終-後 ダカール発、パリ経由、成田、着。
ーーーーーーーーーーー
「ユウコ…本当にココに来るの?…っ!ラムダ…ヴェシュルトの反応…!?オメガ…までですって!?」
リリエッタさんもフリードリヒさんも、すっごく反対してた。
だけどあたしは、多分…宗士が来るならココだって思ったから、ゴールまで、ダカールまで、連れて来てもらったんだ。
絶対に、来るから。
「…!あっ!宗士っ!!!」
遠くに、見えた砂埃。小さな砂埃が、前を走ってる。
追う様に、大きな砂埃が追い掛けてる。
あの時の、田んぼの中での時と、位置が逆だった。でも、一番真逆なのは。
「…(そうだよ宗士。そうやって…楽しくバイク…オートバイ乗っててよ)宗士ーーーーーーっ!!!!!」
段々、迫って来る。
顔が、良く見えて来る。
すっごく、笑ってた。
めっちゃ、ニコニコしてた。
それでそれは、隣のデッカい巨人にも、移っちゃってるみたいで。
「あとちょっとーーーーーーっ!!!!!」
迎える様に、大声で叫ぶ。
二人、本当に真っ直ぐに、コッチに向かって、全力で、走って来ただけだった。
良く聞き慣れたエンジンの音が、あたしの耳に、一番に届いたんだ。
※
「……お前…」
『まるで…分からんな。ヤツは何故…こんなに…いや…こんなモノ…だからか』
「…おう、そうだよ。パリダカっつーのはさ、人間の技術の粋集めても…地球の上走んのは、めちゃくちゃ難しいって教えてくれんだよ。だから…走る。オッサンは…そんな矛盾した不自由さが…好きになっちまったんだ」
『一度知れれば…もういい…な』
「観光地みたく言うんじゃねぇ…っ…」
巨人が、ミレオのおじさんみたいに、真っ白になって消えた。
見届けた宗士が、ゆっくり目を瞑って。
銃を沢山構えてたリリエッタさん達も、それをゆっくり下ろした。
後に残ってるのは、ボロボロのバイクと、ボロボロの…あたしの、大切な、大切な、無茶苦茶だけど、でもどんな時でも守ってくれる、幼馴染だったんだ。
ーーーーーーーーーーー
エピローグ
窓から外を見れば、地平線まで広がる水田。
轟々と聞こえる農耕機の音。田んぼはもう、殆ど田植えを終えて、均等に並んだ苗がそよ風と共に揺れている。
一週間の違い。だけどそれは大きな、深くて大きな、一週間の違いだった。
「ーーーここまでが先週話した所でしたね。では今日の授業では、この飛翔物MCによる他の影響について…成田君、答えてもらえますか?」
「………」
相も変わらずなタヌキオヤジの、現代社会担当のおっちゃんから指名を受ける。
ゆっくり立ち上がると、皆何でかコッチを見た。
見てきた何人かに目線を合わせると、勢いよく外す人も居れば、固唾を飲んで見守るつもりっぽい人も居て、何にせよ、晒されてる感が凄かった。
「…ちゃんと舗装されてる日本の道路マジ感謝…すね」
「…君のオートバイが走る道みたいに?」
「そっすね」
「でも、あっちの道自体は?」
おーおー、あからさま過ぎる誘導尋問だよ。
もう少し回りくどく聞いて来るかと思ったら、シンプルだなぁ。
コレもこの歳まで教師を長く続けるコツなんだかは知らんが、じゃあ俺も、シンプルに答えよう。
「めちゃくちゃ面白いっすね」
「…(だから、視線が強ぇって…)」
放課後になり、ゴールデンウィーク明けの今日からまた、オートバイ通学生活である。
コレもまた相変わらず、駐輪場の俺のマシンの近くにチャリンコは無く、チャリンコ通学の連中もまた、俺がエンジンを掛けると、その視線を外して、そそくさと帰って行った。
そんでもって。
「かーえろ」
「あんだよ…」
「あたしだけど?」
「メット、わざわざ教室持ってくなよ」
「だってあたしが買ったのだし〜」
なんて文句垂れながら、メタリックブルーの、あの炎と少し似た色のジェットヘルメットを被る黒ギャル。
ただ被ったは良いが、顎紐にまだまだ四苦八苦だった。
「あー…もう!宗士コレまだ良くわかんない!」
「だから一発留めのヤツにしろっつったろ…」
「ちょっと見てよ宗士〜」
はぁ、と溜息吐いてから、リング式の顎紐通してやる。まぁ、少しばかり複雑っちゃ複雑だから、今のうちだけ、やっときゃいいだろ。
