第33話 白の軌跡 ――2――


 一方、白の軌跡と呼ばれるかつての初代勇者が残したとされる遺跡跡地――

 報告へと飛び込んできた勇者協会の若い兵より港町ルスプンテルで起きている異常事態の話を聞いた白の軌跡管理人クルト・クルシアルは、椅子に全体重を預けたまま考え込んでいた。


「町が、火の海に……」


 聞くだけでは想像ができない話の大きさに、クルトはもはや考えることすら放棄したいと考えはじめるほどだった。

 報告へ来た兵が町へと戻っていくのを確認すると、クルトは懐より取り出した手帳を開き確認をする。


「中にいる候補性は、今21人……かといって、俺じゃあ、どうしようもないんだよなぁ……」


 クルトは思い悩む。

 白の軌跡管理人なんて大それた称号を背負ってはいるが、クルトにできることは限られる。

 この遺跡を守ることのみだ。

 町で大きな異変が起ころうとも、クルトはこの場を離れるわけにはいかない。

 中にいる候補性に事態を知らせるような手段もありはしない。

 何もできないもどかしさを感じながら、クルトは身体から力を抜いて椅子にもたれ掛かった。


「俺にできるのは、ここを守るだけ――そして出てくる候補生を守るだけ――」



◇◇◇



 白の軌跡――

 白い空間の中――

 彷徨さまよい続けたエリンスは、ついには疲れて座り込んで、目を瞑ってしまっていた。


 どこまで歩いても変わらぬ光景。

 どれだけ歩いたかもわからなくなる感覚。

 何の音も聞こえないだだっ広い空間。

 彷徨い続けていれば、気でも狂いそうであった。


 落ち着くために座り込んで瞑想を試みても、どうもなんだか胸騒ぎが止まずに落ち着くことができない。


「ほんとに、一体ここは、俺に何をさせるための場所なんだ……」


 考えてもわからないそのこたえにエリンスは行き詰まりを感じた。


「わからないよ……」


 そして、そこではじめてエリンスは弱音を口にした。

 この空間を彷徨って、はじめて発した「こたえを求めた言葉」でもあった。

 そうしたことで――白い空間はエリンスにこたえる。


「わかっているんだろう、エリンス・アークイル」


 今まで何の音もしなかった空間から返事が聞こえた。

 それもエリンスがよく知る声で。


 エリンスが顔を上げると、目の前に立っていたのは声の主である自分自身――

 エリンスと全く対称的に同じ姿をしたエリンス・アークイルの形をした人型だ。


「なんで――」


 そう口走りはしたもののエリンスはこの空間であれば疑問に思っても仕方がないことだとすぐに気づき、自分と同じ姿をした相手に立ち上がって向きなおる。


「やっと、出てきてくれたか」


 この何もない空間――

 そこに何かがあるのだとすれば、何かを求めて歩き続けた自分自身だけ――

 ようやく表れた空間の変化にエリンスの心も前を向く。


「おまえは自分自身を知らなければならない」


 そう語る自分自身相手に、エリンスは一言返事をする。


「あぁ、知りたい」

「なら俺の質問にこたえることだ」


 エリンスと同じ姿同じ声をしたその人影が返事をする。


「落ちこぼれと呼ばれてまでも、どうして勇者候補生になった?」

「そんなのは決まっている。それが、あいつの――ツキトの想いを継いだから、だ」

「違うだろう」


 自分自身に否定され、エリンスはこたえなおす。

 正直で素直に――自分自身が相手だというのなら建前は意味がない。

 ツキトの想いを継いだ――それは決して建前だったというわけではない、本音ではあったのだが――


「――違う、俺は見返したかった。

 どうせ『勇者候補生になんてなれない』と言われた、あの言葉を……」


 故郷の村へやってきて俺の体質を見てくれた魔導士とその勇者候補生の同盟パーティー一行を――

 同郷の候補生のあいつを――


『エリンスのことは、候補生に推薦するつもりはない』

 エリンスが物陰で聞いてしまった、エリンスには聞かせないようにして話していたはずの師匠のその言葉を――


