第37話 炎蒸の魔王候補生 ――2――
時間は少し遡る――
場所は、勇者が残した力を受け継ぐための場――白の軌跡。
エリンスが白い空間での自分自身との対話を終えた次の瞬間、辺りの風景が一変した。
意識もしない間にエリンスは元いた遺跡調の階段を目にし、上っているところであった。
一瞬のうちに変化した空間に驚きはしたものの、それ以上に驚く事態が自分の身に変化として現れている。
エリンスは自身の右手が白く光っていることに気づく。
――なんだこれ? あのときと一緒だ……
それは、スターバレーの森でエムレエイを斬ったとき。
自身の中から湧き上がる未知の力を今は強く感じることができる。
あのときは咄嗟のことで気づくこともできなかった。
何か後押しをしてくれるようにも感じたその力が剣から発せられたようにエリンスは思っていたのだが――
――これは、自分の力だ。
そしてそれに気づいたエリンスには、もう一つ気がつく出来事があった。
強く感じる――嫌な予感が伴う
これは外から――ルスプンテルの方角からだ。
エリンスは自身の中から湧き出る力により、普段は感じることのできなかった目に見えない
感覚が研ぎ澄まされ洗練されたかのような意識の中にハッキリと嫌な予感がしたエリンスは、急いで階段を駆け上がった。
エリンスが階段を上り切ったところで、人の気配を感じたために慌てて出てきたであろう白の軌跡の管理人クルトが駆け寄ってきた。
「こんなときに、
エリンスのその姿を確認したクルトは下がり掛かっていた眼鏡をクイッと上げて言う。
「なんですか、この気配。町で何かあったんですか」
エリンスは予感していた。
ただ事ではない何かが町で起こっているということは、クルトのその表情からもわかった。
そして同時に――そこにアグルエが巻き込まれていることも確信した。
「町が炎に包まれた。何が起こっているのか詳しくは俺にもわからない」
「行かなきゃ」
「ダメだ、勇者候補生。きみは今、白の試練をクリアしたばかりだ。
身体と精神に負担が大きすぎる。
そんな状態で危険がある場に向かうことを、勇者候補生の先輩としても協会の一員としても許可できない」
「でも、行かなきゃいけないんです」
エリンスは白く輝きを放つ右手を眼前で握りしめ、クルトの目を見てそう口にする。
「その力は……」
クルトが見てもエリンスの持つ白い輝きの正体はわからないことであった。
ただ、想いの籠ったエリンスの眼差しは折れ曲がらない意志の強さを表していた。
「今ならわかるんです。今なら、まだ、間に合うって」
研ぎ澄まされた感覚がエリンスへと語り掛ける。
急げ、急げ、と急かすように鼓動が高鳴っていくのをエリンスは感じていた。
「わかった――候補生、きみの折れない意志を信じよう」
エリンスはクルトの言葉に静かに頷いて決意を固める。
そしてエリンスは大事なことを思い出す。
自身が何も武器を手にしていないことを。
「剣って余っていませんか」
「これを持っていけ」
クルトはエリンスへとそこらに立てかけられていた剣を一本差し出した。
白の軌跡の緊急時のために用意されたなんの変哲もない市販されているような一般的な剣だが、今のエリンスにとっては何よりも心強い一本となる。
「ありがとうございます!」
剣を手にしたエリンスはすぐさまに駆け出して、白の軌跡を飛び出して、
そこに感じる確かな予感――危機が迫るアグルエの元へと走り出した。
遠くから見た町全体が燃えるかのような情景も――
実際に立ち入って感じたその熱さも――
あらゆるものが燃え焦げて漂った異臭も――
凄惨たる地獄のような光景に驚愕してしまったが、ただ一目散にエリンスは走り続けた。
研ぎ澄まされた感覚の中でも一際強く感じた、嫌な予感と温かい感覚の交じり合う、その中心部へ――
そして、エリンスがそこで見た光景は――
新たな追手の魔王候補生と思われる魔族が放つ炎の魔法を必死に防ぎ、倒れたマリネッタを守るようにしたアグルエの姿――
――間に合った!
