第26話 水聖のリィンフォード


 ルスプンテルの勇者協会は先ほどエリンスたちが立ち寄った職人街がある西側とは真逆の町の東側、ルスプンテルの自警団本部や病院などの役所が集中した一体にあるようだ。

 その道中、エリンスは先ほど聞き忘れたもう一つのことをアーキスに聞くことにした。


「そういえば、アーキス」

「なんだ?」

「アグルエがメルトシスからもらったあの剣……

 どうやらすごい代物らしいんだが、知っていたか?」


 エリンスは後ろをついて歩いてきたアグルエの剣指差してアーキスへと問う。

 バレズキッチンにて、「リアリス・オリジン」と呼ばれた代物だ。


「いや、そうだったのか……?」


 アーキスであれば剣のことを知っていたのではと思っていたエリンスではあったが、どうやらアーキスにも思い当たる節はないらしい。

 とぼけているようにも見えない。


「あの剣がどうやら伝説の鍛冶師が打ったものらしくてさ。

 鍛冶屋に行ったとき、妙に店主のおじさんのテンションが爆上がりしちゃって。

 俺も名前を初めて聞いたんだが、『リアリス』っていうやつの代物らしい」


 アーキスはエリンスのその話を聞いて少し考えるようにする。


「ふーん……思い返してみてもわからんな。

 メルトシスのやつはテキトーに城の武器庫にあったものを持ってきた、とだけ言ってた気がするなぁ」

「そっかぁ。知らなかったのか」


 エリンスもそれ以上はアーキスに聞こうとはしなかった。

 伝説の鍛冶師が打ったと言われる代物が、どうしてそんなテキトーに扱われていたのか。

 きっとアーキスへ追及したところでわからないことだ。


「まあその剣に価値があるものだとしても、メルトシスが返せとか言い出しはしないさ。

 あいつもあいつで抜けているところがあるから、気にはしてないと思う」


 エリンスとアグルエはそんなアーキスの語り口に「あはは」と笑ってしまうのだった。


「着いた、ここが勇者協会だ」


 と、そんな調子で話をしながら歩いているうちにエリンスたちは勇者協会へと辿り着いたようであった。


 勇者協会ソサエティと大きな看板が掲げられ、その横に勇者の紋章が刻まれているのはミースクリアと同じ。

 だけどルスプンテルの勇者協会はその建物の大きさからしても、勇者協会総本部の下であったミースクリアよりは小さな印象を覚える。

 それでいて勇者協会の横には、それよりも大きい建物のルスプンテル自警団本部が存在している。

 数万人規模の人口を誇る町を取りまとめ町の安全を守るという自警団。

 エリンスの目から見た感じ、どうにも勇者協会への人の出入りより横の自警団本部のほうが人の出入りが激しいように見えた。


「この町はミースクリアとは違って、勇者協会よりも自警団の力のほうが強いみたいだな」


 不思議そうに見ていたエリンスに気づいたのだろうアーキスがそう言った。

 エリンスたちがそうしている間にも、皆一様に制服を着込んだ兵士たちが慌ただしく出入りしているようだ。


「勇者協会と連携して町を守る自警団、ルスプンテルの兵隊みたいなもんだな。

 そこらの国の騎士団とそう変わりはないレベルの統率力、影響力を持っているって話だ」


 大きな町を守るためにはそれなりの力が必要なのであろう。

 ミースクリアを勇者協会が治めているように、ルスプンテルもまたその力によって治められているってことらしい。


「ま、今日俺らの用があるのはこっちだな」


 そう言ってアーキスは一足先に勇者協会の中へと入っていった。

 アグルエもまた不思議そうに勇者協会とルスプンテル自警団本部の建物を見比べていたのだが、何も言わずにエリンスと共に勇者協会へと立ち入った。


「いらっしゃいませ、ようこそ勇者協会へ!

 ご依頼ですか? それともお仲間をお探しですか?