「ほれ出来…!…んだよ」
「えへへ。ありがとっ。帰ろっ!」
顔が近ぇ。至近距離で笑うな、移るだろ。
「へいへい」
跨り、エンジンを掛ける。相変わらず良い音のする俺のマシンのV型三気筒エンジン。
何時もならそのまま一人で走り出すそれに、今日は後ろに、もう一人。
「よっ」
「っ…そんなにしがみ掴んで良い…」
「えーだってまだ怖くね?それにしっかり掴まってろって言うもんじゃないの?」
「それは昔のシートフィッティングの悪いオートバイの話で「まだ慣れないからこーさせて」…」
背中に、めちゃくちゃデカくて柔らかいモン二つ、押し付けられる。本当に爆乳黒ギャルは一挙手一投足が精神衛生上良くない。
が、それでも、運転する時だけは、俺がコイツの身を、預からねばならないのだ。
「行くぞ」
「うん!」
放課後の下校路に、一台のオートバイのエンジン音が流れてく。
入学して一ヶ月、俺達はその登下校を、タンデムする様になった。
※
「…あ、そうだ宗士」
「おん?」
して信号待ち、パシパシ叩かれる俺の肩。すると黒ギャルは後ろから、ある場所を差した。
「ほい」
オートバイ停めて寄ったあのあずまやで、弁当入れの手提げから、ほんのり醤油の香ばしい匂いがまだ残ってる焼きおにぎりを出すコイツ。
「ん…うまい……ってお前今日の昼メシどうしたんだよ?」
「は?誰のせいで質問攻めにあってゴハン食べらんなかったと思ってんのー!?」
「…」
さも自然に焼きおにぎりを美味しく食べながらもハッとしてツッコむが、その文句には…うむ…返す言葉も無い。
いや、俺も俺で休み時間中はずっと周りがソワソワしてた気配はあったが、とはいえ誰かから話しかけられはしなかった手前、一応普通?に過ごせばしたが…。
「ホントにさー…こんなニュースになるとか思わんかったし!」
「…見事にヴェシュルトとハゲ野郎だけ削除されてんな」
スマホ見ながらおにぎりモグモグすんなよ行儀悪いぞと思いながらも、俺もモグモグしながらその画面を覗き込む。
『謎の日本人高校生!大波乱のパリダカで三位表彰台を獲得!!!』
というデカデカと書かれたネットニュースの見出し。
写ってるマシンから降りた俺と、飛び込んで抱き着いてくる由布子の図。
形式上、最後まで執り行われた第七十回記念大会のパリダカは、大量のリタイアを出したにも関わらず、二組程先にゴールしていたレーサーが居た。
やはり歴戦のライダー、ドライバーはとんでもないなと思ったと同時に、まさかの三位入賞を果たしてしまった俺は、その異例尽くしのダカール・ラリーの目立ち様も相まって、世界的に注目され出してしまったのである。
とはいえ、ヴェシュルトとオメガ…銀巨人は、フランス及びその他諸々の情報操作の徹底的な駆使により、ウェブ上でもその痕跡が殆ど残っていないのだが。
「SNSの映像画像も悉く消されてんな」
「やっぱり…宇宙人が居るってバレちゃいけないのかな?」
「まぁ…まだ地球人類にははえーって事だろ」
「でも、ミレオのおじさんみたいな人なら…」
「それでも銀ハゲみたいのも居るし…それに俺だって学校じゃあんなんだしな」
同じ人間、日本人ですら、イメージ持たれたらそれは早々に払拭等出来ない。相容れないまま続く事もある。
それでも、外から、宇宙から来て、知ろうとしてくれた人も居る。だから。
「じゃあやっぱりあたし達だけでも、そうやって友達になれた人が居た事、覚えてなきゃね」
「…おう」
「そういえば、何で宗士、あの巨人が走り出すって、わかったん?」
「おぉ…コレな」
ライジャケの胸ポケットから取り出す、一つの爪の様な刺繍。
あの時コックピットの中で、ライダースーツの中から飛び出したそれを見て思った事が、その通りだった。
「コレって…モロッコで買ったお守りだっけ?」
「ああ。ファティマっつって、効果はな、良くない感情…嫉妬から守るんだと」
「嫉妬…か」
「多分あの銀ハゲ、オッサンにそんな想い、持ってたかもってな」
そうやって人間の感情に当て嵌める程陳腐な情動ではない。
なんて言って来そうだが、多分そうなんだろう。
