カールの苦悩な日々

青空 吹

第1話

「おい、いたか」

「いや、港へは来ていないみたいだ」

「そうか、まだこの辺りに隠れているのかもしれない」

「ですが、相手は“成りすましの術”を使うと聞きましたが」

「あぁ、そのようだ。やはり魔石の使用許可を・・・」


 ホテルボーイの姿を借り、兵士の脇を通り抜ける。

話は最後まで聞くことは出来なかったが、やはり俺の能力はバレてしまっているようだ。おまけに、魔石の使用とは、これは早くここから逃げないとヤバイことになる。

 だが、港は兵士がいっぱいだった。もし、船に乗り込んでも、魔石で術解されたら終わりだ。

『どうするか・・』

 行き交う人々の中に、明らかに兵士の姿が多くなってきた。 身動きがとれなくなる前に、何とかしなければ。

外套のフードが、強い北風に煽られ、顔を上げると、遠くにルビナスの雪山が見えた。

『もう、他に道はない』

 再び、フードを深く被り、そのまま、山に向かって歩き出した。


 ルビナス山脈、大小七つの山々からなる霊峰だ。中央の一番高い山がルビナス山、人々の訪れを拒むかのごとく、年中、雪と氷に覆われていて、古来より神の住む山として崇められている。

 そして、そこは、我がアシニクス国と、隣国であるオフィキス国との国境でもある。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 初めは土道だったが、標高が高くなってくると、だんだんと雪が増えてきた。吐く息も白くなり、吐いた息はすぐに冷たい空気に消されていく。

 本来なら雪山に入る為に、充分な時間をもって計画をたて、準備をしなければいけないところなのだが、今の状況では、あり合わせな準備しか出来なかった。

 本来の計画通りなら、今頃、海上の船内で上手い酒でも飲んで帰路についているはずが、思わぬ事態に、こんな心許ない雪山登山となってしまった。

 来た道を振り向くと、遠くに松明を持ったいくつもの人影が見えた。

「クソッ」

 かじかむ手足を懸命に動かし、山の奥へ奥へと突き進む。

今朝、第三王子のミスビスに成りすまし、熱いコーヒーを飲んだのを最後に、何も口にしていない。

 生唾を飲み込むと、ゴクッと喉が鳴った。

どうせなら、自分の力が“成りすましの術”ではなく、ロビンのような“炎を操る術”とか、ヒューゴのような“風を操る術”のだったら良かったのに、と考える。

そうすれば、冷たい雪もすぐに溶かせるし、冷たい風にあおられずに進んでいけるのに。

それよりも、成りすましがバレタ時点で、炎や風の攻撃魔法でその場を上手く凌げたかもしれない。

「はぁー」

 そんな事をいくら考えたところで、現実が変わることなどありはしない。どうも、思考が逃避へと傾きつつあるようだ。

「もともと、俺は裏方なんだ。騎士団の奴らのように、華々しく活躍するタイプじゃないっ」

 苦し紛れに吐き出した言葉も、風の唸りにかき消された。

この状況を回避する良い案も浮かばず、日は傾き、薄暗くなった雪に覆われた道を足でかき分けながら進むしかない。

 新雪を掴み、口に含む。腹の足しにもならないが、何も口にしないよりはマシだろう。

「ハハ、霊峰は人の進入を拒む、か・・・神がいるなら、逆に助けてくれっつうんだよ」

 追われる危険、凍死の危険、止まったらそこで終わりだ。


 4日前、オフィキス国へ海路でやってきた。

俺は、アシニクス国、情報部所属の、カール・ノルデンフェルト。

自身の能力故に、情報収集の任についている。

 今回は、隣国の王宮内で起こっている派閥争いについて、自身の持つ2つの能力、“成りすましの術”と“相手の心を読む術”を駆使して、調べる為にやってきた。

 “成りすましの術”は、一度触れた体格の似かよった男女、どちらでも完全に模写する事が出来る。

だが、子供や赤子、ネコやイヌなどの、体格があまりに違う者にはなれない。

 “相手の心を読む術”は、言葉そのままだ。触れた相手の考えている事、記憶にあるものを読みとる事が出来る。だが、記憶の中を読むとなると、少々時間がかかってしまうが。

 とまぁ、若干の難点はあるものの、この2つを駆使して、王宮内へ潜り込み、内部情報を手に入れる、はずだった、いつものように。


 初めは、飲み屋で、身なりのいい者と知り合いになり、挨拶の握手の際に相手を模写しつつ、心を読んで、その者を知り、情報を得た。そうして、その者になりすまし、次のターゲットへと移る。

