第25話 繁華の港町 ――2――
「バレズキッチン」という名の金物工房を後にしたエリンスとアグルエは、一旦町の中央広間を目指すために来た道を引き返していたところだった。
「なんか、わたし、とんでもないものもらっちゃっていたみたい」
「たしかにな……メルトシスのやつ、そんな素振り全然見せなかったし」
バレズが「リアリス・オリジン」と呼んでいた剣の元の持ち主――
アグルエと決闘を果たしその際にそれを貸してくれて、勝負がつくなりそのままアグルエへと渡した張本人、
勇者候補生第2位のメルトシスは、この剣の素性というやつを知っていたのだろうか。
いや――知らなかったのかも。
とエリンスはどこか純情そうではあるが、間抜けそうだったメルトシスのことを思い返して考えてしまう。
ただメルトシスの横にいた勇者候補生第1位の男であるならば、
そういった類のことは知っていそうなものなのに――
エリンスがそう考えたからであろうか。
まあそこに因果は存在しないのでたまたまであるのだが。
エリンスは見知った顔をルスプンテルの町並みで見掛けたのだった。
「ん!」
「どうしたの、エリンス!」
急に走り出したエリンスを追い掛けて、アグルエもまた駆け足でついていく。
エリンスはすぐにその見知った顔の男に駆け寄った。
「アーキス!」
エリンスにそう呼ばれ長髪長身の凛とした涼しい顔立ちの男――アーキスが振り返った。
アーキスもその声に覚えがあったため、すぐに返事をした。
「エリンスじゃないか!」
ミースクリアの街を旅立って、実に数日振りの再会であった。
「エリンスたちも、無事に辿り着いたか」
エリンスと横に並ぶアグルエを一瞥してアーキスは口を開く。
「アーキスたちも……」
とエリンスは口にしたところで、ミースクリアではいつも一緒に行動していたであろうメルトシスの姿が見えないことに気づく。
「メルトシスなら、もう『白の軌跡』に挑みにいったよ」
エリンスの言いたいことを察したのであろうアーキスは先回りでそう言った。
しかしそう聞いて、エリンスはアーキスがおかしなことを言っていると思ってしまう。
同じ勇者候補生であるアーキスもまた、白の軌跡には用事があるはずである。
「アーキス、あなたは?」
エリンスが聞くよりも早くアグルエが質問したのだった。
「あぁ、そっか。そうだよな、あはは」
何がおかしいのかエリンスにはわからなかったが、アーキスは一人で誤魔化すように笑った。
「俺は別件で勇者協会に呼び出されてるんだ――」
そう言いながら空を見上げ、何かを考えるようにしアーキスは言葉を続けた。
「ちょうどいい時間だし、どうだ? 一緒に昼食でも取らないか?」
そう聞いて返事をしたのは、「グゥ」となったアグルエのお腹の音だった。
エリンスは突然の申し出にビックリとしてしまうのだが、横にいたアグルエは顔を赤らめて小さく頷いたのだった。
◇◇◇
近くにあった料理屋へと立ち寄ったエリンスたちは席へついて料理を注文し食事をとった。
「奢りだから何でも好きに頼むといい」と言うアーキスに、自身がかつてアグルエにそう言って大変な目に遭ったことを思い返し遠慮したのだが、アーキスはどうやら譲る気がないらしい。
アグルエのことを横目にしたエリンスの様子を見て、アグルエはエリンスが何を考えているのか察したのだろう。
「わたしもいつもそんなに食べるわけじゃ、ありません!」と冗談交じりに怒ったのだった。
アーキスはエリンスとアグルエのそんなやりとりを見て、実に楽しそうに笑った。
終始そのような和やかな雰囲気で3人は食事を終えた。
エリンスもただ単にアーキスが昼食に誘ってきたわけではないことは感じ取っていた。
エリンスからもアーキスには何かしら考えがあってこういう場を設けたように見えたからである。
昼過ぎだったが混み合ってはいない店の様子を見て、エリンスもちょうどいいなと考える。
アーキスもそう考えていたのだろう。
アーキスは店を見渡してから口を開いた。
「どこから話したもんか。まあ改まってする話でもないんだが……」
アーキスは何か思い悩んでいる様子だった。
「エリンス、きみみたいな人にこう話すと、俺は怒られるのかもしれないな。
だけど、俺は勇者になる気がないんだよ」
それは店に入る前――アグルエがした質問のこたえであろう。
勇者になる気がないから、メルトシスと一緒に「白の軌跡」には挑まなかったということだ。
元より勇者になる気がない人らが勇者候補生の中にいることはエリンスも知っていた。
だけどそう話はじめたアーキスにはどこかそういう元より勇者になる気がないが仕方なく候補生になった人らとは違う空気を感じた。
「俺はあいつこそが勇者に一番ふさわしいと考えている。
これは昔からの
アグルエもただ静かにアーキスの話へ耳を傾けていた。
「だから俺はあいつの剣になることにした。
それが自分のためにもちょうどよかった。
