第35話 炎上の港町 ――3――
港町ルスプンテル中央広場の噴水公園――
噴水のど真ん中に
噴水より水を汲み上げ消火に当たる者、水路より水を汲み上げ消火に当たる者、魔法を使える者はその魔法を駆使して消火へと当たっている。
武器を手に自警団と協力して魔物へ対する住民、足腰立たなくなってしまった住民を背負って一緒に避難する住民。
未だ「
東地区病院屋上――
ルスプンテルの中でも一際高い建物で高台に建っているため、ここからであればそんな町の様子を見渡すことができた。
アグルエはそこに、こんな非常事態の中ではあったが、ある種美しさのようなものを感じたのだった。
――絶対に、守りたい。地獄にはさせない。
アグルエは想いを胸に覚悟を決めて、上空、そこに浮かぶ諸悪の根源へと目を向けた。
次第に炎の波動を放つペースが早くなっている。
次に「一撃目」のような強力なものが町を襲ってしまえば、被害はさらに拡大してしまう。
「準備はいいか」
肩をほぐすように準備運動を済ませたアーキスが口を開く。
「こっちはいつでも」
まず返事をしたのはアグルエとアーキスの後方で杖を構えたマリネッタ。
「えぇ、こっちも」
アグルエも一言返事をすると自身の胸元にある魔封を握りしめ、意識を集中する。
――想いに、こたえて。
イメージするのは炎の翼――アグルエは
アグルエが魔法の準備をしはじめたのを見て、アーキスもその腰に差した天剣を抜く。
アーキスの持つ天剣グランシエル――大空を統べるその剣には、魔法ともまた違う人知を超えた力が備わっている。
空を統べるとは、その言葉通りの意味である。
アーキスが宙へとジャンプすると、アーキスはまるでその足の下に見えない足場を作っているかのように空へと浮かび立つのだった。
空を
「その様子、何回見てもこっちがひやひやする」
マリネッタは空に浮かんだアーキスを見て冗談を言うのだった。
勇者候補生の試験の際、アーキスがそうして空を飛んでいるのを何回も目にしたことがあるマリネッタは別段驚くことはせず自身も魔法の詠唱をはじめた。
「あはは、俺もひやひやする」と笑うアーキスを無視して、マリネッタは詠唱を続けた。
「水聖よ、守り、癒し、弾きたまえ!
マリネッタの杖先より
「その泡があれば、炎にだって触れても大丈夫なはず。あれにも近づけるはず。わたしは射程範囲内の降ってくる炎の波動の相手をするから」
「あぁ! わかった」
アーキスがそう返事をしたのと同時に、アグルエは自身の中から引き出した
集中を崩さないためにも瞳はまだ閉じたまま――アグルエはその翼をはためかせ空へと浮かぶ。
腰に差した剣を抜き、両腕を横に伸ばしてバランスが崩れないことを確認すると、アグルエはその覚悟を灯した瞳を見開いて上空にある「
そんなアグルエを見て、マリネッタは素直に感心してしまうのだった。
――まるで、天使。物語の中に出てくる女神の騎兵ワルキューレみたい。
「ありがとう、マリネッタ」
アグルエは自身を包んでいるマリネッタの
「え、う、うん、って集中!」
マリネッタは一瞬自身も放心してしまったことを正すかのように、気合を入れるために声を上げた。
それと同時に、
「くるぞ!」
アーキスの声にアグルエとマリネッタはそれぞれ「えぇ!」「わかってる」と返事をし、アーキスとアグルエは空へと飛び立った。
波紋のように広がる炎の波動は避けようもなく、通過する地点にあるものを全て燃やし続ける。
「水聖よ、貫く矛となれ!
水瓶様より
マリネッタがその杖を天へと伸ばすと、その先から凝縮された水の
アグルエとアーキスを追い越すようにして伸びた水の槍は、二人の前へと迫った炎の波動へ穴を開けた。
マリネッタが二人の通り道を作ってくれたようだった。
あのまま炎の波動が地上へまで降り注いでしまえば、町の被害は増えてしまう。
そう後ろを振り返ろうとしたアグルエは、「ううん」と首を振って、その視線を
後ろではマリネッタが炎の波動を相手に地上への被害を少なくするために戦ってくれている。
――だったらわたしたちは、あっちに集中しないと!
自身を包んでくれているマリネッタの
アグルエとアーキスの二人は黒煙上がる夜空を
再び
「ペースが早くなってる!」
「みたいだな!」
アグルエの焦りをどこか察してアーキスが返事をした。
アグルエは自身を包んでいたマリネッタの
けど、同時に心強さも感じた。
――マリネッタが防いでくれた!