同じように繰り返して、徐々に王宮内へと潜入していった。

 今回の任は、派閥争いの内情。その相対している者が、第一王子である、アルベルト王子側のエンバイア公爵と、第2王子である、ジラルド王子側のセッテンヴィスト公爵だ。

どちらの公爵家も歴史が古く、名門中の名門だから、公に己の本心など、口にする者は誰もいない。

だから、情報収集する側としても、なかなか核心を得る情報を手に出来ないでいた。

心を読みたくても、簡単に相手に触れる事が難しい。これが男女間なら、すんなりいくことも、男子間では、いかがわしく思われてしまうからだ。

そこで思いついたのが、第三王子のミスビスに成りすます事だった。

かなり危険ではあったが、その分、核心に至るのも早いだろうと思い、実行する事にした。

 ミスビスのなりすましは、以前、自国で開かれたパーティーに来賓として参加していた時に、今後、役立つ事もあるかと思い模写していたのが、思わぬところで役にたった。

けれど、彼の性格までは情報不足で、前もって、もっと調べておくべきだった。

 彼は王族であるけれど、とても気さくな人柄で、誰にでも気軽に声をかけ、話す性格だった。

その為、皆にとても慕われていた。

そのお陰もあり、彼に成りすました後は、色々な情報を集める事が出来た。

だが、今、思えば、ほどほどで止めておけば良かったのに、欲がでてしまった。

 人の多い場所に出るのはかなりの危険を伴う。

サロンは多くの人が集まる場所だが、情報も集まる場所でもある。

そこにいるだけで、色々な話を耳にする事が出来、しかも、ミスビス王子でいる事で、自身が動かずとも、相手の方から色々な情報がやってくる。

朝の早い時間だった事もあり、大丈夫だろうと片隅でコーヒーを飲んでいたら、本物が登場した。

 一瞬、広いサロンがシンッと静まり返り、誰もが、俺と本物を交互に見た。

俺は脱兎のごとく逃げ出したが、サロンには、官位のある者だけでなく、騎士クラスの者もいたので、危うく切られるところを、何とかかいくぐり逃げた。

 今、思い出しても、本当に肝が冷える。

こんな情報収集という任務についているが、俺は昔から、剣術がからきしダメだ。

血を見るのもダメなんだ。

だから、常に堅実に仕事をしている。

決して、出しゃばらず、人に紛れ、周りに気づかれないように。

そのはずだったのに、変な欲を出して、失敗した。大失敗だ。


 振り返ると、雪がちらつく闇の中に、いくつかの松明の明かりが小さく見えた。

オフィキス国は信仰のあつい国で知られている。

ここは彼らの信仰の対象である霊峰だ、むやみに踏み入れる事を嫌うのだろう。

 追っ手を振りきったとは言い難いが、緊急事態は免れたというところか。

「はぁーっ」

大きく息を吐いた。

 ずっと首を真綿で絞められているような気分だったが、少しだけ普通に息が出来るようになった。

それにしても、忍耐のない俺が、よくここまで歩けたな、と感心するくらい歩いた。

人間、追いつめられると、自分でもビックリするような力が出るものだ。

 さて、これからどうするべきか。考えながらも、足の動きは止めない。

逆に止めたら、動けなくなってしまいそうだ。

歩みは遅くても、少しでも前に進んでいると思えば、気も楽だ。

とにかく、行けるところまで歩き続けようと決めた。


 寒さから身を守るように、外套を深く被り、体を抱きしめるようにして、懸命に歩いていたが、いつの間にか、雪もやみ、シンと静まり返った闇が自身を包んでいた。

どこまで来たのかと思い顔を上げると、木立の間から見える雲の合間に、満点の星空が見えた。

これならば行く方向を誤る事なく、進んで行けるだろうと、愁眉を開く思いで美しい星空を仰ぎ見た。