それが、俺が『白の軌跡』へと向かわなかった理由だよ、エリンス」
アーキスの真剣な目には嘘偽りのなさが表れている。
エリンスは当然別にそれに腹が立ったり不服だったりなどはしなかった。
アーキスにはアーキスなりの覚悟があることをその瞳が示している。
「そうだったのか」
ただそう返事をしたエリンスを見て、アーキスはさらに続けるのだった。
「なんだか、きみらには嘘をつきたくなくてな」
そう笑って言うアーキスを見てアグルエがさらに質問をした。
「アーキスは、どうして勇者候補生になったの?」
アグルエはアーキスのその言葉の節々から感じたことがあった。
『メルトシスこそが勇者に一番ふさわしい』と言いはしたが、元よりアーキス自身に勇者候補生へのこだわりが感じられなかったからである。
何やら真剣にそう聞いてくるアグルエを見て、アーキスは素直に腹を割って話をしてくれるのだった。
「簡単な話、俺が勇者候補生になったのは、この剣を手にするためだった」
そう言ってアーキスが二人へと示したのは、その腰に添えられている伝説の聖剣の一つ、天剣グランシエル。
エリンスはその剣のことを昔書物で見たことがあったために知っていた。
数千年前、人がまだこの地上に姿を現す前より存在すると言われる神々の時代の剣――
天を統べるとすら呼ばれた聖剣で、空気や光を、果ては大気や天気ですら操ることができるらしい。
朽ちることがなく現存したその剣は、ファーラス王家に伝わっているらしいとまで書物には書かれていた。
「長い歴史の中でこの剣はファーラス王家から、俺の家――エルフレイ家へと引き継がれたんだ。
俺は子供のころ、うちに保管されていたこの剣を見たときに、まあ単に惚れてしまったんだ」
そう話すアーキスの顔はまるでその剣に本当に惚れてしまったかといったようなものであった。
アーキスが腰に差したその剣に対して取る言動の一つ一つからも、大切にしているのがうかがえた。
「絶対に振るってやりたい!
そう夢見た子供のころの俺は、そのときから剣を振るって剣士になることを志した。
そんな折だった。
歴代に名を残すほどの成績を修めた勇者候補生にこの剣を託してみないか、とファーラス王家が決めたんだ」
現にアーキスが今こうして天剣グランシエルをその手にしていることを思うに、アグルエからしてもアーキスのその剣への執着というものがとんでもなく強いものであったことがわかる。
「それで、候補生1位……」
エリンスも驚いたような声を上げる。
「夢を叶えているなんて、素敵ね」
アグルエもまた素直にすごいと驚く。
「そんな大層なもんじゃない。俺は勇者候補生となってこの剣を受け継いだ。
だが、勇者になる気がないなんて口にしたら、父上には勘当されちまうかもな、あはは」
冗談めいて笑って見せたアーキスではあったが、その言葉尻からはどこか冗談ではなく本当にそうなりそうな予感があることをエリンスも感じ取る。
「と、まあ俺の身の上話はこんな感じだ。つまらんだろう」
アグルエが「何を」聞きたかったのか、エリンスにはわからないことだった。
アーキスもまたアグルエの質問の真意をわかってはいなさそうだった。
「ううん、いい話を聞けたわ」
ただアグルエはどこか満足そうだった。
「一人一人、ちゃんと目指すべきところがあって、たしかな理由がある。人の夢ってそれだけで素敵なのよ」
アグルエの言葉にアーキスはまた疑問符を浮かべるのであったが、特に何かを聞き返そうとなどはしなかった。
「さて、腹も膨れたところで用事ってやつを済ませちゃうかな」
アーキスはそこらでちょうどいいタイミングだと計ったのであろう。
席を立ち会計を済ませるために店員のほうへと歩いていった。
エリンスはそこでアーキスが『勇者協会へ呼び出されているんだ』と語っていたことを思い出す。
「わたしたちも、勇者協会に用があるんじゃなかったっけ」
アグルエもまた同じことを思い出したのだろう。
「あぁそうだ。
エリンスがそう口にしたところで会計を済ませたアーキスが戻ってきて言葉を挟んだ。
「なんだ、まだ
そんなにも息がピッタリなら、本当にとんでもないライバルになりそうだと思ったよ」
アーキスはここまでの二人のやりとりを見ただけで――
二人が何か「修羅場を乗り越えて」ここまで辿り着いたことを悟った。
ミースクリアで会ったときよりもさらにその絆が深まっているように見定めていた。
ただ、アーキスは二人のこと――特にアグルエのことには踏み込もうとしなかったのである。
ここまでの数々のことで、そこに何か特別な事情があるのだとはアーキスも感じていたのだが――
アーキスは気にしないようにして口を開いた。
「じゃあ勇者協会まで一緒に行こう」
その一言を合図に三人は店を出て港町ルスプンテルの勇者協会を目指したのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます