第3話 女騎士(巨乳)は、どんな容姿になろうと可愛い


「ご通行中の皆様、失礼します! 世界で一番かわいい女性が通ります! 道を空けてください」

「や、止めろぉ! 恥ずかしいってぇ!」


ジェイスの暴挙ぼうきょに耐えかねて、エメリーは涙目で叫んだ。

最愛の人からの頼みを受けても、ジェイスは靡かない。


「どうか非礼ひれいをお許しください。万が一のことを考えると、こうせざるを得ないのです」

「ここまでする必要ないだろう……!」


あまりの恥ずかしさに、エメリーは顔から火が出そうだった。

そんなエメリーを抱きかかえたまま、ジェイスはブツブツと何やら呟いている。


「最愛の人が、腕の中で、その身を僕にゆだねてくれている! これ以上の幸せが他にあるか!? いや、無い!」

「し、静かにしろ! 目立つだろ!」


これ以上、私の醜態しゅうたいを世間にさらさないでくれ。

長い台詞せりふを言う気力が、エメリーには残っていない。

そんな気持ちの数パーセントが伝わったのか、ジェイスは真面目な面持ちで返事する。


「お言葉ですが、エメリー様の魅力は、常に衆目しゅうもくを集めております。少し声を潜めた程度で、隠しきれる美しさではありません。あぁ、本当に可愛い! まさに愛の化身!」

「も、もう何も言うな! お願いだから!」


エメリーの気持ちは、欠片かけらも伝わっていなかったようだ。彼女は絶望と羞恥しゅうちもだえる。

ジェイスの暴走は続く。


「エメリー様、少し太ももの肉付きが良くなりましたね。戦場で駆け回っていた頃の、全く無駄のない引き締まった身体も素敵でしたが、今も愛らしいですよ」

「ば、馬鹿!」


とうとう、エメリーが、ジェイスの腕を振り払って地面に降りた。

つまり、本気で降りようと思えば、いつでも降りられたのだ。

だが、ジェイスは立腹りっぷくしたエメリーに気を取られており、そのことに気付かない。

彼女は、頬を膨らませて言い捨てる。


「ふん! どうせ、私はデブだ!」

「そんな事ありません!」


ジェイスは真っ向から否定した。


「それに、エメリー様が、どんな容姿になろうと、私は愛し続けます」

「……口では何とでも言える。無根拠で無責任な戯言ざれごとだ」

その呟きには、彼女の実感が乗っている。



エメリーは、戦闘力だけが、自分の有する唯一の価値だと信じている。

そんな彼女が怪我をして、前線で闘う能力を失った時。

軍の上層部は、即座にエメリーを戦線から離脱させ、軍からも半強制的に切り離した。

理由は、エメリーが役に立たなくなったから――ではない。

エメリーを、守りたかったのだ。

幼子の頃より、志願兵として戦場に立ち、闘い続けてきたエメリー。

当時、彼女と共に戦場に立ち、現場で指揮を執っていた上官らが昇進し、今や国軍の中枢を担っている。

つまり、上層部にとって、エメリーは娘も同然なのだ。

だからこそ、彼女を見殺しには出来なかった。

勿論、軍隊の指揮に私情を差し挟むなど言語道断。

そんなこと、彼らは百も承知だ。

それでも、彼らはエメリーを守った。

しかし、エメリーはそれを知らない。

ゆえに、自分は切られたと思い込んでいるのだ。



明るく振舞っているが、エメリーは、いつも無力感に苛まれている。

闘えない自分に価値は無いと、本気で思っている。

そんな彼女の支えになりたい。ジェイスは心の底から願った。

だが、言葉にしたとて、エメリーは信じないだろう。

だから、彼はエメリーを優しく抱きしめた。


「へぁっ!?」


往来での熱烈な抱擁ほうように、再び頬を赤らめるエメリー。

ジェイスは優しくささやく。


「私には、こうやって、無責任に愛を伝えることしか出来ません。言葉は無力ですからね」

「うぅ……」


潤んだ瞳で、エメリーはジェイスをにらむ。


「エメリー様、好きです。本当に、大好きです。愛してます。ずっと一緒にいたいです」

「こ、言葉は無力じゃなかったのか!?」

「はい。この言葉には、何の意味もありません。ただ僕が、言いたいから言っているのです」


そう返されては、反論できない。エメリーは赤い顔を伏せた。

その隙を突いて、ジェイスがまた、彼女を抱え上げる。


「さて、帰りましょう」

「も、もういいって! 下ろせ!」


いつでも降りられるのに、またそんな台詞をエメリーは叫んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る