第5話 女騎士(巨乳)は少しだけ素直になる。



「えぇ!? 貴方たち、恋人じゃなかったの!?」



 ルルの絶叫が、店内に響き渡った。

 本日。エメリーとルルは、前回とは別のカフェで談笑している。

 目と口を大きく開いたルルに、エメリーが小声で注意した。


「ば、馬鹿! 大きい声で叫ぶな!」

「あら、ごめんなさい。つい」


 ルルが上品に口元を抑えて続ける。


「それにしても、驚いたわ。てっきり、毎日ズッコンバッコンしているとばかり」

「そ、そんな訳ないだろう! 変なこと言うな!」


 エメリーは赤面して否定した。

 ルルが腕組みして、ゆっくりと首を横に振る。


「いいえ。エメリーにそういうつもりが無かったとしても、ジェイス君は、きっとシたいと思っているわよ。貴方のこと、常にいやらしい目で見ているわよ。貴方を襲うタイミングをうかがっているわよ」

「じぇ、ジェイスを馬鹿にするな! あいつは変な奴だが、そういう人間じゃない!」

「馬鹿になんかしてないわよ。むしろカッコイイとさえ思うわ」

 

 真顔での発言に、首を傾けるエメリー。

 ルルが事もなげに言った。




「軽率に手を出さないっていうことは、本気で好きなのよ」




「なっ……!」

 羞恥のあまり、エメリーは絶句した。

 ルルは淡々と続ける。


「正直、ジェイス君の容姿と性格だったら、大抵の女の子とは、簡単に寝られるはずよ。なのに、手を繋ぐだけで真っ赤になるエメリーと、四六時中一緒にいる。本気で好きじゃなかったら、そんなことしないわ」


 その言葉を受けて、エメリーの胸中に湧いたのは、嬉しさと――不安だった。


「……ジェイスは、モテるのか?」


躊躇いがちな問いに、ルルは遠慮なく応じる。


「絶対にモテるわよ。見た目も性格も良いから、これまでも、周りの女は放っておかなかったはず」


エメリーの中で、喜びがしぼみ、不安が膨らむ。


「……つまり、ジェイスは、経験豊富なのだろうか?」

「経験? 何の?」

「い、言わなくても分かるだろ!?」

「分かんない」


エメリーと対照的に、ルルは淡々と返す。

赤らんだ顔を伏せて、エメリーは言い捨てた。


「……え、エッチなことだよ」

「あー、そっちか。キスのことじゃなかったんだね」

「もうやだ……」


 頭から、湯気ゆげのぼるかと思うほどの恥ずかしさに耐えかねて、エメリーは机に突っ伏した。



帰宅後。

リビングのテーブル前に置かれた椅子へ、エメリーは腰を下ろした。


「……え、エメリー様? どうかしたんですか?」


ジェイスが心配するのも無理はない。

彼女は、社運を懸けたプレゼンに挑む、中小企業の社長みたいな形相ぎょうそうを浮かべているのだから。

軽く喉を鳴らして、エメリーはジェイスに言う。


「ジェイス、そこに座れ」

「ぼ、僕、何かしましたか?」

「いいから、とりあえず座れ。話はその後だ」


戦場に立っていた時と同等の圧を放つエメリー。

そんな彼女に、部下であったジェイスが歯向かえるはずもない。

一方、エメリーもまた、心中は穏やかではない。

数分後。エメリーは勇気を振り絞り、ジェイスに尋ねた。




「わ、私と、……え、エッチなことしたいと思うか?」




ジェイスは顔を真っ赤にして聞き返す。


「きゅ、急に何の話ですか!?」


呼応するように、エメリーの頬にもあかが差した。

彼女は、勇気を振り絞ることに集中しすぎて、勇気を振り絞った後のことを、全く考えていなかったのだ。

そんなエメリーが、慌てて言い訳を並べる。


「ふ、深い意味はない! ただの雑談だ! たまには、こういう下世話な話も悪くないだろう! お、大人だからな!」


『大人は下世話な話をするものだ』という決め付けこそ、彼女が精神的に未熟である証拠だということに、本人は気付かない。

とにもかくにも、今は質問に対する回答が欲しい。その一心だった。

渋い顔を浮かべたジェイスが、申し訳なさそうに呟く。


「……全く下心がないといえば、嘘になります」

「……」


普段、忠犬みたいな愛情表現をするジェイスの、らしからぬ態度に、エメリーは不思議と愛らしさを感じた。

かつては、敵を地に叩き伏せることで満たしていた嗜虐しぎゃく心が、顔を覗かせたのだ。


「――ふむ。つまり、いつも私に抱きつくのは、そういう欲望を発散するためだったのか。そうかそうか、君はそういう奴だったのか」


 明確に、エメリーの声音が低くなった。ジェイスは身を強張らせる。


「ち、違います! あれは、純粋な愛情表現です!」

「口では何とでも言えるさ」


ジェイスが反論に詰まり、肩を落とした。

ちょっとやりすぎたかな? エメリーは少し罪悪感を覚える。

だが、気合を入れて、それを振り払った。

いつも、ジェイスには恥ずかしい思いをさせられている。たまにはやり返さないと、フェアじゃない。

自分で自分に言い聞かせていると、ジェイスが悲しげな声でこぼした。


「分かりました。行動で示します。もう二度と、エメリー様を抱き締めません」

「え」

「これまで非礼を、どうかお許しください」

「……」


一転して、エメリーは窮地きゅうちに追い込まれた。

ジェイスのスキンシップが本気で嫌だったら、もっと本気で拒んでいる。

というか、最初に抱き着いた時点で斬り捨てている。

それをしていないということは、嫌じゃないということだ。

要するに、エメリーは『仕方なく、ジェイスの我侭を受け入れてあげている』スタンスを維持し続けたいのだ。

ジェイスが自分に触れてくれないなど、冗談じゃない。

それくらい、どうして察することが出来ないのだ。

手前勝手てまえかってに、エメリーは憤慨ふんがいし、ぷくっと頬を膨らませた。

当然、ジェイスは困惑する。


「え、エメリー様?」

「……ってない」

「え?」

「い、嫌だなんて、一言も言ってないだろう! 勝手に決めつけるな!」


それは、偽らざる彼女の本音だった。

振り回されて疑心暗鬼に陥ったジェイスが、おそるおそる尋ねる。


「……じゃあ、抱き締めても、いいんですか?」


数十秒、じっくり思い悩んだ後に、エメリーは伏し目がちに呟いた。


「……いいよ」


許可を得たジェイスの動きは、極めて迅速だった。

普段より倍以上も速いスピードで、いつもより優しく、そして強く、エメリーを抱き抱えたのだ。


「はにゃぁっ!」


嬌声を上げるエメリーを、ぎゅっと抱き締めて、くるくると回転するジェイス。


「ありがとうございます! 本当に嬉しいです! あぁ! エメリー様! 大好きです!」


 反動なのか、いつも以上に密度の濃いスキンシップを受けたエメリーは『あばばばばばば……!』と混乱する。


満足に頭が働かない中、どうにか彼女は言葉を絞り出した。


「い、言っとくけど、外ではベタベタするなよ! 恥ずかしいから!」

「外ではベタベタしていませんよ?」

「してるよ! 自覚しろ!」

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戦いしか知らない銀髪の女騎士(巨乳)を、徹底的に愛して屈服させます。 森林梢 @w167074e

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