 我々にサポートできることなら何なりとお申し付けください!」


 勇者協会へ入るなり、三人を迎えたのはお決まりの台詞を言う受付。

 アーキスは受付のお姉さんに返事をするのではなく、エリンスとアグルエのほうを向くなり口を開いた。


「俺は上に呼ばれてるから、ここで一旦お別れだな」

「あぁ、ありがとう。アーキス」


 エリンスはここまで道案内をしてもらってしまいお昼までご馳走になってしまったのでお礼を返す。


「アーキス、ありがとう」


 アグルエもまた丁寧にお辞儀をしながらお礼の言葉を口にした。


「なーに、お安い御用さ」


 アーキスは全然気にしていないようだった。

 と、そこでアーキスの表情が変わる。


「入り口に揃って並んで何やってんだか。あんたも呼ばれたの、天剣のアーキス」


 そうエリンスたちの後方からアーキスの名を呼んだ女性の声はエリンスもはじめて聞く声だった。

 エリンスとアグルエは咄嗟に振り返った。


 ブルーカラーの長髪をポニーテールのようにシュッとまとめており、

 透き通るブルーサファイア色をした目、整った顔立ちに白い肌――

 キリッとした表情から感じるのはアグルエともまた違う上品さを持った凛とした美しさ。

 ライトアーマーと呼ばれる軽い鎧を着こなして、スリットの入ったロングスカートをも着こなしている。

 その背中には飾りのついた大きな杖を背負っており、彼女もまた勇者候補生なのだということがその格好からもわかる。


 というかエリンスは彼女に見覚えがあった。

 勇者候補生が旅立つ際に行う儀式、勇者洗礼の儀。

 その儀式で上位層の候補生は一段と目立っていたために、エリンスは彼女の姿を目にしたことがあった。


 マリネッタ・S《セレロニア》・リィンフォード。

 東の大国セレロニア公国の出身で優秀な魔導士の血を引く一族の生まれ。

 勇者候補生ランク第5位、通称「水聖のリィンフォード」。


「噂は聞いてるよ、水聖のリィンフォード。『白の軌跡』を一番に突破したんだろう」

「その名で呼ばないで!」


 マリネッタは「ふんっ」と鼻を鳴らし、首を振りそっぽを向く。

 どうやらその二つ名を気に入っていないらしい。


 エリンスはアーキスが口にしたその噂を耳にして、一瞬自分の耳を疑った。

 もう、一つ目の軌跡を越えた候補生が存在しているのか、と。


「おかげさまで、なんだか面倒なことにこうして駆り出されてしまったわ」


 一度そっぽを向きはしたがマリネッタは「やれやれ」と首を振りながらアーキスにこたえたようだった。


「って……これはどういう顔の組み合わせ?」


 そこでマリネッタはエリンスの顔を見るなり、何やら考えるようにしたのだった。


「第1位と、落ちこぼれのエリンス・アークイル……まさかあんたも軌跡を越えたの!?」


 エリンスは自分の名が知られているということにドキリッとする。


「それにこの子は、候補生じゃないわよね……」


 アグルエの顔を見るなり、不可思議そうな表情を浮かべたマリネッタ。


「魔導士アグルエ・イラです」


 アグルエは自分のほうを見つめてくる不可思議そうな眼差しを感じ取ってペコリッと先に自己紹介をした。


「わたしは、マリネッタ・セレロニア・リィンフォード。

 そう、魔導士――アグルエさん……よろしく」

「マリネッタさん、よろしくお願いします」


 アグルエとマリネッタの間には不思議な何とも言えない空気が流れていた。

 お互いにお互いを見合い、牽制するような――何かを通じ合っているようなそんな雰囲気だ。

 魔導士同士、何か感じ合うことがあったのだろう。

 エリンスにはそれが何なのかはわからなかったのだが、どうにも近づきがたい雰囲気が醸し出されている。


「いやいや、彼はこれから挑むんだよ」


 エリンスに掛けられたあらぬ疑惑はアーキスが否定した。


「そうよね、そうに決まってるわ」


 エリンスはなんだか一瞬バカにされたような気もしたが、いつものことであったので特に気にしないことにした。


「呼ばれたのはあんたとわたしの二人みたいね」

「この町で暇そうにしてる候補生なんて、他にいないだろうからな」


 アーキスは自虐を含んでそう口にした。


「わたしは別に暇じゃないけど」

「悪い悪い、暇なのは俺だけだな」


「マリネッタさん、どうして、俺の名を……?」

「当り前じゃない? 勇者候補生同期の名前なんて、全員覚えているに決まっている」


 恐る恐ると口を挟んだエリンスに、マリネッタはさも当然といったようにそうこたえた。

 そうしてこれからエリンスが白の軌跡へ挑むと聞いたマリネッタは助言めいたことを口にした。


「ま、せいぜい頑張ってね。

『白の軌跡』は生半可な気持ちで挑めば、一生抜け出すことのできないものだと言うから。

 どんなに優秀な候補生であっても、三日三晩彷徨うことになるとも聞いたわよ」


 マリネッタもそう語る「白の軌跡」。

 勇者が残したその場所がどんなところなのかわからないエリンスではあったのだが、マリネッタからそう聞いても全く想像がつかなかった。

 未知の恐怖のようなものだけを感じ取り、ゴクリッと緊張と一緒に生唾を飲み込んでしまう。


「まっ、このわたしは一日で抜けたけど!」


 説明の最後にマリネッタは胸を張ってそう言った。


「じゃ、わたしは先に行ってるわよ」


 そう言ってから振り返りもせずに手を振ってマリネッタは階段を上っていった。

 突如やってきて嵐のように去っていったマリネッタを見送ってからアーキスが口を開いた。


「なんのために俺と彼女が呼ばれたのか、ちょっと怖くなったよ。

 何か任せたい依頼じみたことがあるんだろうけど」


 アーキスの気持ちに少し同情するエリンス。


同盟パーティーの申請ならカウンターでできると思う。

 じゃ、俺も行く。またな、エリンス、アグルエ!」


「あぁ、また」

「えぇ、また」


 エリンスとアグルエはマリネッタの後を追い階段を上っていくアーキスを見送った。


「すごい魔素マナ量だった」


 アーキスの姿が見えなくなって、アグルエがぽつりと独り言のようにこぼしたのだった。


「マリネッタが?」

「えぇ、わたしが魔族と見違えるほどに」


 勇者候補生ランク第5位、水聖のリィンフォードという二つ名を持つほどの魔導士ともなればそれほどの実力があるということなのだろうか。


「そいつはまた、すごいな……」


 エリンスにはあまり想像のつかない話ではあったが、そう言って納得するのであった。


「とりあえず、やること済ませちゃうか」


 アーキスとマリネッタが呼び出された理由――そちらも少し気になるエリンスではあったのだが。

 今、エリンスたちが向き合うべきことはそちらではない。



 カウンターにて受付のお姉さんとやりとりをし、無事に同盟パーティーの申請を果たしたエリンスとアグルエ。

 こうして正式に、勇者候補生エリンス・アークイルと魔導士(仮)アグルエ・イラは同盟パーティーを組んだのだった。



 晴れて新しい心持で二人は勇者協会を出た。

 出たところでエリンスは考えていることを口にした。


「それにしても、考えなきゃいけないことがまたできちゃったな」

「ん?」

「白の軌跡の試練ってやつは、勇者候補生しか挑めないんだ。

 マリネッタの話によれば三日三晩掛かることも考えなきゃいけないみたいだし……」

「その間わたしは一人ってこと?」

「あぁ、そうなる」


 エリンスはアグルエのことを心配しているのだった。


「大丈夫よ、わたしのことなら心配しないで」


 アグルエもエリンスのそんな心配を察してこたえた。


「それにエリンスがいない間にわたしも一人で、調べものでもして待っていることにする」


 アグルエもアグルエなりに考えていたことがあった。

 過去の勇者について――スターバレーで知った隠された秘密。勇者の名前やらのこと。

 エリンスが軌跡へ挑み一人になるならば、調べものの役割を担うほうが効率もいいというものだろう、と。


「そっか、任せて平気か?」

「えぇ、大丈夫!」

「じゃあ……ここからの目的は分担だな」

「そうしましょう」


 とりあえず町で過ごすことになるアグルエのために宿を取っておこう。

 そう考えたエリンスが先導し、二人はどこかの宿屋を目指して歩き出したのだった。

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