第22話 星の下で
地下での話を終えて地上へと戻ってきたところで、外はすっかり夜の闇に包まれていた。
ただでさえ薄暗い印象のあった森の中は、灯りを手にしていても歩くことが困難なほどに真っ暗だった。
「もう時間も遅い。今より出歩くのは危険であろう。うちに泊まっていきなさい」
そのバレスロンの申し出をエリンスとアグルエは受け取ることにした。
尽きぬ話や整理したい考えも山ほどあった。
落ち着いて宿を取れるというのならば、それはとてもありがたい。
ただでさえ広いと思った大樹の家は、やはり部屋数が相当あるようで、そこらの村の宿屋よりも大きなものだった。
エリンスとアグルエは4階部分にあった客室を2つ借りられることになった。
どうやらエリンスたちが地下に降りていた間に、レミィが簡単に掃除など宿泊の支度を済ませてくれていたようだ。
夕食までご馳走になってしまったエリンスは、タダでいいのかとも考えはしたが、自分が
エリンスは夕食の会談中に薄っすらとそのようなことをバレスロンに尋ねたのだったが、バレスロンは「気にせんでいい」とこたえるだけであった。
掃除や夕食の支度をしてくれたレミィはというと、すっかりとアグルエに懐いていた。
「いつか、魔導士になりたいんだ、わたし! 魔法を教えて! アグルエおねえちゃん!」
夕食の片付けも終わったころには、レミィは元気な笑顔を浮かべてアグルエにねだっていた。
アグルエも今までそのように子供に懐かれたことがなかったようで、どこか嬉しそうにして魔法についての質問にこたえてあげていた。
そのアグルエとレミィの様子をバレスロンは優しい表情で眺めている。
エリンスも同様にその様子を眺めながら、革袋にしまっていたグリップ部分だけとなった「剣であったもの」を机の上へ取り出した。
「なんじゃ、折れてしまったのか」
机の向かいに腰掛けているバレスロンは、エリンスの手元のそれを見るや口を開いた。
「元より使い古しの鈍らで、近いうちに買い替えようと思っていたものだったんです」
「そうじゃったのか」
エリンスは故郷より持ってきたそれに思い入れがあった。
だが戦いの際に折れたというのならば、剣にとっても名誉なことであろう。
エリンスがその剣であったものを見る目つきには、バレスロンも何か思うところがあったようで――
バレスロンは席を立ち、紙とペンを持って戻ってくると、何やら手紙を書き出したようだった。
エリンスはその様子を見ながら、バレスロンの言葉の続きを待つことにした。
しばらく待って、手紙を書き終えたバレスロンは封をすると、石の塊を取り出して、それらを一緒にエリンスの前へと差し出した。
「お主らはルスプンテルを目指すのじゃろう。
これらを『バレズキッチン』という店におるわしの息子、バレズに渡してくれ」
エリンスは手紙とその石を受け取った。
バレズキッチン――料理屋だろうか。
「それでいいようにしてくれるじゃろう。
その石も売れば50000ゴルドにはなるはずじゃ。
わしはああいう理由から『勇者協会』というものは好かん。じゃが、お主らには感謝しておる。
今回の礼、報酬として、受け取ってもらえたらありがたいのう」
石の価値がわからないエリンスであったが、どうやら何かの鉱石の一種らしい。
金額を聞いて驚きもしたが、エリンスにはただの綺麗な石ころに見えてしまった。
ただ、拒否できるような空気をバレスロンは出していなかった。
エリンスは一度受け取ってしまった手前、返すわけにもいかず、そのまま受け取ることにした。
「わかったよ、じいさん」
「なーにっ! レミィもお母さんとお父さんにお手紙書く!」
エリンスとバレスロンの様子を少し離れたところで見ていたらしいレミィは駆けて寄ってきて、無邪気な声を上げるのであった。
アグルエもレミィのその様子を見て笑っていた。
◇◇◇
