素マナの流れにアグルエは動揺してしまいそうになるのだが、「今動揺すればエリンスもろとも落下してしまう!」と考え、意志を強く持つ。


大炎蒸だいえんじょう地獄太陽ヘル・ザ・サン!」


 ダーナレクが魔法の詠唱の止めにそう叫ぶと――その上空の膨大な魔素マナが球体へと変化していく。


 その規模は最初にルスプンテル上空に現れたものよりもだいぶ大きなもの。

 直径は300メートルをゆうに超えるかのような巨大な渦巻く炎の球体――「太陽」が姿を現す。

 その熱が近くにいるだけで伝わってくるかのようだった。


「クハハハハ、こいつを町に落としてこの戦いを終わりにしよう、アグルエ」

「そんなことはさせない!」


 大笑いを上げてそう言ったダーナレクにアグルエは強く反論をする。

 しかし、ダーナレクはそんな反論に何も感じていなさそうだった。

 そこでエリンスは冷静さを保ったままに口を開く。


「ダーナレク――おまえ、5年前、こっちの世界にきただろ」

「あっ?」


 エリンスとアグルエのその急な意識の転調の差にダーナレクは思考が追いつかない。

 アグルエもまたエリンスが何を言っているのか、一瞬その意図が読めなかった。


「5年前、ファーラス王国、エスライン領、シーライ村、その近くの森」


 エリンスは静かに地名を続けて羅列した。

 それを聞いて、ダーナレクは何か思い返すようにして頭を悩ます。


「――カミハラか」


 ダーナレクがそう口にしたのを聞いて、エリンスはそこで思い出したのだ。

 故郷シーライ村の近くにあった、禁則地きんそくちと呼ばれたその森の名を――


「そうだ、あの森は、そんな名前だった。

 やっぱりそうじゃないかと思ったんだ。

 最初に嫌な魔素マナを強く感じたとき、

 そして進化した――その話を、アグルエから聞いたとき!」


 エリンスの中で膨れ上がったのは怒りの炎――だけど冷静さは忘れない。

 その想いは全て剣に乗せると覚悟を決める。


 そこでダーナレクにもエリンスが何を言っているのか、エリンスが何者なのかにも想像がついたのだろう。


「あのときの、片割れか」


 悪魔のような姿をした火を吹く魔族――幼馴染の親友、ツキトを奪っていったその姿――

 今はもうその原型もないが――こいつこそが、そいつだと、エリンスの中で確信に変わった。


「許せない理由がもう一つ増えた――」


 エリンスの気持ちがどこかアグルエにも伝わって、その燃えるような怒りに近い気持ちがアグルエの集中をかき乱す。


「エリンス、集中が!」


 アグルエが翼であることに集中ができなくなってきてエリンスの体がやや傾く。


「あぁ、大丈夫」


 エリンスはアグルエの声を聞いてそんな気持ちを落ち着かせながら冷静に目の前の宿敵を見定めた。


「何をしていた、なんのために、森を焼いた!」


 過去――たまたま入り込んだ森で、たまたまにエリンスとツキトはかつてのダーナレクと出会ってしまった。

 そしてその結末は――エリンスから大切なものを奪っていく悪夢となった。


「く、く、くふ、クハハハ!」


 ダーナレクはエリンスに返答しようとはせず、耐えきれないといったように大声を上げて笑い出す。


「こいつは、運命だ。

 あのとき空振ったのは、そういうことかよ。

 なんのため、だ?

 教えるわけがないだろう。知りたければ、俺を倒して見せろ!」


 ダーナレクは高揚していた。

 自分の前に、再び現れた――あのとき取り逃した獲物に。


――空振った……?


 エリンスはエリンスで、ダーナレクが何を言っているのかわからない。

 そこにはまだ――大きな秘密があるような気がした。


「今度は本気で、相手をしてやる」


 ダーナレクはひとしきり笑い終えると、何やら右手を伸ばしてくうを掴むようにする。


「あれは……」


 その動きを見て口を開いたのはアグルエだった。

 亜空間よりまるで何かものを引っ張り出すように手を動かしたダーナレクのその手には、気づけば2メートルはあるかのような大太刀が握られていた。

 黒い刃を持つ巨大な太刀――禍々しくも感じるが、そこから魔素マナの流れは感じない。


斬破ざんば黒炎こくえん……」


 アグルエは大太刀のその名を知っていた。

 かつて魔界で大きな体躯を活かしたダーナレクが振り回していた、魔剣に名を連ねる大太刀だ。


「エリンス、あれは魔法じゃない」

「あぁ、わかる。けど……」


 その太刀から溢れ出る嫌な予感にエリンスの額から汗が流れる。

 魔法じゃないというのに何か大きな力を感じたのだった。


「エリンス・アークイル、といったか。貴様の力も喰らってやるよ!」


 夜空に浮かぶ大きな太陽――

 その前で黒く輝きを放つ大太刀を構えたダーナレクはその標的ターゲットをエリンスへと変えたのだった。

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