アグルエへと近づいた瞬間、アグルエのその姿を目にした瞬間、エリンスの鼓動がさらに高鳴った。
まだ戦っているその姿を見て、エリンスは自分の中の想いが形へと変わるのを実感する。
右手に宿った白い輝きはエリンスが手にした剣へと響き渡っていく。
飛び上がって息を吸い込み、吸い込んだ息を気合とともに一気に吐き出して、アグルエへと襲い掛かるその魔法へと狙いを定める。
「ハアアアアァァァァ!」
エリンスは白く輝く剣身を振るい、魔法を両断するイメージでそいつとアグルエの間に割って入る。
その瞬間、エリンスが振るった剣から発せられた白い輝きがそいつの放った魔法を打ち消した。
「今度は、間に合った!」
エリンスは安心して力が抜けたのであろう座り込んでしまったアグルエの無事を確認する。
「アグルエ、大丈夫か!」
「うん! 大丈夫!」
エリンスが手を差し伸べると、アグルエはすぐに返事をしてそれを掴んで立ち上がる。
そうしてエリンスとアグルエは目の前に迫った新たに襲い来る魔王候補生――ダーナレクへと立ち向かう。
驚いたような顔をしていたダーナレクはそこで確信を持って口にするのだった。
「エムレエイが消息を絶ったその原因が今、わかったよ。
いくらあいつでも、ただの勇者候補生に負けるはずがない。
だからアグルエが仕留めたのかと思っていたが――
おまえだったんだな、勇者候補生……」
「俺はエリンス・アークイル! 勇者の力を継ぐ候補生だ!」
「クハハハハ、面白い。俺は炎蒸の魔王、ダーナレク・レス!」
笑い声を上げたダーナレクは右手に
「今一度、試させてもらうとしよう」
ダーナレクが剣を構えてエリンスへ向かって踏み込んでくる。
「アグルエ、下がってて」
エリンスはアグルエにだけ聞こえるように小さく口にしてから白く輝く剣身を構えて応戦する。
踏み込んできたダーナレクに対し、エリンスも剣を構えて一歩前へと踏み出した。
お互いがそれぞれの力を試すかのように一撃目の剣を同時に振るう。
白い斬撃――黒い斬撃。
対称的にも見えたその斬撃が交差し――エリンスとダーナレクの剣が衝突した。
その瞬間――エリンスの放った一閃がダーナレクの持つ剣を破壊した。
「なっ」
ダーナレクは再び驚いたように声を上げる。
まるで砕かれるかのように破壊される黒い剣――
それを目にしたダーナレクは一瞬のうちに後ろへ飛び退いてエリンスの剣撃をかわした。
「
それはエリンスが生まれ持った性質――
エムレエイを斬ったときにはエリンスにもその力がなんなのかはわからなかった。
勇者候補生となったことにより得た勇者の力かとも思えたし、リアリス・オリジンと呼ばれたあの剣に宿った力なのかとも思った。
だけど「白の軌跡」を乗り越えて自分自身を理解した今のエリンスには、それがそういう力で、自分が本来持っていたものなのだと本能的に理解することができた。
「あれが……エリンスが
後方でその様子を見ていたアグルエは、エリンスの手にした白く輝く剣を見て納得するのであった。
魔法の中に存在する魔力の流れを両断するほどの、
そんなものを体に宿していたのだとしたら魔法が使えなくても不思議ではない。
発現しているその輝きにアグルエ自身も恐怖に近いものを覚える。
魔族の本能として、
「なるほど――その力は魔族にとっては天敵だ」
ダーナレクはエリンスが持つその魔法ではない力に感心したようだった。
人間にそこまでの芸当ができるやつがいるのだ、と高揚したようでもあった。
「どうして、おまえたちはアグルエを襲う!」
エリンスはそんなダーナレクに向かって剣は構えたままに言葉を投げ掛けた。
「エムレエイに何も聞かなかったのか?」
「聞いたような気もするけど、意味がわからなかった!」
「クハハ、まああいつと会話できるのは、物好きしかいないか」
ダーナレクは先に死んだ同士――仲間のことを笑っていた。
「どうして? エムレエイはあなたと組んでいたの?」
そこに言葉を挟んだのはアグルエだった。
「あんなやつと組むのはそれこそ物好きしかおらんだろ。
俺はたまたまあいつの動向を見ていただけだ。
何かを掴んだらしいあいつが、どこかへ向かった後に消息を絶った。
アグルエ、おまえと接触したんだろうとすぐに予想がついた。
だから俺は前々から試したかったことを兼ねて、
この町の
「それが、結界の
ダーナレクのその言葉に、アグルエは町をこのようにしてしまった責任が自分にもあるように感じてしまう。
「許せない!」
エリンスはそんなアグルエの心中まで察してしまい、怒りのままに口にした。
「悪いのは、おまえだろう!」
「人間は同じことを言う。別に貴様らの許しをこうてなどいない」
そうしてダーナレクが見やったのは未だ腕をつき立ち上がることのできない苦しそうな表情をしたアーキスのほう――
エリンスもつられてアーキスに目を向ける。
そこにあったのは今のダーナレクを相手に戦えば、勇者候補生第1位のランクを持つアーキスでさえボロボロとなってしまっているという現実だ。
「まあいい、もう余興も終わりだ」
ダーナレクはそう言って再び空へと浮かび上がった。
「人の儚さもろとも消し炭にしてやる、アグルエ・イラ!」
アグルエはそのダーナレクの語気から更なる嫌な予感を悟ってしまう。
「これ以上、何をしようって言うの!」
そのアグルエの言葉にダーナレクは返事をすることはせず、そのまま遙か上空まで飛んでいってしまう。
エリンスはダーナレクにはまだ聞きたいこともあったのに――と思いを向けつつ、その姿が消えた未だ黒煙上がる暗い夜空を見上げていた。
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