それから少しして、エリンスとアグルエはそれぞれの客室へと向かった。
一度部屋に荷物を置いたエリンスではあったが、まだ少し二人で話したいこともあったなと思い、アグルエの客室を訪ねる。
部屋のドアをノックすると、すぐに顔を出したアグルエ。
同じ考えだったのだろう。
二人は部屋の中、並んだ椅子に座って話はじめた。
「アグルエは、どう思った?」
地下で見たこと――疑問や謎は数々あったが、そのこたえはどうにも今すぐわかるものでもない。
「やっぱり、わたしは勇者を探したい」
アグルエが最初に出会ったときに言っていたことだ。
エリンスはそのこたえに返事をする。
「まだまだ、俺らが知らないことが世界にはいっぱいあるらしい」
「えぇ……そうね」
エリンスの考えもアグルエと一緒だ。
旅の目的は当初より変わりはしない。
自分が信じた「勇者」というもの、「勇者協会」というものに謎が生まれたことは事実である。
だけど遠い幼き日、亡き親友と語った想い、そこにある
「俺も勇者候補生として旅を続けたい」
「きっとそれがいいんだと思う」
「それに」とエリンスは忘れてはならないことをアグルエに確認する。
「エムレエイみたいなやつが、また追ってこないとも限らないってことだよな」
「あの調子だときっと向こうでは、
アグルエが裏切り者だとされたという現状は、きっとエムレエイを倒したところで変わってはいない。
「だったら、
エリンスはそこで――
ミースクリアを旅立ったときは、次にどこか勇者協会に立ち寄ったときにでも、と後回しして考えたものだ。
しかし、今やその意味は当初の二人が思ったものとは違う――より強固なものへ変わっている。
ならば一早く正式な手続きをしておきたい、とエリンスは思うのだった。
「頼もしい、ありがとうエリンス」
――コンコンコンッ
二人の会話が切れたちょうどいいタイミングでアグルエの客室のドアがノックされる。
「はーい、どうぞ」とアグルエが返事をしたところで、ドアを開けて顔を出したのはレミィだった。
「あ、おにいさんもいる! ちょうどよかった!
今日が星降る日だってこと、おじいちゃんが言い忘れたって!」
「星降る日?」
アグルエがレミィに聞き返す。
「うん、この谷がスターバレーって呼ばれるようになった理由だよ!」
そうして――レミィに連れられて部屋を飛び出した二人は、4階客室を出て、さらに上へと続く階段を上っていく。
先を駆けていくレミィを追いかけ、長い階段を上り切ったその先――
ドアの向こうは木の頂上付近にあった一本の太い枝の上だった。
ちょうどバルコニーのように柵が設けられたその場所は、森の中でも一番高い場所――
このスターバレーで空が一番近い場所――
「うわぁ!」と興奮したような声を上げたアグルエは、キラキラと輝く星々散らばる夜空のキャンパスを見渡した。
アグルエとは対照的にエリンスはその横で、その風景に圧倒され、声を押し殺してしまう。
辺りに他の灯りがない分、月や星の輝きだけが満天を彩っている。
冬の冷たい澄んだ空気のおかげだろう。
夜だというのに明るくすら感じるその空では、星がとても近く大きく見えた。
「今日は、一年でも星がよく見える日。そして――」
レミィが説明する間もなく、夜空を彩った星々が流れるように軌跡を描いたのだった。
古来より伝わる、言い伝え。
流れ星に願い事をすると、その願いが叶うという。
迷信であるとは思いつつ――だけどエリンスは、ふいに口にした。
そのエリンスを横目に見て真似するように、アグルエも呟いた。
「俺はもっと強くなる。そして、勇者になる――」
「わたしも強くなる。世界を救えるほどに強く――」
二人の願いは星降る夜空へ飛んでいく――刻まれし運命の
――星の谷に刻まれし運命の下で fin,
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