と、ハッとして腰を屈め身構え、周りを見渡した。

何か空気の揺らぎのような、分からないが何かを感じた。

 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ

 こんなにも自分は気弱な男だったのかと苦笑したくなるくらいに、心臓の音がやけに大きく聞こえた。

極度の緊張状態から気分が高ぶり感覚が過敏に反応したのか、それとも、ただの錯覚だったのか。

薄暗い山中には風もなく、シンッと静まり返っている。

雲の間から零れる淡い月の光が白い雪を照らし、自身を清閑な暗闇の中に浮かび上がらせた。

研ぎ澄まされた感覚に、少しでも動くものがあれば、瞬時に分かるであろうと思われた。

だが、何事か起こる気配もなく、静かに時間だけが過ぎてく。

 ハッと小さく息を吐き、周りを見渡しながら緊張を解いて立ち上がった。

いったい何だったのか、分からないが、いつまでも立ち止まっている訳もいかず、再び歩き出そうと足を動かしてみた。

が、足が冷えて感覚が鈍り、上手く動かすことが出来なくなっていた。急に足が重く感じられ、自分がかなり疲弊していることに気が付いた。

『思えば、ここまで休みなく歩き続けて来たんだ、当たり前か・・・』

出来ればもっと進みたかったが、仕方なく、木立の中へ分け入り、大きな木の根下に腰掛けた。

 星空を見上げ、アシニクス国の方向へと目をやりながら、懐から、こぶし大の魔石を取り出し、自身の魔力を注いだ。すると、魔石は白く発光し、熱を放出し始めた。

そこに雪をかぶせ、両手で持っていると、雪が溶け、水となり、徐々に熱を持ち始め、人肌に暖かくなったところで、飲み干した。

 ぬるい白湯だが、暖かいだけで、ホッとする。

この魔石は、お守りのように、いつも持ち歩いている。

魔石といえば、加工され、生活の中で様々な用途に使われているが、俺の持つこの魔石は原石のままだ。

特に意味はないけれど、しいて言えば、もったいないからだ。

 初めて、この魔石を手にした時、手に伝わる魔力の強さや、あふれ出る程の魔力量に驚いて、震えが止まらなかったものだ。

でも、パッと見は、どこにでもある普通の石ようだ。

 ほんの小さな欠片であっても、かなりの魔力量を蓄積している魔石は、強く発光する、熱を放出させるという特性をいかし、小さく加工され、ランプや照明などの明かり、もしくは、湯を沸かしたり、行火など、物を暖める用途に使われている。

でも、それは一般的なところであって、魔術を使う者にとっては、己の魔力を増幅出来る魔石は、いざ、という時に、とても役にたってくれる代物だ。だが、逆に減衰する術解という使い方もあるのが難点だけれど。

『いざって、そんな時はナイ方がいいんだけど・・・』

 自分の置かれている状況、マジでヤバイとは思う。けれど、どこか人ごとのような気がして、もっと危機感があってもいいのに、と自分で思う。

『きっと、俺は普通でないんだろう。もともと、普通とは縁遠い家柄だしな』

 手にした魔石に、再び魔力を注ぎ、術式語を唱え、己自身に術をかけた。

冷たい外気を遮断し、己を取り巻く空気だけに熱をもたせ、敵意ある者が近くに来たら、俺は木の一部にしか見えないようにした。

もし、術解されたら厄介だが、この魔石の中に凝縮された膨大な魔力量を思えば、瞬時に術解される事はないだろう。

 石を懐にしまい込み、体に伝わるその暖かさに小さな安息を感じ、小さく息を吐いた。

別に長く生きたいとも思わないが、惨めに死んでいくのもどうかと思う。

 そんな事を一人考えているうちに、ウトウトと眠りに落ちてしまった。

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