第24話 繁華の港町 ――1――
時刻は昼頃、朝早くバレーズを出発してから教えられた通りちょうど6時間ほど。
エリンスとアグルエの二人は近づく海の気配をその鼻で感じ取り、一足先にアグルエが駆け出して森を抜けていく。
「エリンス! はやくー!」
アグルエはキラキラとした天真爛漫な笑顔を振りまいてエリンスのことを大きな声で呼んだ。
表情豊かで振り回されがちではあるのだが――そんなアグルエの笑顔に釣られてエリンスは駆け足で追い掛けた。
どこまでも広がる濃い青色は空の水色と合わさって、綺麗なコントラストを描いているようだ。
風が少しある故に、空気が澄んでいるのだろう。水平線の彼方までもが見通せる。
ザーッザーッと聞こえる耳を撫でるような波の音が心地よい。
時折吹き抜ける海風は冷たいものの、広大な景色を前にアグルエは興奮を隠せないようだった。
「うわぁー! わたし、海って初めて見たの」
「魔界には海がないのか?」
「魔界は全てが地続きだから。こんなにも広大な海ってやつはないんだよ」
「へぇ、そういうもんなのか」
「これが、海ってやつかー!」
ともなれば納得の表情だと横で嬉しそうにしているアグルエを眺めながら一人エリンスは納得する。
エリンスたちはようやく緑色に染まった森の景色を抜け、サミスクリア大陸の岸沿いの浜辺と海が見渡せる崖の上へと行き着いた。
エリンスが岸沿いに視線を移していくと、その先遠くには大きな町が展望できた。
あれが目的地である港町ルスプンテルであろう。
サミスクリア大陸の玄関口、人口数万人の規模を誇る港町。
200年前、まだ人の住んでいなかったとされているサミスクリア大陸にはじめて造られた町である。
かつての
彼が発起人となりこの地に港町を立ち上げたのだという記録が残っているらしい。
そこでもまたバレーズ――星の谷で見たことをエリンスは思い返す。
勇者の名が世界から消されていても、その
そこに何か秘密があるのだとすれば、勇者に所縁あるものが造った町に何かしらその謎に近づくヒントは残されているかもしれない。
この辺りのことは昨晩、アグルエと共有してこれからの方針として確認しておいた事柄だ。
そんなこんなで崖沿いの平原を進み、エリンスたちは港町ルスプンテルへと到着したのであった。
メインストリートには馬車も行き交い、道沿いには商人が露店を並べ往来する人々へと声を上げている。
お祭り騒ぎであったミースクリアに負けず劣らずといった賑わいを見せていた。
きっとこの馬車も旅行者が勇者祭賑わうミースクリアへと向かうためのもの。
勇者候補生たちの使用は禁じられているものであるが、馬車を使ってアルケーリア大平原を行けば大分時短となるであろう。
「広そうで、綺麗な街並みね」
レンガ造りの街並みを見て感嘆とした声を上げたのはアグルエだった。
エリンスたちはそのままメインストリートを進み、ひとまず町の中央広間へと向かった。
お祭り騒ぎのミースクリアとは違い道の一つ一つも広いため、人混みに圧されることもなく歩きやすい道にエリンスは一息、安心する。
田舎育ちのエリンスにとっては、人混みというやつが苦手なのだった。
港町ルスプンテルは水の都としても名が高い。
レンガ造りで統一された街並み、綺麗に整備された道の数々。
町の至る所に海からの水路が繋げられていて、迷路のようにすらなっている。
それでいて人の暮らしやすさが考えられている利便性も兼ねられており、近代移住先としても人気の高い町だ。
町の中央部分、水路が集結し噴水が設けられた大きな広間。
その噴水の上にはかつてこの町を立ち上げたその立役者、デイン・カイラスを象ったと思われる銅像がどっしりと構えられていた。
大きな盾を手にしたその姿からは騎士としての威厳も感じられるような雰囲気があった。
魔導士として名を遺したデインであったが、騎士の生まれで盾を手にして戦場を駆けたとされている。
「あれが、デイン・カイラス。
銅像を見上げたアグルエもこの町の中で特に目立つそれに圧巻とされているようだった。
「あぁ、ルスプンテルに寄ることがあれば、一目見ておきたいと思っていたものだったんだ……」
エリンスはその銅像のことは昔から旅行雑誌などの書物で見ていたためによく知っていた。
