第10話 そして二人は手を取った
アルケーリア大平原にて行われたアグルエとメルトシスの決闘は、アグルエの勝利で終わった。
勝負決着後、戦いを目的に集まっていた観客らは解散し、それぞれ街へと戻っていく。
エリンスの元へはアグルエが駆け寄ってきた。
「ありがとう、エリンス。それ、返して」
「別に、俺は……」
エリンスは「何もしていないんだけど」と思いつつ手にしていたペンダントを返す。
黒い宝石のついたペンダントを受け取ったアグルエは、切れてしまっていたペンダントの鎖を黒い炎の魔法で繋げて見せた。
そしてそのまま首へと戻し、その宝石を胸元へとしまう。
「えへへ、決闘勝ったよ。エリンス!」
無邪気に笑ったアグルエの顔を見て、エリンスは安心して、思わずその顔を見つめてしまった。
昨日よりいろいろな表情を見せてくれたアグルエと同じだ。
不思議そうな顔をしたアグルエが首を傾げて何かを言いたそうにしていたが。
「俺の負けだ、アグルエ。もう誘わない」
そう言って割り込んできたのは、土埃にまみれあちこちと服が擦り切れて少しボロボロになっていたメルトシスだった。
メルトシスに付き添うようにして、天剣を収めたアーキスも寄って来る。
「でもやっぱりその魔法はほしかった! もう今から仲間にしてくれって頼まれても二度と受けてやらんからな!」
悔しそうにはしたものの、負け惜しみを言っているメルトシスには、不思議と悲壮感は漂っていない。
アグルエはその様子を見て「あはは」と引き笑いをし、遠巻きに眺めたようにエリンスは、アグルエが仲間にしてくれと頼むことは一生ないだろう、と考えた。
「それに、俺はもう、エリンス・アークイルのことを落ちこぼれや最下位と揶揄しない」
エリンスのほうへと向きなおったメルトシスが一礼、頭を下げながら口にした。
「悪かった、エリンス」
メルトシスの大げさな態度を受け、逆に謙遜してしまう。
エリンスは人からそう呼ばれることに対して、何も感じていなかったのだ。
「いや、まあ、気にしてないよ」
エリンスの返事を聞いて頭を上げたメルトシスは「そっか」と返事をし、恥ずかしそうに頭をかいた。
「はぁーそれにしてもまだまだ世界は広い、すげー魔力だったぜ、アグルエ」
「あはは、そんな大したものでもないよ」
「見たこともねえ! きっとその力があれば魔術大会なんかでもいい成績残せそうなものだな!」
笑って誤魔化そうとしているアグルエだったが、その誤魔化しが通用していそうな相手はメルトシスだけだった。
エリンス含めて、アーキスも何やらアグルエの力に疑問を持っているようだ。
しかしその場ではアグルエに深く話を聞こうとはしなかった。
「俺はまだまだ強くなる。だから、またいつか、手合わせしてくれ!」
そう言って地面に突き刺したままであった魔剣を手に、メルトシスは街のほうへと去っていった。
その去り際にメルトシスが言葉を続けた。
「あ、そうそう、その剣は
迷惑料だとでも考えて受け取ってくれたら、ありがたい」
アグルエが借りたままであった剣を取り返そうとしなかったメルトシス。
その剣をどうしたらいいのか、と迷ったままに手にしていたアグルエは、鋭く光る輝きを放つ名剣を眺め返事をした。
「ありがとう! メルトシス!」
トボトボと歩いて去っていくメルトシスの背を見送ったが、アーキスはまだ何かを言いたそうに残っていた。
「足止めして悪かったな、エリンス」
「いいや、でもなんかアーキスが言っていたように、刺激はもらったよ」
昨晩、アーキスはエリンスに助言をしてくれた。
エリンスはそれを思い返し、そして決闘中にメルトシスより感じた『戦いを楽しむその姿』を思い出していた。
真似できそうもないことであったが、それでも「そういう人がいるのか」と視野が広がった。
自分自身にはないもの――今までは目にすることもなかったものが、まだまだ世界にはいっぱいある、ということだ。
「そうか。きみらはこれからどうするんだ?」
