第4話 女騎士(巨乳)はカレーが好き

段々だんだんと街が賑わい始めた朝。

朝陽に目を細めながら、エメリーは家の前にあるポストを確認した。


「ふむふむ、二番通りの八百屋で特売か」


では、ジェイスにカレーでも作ってもらうか。

カレー。

遠方の異国にルーツを持つ、ややスパイシーな料理で、ジェイスの得意料理の一つである。

ちまたには、別世界から持ち込まれたという噂さえある。

そんなカレーが、エメリーは好物で、特にジェイスの作るカレーが大好きだ。そう本人に伝えると、ジェイスは苦笑しながら返した。


『エメリー様は、僕の料理がお好きなのではなく、カレーが好きなのでは? カレーは、誰が作っても同じ味になりますよ?』


そんなはずがないと、エメリーは思った。

ジェイスの料理は美味しくて、身体がポカポカして、温かい気持ちになるのだ。

きっと、ジェイスは、秘伝のレシピを隠しているに違いない。

今日こそ、ジェイスにカレーを作らせて、秘伝のレシピを暴いてやる。

決意に燃えるエメリーは、後方から人が迫っていることに気付かなかった。


「エメリー様。おはようございます」

「ひゃうっ!」


 後ろから、ぎゅっと抱き締められて、甲高い悲鳴を上げるエメリー。


「い、いきなり抱き着くな!」

「『声を掛けてから抱き着け』ということでしょうか?」

「意訳するな!」


 不満げに言うエメリーだが、ジェイスを振り払ったりはしない。

 ジェイスが、エメリーに用件を伝える。


「朝ご飯が出来ました。一緒に食べましょう」

「あ、あぁ。ありがとう」


ジェイスは、足を怪我したエメリーのため、家事全般をサポートしている。

ぶっちゃけ、彼女の怪我は、日常生活に支障が出るようなものではない。

ただ、元々の家事能力が壊滅的なので、炊事や洗濯はジェイスに任せているのだ。

その日、ジェイスが作った朝食は、ジャムトースト、サラダ、ゆで卵、かぼちゃのポタージュといラインナップだった。


「「いただきます」」


 コーヒーを一口飲んで、息を吐くエメリー。


「まさか、ジェイスと二人で、こんな風に穏やかな朝を迎える日が来るとは、一年前までは予想さえしていなかったな」


そう呟いたエメリーの脳裏に浮かぶのは、在りし日の戦場。

ジェイスもまた、彼女と一緒に戦場を駆けた仲間だ。

……当時は、彼がこれほど自分を溺愛できあいしているとは、夢にも思わなかったが。

ルルによると、ジェイスの本性は、彼女を含む数人しか知らなかったそうだ。

かつての仲間や上官が、ジェイスの斯様な有様を目の当りにしたら、卒倒するかもしれない。

エメリーの言葉に、ジェイスが微笑で返す。


「僕は、ずっと夢見ていましたよ」

「……そ、そうか。良かったな」

「はい、幸せです」


屈託くったくのない笑みを向けられて、エメリーが朱色の顔を背ける。

不意に、ジェイスが、エメリーの方へ右手を伸ばした。

ピアニストのような細い指先が、彼女の頬に優しく触れる。

エメリーは反射的に声を漏らした。


「ふにゃっ」


きめ細やかな彼女の肌を、ジェイスの指が、つつっ、となぞる。

背徳感をはらんだ寒気が、エメリーの背筋を走り抜けた。

これから先、何が起こるのか。私は、どうなってしまうのか。

桃色の景色を想像してしまったせいで、彼女の脳内は沸騰ふっとう寸前だった。

ジェイスの指が、エメリーの顔から離れる。

ほうけた様子のエメリーに、ジェイスはいたずらっぽく言う。


「ジャム、付いてましたよ」

「……あ、ありがと」


わ、私のバカ! 何でガッカリしてるんだ! エメリーは自らを激しくののしった。

自己嫌悪に駆られるエメリー。

彼女の心中など露知らず、ジェイスは微笑みをたたえて続ける。


「エメリー様は、これまでずっと、国のために働き続けてきました。今この国が平穏なのは、間違いなく貴方のお陰です。少しくらい休んでも、文句を言う人間などいませんよ」

「……それはそれで、寂しいものだぞ」


エメリーが失笑を浮かべた。

どういう意味かと、ジェイスは眼差しで問う。


「文句を言われないということは、滞りなく社会が回っているということ。つまり、私の代わりはいくらでもいるということだ」


自嘲的な返答を受けて、ジェイスはエメリーの左手に、自身の右手を重ねた。


「にゃうっ!」


全身を跳ねさせたエメリーに、ジェイスは真剣な表情で懇願する。


「エメリー様の代わりなど、どこにもいません。そんなこと、言わないでください」

「で、でも、実際に社会は滞りなく」

「社会なんか、関係ありません。ただ笑顔でいて下さるだけで、僕は幸せなのです」


ただ笑顔でいてくれればいい。

それは、闘うことだけが存在証明だと信じているエメリーにとって、受け入れがたい意見だった。


「う、噓だ! そんなこと、あり得ない!」

「本当です」


ジェイスは断言して、エメリーの左手を、両手で優しく包む。


「ひにゃっ!」

「お約束します。何があろうと、僕は貴方の元を離れません」


ジェイスの澄んだ瞳で見つめられると、エメリーは強く拒むことが出来ない。

渋々の体で、彼女は言い捨てた。


「……ぜ、絶対だぞ! 約束だぞ! 破ったら、承知しないからな!」

「はい! 絶対に離れません!」


ジェイスが音速でエメリーの真横へ移動し、椅子に座った彼女を抱き上げた。


「ふにゃあっ! だ、抱き着くな! 『離れるな』って、そういう意味で言ったわけじゃない!」

「物理的にも、心理的にも、離れません!」

「や、やめろぉ! まだ食べてる途中だからぁ!」

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