第2話
「あいつに近づくな。色々と探られるかもしれないぞ」
「いや、そもそも、あの姿が本物かどうか」
「本当は、とんでもない不細工な顔をしているのかも」
「ハハッ、それとも、デブかもな」
誰がお前らのつまらない内情など知りたいものか。そんなに俺を疎ましく思うなら、俺に近づかなければいい。どいつもこいつも、毎日毎日、グダグダとうるさい奴らだ。
この能力は、俺のせいか、違うだろう。この呪われたノルデンフェルト家の血のせいだ。
ノルデンフェルト侯爵家、それは、血族の者なら誰もが受け継いでいる能力、“成りすましの術”によって、代々、王家に仕え、専ら汚れ仕事を専門とする一族として名を馳せた家だ。
けれど、それも一昔前の事。今は、他の能力者と同様に国事の為に従事している。
表向きはそうなのだが、家名を聞けば誰もが知っている、その事実。それによって、俺は、どこへ行っても、誰と会っても、気持ち悪がられ、疎ましがられ、嫌われてきた。
特に、“相手の心を読む術”は能力を持つ者と持たない者がおり、その能力の特殊性から、持つ者の名は極秘とされ、ノルデンフェルト家の当主以外の者、血族同士であっても、知らされていない。
この2つの能力を持って生まれた時点で、俺の人生の行く末は、全て、決まっていた。
幼い頃から俺は、祖父によって決められた日々を送っていた。
ノルデンフェルト家の事実上の長であり、俺同様、2つの能力を合わせ持つ祖父は、俺を後継者とするべく教育を施し、どんな時も側に置き、色々な事を学ばせた。
物心つく頃には、すでにそんな毎日だったから、俺は、特に疑問に思う事もなく過ごしていた。
見た目は子供、だが大人のように振る舞う、子供らしからぬ俺と、そんな俺を異常なまでに可愛がり、俺に関する事に寛大すぎる祖父に、父は危機感を抱いていたようだった。
父は“相手の心を読む術”の能力を持っていなかった。だから、俺が能力を持って生まれてきた事に劣等感を抱きつつも、祖父が俺にかける大きすぎる期待に罪悪感をも持っていたようだった。
望んだ物は全て手に入り、望んだ事柄は全て希望通りに進んでいく。その頃の俺は、それが当たり前の事だと思っていた。
ある時、父は俺に寄宿学校へ行くように勧めてきた。もちろん、祖父は大反対だったが、俺は、当たり前の事に慣れすぎていて、日々、退屈していた。
それに、同じ年頃の友達といえる存在が周りにいなかった。
だから、父の提案にのり、すぐに寄宿学校へ行く事に決めた。でも、何故、俺の周りに友達がいないのか、という疑問を考えもしなかった俺は、この後、嫌と言うほど実感する事となった。
「忌まわしきノルデンフェルトがいるぞ」
「あぁ、地を這うネズミだな。歩くなら隅を歩け」
あぁ、まただ。毎日、飽きもせず、よくそんなに口汚く罵れるものだ。
ここに来てから毎日、当てこすりや陰口を聞かされているから、逆に、他に気の利いた言葉はないのかと思えてくる。
あぁ、もう、本当にっ。
「この辺りのはずです」
ズンッと底冷えしそうな程、低くしわがれた声音が耳に響き、一瞬で覚醒した。
身動きする事なく目だけを動かし周りを見ると、自分の周りには、オフィキス国の兵士が幾人も横行していた。自分の置かれている状況に驚愕しつつも動悸を沈め、じっと様子を伺った。
「確かなのか」
「はい、王子」
声のする方へ目線を移すと、青黒いローブを着た魔導士とミスビス王子が立っていた。
雪が降り積もった白銀の世界に、雲の切れ間から降り注ぐ幾筋かの光が、王子の長い銀髪を輝かせ、さながら森の精霊のごとき美しさだった。
対照的に、その隣に立つ魔導士は青黒いローブを頭から被り、その顔を伺い見ることは出来なかったが、手に握られた杖から、かなりの上位魔導士のように思われた。
「相手は“成りすましの術”を使う。恐らく、ノルデンフェルト家の者だろう」
「ノルデンフェルト家、ですか」