マリネッタの魔法のおかげで二人に炎の波動によるダメージはない。
しかし泡が消失してしまったことを見るに、防げるのはどうやら一度きり。
アーキスもそれにはすぐ気づく。
「ただ、まあこれくらいまで近づけば――」
ただ一度近づければ、そのチャンスができれば――と力強く両手で天剣を振り上げて、大空より集めた
「
大空より集めた
風をも裂き、夜空へ上がった黒煙をも吹き飛ばす勢いの衝撃波が
「やったの!?」
その一撃であれば、アグルエの見立てでも
だけど、アグルエはそこに何か違和感を覚えた。
空に浮かんでいた
それは過去一度攻略した
魔法が過去のものより強力なものとなっていても何もおかしくはないのだが、どうにもそれだけではないように感じる。
それに――と、そこでアグルエは考えなおす。
近くで見ていないはずもなく――だとしたら、こうしてわたしたちが破壊しに向かってきているというのに、その姿すら見せないのはおかしいことだ、と。
炎の塊である
煙が段々と晴れ、
その不吉な炎は、未だ消えていない。
「効かないのか?」
アーキスは焦ったように口を開いた。
「いや、効いているはず――」
アグルエの見立てでも効果はあったはずだ。
その衝撃の瞬間、
ただ
それどころか今の衝撃を受け、再び強く光を放ったのだった。
思わずその眩しさに目を閉じそうになってしまうアーキスだが、敵から目を離すわけにもいかないとこらえる。
「まずいっ!」
咄嗟に自分らに迫る危機を感じ取るアグルエが声を上げる。
事前に一回光を放ち、その後に炎の波動を放つのだ。
まるで息を吸って、息を吐くかのように。
そして――その光の強さが、そのまま炎の波動の強さになる。
一撃目――町全体を包むほどの光が、町全体を炎の海に変えたときのように。
今の光はその一撃目にも勝るとも劣らないもの。
アグルエは胸元の魔封を左手で握りしめ、右手にした剣を構える。
そのまま握りしめた魔封より手を放すと、左手を前へと伸ばし、そこから自身の
同時に右手にした剣へも
右と左でそれぞれ同時に違う魔法を詠唱する。
アグルエの思いの炎――「
「アーキス、わたしの後ろに!」
叫んだアグルエの声に反応し、アーキスは空の上で一歩下がり、アグルエの後ろへと退いた。
アーキスもまた自身の天剣を構えて、来たる炎の波動に備える。
「左手は盾、右手は剣!」
アグルエが詠唱を終えたのと同時に、一際輝きを放った
迫る炎の波動の速度も規模も、先ほどまでの小さなものとは違ったが――
アグルエが作り出した黒い炎の盾はその衝撃をも受け止める。
ただ受け止められたのはアグルエの前方向、扇状のアグルエの視界の範囲内のもののみ。
アーキスがそれを補うように天剣を振るい、アグルエの受け止めきれなかった分の炎の波動をかき消そうと試みるがそれでは焼け石に水だった。
アグルエは空中で自身とアーキスを守ることには成功した。
ただ、かき消すことができなかった炎の波動は地上へと降り注いでしまう。
――マリネッタを信じよう!
アグルエは振り返ることはせず、その盾を起点に
先ほどアグルエが気づいたことがもう一つあった。
――ほんとのチャンスは、今だ!
大きな波動を放った後ならばその緩みがより大きくなると見たアグルエの読みは正解だった。
アグルエは右手に溜めた黒い炎の剣を構えて振り上げる。
ただし、念には念を入れて――
「アーキス! 今がチャンスかも!」
「あぁ、見えた!」
アグルエが何を言いたいのか、その一挙一動から目を離さなかったアーキスはすぐにそれを悟る。
同じようにアグルエの盾を起点としたアーキスは、アグルエの逆側より
「
「
黒い炎纏った一撃と、大空の
二人はたしかな手応えを感じた。
確実に破壊へと至る一撃になったはずだ、と。
剣撃を浴びせた二人は一歩退いて体勢を立てなおす。
今度こそ破壊した――そう確信した二人の前に姿を現したのはアグルエが知っていた
その回りを覆っていた炎の
アグルエはすぐにそれがなんだか予想がつき、自分が感じた嫌な予感を思い知ってしまう。
「卵――?」
そう口走ったアーキスの言葉にこたえるように、
そのヒビより溢れ出たなんとも言えない不気味な
そして、アーキスはそれこそが町を
卵の殻のようになっていた
アグルエはそこから姿を現した、「自分の知っているものだけど自分が知らない歪なもの」を目にして驚くのだった。
「やっと、やっとだ。俺は力を手に入れた。
この俺こそが、今、魔王に一番近い!」
天剣を素手で掴み抑えてしまったソレが、
アーキスは自分が何をされたのか一瞬気づかなかったのだが、そのまま手にした天剣と一緒に投げ飛ばされることで強く自覚した。
とんでもない相手が目の前に現れたということを。
「あなた、ダーナレクなの……?」
赤い長髪その頭部からは大きな黒い禍々しい角が二本伸びている。
浅黒い肌、筋肉質な腕、スレンダーな体系はまさに大人の男性のもの。
姿形は人と変わらないが、その角だけで彼が何者なのかを表している。
鎧のような
その手を眺めている鋭い眼光は百獣の王のようであり、整った顔立ちはまるで人間のものだった。
アグルエは彼が持つ魔族固有の
かつて魔界にいたときに一緒にしのぎを削った同期の魔王候補生――
だけど、その人間のような姿はアグルエが知り得た彼のものではない。
「あぁそうだ、俺は炎蒸の魔王候補生、ダーナレク・レス。
いや――その名も今日まで、だ。
ここでおまえを始末して、俺が魔王となる!」
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