第30話 襲来の港町


 陽光差すルスプンテル郊外、アルケーリア大平原。

 アグルエたち集められた兵は港町ルスプンテルを取り囲んだ防壁に平行して並んでいた。


 作戦はこうだ――

 力ある勇者候補生や格のある自警団兵士たちが前線を張って魔物の群れの総力を削り、その後方で一般兵士たちが溢れた魔物を狩る。

 アグルエはその中でも中盤、前線ではないが後方との繋ぎ目を担うこととなった。


 アグルエのその目にも遠くより町を目指して襲来する数々の魔物の姿が見えてきた。

 土煙を上げながら先頭を走ってくる牛のようにも見える二本の大きな角を持つ魔物――バッファロウ。

 それに続いて走ってくるのは、その毛並みの硬さが遠くからでもうかがえる狼型の魔物――デッドウルフ。

 その横を飛ぶようにして大きな蜂型の魔物――キラー・ビー。

 パッと目についただけでも三種類もの魔物が群れを成している。


「どうしてまたこんなに……」


 驚いたような声を上げたのはアグルエの横に並んだマリネッタだった。

 魔界には魔物が存在しないため魔物にあまり馴染みのないアグルエは知らないことであったのだが、どうやらこんな光景は珍しいことのようだ。


「物珍しいこともあるが、腕が鳴るってもんよ!」


 緊急事態ではあったもののどこか嬉しそうにしていたのは最前線に立っていた自警団隊長バルオトだった。

 バルオトは背負った重そうな鉄槌を降ろし、両手でずっしりと構えた。


「隊長、戦闘狂だから……」


 アグルエの後ろで剣を構えていたシルカがこっそりと教えてくれる。


「町を守るために手は抜けない」


 マリネッタとは逆側のアグルエの横で、アーキスはその腰に差した天剣へと手を掛けた。


 いよいよ魔物の群れがアグルエたちの前へと迫ってくる。


――ちょうどいいタイミングかもしれない。


 アグルエはそう考えていた。

 町へと迫る魔物を倒す――これは考えようによっては、自分の力を試すいい機会だ。

 こちらの世界での戦い方を考えなければならない、とちょうど考えていたところだ。


 アグルエも腰に差した剣を抜き構えた。


「いくぞ! やろうども!」


 士気を上げるように大きな掛け声を発したのは先陣を切ったバルオト。

 構えた鉄槌を振り上げながら、魔物の群れへと飛び込んでいく。


――ウオォー!