アーキスはエリンスのそのこたえを満足そうに聞いて頷いた。
「俺らはこのまま旅立つことにするよ。宿をありがとう、アーキス」
「そうか、ならここでお別れだな。
きみらはいい
これは思わぬライバルが増えてしまったな」
アーキスはそう言って、エリンスに笑って見せた。
意外なことを言われたエリンスは、横にいたアグルエと顔を見合わせてしまった。
はじまりはアグルエが咄嗟に口にした出まかせの嘘――成り行きで誤魔化すための言い訳であったはず。
しかし笑顔を見せたアーキスに対して、今更否定できるような空気もなかった。
「きみらとはまたいずれどこかで会えるだろう。
それまで生き残れよ、エリンス・アークイル!」
勇者候補生第1位と名高い天剣のアーキスに、心配されてしまうと共にどこか期待もされてしまうエリンス。
どう返事をしようか一瞬迷ったが、自然とその言葉は口から飛び出した。
「またな、アーキス!」
そうしてアーキスはエリンスの返事を聞くと、手を振って街のほうへと帰っていった。
不思議な関係だ、とエリンスも思った。
人から落ちこぼれだの最下位だのと呼ばれたエリンスにとって、アーキスはとても大きく遠いものであったのに、気づけばアグルエのおかげで近いものになっていて、それでいてどこか『自分のことを許してくれる者』になって――。
あぁそれもそうか――と、エリンスはそこで気づくのだった。
初対面のときからアーキスのことを誰かに似ていると考えていたのだ。
それはきっと、エリンスのよく知っていた
アーキスと別れたエリンスとアグルエは、そのままミースクリアを後にして旅立った。
◇◇◇
二人はアルケーリア大平原を少し歩いたところ、同じタイミングで足を止めた。
ちょうどいい頃合いだと考えたのが、同タイミングだったのだろう。
「あ、あのさ――」
「エリン――」
二人して同時に口を開きその言葉がぶつかった。
二人して「あわわ」といったように慌て、そして「先にどうぞ」と譲ったのはアグルエのほうだった。
意地を張って譲り合っても話が進まないだろう、とエリンスは諦めて先に口を開く。
「仲間を探すつもりはなかったんだ」
それは、はじめからエリンスが往々にして言っていたことだ。
「けど、その、いろいろとありがとう。アグルエ」
そのいろいろにはエリンスにとってのいろいろが詰まっていた。
アグルエの存在がなければ、アーキスとああやって話すことはなかっただろう――それら含めて。
自分のためにそうまでしてくれたアグルエの姿を思い出し、そしてこれからを歩むための一区切りの言葉だった。
「ううん、全てわたしが勝手にしたことだよ」
アグルエは首を横に振って、エリンスにこたえる。
「あなたが私に勝手にしてくれたように、これも一食の恩ってやつがあるから」
アグルエの優しい言葉がエリンスに染み渡るように響いた。
エリンスは先ほどアーキスに言われた言葉を思い返し、決意を固めて口にする。
「あのさ、アグルエ。俺と、
エリンスは真剣な顔つきのまま、手を差し出した。
アグルエからしてみれば改めて言うことでもないだろうと考えていたことだった。
そのエリンスの純真さに「ぷっ」と吹き出しそうにもなったのだが、真剣な面持ちで語るエリンスに対してそうしてしまっては不義理だろう。
アグルエはこたえるようにその手を掴んだ。
「わたしはわたしの目的のために、エリンス、あなたについていくことにする。
これも勝手に、わたしがしていることにすればいい。だから、よろしくお願いします」
成り行きで
二人の旅立ちはいろいろなことに巻き込まれはしたものの、順風満帆であったかのように見えた。この時までは。
二人にはまだ忘れてはいけないことがあったのだ。
アグルエの語った
その存在が、すぐ近くにあったということを――。
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