第3話

日頃の寝不足が一気に解消したかと思える程、よく寝たと思って目が覚めた。

が、寝返りを打とうと、顔がシーツに触れた途端、激痛が走った。

「ったー」

その瞬間、記憶が蘇り勢いよく起き上がったが、今度は体中に激痛が走り、再びベッドにうずくまる様にして横になった。

拘束されている訳でもなく、治療も施されていることから、警戒を解いてゴロンと仰向けになった。

薄暗い空間に目が慣れ、自身が広いベッドに横たわっているのが分かった。

『ここはどこだろう』

周りを見回す。

窓には厚いカーテンがしかれ、外からの光は遮断されているが、隙間から漏れる光から今は日中だろうと思われた。

ベッドから下り、カーテンを開けようと足を地に付けた瞬間、左足に激痛が走り、そのまま前のめりに倒れてしまった。

「イッタタ・・・」

ノックの音と共にメイドと執事らしき男女が入ってきた。

「大丈夫ですか?ノルデンフェルト様。私の肩におつかまり下さい」

「あ、あぁ」

助け起こされ、男性の肩につかまりながらベッドに移動し、再び横になった。

「よかったです。なかなか、お目覚めにならないので、心配しておりました」

深く吐息を吐き、話す様子は本当に心配したという様相で、隣に立つメイドも同じように安堵の笑みを浮かべていた。

「助かった、礼を言う。ところで」

と言いかけた時、彼らの後ろに男性が現れた。 

緩く後ろに束ねた鮮やかな青い髪、淡い青の瞳、だが、その目の下にはうっすらとクマの出来ている痩せぎすな男性。もっと健康的であれば、美丈夫だろうにと思うのだが、正直、胡散臭そうな男に見えた。

執事らしき男性がスッと後ろに下がり、頭を垂れた。

「気分はどうですか?ノルデンフェルト侯爵殿」

にこにこと笑う顔が、胡散臭さを倍増させる。

「はい、万全とは言い難いですが、何とか」

「確かに。かなり手酷く殴られましたね、娟麗な顔が台無しだ」

「・・・・何故、私をノルデンフェルトであると?」

男は、少し驚いたように目を見開き、すぐに納得したように頷いた。

「“成りすましの術”を使うノルデンフェルト家の方々の真の顔を知る者は少ないですが、世間では、端正な顔立ちに漆黒の髪と紫水晶のような鮮やかな紫の瞳をしておられ、見る者を魅了してやまない佳容をしていると、そのように噂されておりますね。今の貴方は、まさにその噂通りの容姿です。でも、今は、随分と、残念な容姿となっておりますが・・・」

ベッドの上で起き上がり、はぁーっと大きく息を吐き出した。

そうしないと、今の衝撃を隠すことも忘れて驚愕してしまいそうだった。

ノルデンフェルトの者は“成りすましの術”を使うが、それは血故の能力だ。

能力を発揮する為に術をかけるが、それは発動させる時だけであって、根本的に他の術とは違うのだ。

だから、一度誰かに成りすましてしまうと、たとえその姿のまま死んだとしても、その姿が解ける事はない。

『だが、今は何故?』

大きな疑問だけれど、ここでそれを口にすることは憚られた。

それに、疑問はそれだけではない。

何故、自分がここにいるのかという事が一番の謎だ。

「そう、ですか。危ういところを助けて頂き、本当に助かりました。深く感謝いたします」

「いえ、お助けできて本当によかったです。申し遅れましたが、私はイルマン・レンバートといいます」

胸に手を当て、上級階級者に対する挨拶をする。

「レンバートといえば隣国との国境の地、あなたがレンバート辺境伯殿という事でしょうか」

「はい。ですが、まだまだ若輩者。至らぬことばかりですが、どうぞお見知りおき下さい」

今度は深々と頭を下げた。だが、何故か肩が震えている?

「・・・レンバート辺境伯殿?」

「クククッ」

と声が漏れたと思ったら、急に笑い出した。突然な出来事に唖然となる。

「も、申し訳、ご、ございま、せん」

と、つっかえながらも、まだ笑っている。

「なんなんだ、いったい」

「いやいや、本当に申し訳ございません。ただ、あまりにも、貴方の顔が、凄すぎて」

「えっ」

スッと執事が手鏡を差し出してきた。

見ると、顔中痣だらけで頬は腫れ上がっていた。それまで、あまり感じていなかったのに、意識すると急に痛さが込み上げてきた。

「痛っ」

「あぁ、無理をしないで下さい。今、治癒致しますので」

イルマンが手招きすると、メイドが近寄ってきて目の前で頭を下げた。

「私の妹、アイナです」

「えっ」

イルマンの言葉に、驚きの声が衝いて出てしまった。

身なりからメイドだと思っていたからだ。

「これは失礼しましたノルデンフェルト殿。アイナには、治療が終わり次第すぐに召し換えさせますので、今はこのままでご容赦ください」

儀礼的に頭を下げるイルマンに、バツの悪さを感じ、こちらも頭を下げ、アイナに挨拶を返した。

「いや、こちらこそ申し訳ない。勝手に思い込んでいた。初めまして、アイナ嬢。私はカール・ノルデンフェルト。不快な思いをさせて申し訳なかった」

イルマンと同じ鮮やかな青い髪と淡く青い大きな瞳を軽く伏せ、スカートをつまんで優美に会釈した。が、彼女からの返答はなく、彼女はただ、微笑んでいるだけだった。

「ノルデンフェルト殿、アイナは声を出すことが出来ないのです。幼少の頃の高熱が原因で」

「あぁ、渇き熱」

「そうです」

「王都でも流行っていたからな」

幼い子供にかかる流行病だった。高熱が出て、やたらと喉が渇く。けれど、水を飲んでも飲んでも渇きが癒えないので、渇き熱と言われるようになった。

幼い子供や高齢者は体力がないので、亡くなる者が多かった。

「それよりも、その顔の治療をしましょう。流石にそのままでは、ちょっと」

俺の顔を見て、イルマンが含み笑いをした。

「そうだな」

「横になって下さい」

そう言われ、ベッドに横たわると、アイナが両手を顔にかざしてきた。

暖かな温もりを感じて、しばらくすると痛みが引いてきた。

「あぁ、よかった。随分と良くなりましたよ」

「すまない。ありがとう」

にこにこと頷くイルマンと、目の前のアイナに礼を言うと彼女は小さく笑った。

「治癒魔法とは、希少な力を申し訳ない」

「えっ、あぁ、大丈夫ですよ。それよりも、治癒魔法は受けた方の体力も消費してしまう。ノルデンフェルト殿は、どうですか?」

「大丈夫だ。問題ない」

「ふむ。では、アイナ、足の治療も少しばかり」

アイナは頷くと、先程の同じように両手を足にかざした。

治癒魔法を使える者は少ない。

何故、使える者が少ないのか、それは、治療する為には多くの魔力量を必要とするからだ。

治療といっても受ける側の治癒力を必要以上に高める魔法だから、その者の魔力にも影響してくる。

だから、あまりに弱っている者や疲弊している者に使うと、逆に負担となり、悪くすれば死に至ってしまうので注意が必要だ。

俺自身、治癒魔法は見たことがあるが、己自身に使われるのは初めてだ。

『どんな感じなのかと思っていたけれど、暖かくて心地いいものなんだな。すごく、眠くなってきた』

自然と瞼が落ちてくる。

「あぁっ、アイナ。やり過ぎ、やり過ぎ」

焦ったイルマンの声を遠くで聞きながら、眠りに落ちていった。

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