第8話 決闘 ――1――


 そして翌日、アグルエとメルトシスの決闘は、ミースクリアの街から出たところに広がったアルケーリア大平原で行われることとなる。

 開けた空に一面の緑。目立った凹凸もなく平坦な道を吹き抜ける風はどこか温かく、これから旅立つ候補生たちを迎え入れてくれているようだ。

 別名『はじまりの平原』と呼ばれる広大な大地は、住まう魔物も比較的温厚で、ミースクリアより旅立つ勇者候補生たちにとっては腕試しに最適な場所となっている。


 その平原の入口、街から出て少ししたところに、エリンス、アグルエ、メルトシス、アーキスの四人と、二人の決闘の噂を聞いてやってきた他の勇者候補生や町人の人だかりの姿があった。


 時刻は8時はちのこく、ミースクリア時計塔の鐘が鳴る時間。


 朝も早いというのに200~300人近い数の野次馬が集まっていた。

 昨日の勇者協会でのやり取りを見ていたものがいたのだろう。

『勇者候補生第2位とすごい魔法を使う魔導士が決闘をするらしい』という噂が一晩にして祭り真っ只中の街に広がったらしい。

 エリンスは野次馬の数に驚愕してしまい、しかしその中にジャカスの姿がないことに安心した。

 エリンスにとって、一番会いたくないやつという印象は今後も変わりそうにない。


 野次馬を観客にして舞台となるのは、開けた障害物のない平原の一角。

 観客と当事者らの間にエリンスとアーキスは立っている。

 そこからさらに少し離れて、アグルエとメルトシスは距離をとって対峙していた。


 吹き抜けた風に揺られて、アグルエのコートとロングスカートの裾が舞った。

 メルトシスの鎧は、動じない。


「審判兼仲介人はアーキスがやってくれることになっている。

 心配するな! あいつは公平だし治癒術も使える。

 傷跡なんかは、残らないように戦ってやるしよ!」


 開口一番、自信あり気に話し出したのはメルトシスだった。


「女だからって手加減したら痛い目を見るのはあなたかもよ!」


 アグルエも負けず劣らず自信に満ちた様子で返事をする。


――またそんな相手を挑発するようなことを口にして、とエリンスは心配にもなった。


「ところできみは剣を持っていないようだが?」


 メルトシスは二本剣を携えている。

 そのうちの一本、大層目立つ装飾のついた鞘のほうが、噂に聞く魔剣「風雷剣ツインウェザー」なのだろう。


「そうね……持ってきていないことを忘れていたわ」


 やはりエリンスの見立て通り、アグルエは剣を持っていなかった。


――そんな調子で大丈夫なのかよ、とエリンスはより心配になる。


 アグルエはエリンスのほうへと目配せする。

 その目は「剣を貸してちょうだい」と言っているようだった。

 しかしエリンスが剣を貸そうとするよりも、早く動いたのはメルトシスだった。


「だったらこれ使いな!」


 そう言ってメルトシスは手にしていた二本の内、魔剣とは違うだろうと思われていたほうの剣をアグルエに向かって投げた。


「どうも、ありがとう」


 鞘に納められたまま飛んできた剣をパッと受け取り、剣を抜き確かめながら、アグルエは返事する。


 綺麗に磨かれている傷一つない剣の刃は鋭く朝日を反射した。

 その輝きだけで、エリンスにもわかるほどの名剣だ。


「魔剣には劣るが、それでも結構名前の通っているらしい鍛冶師の打った名剣だぜ」


 メルトシスにはその剣を決闘相手に貸すほどの余裕があるということだ。


「俺は……まあ、こいつを使うわけにもいかんからなぁ」


 メルトシスはもう一本手にしていた魔剣と思われるものを地面へと鞘ごと突き刺して、エリンスのほうへと寄ってきてから続けた。


「エリンス、その剣貸してくれ」


 そう言ってメルトシスはエリンスから何の変哲もない剣を借りていく。

 エリンスに言わせれば鈍らに近いようなものだ。

 エリンスの元々の予定としては、手にして旅立った軍資金で近いうちに新しい剣を買おうと思っていたほどに使い古されたものであった。


 メルトシスは剣を手に再び元いた場所へと戻って、アグルエへ向きなおる。


「これくらいがちょうどいいハンデだろう」


 自信に溢れた様子のメルトシスはエリンスの剣を構え、その感触を確かめるように数回素振りをして口にした。

 先ほどメルトシスがアグルエに貸した剣とは正反対、朝日を反射することのない鈍り、傷のついた刃だった。


「じゃあ、はじめるか」


 そう言ってからまず続けて文言を口にしたのはメルトシス。