こうして実際に目にして、肌でその雰囲気を体感することで、より一層自分の中で勇者に対する関心が強くなるのを感じるのだった。
ただいつまでもここでこうしているような時間はない。
エリンスたちは何も観光のためにこの地を訪れたわけではない。
「さてっと」自分の気持ちに区切りをつけるようにして口にしたエリンスはこの町でやるべきことの数々を思い返す。
まず勇者候補生としての目的である、「白の軌跡」で勇者の力を授かること。
勇者協会へ赴き、アグルエと
バレーズにて受けた依頼、バレスロンとレミィの手紙を届けること。
自身の剣を折ってしまった(森を抜けるときはアグルエの剣を借りていた)ので、新しいものを探すこと。
過去の勇者について調べものをしたいこと。
やるべきことはたくさんある。
一つ一つ片付けていくしかないだろう。
とりあえず、人からの頼まれごとから済ませたほうが楽そうだと考えてエリンスは口を開いた。
「まずは、『バレズキッチン』とやらを目指すか」
「えぇ、そうしましょう」
アグルエもそんなエリンスの考えを察して返事をしてくれた。
広い街とはいえ目立つような目印が多くあり、だいたいの場所はバレスロンより聞いていたので迷うことなくエリンスたちはその場所へと辿り着くことができた。
ルスプンテルの西側、
エリンスは「バレズキッチン」というその名から料理屋を想像していたのだが、その店構えからしてどうやらその想像が違ったことにはすぐに気がついた。
店の外にいてもその熱気を感じた。
カンッカンッと響く鉄を打つような音からも、その店が何の店なのかがエリンスたちにもすぐにわかった。
大きな溶鉱炉を構える鍛冶の店――剣から包丁まで、幅広く対応した金物工房だった。
石造りの引き戸を開けると、「へい、らっしゃい!」と気前の良さそうなガタイのいいおじさんが笑顔を浮かべて応対してくれた。
「えっと、バレズさんですか?」
「お、おっちゃんになんかようかい!」
そのおじさんの顔にはどこかバレーズで会ったバレスロンの面影がうかがえた。
血筋というやつなのだろう。
「勇者候補生のエリンスといいます。
こちら、バレーズのバレスロンじいさんとレミィちゃんから預かってきました」
エリンスは頼まれていた通り、バッグより二通の手紙と何らかの鉱石を取り出すとお店のカウンターの上へと並べた。
「勇者候補生!? 親父が!?」
驚いたような声を上げたバレズを見て、それもそうなのかもと経緯を思い返したアグルエは笑ってしまう。
すぐさまと手紙を手に取り一通が「レミィがお母さんに宛てたもの」だと気づいたバレズはもう一通、バレスロンからの手紙の封を切って中を読みはじめた。
「んー……あいあい、なるほどな」
手紙の内容を知らないエリンスであったが、バレズは手紙を読むと何やら納得したように頷いた。
そして手紙を片手にしたまま、一緒にバレスロンより渡された鉱石を手に取ると、それを光に当てるように角度をいろいろと変えながら眺め出す。
「これはまた、上等なもんを親父は渡したもんだ」
きらきらと光を反射するその鉱石の価値をエリンスは聞き及んだ範囲でしか知らないものであったが、どうやら職人であるバレズが見ても相当な代物らしい。
「娘と親父が世話になったようだ。
俺からも感謝する。エリンス、ありがとう」
「いえ、勇者候補生として当然のことをしたまでで――」
と口にして「あ、まずい」とエリンスは表情を曇らせた。
「あーはっは、別に俺は勇者にどうこう、親父ほど思い入れはないよ」
バレズはそんなエリンスを見て大笑いを上げる。
アグルエは手紙の内容が気になっていたのだが、その気掛かりもすぐにバレズの口から説明された。
「親父の頼みだ、それも勇者嫌いのはずの親父が、勇者候補生のために頼んできた特例だ」
バレズはどこか嬉しそうにしながら話を続けるのだった。
「この鉱石を使って剣を一本、
こいつはアダマンタイト。
スターバレーのような深い森でもめったに見つかることのない代物だよ」
エリンスは自分が今まで運んできたものがそんな大層なものだとは思わず素直に驚く。
「50000ゴルド? 今時の時価じゃそんなもんじゃ済む代物じゃねぇ!
