第34話 炎上の港町 ――2――
港町ルスプンテル東地区――
アグルエは炎に包まれ混乱に陥って、
泣きわめく子供に、この異常事態に大人ですら驚き戸惑い恐怖し身動きが取れなくなってしまっている者もいる。
自警団の兵らが慌てて走り回り町に入り込んだ魔物の相手もし、住民の避難誘導を続けていた。
自警団だけでは手が足りていなさそうだったのを見て、魔物との戦闘経験のある住民が武器を取って、逆に自警団の手助けをもしている。
町全体、石造りが主なためすぐに火が燃え移るような二次被害というものはまだ少ないようだが、この規模の火災だ。いつそうなってもおかしくはない。
いろいろなものが焼け焦げる臭いは、それだけで町の異常事態を示している。
港町ルスプンテルはかつてない再起不能なほどの危機に面している。
それにあれが「まだ一撃目」であるとするならば、被害はこれだけに留まりはしない。
――あの一撃目は防げたけど……これ以上は……
先ほど、アグルエは激しい閃光の後――目の前に降り注いできた炎の波動を
アグルエはこれから先に起こり得ることを考えて居ても立っても居られなくなり、一緒にいた司書の避難をシルカに任せ、まだ町に迫る脅威のために勇者協会を目指すことにしたのだ。
頬を伝って垂れる汗を手で拭い曲がり角を曲がったところで、アグルエは見知った顔を見て一息つくことができた。
「アーキス!」
マーマンに襲われていた住民を守るように剣を振るったアーキスは、そのマーマンに止めを刺すとアグルエのほうへと振り向く。
「アグルエ、無事だったか!」
「えぇ、そっちこそ!」
アーキスが助けた町の住民が「ありがとうございます」とアーキスにお礼を言ったのを見て、
アグルエは「西のほうへ! 近くの自警団の方と一緒に逃げてください!」とここまで散々と口にしてきた避難誘導の台詞を伝えた。
その様子を見てアーキスが口を開く。
「避難を手伝っていたのか」
「えぇ! 今は協会を目指しているところ」
「なら目的は一緒だな、協会はこの先だ。急ごう!」
アグルエはアーキスの言葉に頷くと、先に走り出したアーキスを追い掛けて駆け出した。
そうしている間にも――ルスプンテル上空に存在するその「太陽」は再び一際強い光を放つ。
「まずい!」
そうアグルエが叫んだ次の瞬間には、地上へと再び炎の波動が降り注ぐ。
アグルエは胸元の魔封を左手で握りしめ、右手を空へと向けて
意識を集中し自身の
アグルエの横を走っていたアーキスも咄嗟に天剣グランシエルを掲げ、大空へ向けて語り掛けるように意識を集中した。
天高く風を巻き起こし、炎の波動をかき消そうと試みる――だが、二人だけではその全てを弾くことができない。
――水聖よ、こたえて! 水の
渦巻くように宙を流れた水の魔法が二人の弾き切れなかった炎の波動へと伸びて水の壁のように広がった。
姿は見えないがその詠唱の声を聞いてアグルエはどこか安心し、その声の主の名を呼ぶ。
「マリネッタ!」
黒煙漂った建物の隙間より口元を抑え、その肩に水瓶様を乗せたマリネッタが姿を現した。
「二人とも、無事だったみたいね」
少し煙を吸ってしまったのか、「ゴホッゴホッ」と咳をしたマリネッタ。
「大丈夫か!」
アーキスは心配をするのだが、マリネッタは「えぇ、平気」とアーキスの心配を避けるように返事する。
「一体、あれは何?」
マリネッタは上空に浮かぶオレンジ色に光る「太陽」を杖で指しながら口にする。
アグルエはそれに対して無意識のうちに返事をしてしまった。
「
「あれがなんだか、知っているのか」
アーキスにそう指摘され、アグルエは口走ってしまった失敗にそこで気がついた。
「……事情は後だな、とりあえず協会へ急ごう」
アグルエの表情を察して、ただ今はそれどころではないとアーキスは一歩先を走り出す。
「えぇ、そうね。あれがなんだとしても今は対策を練らないと」
マリネッタも勇者協会を目指してここまで辿り着いたのであろう。
アーキスの言葉に頷くとマリネッタも走り出した。
「……うん」
思わず口をつぐんでしまったアグルエもまた、二人の背中を追って走り出した。
アグルエとアーキス、マリネッタの三人は道中の魔物を退治しながら勇者協会へ到着したのだが――
その間も空に浮かぶ「太陽」は一撃目よりは弱いものの、まるで呼吸でもしているかのように炎の波動を放ち続けた。
勇者協会へと雪崩れ込んだ三人は、一様にその一階受付周りが人だかりで大混乱だったことに驚いてしまった。
だがそこで足止めされるわけにもいかず、三人は人混みとなったその隙間を抜けて階段を駆け上がり、厳格に構えられた扉を開けて目的の地、その部屋の中へと飛び込んだ。
部屋の中では若い自警団の兵より報告を受けていただろう町長レオルアとその秘書のウリアが顔色変えてそれぞれ対応に当たっているところだった。
「突然、失礼します!」
第一声アーキスが飛び込んだ。
それと入れ違うようにして報告に来ていた自警団の兵が部屋を飛び出していった。
「きみたちか!」
部屋に飛び込んできた三人の姿を見て、何か察するところがあったのかレオルアが立ち上がって前へと出てくる。