 自警団の兵士が一丸となって声を上げ、それに続くようにそれぞれ剣や槍、杖などの武器を振り上げた。


「いざ、参る!」


 次に飛び出していったのはアーキス。

 その手にした天剣を振りながら、まるで風のように魔物たちの隙間を縫って駆け抜ける。

 神速剣と呼ばれた技を使ったメルトシスにも負けず劣らずの早業だった。


 最前線はその二人に任せておけば大丈夫そうだった。


「いきます!」


 アグルエの後ろに構えていたシルカがその最前線より飛び出してきた魔物相手に切り掛かる。


「わたしたちもやりますか」


 そのアグルエの言葉を合図に頷いたマリネッタは背負った杖を降ろして構えた。


 アグルエはバルオトよりマリネッタとコンビを組むことを言い渡されていた。

 魔導士であるものの剣を扱えるアグルエが前線を張り、後方からマリネッタが支援するというコンビネーション。

 お互いの魔素マナを感じ取り合える分、他の人がマリネッタと組むよりも適任と言えるな、と考えながらアグルエは剣を振るう。

 アグルエが魔法に巻き込まれる心配がない分、マリネッタも全力を出せる。


 最前線で駆け回るアーキスたちがいるところより、バッファロウが数匹こちら側へと逃げてくる。

 その一匹に狙いを定めたアグルエは息を吸い、剣を振り上げ迫る一匹目のバッファロウ相手に剣撃を与える。

 バッファロウもその剣を角で弾き返そうとするが、アグルエは刃へと雷の魔素マナを流して雷撃纏う一撃を振るう。

 そのショックで一匹目が後方へと飛んだのを合図に、アグルエは二撃目を次のバッファロウへと振るう。


「水聖よ、その刃で切り裂け! 水刃すいじん!」


 二匹のバッファロウと剣を交えたアグルエの後方より、弧を描くように杖を振ったマリネッタが魔法の詠唱をはじめた。

 杖の先に集められた水の魔素マナが刃の形を成して、アグルエの後方よりバッファロウたちへと放たれる。


 一早く魔素マナの流れを感じ取ったアグルエは横方向へそれをかわすと、その水刃すいじんは見事アグルエが雷纏った剣撃を与えたバッファロウ二体へと命中する。


「感電よ」


 マリネッタがそう言い放つと、間もなく二匹のバッファロウはそのコアを雷に焼き切られ消滅した。

 アグルエが使った雷魔法とマリネッタの使う水魔法との相性は抜群だった。


「いい調子――」


 と振り返ったアグルエは、そこでマリネッタが自分の知らない不思議な魔法の使い方をしていることに気づくのだ。

 それと同時――最初にマリネッタに出会ったときに感じた、膨大な魔力のその正体をもその目にすることになった。


 マリネッタが杖を振るうその肩の上で、手のひらサイズの生物がまるでマリネッタに力を貸すかのように魔素マナをマリネッタへと流して送っているのである。

 アグルエからはその生物が亀のように見えた。

 ただの亀ではない。

 どうも魔物の一種のように見える。


「マリネッタ、それって」


 マリネッタも不思議そうに自分の肩に乗ったものを眺めるアグルエの視線に気づいたのだろう。


「あぁ、これ? 水瓶様みずがめさま

 って、アグルエ! よそ見してる暇ない! 来る!」


 再び最前線より魔物が飛び出してくる。

 今度はデッドウルフが一匹――


 アグルエはマリネッタのその肩の生物――水瓶様を見て、どこかそれこそがこちらの世界で戦うためのヒントなのでは、と感じはじめる。


――そうだ、ただの人間が、わたしが魔族と見違えるほどの魔力を持てるはずがない。


 ならば、どうしてマリネッタがその魔力を有しているように思ってしまったのか。

 現にマリネッタは水瓶様から魔素マナを引き出して魔法を使っているように見えた。


 デッドウルフへと切り掛かりながら、アグルエは考える。

 デッドウルフのその硬い毛並みはアグルエの剣を物ともせずに弾き返し、反撃にアグルエへと噛みつこうとその牙を立てて口を開く。

 アグルエは考えながらもそんなデッドウルフへと対応し、剣を持った手とは逆――左手の上に黒い炎の玉を作り出すとそれをデッドウルフに向けて放ち飛ばした。


――いや、これじゃだめだ。


 デッドウルフはその炎の一撃で塵となって消えるのだが、アグルエは納得がいかないように考え続けていた。


 自身の体内にある上澄みの魔法――これではまだわたしの魔素マナをそのまま使っているだけだ。

 かといって空気中の魔素マナを使用した魔法では、本来の「滅尽めつじん」の威力は発揮できない。

 魔物相手には通用したとしても、当然、魔族相手には通用しない――


「隙だらけよ! アグルエ!」


 そんな思考にふけるアグルエの後ろで再び杖を振ったマリネッタは、アグルエへと迫っていたキラー・ビーへと水の刃を放った。


「ありがとう、マリネッタ」


 アグルエはマリネッタのその力を信用していたために、思考へと集中していたのであった。


――やっぱり、あの水瓶様がマリネッタに魔力を分け与えているんだわ。


 再びマリネッタが魔法を使う姿を見て、アグルエは確信する。

 水聖のリィンフォード――そう二つ名でマリネッタは呼ばれていた。


 そこにあった違和感にアグルエは気づいていた。


 天剣のアーキスや神速のメルトシスと呼ばれた二人とは違う――

 水聖のリィンフォード、マリネッタ・S《セレロニア》・リィンフォード。

 マリネッタの二つ名は家柄を差したものだ。

 あの「水瓶様」とやらにその秘密があるのだろう、と考える。

 そしてそれは同時に――アグルエに対するヒントにもなった。


 アグルエは思考を巡らせる。

 マリネッタが「水瓶様」より魔素マナを使っている――そんな「借乗しゃくじょう」じみた魔族の魔法が存在するはずがない。

 つまりは「水瓶様」から引き出しているその魔素マナは、マリネッタ自身のものであるはずだ。

 マリネッタは「水瓶様」に魔素マナを預けて蓄えることで、魔族にも勝る魔力量を誇っているのだろう。


 そこでハッと気づいたアグルエは、自分の胸元へと目を向ける。


――もしかして!


『アグルエ、これはおまえの力となってくれる』


 そう言ってお父様がわたしに手渡してくれた「魔封」へ――と。



 考えは止まなかった。

 しかし迫る魔物の群れは止まってはくれない。

 アグルエとマリネッタは夢中で魔物の群れを相手にして、剣と杖を振るった。



 そんな折――


「スライムの群れだと!?」


 前線で大きな声を上げたのはバルオトだった。

 その声を聞いて何やら驚いて手を止めてしまう兵士までもがいた。


「どういうこと?」


 一緒に戦っていてアグルエが魔物に詳しくなさそうなことには気づいていたマリネッタが、すぐさま説明するように返した。


「アルケーリア大平原のスライムは群れでは活動しないはずなのよ。

 透明な水状の体質なこともあってコアが丸見え、スライムは一匹一匹だと弱小な魔物。だけど――」


 と、マリネッタが説明している途中で最前線のほうでは事件が起きた。


 群れで集まったその水状の魔物――スライムは次第に集まって大きくなっていったのだ。

 集まり大きくなったスライムはその腕のように伸ばした体でバルオトを吹き飛ばす。


「ぐぅ」


 悲痛な声を上げて軽々と吹き飛ばされてしまった大男の姿にアグルエは驚愕する。


「群れで集まると、とても厄介。ああやって合体してしまうの……」


 スライムキング――群れて合体したスライムは強大な力を得て、また物理攻撃への耐性も獲得してしまう。

 バルオトが持つ鉄槌の攻撃――打撃や、果ては剣の攻撃ですらスライムキング相手ではコアに届かず、致命傷になり得ない。


 大きくなったスライムの姿を見て、前線で戦っていた兵士たちも武器を納め一歩引く。

 軽々と吹き飛ばされてしまったバルオトの元へは治癒魔法が扱える魔導士が駆け寄っていく。


 アーキスもまた剣を引き、最前線寄りであったアグルエの近くへと退いてきた。


「魔物の群れをあらかた片付けたと思ったら、最後方さいこうほうに待っていたのはこいつってわけか」


 アーキスは苦しそうな顔をしてそう言った。

 最前線で一番魔物を相手してくれたのだ。

 アーキスがこの戦いの中で体力を人一倍使っていることはアグルエにもわかっていた。


「まるで、ボスね……」


 巨大になったスライムを見上げながらマリネッタが口にした。


「あぁ、あいつには剣も効かない」


 アーキスは少し困ったようにマリネッタに返事をする。


「スライム相手じゃ、わたしの水魔法も効きはしない」


 主な成分が水の魔素マナでできているらしいスライムだ。

 話に聞いた限りのことからもそんなことであろうとアグルエは思っていた。


「こいつは、厄介なことになった!