「あぁ、面倒な術を持った家だ。その術のお陰で、我が国も度々煮え湯を飲まされてきたが、それも今日で終わる。殺すな、生け捕りにしろっ」
ミスビス王子から檄が飛ぶと、兵士達の動きが更に活発になった。
『まずいな・・・』
背中に冷たい汗が伝い落ちる。
『どうする・・・・』
自身にかけた術は、至極単純なものだ。単純がゆえに、いまだ見破られることがなかったようだが、術解されたら終わりだ。魔石を握りしめながら、脱出の機会を伺う。辺りは風もなく、ただ兵士達の踏み締める雪の音だけが響く。
魔導士が軽く杖を揺らすと魔法陣が雪の上に現れた。
魔導士を中心に広がった陣が青く光り、見る間に波紋のように大きくなって、辺り一帯を覆いつくすように広がった。周りに立ち並ぶ木々1本1本の根本に光の輪が出現し、ゆっくりと上へ、枝の先まで登っていく。
明らかに俺を探索しているのだと、わかった。
今、動いて地面に足をつけでもしたら一発で見つかってしまうだろう、かといって、このまま木の根に座っていても、同じことだ。
スッと立ち上がり、木の根の上をゆっくりと移動する。だが、雪が降り積もっているせいで、地表の具合が分からない。光の輪が、もうすぐ側まで迫って来た。魔石に魔力を注ぎ、術式語を唱えながら、自分の足に術をかけた。
『ええいっ!』
半ばヤケクソで走り出した。
「いたぞっ」
「逃がすな、追えっ」
案の定、すぐに見つかってしまった。
術にかかった足は、深い雪から顔を出している木の幹から幹へ、岩から岩へと飛び移り、まるでカモシカのような身軽さで飛ぶように走っていく。
『よし、このまま引き離して』
そう思った途端、地面から伸びてきた光の輪に左足を拘束され、強く引っ張られて雪の上に叩きつけられた。地表でなくて良かったと安堵するも、次の危機が目の前に迫ってきた。
「はっ、ネズミが」
剣を振り上げたミスビス王子が、飛び上がった勢いそのままに飛び降りてきたのだ。
足の自由が効かず、両腕に術をかけ横に転がり体勢を変えた。剣は、先程まで転がっていた雪の上に、ズブリと深く突き刺さった。
「フフフ、すばしっこいネズミは嫌いじゃない、だが」
2撃目の斬撃が振りかざされた。
その瞬間、王子の足を思いきり、蹴っ飛ばした。
左足は拘束されたままだったので、その場から動けない分、術にかかった右足の勢いは、そのまま相手の左足への衝撃となった。
思いきり足を払われた状態となり、王子はバランスを崩し、剣の重さも作用して、俺の真横に倒れこんだ。王子の手から剣をもぎ取り、術のかかった手で遠くへ投げる。
「くそっ、よくも」
雪の上で、もみ合いとなった。
遠くから王子を追って兵士達が駆けてくる音が近づいてきた。グズグズしていられない。投げ飛ばしてやろうと王子の胸ぐらを掴んだが、その手を逆に掴まれ、馬乗りになられてしまった。
「その顔は本物か?本当のおまえの顔を見せてみろっ」
馬乗りとなった体勢で、何度も顔を殴ってきた。
自身に術をかけているのに、王子たるミスビスが持つ魔力の強さは強大で、対抗することができない。
何度も殴られて意識が朦朧としてきた。
だんだんと、抗う力も尽きてきた。
柔和で気さくと言われた第3王子の顔はそこにはなく、目を見開き、アルカイックな悍ましい笑みを浮かべて拳をふるう姿は、悪鬼のように見えた。
「王子、ミスビス王子」
兵達が集まってきた。
『もう、ダメか・・・』
途切れそうな意識の中でゴーッっという、地鳴りが聞こえてきた。
「な、雪崩だっ」
兵達の悲壮な叫び声と共に、バキバキと木々がなぎ倒される音が不気味に響いてきた。
「逃げろっ」
「王子、早くっ」
逃げ惑う人々の喧騒の中、それを見上げるしか出来ない俺の手を、誰かが力強く握った気がした。
だが、俺の意識は、そこで途切れた。
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