「見ての通り、人手が足りなくて、どうしたものかと……」
レオルアの顔色からは疲労も見える。
ただ、弱音を吐いている暇など誰にもなかった。
「状況は!」
マリネッタが大声を上げる。
そんなマリネッタにこたえたのは秘書のウリアだった。
「自警団も勇者協会も総動員で対応中です。東側の特に病院などが密集した地域へは自警団の優秀な魔術隊を向かわせ防衛に当たっています。
候補生の
結界が消えた原因もわからず、魔導士の一部が別途対応中。装置が故障しているわけではないようです。
魔物を相手にするためにも、比較的被害の少ない西側へと避難誘導して、東側に戦力を集めて対応を続けているのですが……」
「上空のあれが止まない限り、町への被害は抑えられそうにない。
結界をどうにかすることもできなさそうだ。一体、あれはなんなんだ!」
ウリアの報告につけ足すように、窓の外を見ていたレオルアが声を上げる。
アグルエは町の惨状を見て、そこまでの話を聞いて、決意を固める。
――あれがなんだかわかっているのは、わたししかいない。
あれがなんだか、隠し通していてもこの事態は収拾しない。
アグルエは自分が知っている話をすることにより、自分の正体を追及されるかもしれないという危険性があることも十分承知している。
それはエリンスにすら迷惑が及ぶかもしれない。
だけど、そのときはそのときだ。
――エリンスなら、こんなときどうする?
きっと信念に従って、この状況を救える方法を探すはず。
――今は、この地獄を終わらせることが最優先!
アグルエは自身の中で決断を下し、落ち着いた調子のまま口を開いた。
「あれは、
アグルエは過去一度その魔法を目にしたことがあった。
魔界での魔王候補生時代――まだ魔王候補生としてしのぎを削っていたときに、その魔法を使った同期の魔王候補生がいた。
アグルエはその魔王候補生と実践形式の模擬戦をし、その際にあの魔法を受けている。
結果から言えばアグルエが勝利をしたのだが――
まさに、地獄のようだった。
アグルエはそれ以上思い返したくもないと首を横に振る。
思い返すと――ルスプンテルの未来を見てしまうようだから。
「魔法!? あんな強大な
レオルアが焦ったように口にする。
「魔法だとわかっても対応できるものを協会本部から呼ぶ時間がありません」
ウリアは冷静に現状を確認して言う。
こうしている間にも町には炎の波動が降り注ぎその被害は拡大している。
「アグルエ、対応方法は?」
アーキスも冷静に返事をした。
この場の誰もが「アグルエがどうしてあれを知っているのか」と疑問に思わなかったはずはなかった。
だけど今、それを追及したところで現状が救われるわけではないことを誰もが理解していたのである。
この場の五人の意志は一つだった。
「魔法で破壊するしかない」
アグルエはアーキスへと返事をする。
「魔法で破壊って言っても、あの高さじゃ……近づくことすら……」
マリネッタがそう言う通りだった。
空高くに浮かんでいる
並の魔導士では魔法であろうと触れることすらできない。
「空を飛べて対応できる魔導士となると、やはり協会本部から……」
ウリアも対応策を練りながら話を聞いている。
「いや、炎の波動をどうにかしないと近づくのも無理だ」
アーキスの言う通りだ。
呼吸するように炎の波動を放ち続ける
「わたしならば近づけます」
アグルエは覚悟を持って口にする。
どうしてこの町を魔王候補生の魔法が襲うのか、思い当たることなんて一つしかない。
――狙いはわたしだ。
それに過去一度、攻略したことがある魔法だ。
魔界にいたときよりは制約がいろいろと厳しいものであるが、勝手を知っている自分がやるしかないとアグルエは決意する。
「それはいくらなんでも無茶よ!」
一度アグルエの魔法を目にしてその実力を知っているマリネッタではあったが、すかさずに止めに入って割り込んできた。
「炎の波動はどうするの?」
そう聞いたマリネッタにこたえたのはアーキスだった。
「無茶でもしないとこの事態は収まらない、そういうことだろう」
アグルエの覚悟を決めた顔を見て、アーキスにもまた察するところがあったようだ。
「俺もいこう、空中戦なら得意なんだ」
アーキスは笑いながらそう言ったのだった。
アグルエはその言葉にビックリして覚悟を決めた目を見開いてしまう。
アーキスが自分のためにそうまでしてくれることにアグルエは驚いた。
「あんたたち、何言ってるか、わかっているの!?」
マリネッタはマリネッタで、空にある
あれはただ事じゃない。一介の勇者候補生や魔導士が対応できる問題じゃないってことが。
ただ、勝手に話を進め決意を固めていそうな二人を見て慌てたのも一時――マリネッタは「はぁ」とため息を一つ吐いてから言葉を続けた。
「あぁ、もうわかったわよ!
援護はする、炎の波動はわたしがどうにかする!」
三人は町の惨状を目の当たりにするうちに、こうやって話を進めるうちに気づいていたのだ。
今この場であれをどうにかできるのは自分らしかいない――元より三人の意志は一つであった。
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