「ツキトの死は、おまえが招いた」


 否定しようがない。

 悲劇が起きたあの日――ツキトを森へと誘ったのは、紛れもなく自分自身であったから。


「ツキトの運命はおまえが決めた。エリンス、おまえが」


 しかし魔族と遭遇するなんて森に入る前に思いもしなかったのは事実だ――


「違う。あの選択が、ツキトの死を決めたなんて、思えない」

「でも利用したんだろう、自分自身の目的のために、その死まで」


 エリンスはその言葉を否定することができなかった。


「あの日、森に入ることがなければツキトは死なずに勇者候補生になった。

 あの日、ツキトが死ななければ、おまえは師匠に認められるほどの決意を持つことはなかった――」


 その言葉の続き――自分自身が言いたいことは、自分が一番よくわかっていた。


「俺が、勇者候補生になれるはずがなかった……」


 そう口にすることで、エリンスは身体から力が抜けてしまう。

 膝をついてそのまま崩れ落ちるように手までついてしまう。


 そうしていると――自分自身から何か「特別な力のようなもの」までもが抜け落ちていくような気すらした。


 そこにあったのは今まで考えないようにしていた自分自身が抱えた本音であり、目を背け続けていた事実だ。

 急に目の前に突きつけられた「責任」に、エリンスの心はその場から逃げたくもなるのだが――この白い空間では逃げる場所などありはしない。


――向き合うしかない。目を逸らすことはできないんだ。


 違う、違う、と否定を続け――エリンスは、「星刻の谷」でした決意を思い返し立ち上がる。


「でも、俺はまだ、何も知ることができていない」


 顔を上げたエリンスを見て、エリンスと同じ姿をした人型は「ほぉ」と感心したような声を出す。


「勇者候補生なんて肩書きは、肩書きでしかない。

 強さってやつを説明しろって言われても、俺にはまだそれだけの力がない。

 だから、力がなくたって、勇者候補生になれなかったとしても、

 俺はきっと、いつかこの気持ちに気づくことはできたはずだ。

 大切なものをちゃんと守りたい。強くなりたいんだ」


 ツキトの死――それはエリンスが無意識のうちに感じていた責任だ。

 勇者候補生になってもずっと忘れることのできなかった、責任だ。

 でも今のエリンスは――責任感で強くなりたいわけでも、勇者を目指しているわけでもない。


 そうしてエリンスが思い浮かべたのは――守りたいと思った大切なもののその姿――


「おまえは、こたえを見つけているようだ」


 エリンスと同じ姿をした人型はそう言うと白く光を放ち――白い空間へと溶けるようにして消えていく。

 その白い光を見て、エリンスはエムレエイを斬ったときに感じた魔素マナにも似たあの白い輝きを思い出し、気づくのだった。


 あれは自分の中から湧いて出てきた力だ――

 迷いなき一刀――あのとき力を貸してくれたように感じたあの輝きは自分の中にあるものだ、と。


 その力の感覚を思い返したとき、エリンスの脳裏にある光景が思い浮かぶ。


 5年前あの悲劇によって、その1/4が黒焦げしまった故郷の森――名をなんと言ったかは聞いたことがあるはずなのに覚えていない。

 名を忘れてしまったその森の入口に、こちらに向かって笑って手を差し出してくる幼き日のツキトの姿が見えたのだ。


――自分自身のルーツを知れ、エリンス・アークイル。


 その声が自分の中から響くようにエリンスには聞こえた。

 まるで――自分の中に宿った勇者の力がそう語り掛けてくるように――知りたかった「こたえ」を教えてくれたようだった。


 その光景とその声が――この白い空間が何を伝えようとしてきているのかは、エリンスにはすぐに理解ができなかった。

 だけどエリンスは、それらを忘れぬものとして強く胸に刻み込んだ。

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