 町にこんなもん近づけたら、どんな被害が出るかわからねえ!」


 そう声を上げたのは立ち上がったバルオトだった。

 スライムキングはその図体の大きさもあって速さがあるわけではないが、着実に町へと近づこうとその歩みを寄せている。


「大きい分コアは狙いやすくなるのだが、自由自在に伸ばすこともできるあの体は厄介だ」


 アグルエの横で息を落ち着かせたアーキスが口にする。

 そこまでの話を聞いて、アグルエは考えをまとめて決心する。


「隙を作って、アーキス」


 急な申し出にアーキスはびっくりとしたようだが、アグルエの表情を見て何かその考えを察してくれたようだ。


「何か、策があるのか」

「えぇ、わたしの魔法であれば貫ける――」


 アグルエには戦いの中で考えついた手段が一つあった。

 一か八か――否、そんなことはない。

 アグルエは既に一度その手段を取ることに成功している。

 デムミスア山脈――その途中、エムレエイに反撃をもらいそうなエリンスを助けるそのときに――


 一歩飛び出したアーキスを見たバルオトはその姿を見ただけで何か察してくれたのだろう。

 周りの魔法を使える兵士へと指示を出し、スライムキングへの攻撃を開始し、アーキスの支援をしてくれた。

 飛び交う火球や風の刃は大きな水状のスライムキング相手では効いていないようにも見えたが、その数が数なだけに確実にスライムキングの気はそちらへと逸れている。


 その流れの中――空へと浮かぶように飛び出したアーキスは、その手にした天剣グランシエルを振り上げて太陽へと向ける。

 切っ先と太陽が一直線に結ばれたその瞬間――天剣グランシエルの先端に光の粒子が集まっていく様子がアグルエからも目視できた。


――あれは、いつか見た光の魔力。


 アグルエがそう思い返したその刹那――

 天剣グランシエルの先からレーザーのようになった光の魔法が放たれる。

 一直線に突き抜けた光のレーザーはスライムキングのそのど真ん中――体の中心に見えていたコアの部分に大きな風穴を開ける。

 だが、コアを破壊するには至っていない。

 水状の体に大穴を開けはできたものの、剥き出しとなったコアには傷すらついていないようにアグルエからも見えた。


 アグルエもそれを見て、アーキスに続くようにして飛び出した。

 自身の胸元――首に掛けた「漆黒の魔封」、そのペンダントを握りしめて。


 スライムキングは自身に空いた穴を気にしていないようだった。

 スライム系の魔物は高い再生能力を持っている。

 次第にその穴が塞がっていくさまが見えてしまう。


 アグルエはその穴が塞がる前にスライムキングへと急接近をする――

 その背中に黒い炎でできた翼をはためかせて、アグルエは空を飛んだ。


 その姿に、その場にいた誰をもが驚きを隠せない。

 空を飛ぶ魔法――そんなものは一介の魔導士が使いこなせるものではない。


――やっぱり、こうすれば魔素マナを引き出せる!


 アグルエが思いついた手段――それは、正解だった。


――魔封とは、わたしの魔素マナを吸収して痕跡を消してくれるだけのものじゃないんだ。


 アグルエの持つ「漆黒の魔封」とは魔族の魔素マナを人界のものへと調整してくれるもの。

 だから魔族の魔素マナとしての痕跡も消えるのだ。

 魔封より取り出した魔素マナであれば、人界へ与える悪影響というやつも存在しない。


 しかしまだアグルエはその魔素マナをうまく扱いきれていなかった。

 スライムキングへと近づくとために羽ばたかせたその翼は、スライムキングへと近づけたという気持ちの緩み一つでその片翼が消えてしまう。

 空中でバランスを崩し、あわやそのまま墜落かとなったアグルエではあったが、左手より炎を噴き出させ、その勢いを利用してバランスを安定させる。


「まだ、長くは持たないか……でも、十分!」


 アグルエはそのまま左手より噴き出した黒い炎を、先ほどアーキスが開けた穴にあるスライムキングの剥き出しとなったコアへと向けた。


――滅尽めつじんよ、わたしにこたえて。


「炎よ! 貫き突き抜けろ! 滅尽炎槍オワリノヒトツキ!」


 魔法を詠唱し、噴き出す炎を槍のように変化させたアグルエはそれをスライムキングのコアへと放った。

 大きな黒い炎の槍はその大きな体を焼き尽くすようにしてコアを貫き――そしてスライムキングは光となって消滅した。


 スライムキングを倒したところで群れとなって迫ってきていた魔物の姿は見えなくなった。


 アグルエたちはこうして無事に町に迫った危機を払ったのだが――

 アグルエは純度の高い自身の魔素マナに触れたからこそ、その感覚が研ぎ澄まされた故に気づいたのだった。

 港町上空――そこにある魔素マナの流れ、嫌な予感に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る