「メルトシス・ファーラス・リカーリオ! アグルエ・イラを仲間にすることを諦めるし、エリンス・アークイルを認めることを約束する!」


 高らかに名乗ってから誓いを宣言するメルトシスからは、一国の王子であるというような威厳がうかがえた。


 エリンスは今朝のうちに決闘がどういうものか、というあらましだけはアグルエに伝えていた。

 だが、いざ実際に相手の宣言を耳にすると、とんでもないことに巻き込まれてしまった、とより一層緊張する。


「アグルエ・イラ! わたしは、メルトシス。あなたの仲間になることを約束する!」


 アグルエはメルトシスと同じように、見様見真似で誓いの宣言をしながら、剣をメルトシスに向けて構えた。


 辺りに集まっていた野次馬の観客たちにも緊張が走る。

 そのお互いの宣言こそが、決闘の開始の合図となるからだ。


 目の前で二人の騎士が構え合う状況に、エリンスは生唾を飲んで様子を見守った。


 まず先に動いたのはアグルエだった。

 地面を蹴って一気に距離を詰めたアグルエは、その剣を横一閃――勢いを殺さず綺麗な体勢のまま振り抜いて見せた。

 メルトシスが立ち止まっていたならば、一撃で勝負が決まっていただろう。


 メルトシスはアグルエの突進を後ろへとかわし、そのきっさきを避けて、再び距離をとると剣を構える。


 エリンスは感心する。

 アグルエは剣術のたしなみくらいはあると語っていたが、それはもう見事なまでの振り抜きだった。


 メルトシスも「へぇー」と感心していた。

 そしてそのまま攻撃の体勢に移ったメルトシスは距離を詰め、構えた剣を振るう。

 剣を構えなおしたアグルエは、その剣先を予測して受け止め弾こうとしたが、突如――メルトシスの姿がそこから消えた。


 エリンスははじめてそれを目にしたが、それが噂に聞く神速剣しんそくけんというやつなのだとすぐに気づく。


 傍から見ていても目で追えない速度で消えたメルトシスは、アグルエの背後をとる。

 至近距離にいるアグルエは、その姿を捉えることができていない。


 決闘に背後から切り掛かってはいけないというルールはない。

 そのまま背中から切り掛かられてしまえばアグルエは一巻の終わりだ。


 しかし驚くことに、アグルエは背後の気配を察したのか咄嗟とっさに反応をし、メルトシスの剣を受け止め弾き返した。


――キィンッ、と金属同士のぶつかる激しい音が響き、その様子に辺りの観客たちも「うぉー!」と沸き上がった。


「やるねぇ! この俺の一撃目を弾くとは……大抵のやつは避けることで精いっぱいになるんだけど」

「あなたの魔素マナの軌跡が見えていただけよ。それが噂の神速剣しんそくけんってやつね」

「そんなことが、できるってのかよ」


 メルトシスも驚いていたが、アグルエの言う言葉の意味がエリンスにもわからない。


神速剣しんそくけん、二つ以上の魔法を組み合わせているのね。

 風の魔法で気配を飛ばし、身体強化魔法で脚力を上げ、そして再び風の魔法でスピードをサポートしている。

 剣にも風の魔素マナを纏わすことで、全ての動作を一段階スピードアップしているようなもの」


 アグルエはその一撃目で、メルトシスの体得している秘技、神速剣しんそくけんを見破っていた。


 言い当てられ一瞬、メルトシスの表情も強張った。

 しかしその表情もつかの間、改めて余裕を持った態度でメルトシスは口を開く。


「へぇ、たしかに。きみは魔導士と自称していたな!」


 あの一瞬でそこまで見極めることが、並みの魔導士にできるはずがないことはエリンスにもわかる。

 ジャカスから魔力を全く感じないと言われたアグルエであったが、やはり何か秘策があるのだろうか。


「しかし! 『仕組みがわかること』と『攻略できること』というのは同義ではないんだよ!」


 そこで再び動いたのはメルトシスだった。

 剣を構えアグルエに飛び掛かる。


 だがまた突如として、その姿はアグルエの視界から消える。

 魔素マナの軌跡を追って背後へと構えなおすアグルエだったが――また突如としてメルトシスは姿を消した。

 そうして今度は左側より振るわれた剣を、今度こそアグルエは受け止めることができず後ろへ飛び退いて避けた。


 気配も感じさせぬスピード、変則的に角度を変えることのできるどこから来るかわからない攻撃。

 それこそが、メルトシスの身につけている神速剣しんそくけんの真骨頂だった。


『メルトシスは、本気で決闘を戦うだろう』


 昨晩アーキスが言っていたことをエリンスは思い出す。

