第2話 女騎士(巨乳)は惚気つつ相談する


「――ということがあったんだ! ひどいだろう!? きっと、ジェイスは私のことを、抱き枕だと思っているのだ!」



エメリーの叫びを聞いて、対面の女性は上品な笑みを浮かべた。

年齢は、エメリーの二・三歳下。

エメリーの年齢が不確か、ということもあり、二人の間に上下関係はない。

背丈せたけはエメリーより少し低い程度。

スリーサイズを測れば、ウエスト以外、エメリーより二回りほど低い数字が出るだろう。

絹のような白髪を、肩の辺りで切り揃えている。

アメジスト色の瞳が、窓からの日差しを反射し、湖面のように輝いた。

修道服めいた黒衣を身にまとっているが、特定の宗教を信仰している訳ではない。

ルル・ローレンツ。エメリーの旧友である。

二人は、エメリーの自宅からほど近い場所にあるカフェで、昼食をりつつ、雑談に興じている最中さいちゅうだ。

ルルが苦笑交じりに言う。


「今日も今日とて、惚気のろけが止まらないわね」

「の、惚気のろけじゃない! 私は本気で困っているんだ!」

「困っている人の顔じゃないわよ」

「むぅ……」


頬を膨らませるエメリー。

彼女は、本気で相談をしているつもりだ。

ジェイスは、暇さえあればエメリーに対して「好きだ可愛い愛している」と繰り返す。

そのたびにエメリーは、ドキドキしてしまって、何も手に付かなくなってしまう。

要するに、エメリーの発言は、相談であり惚気でもあるのだ。

そのことに、本人は全く気付いていない。

ルルが手元の茶を飲み干し、立ち上がる。


「そろそろ出ましょうか」

「も、もう行くのか?」


寂しそうに首を傾けるエメリー。ルルはクスリと笑う。


「ごめんね。この後、会議なの」

「じゃあ、仕方ないな……」


納得したフリをするエメリー。しかし、ルルには本心が筒抜けだ。


「ふふっ、相変わらず、寂しがり屋ね」


微笑んだルルが、エメリーの頭を、わしわしと撫で回した。


「こ、子ども扱いするな」


口ではそう言うが、エメリーは抵抗しない。されるがまま。どことなく嬉しそうだ。

直後。そんな二人の間に、お邪魔虫が割って入った。


「エメリー様! ルル様!」


ジェイスの大声が、洒落しゃれた店内に響き渡る。

忠犬のごとく駆け寄ってきた彼を、エメリーは小声で注意した。


「ば、馬鹿! お店の中で騒ぐな!」

「す、すいません!」


小声で謝罪するジェイス。

二人のやり取りを見ながら、ルルはクスクスと笑った。


「ジェイスくん、こんにちは」


挨拶を受けたジェイスは、姿勢を正し、ルルに向かってうやうやしく頭を下げる。


「こんにちは。偶然お見かけしたので、ご挨拶させて頂きました」

「……大人しくしてたら、正統派イケメンなのにねぇ」

「ん? 今、何か仰られましたか?」

「独り言よ。気にしないで」


問いをかわしてルルが続ける。


「相変わらず、エメリーに夢中みたいね」

「勿論です! 一挙手一投足が、神の御業といっても過言ではありません!」

「か、過言だ!」


慌てて否定するエメリー。店内ゆえに声を抑えているからか、迫力に欠ける。

そのせいで、ルルの余計な一言を、止めることが出来なかった。


「あ」


良いことを思い付いたとばかりに、満面の笑みでルルは言う。


「この子、さっき『ちょっと足が痛い気がする』って言ってたの。ジェイス君、お姫

様抱っこで、家まで運んであげてくれない?」

「なるほど! 了解しました!」

「ま、待て! 私は了解していないぞ!」


狼狽うろたえるエメリーの死角へ、ジェイスは音もなく回り込んだ。

普段のエメリーであれば、ジェイスの接近に勘付くことも、接触を避けることも容易だったはず。

だが、彼女は冷静ではなかった。

ジェイスにお姫様抱っこされている様子を、想像してしまったのだ。


「――では、失礼します」

「ふぇっ!?」


彼女が気付いた時には、既にジェイスの腕の中だった。


「え、えぇ!? ちょ! 待って! ジェイス!」

「エメリー様、店内ではお静かに願います」

「う、うぅ……!」


羞恥しゅうちのあまり、両手で顔を隠すエメリー。耳が真っ赤に染まっている。

完全に無力化したエメリーを抱えたまま、ジェイスはポケットから数枚の硬貨を取り出した。


「これ、使ってください。お釣りは結構です」

「いいの? なんだか申し訳ないわね」

「代わりといっては何ですが、お時間がある時には、是非ぜひエメリー様のご自宅へ、遊びにいらしてください。エメリー様は、頻繁ひんぱんに『ルルに会いたいなぁ』とおっしゃられていますよ」

「よ、余計なこと言うな!」


 顔を隠したまま、エメリーが小さな悲鳴を上げる。


「……ほんと、余計なこと言わなければ、完璧なのに」

「今、何か仰いましたか?」

「独り言よ」


薄く笑ったルルが、テーブルの上の硬貨を手に取り、会計を済ませて店を出た。


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