余った分のお釣りもちゃんと払ってやってくれと手紙に書いてあるが……
親父も、まああの地を離れられないから常識知らずなんさ。
ともあれ、こいつは俺の腕の見せ所だ。おい、ガンス!」
そう言って何やら店の奥のほうをのぞいたバレズは、どうやら弟子のことを呼んだようであった。
「へい、なんでしょう。おやっさん」
奥でカンッカンッと鉄を叩いていたガンスと呼ばれた小柄な男は店のカウンターのほうまで寄ってくるとその額に光る汗をぬぐいながら返事をした。
「大きな仕事が入った、今日はもう店を閉めるぞ!」
「へ、へい!」
バレズのただならぬ雰囲気に返事をしたガンスが店の外へと飛び出していく。
「とりあえず、ここに50000ゴルドある。
これは親父の頼み通り、お釣りとして受け取ってくれ」
バレズはカウンターの中から紙幣の束と硬貨の入った袋を取り出すと、エリンスの前へと差し出した。
「えっ」
いきなりお金を渡されるという事実にエリンスは身じろぎしてしまう。
「まあこいつは俺からのお礼もあると思ってくれていい。
本題は、3日、だ。
3日で俺は剣を一本仕立てる。エリンス、それを振るってやってはくれないか?」
エリンスが断る間もなくトントン拍子で話は進んでいった。
「やったね、エリンス」
どこか遠慮してしまったエリンスとは対照的に、アグルエは嬉しそうに返事をしていた。
たしかに折れてしまった剣をどうにかしなければと考えていたのは事実。
この町で果たしたい目的のためにも一石二鳥で助かる話ではある。
と、そこでバレズはアグルエが腰に差した剣へと目を向け、さらに驚いたように声を上げる。
「なっ! 嬢ちゃん! その剣見せてくれ!」
エリンスもそのバレズの声に驚き何事かと構えたのだが、アグルエは言われるがまま腰に差した剣をカウンターの上へと乗せた。
「こいつは驚いた。嬢ちゃん、この剣を一体どこで?」
どうやらその剣を目にしてバレズは本当に驚いたようだった。
「えーっと、とある有名人からもらいました」
何と説明したものかと一瞬アグルエは悩んで返事をした。
「こりゃ、『リアリス・オリジン』だ!
おっちゃんも職人柄、人が持つ剣ってやつにゃ目がないんだが……
リアリスの作品を目にしたのは初めてだ。思わず驚いちまった」
リアリスという名に当然ながらアグルエは聞き覚えがない。
それどころかエリンスも聞き覚えのない人物であったのだが、バレズの反応を見るに相当な手練れらしい。
ピンッときてない様子の二人を見て、バレズが説明をしてくれた。
「リアリスっつうのはな。
伝説の鍛冶師と呼ばれる、鍛冶師の中では生ける伝説中の生ける伝説ってやつなんさ。
鍛冶やってるやつで知らんやつはいない!
ほら、ここのところに紋章があるだろう。
間違いない、こいつはやつの作品だ。
軽くて凄まじい切れ味を誇る剣を打つことで有名なんだ。
それらの作品を総じて、『リアリス・オリジン』って呼ぶのさ」
たしかに――エリンスも一度目に振るってその剣の軽さに驚いたものだ。
「も、持ってもええか!?」
「え、えぇ……平気だけど」
遠慮がちに、だけど我慢ができないといった様子でバレズはリアリス・オリジンと呼んだ剣へと手を伸ばす。
アグルエも自分がメルトシスよりタダでもらったものがそんな代物だとは思わず、焦って返事をした。
「こいつはぁ……すげー軽い!」
バレズはその剣を手にしただけで、心底嬉しそうに声を上げた。
「より一層やる気が湧いた!
エリンス、おまえの剣は俺に任せろ!
リアリスにも負けない剣を仕立ててやる!」
より一層断れない雰囲気となってしまったエリンスは、「3日後に仕立てた剣を受け取る」という契約をし、そのままお釣りとして資金をも受け取って店を後にしたのだった。
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