 持っている剣は鈍らのはずなのに、メルトシスの勢いは止まらない。剣筋は本気のものだった。


 アグルエが避けた先に再びメルトシスは剣を振るって姿を現す。

 それを受け止めるアグルエだったが、次は再びその反対側よりメルトシスが剣を振るう。

 そうしてまた――といった調子に、メルトシスはスピードを生かして何重にも及ぶ不規則な攻撃を繰り返す。


 なんとかそのスピードに反応できているアグルエではあったが、剣の腕の力量差は明らかなものだった。

 観客たちも「やっぱメルトシスってつえーのかー!」「第2位の剣撃かっけー!」などとメルトシスを賞賛するもので沸き上がっていた。


 防戦一方となってしまったアグルエ。

 メルトシスが口にした通り、仕組みがわかっても攻略する術がない。

 それにどこからでも攻撃できるメルトシスに比べ、どこから来るかわからない攻撃を防ぎ続けているアグルエのほうが消耗は激しいだろう。

 アグルエの集中力が途切れてしまえば、それこそ一巻の終わりだ。


「きみは魔導士だろう? 魔法は使わないのかい?」


 メルトシスは攻撃を繰り返しながら余裕を保ったまま口にする。


 剣を用いた決闘だからといって、魔法を使用してはいけないというルールがあるわけではない。

 現にメルトシスは魔法を駆使した剣術を披露しているわけだ。

 エリンスからしてみれば、昨日ジャカスに使ったような魔法をまた使えばいいのに、と思わなくもない。


「あれは、わたしにも、リスクが、あるの」


 返事をする余裕もなさそうなアグルエだったが、その間も繰り出されるメルトシスの攻撃を防ぎながら絞り出すように口にした。


「へぇ、そうなのか、よっ!」


 その返事を聞いても、メルトシスが手を緩める気配はない。


「本気にならない相手を痛めつける趣味はないが、勝負は勝負、なんでね!」


 決着をつける意を決したというように口にしたメルトシスが、畳み掛けるための攻撃を仕掛ける。

 今までのただ消えては現れて、を繰り返す弱い剣撃とは違う――大きく振りかぶった構えのまま消えたメルトシスは、再びアグルエの背後をとると、その剣を容赦なく振り抜いた。

 風の魔素マナが上乗せされた一閃は目にも止まらぬ速さで振り抜かれ、衝撃が見ているエリンスにも伝わってくる。

 周囲の空気が振動する――強い衝撃。


 その風の一撃を何とか剣で受け止めることができたアグルエではあったが、勢いを完全に殺すことができなかった。

 もしアグルエとメルトシスの持っていた剣が逆だったら――エリンスから借りた鈍らであったならば、一溜りもなく剣ごと折れていたことだろう。

 攻撃を弾いたアグルエはそのままの勢いで、後ろへと大きく吹き飛ばされる。


 立っていることもままならず、アグルエの身体が宙へと投げ出される。

 そしてそのアグルエに止めを刺すように、メルトシスが攻撃の手を止めることはなかった。


「これで! 終わり!」


 もはや決闘という場であるから、そのままメルトシスが彼女を仕留めることはしないだろう、とその戦いを見守る誰もが思っていることだった。

 だがエリンスにしてみれば、その様子は目の前で人の命が奪われようとするような悲惨な情景にも見えてしまった。

 アグルエの胸元を狙って構えられたメルトシスの剣が、そのままアグルエを突き刺してしまうのではないだろうか、と錯覚した。


 もちろんメルトシスにアグルエの命を奪うつもりなど到底ない。

 メルトシスは剣がアグルエに触れる前に寸止めし、そのままそれを決着だということにして、決闘を終わらせるつもりであった。


 空中に弾き飛ばされた今、それを止める術はもうアグルエになかったように見えた。

 アグルエは苦悶の表情を浮かべたままに、迫るきっさきを眺めていた。


 しかしメルトシスが剣を寸止めようとしたその刹那――アグルエの胸元から飛び出した黒い宝石のペンダントへときっさきが触れる。


――バチンッ、と響く何かが断ち切れるような音。


 アグルエの首から掛けられていたペンダントの鎖が切れて、それは胸元から飛び出し吹き飛んだ。



◇◇◇



 アグルエはそれに――自分が負けるかも、という状況以上に焦りを感じた。

 この状況を返す手段はそうしなくても・・・・・・・まだあったのに、と。


 空中で必死に手を伸ばして、ペンダントを掴もうとしたのだが、その手が届くことはなく――ペンダントはアグルエから逃げるように地面へと落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る