あの、七年前の事故。アレは…多分、ミレオのオッサンがパリダカっていうモンを好きになっちまった事への、嫉妬…なんだろうから。
「そだね……てかさー、この写真上げられたのホントおこなんだけど!メイク全部涙で流れてんし!」
「そこかよ気にすんの…」
「それに、宗士との事聞かれる事増えた」
「っ…」
まぁ、この写真は、相当にガッチリ抱き締めてしまっている。
コイツもだが、俺もである。ハグ…通り越して、抱擁である。
関係性を疑われるのは、必然かもしれん。
「…ね、どういう関係って、答えればいい?」
「そりゃお前…幼馴じ…」
「…」
よもやこんな、帰り道。
特に情緒も無い、のんびりした川辺のあずまやで、焼きおにぎり食いながらそんな事聞かれるとは思わなんだ。
ただ、コイツの顔は、至って真剣そのもので。
ココではぐらかすと、またあの時みたいなチンピラが湧くのも、面倒だから…いや、違うな。
そろそろ、ちゃんと言おう。
「俺のかの…いや、つき…あ…いや…こい…び………………」
「周りが自動運転ばっかの中で、あえて自分で運転する人が優柔不断なの、良くないと思うんだよなー」
「……俺の……女だ」
いや、もう少し言い方あるだろ俺。
「…………」
「や、やっぱ今の取り消「あっはっはっはっは!!!!」オイ…」
「アハハハハハ!!!!…いやちょっとさ宗士俺の女とか!どんだけ言い方古いんだし!!今二千何年だと思ってんの!?」
「無しって「女って言い方しない方がいいよ?」だから…!」
人差し指当てられて、口を塞がれる。
指先まで日焼けしてるし、爪はしっかりデコったネイルだなぁなんて思いながら、その先、俺を見る由布子の顔が、黒ギャルの肌でも分かる位、赤くなってた。
「あたし以外には…ね?」
「由布子…」
指が、そっと離れる。
代わりに、ゆっくり目を瞑る。目の前の女。
そういえばあの時は、人工呼吸で、由布子からだったななんて、思い返してしまった。
なら…そろそろ、いい加減ちゃんと、俺から…か。
「…いいよ」
「…」
そっと肩を掴んで、顔を近付ける。
柔らかいそこへ、俺のも触れようとして、そしてーーー。
「へくちっ!」
『…へ?』
側から聞こえてきた、くしゃみの音。声の主は女。
それでいて、何処か聞き覚えのある女。
振り返れば、ついこの間まで見てた、アッシュグレイのボブカットに、赤いコートとチューブトップ来た、フランス人。
「あー…ゴメンなさいね。二人共…終わるまで待ってるつもりだったんだけど…やっぱり千葉プリフィケーションでもこの辺りは寒いわね…」
「り…リリエッタさん!?なんでぇ!?」
「いやタイミング最悪過ぎでしょ…」
「本当にそれは申し訳ない事をしたわ。ティーンエイジャーのプラトニックラヴは何よりも大切にしなければならない事なのに…ゴメンなさい」
やたらと平謝りするこの人。まぁそこまで申し訳なく思ってくれてるから、取り敢えず今の不躾ムーブは放免にするとして…ではなく!
「なんでいるんすか!?」
「オホン!良く聞いてくれたわねシュウジ。政府からのお達しで、アナタ達はやっぱり暫く観察対象になっちゃったから、隠れ蓑として私が二人の高校のELTとして赴任される事になったわ!という訳で暫くヨロシク!あと日本観光の案内もヨロシクね!」
「わーいやったー!リリエッタさん沢山遊びに行こー!」
「順応が早ぇ!」
ああ…長閑な我が米処は、もう暫く、世界の…ヨーロッパとアフリカの香りを漂わせる必要があるらしい。
空港の隣町だからうってつけ…な訳は、ねぇな。
「ちなみに今日はそれだけ伝えに来たわ。今からコッチの住まいで沢山やる事あるから、後はごゆっくりね〜」
「あっはーい!またねリリエッタさーん!」
「それだけのタイミングが最悪過ぎるだろ……」
だがもう悪びれもせず、スタスタとあずまやの階段を降りれば、待たせていたタクシーに乗り込み颯爽と去るリリエッタ・オベール。
あの感じ、宇宙人絡みの緊迫感とか一切関係なくああいう感じなんだな。おもしれ。
「…由布子」
「ん?」
「帰るか」
「ん!」
流石にもう、仕切り直しという空気ではないから、お互いメット被って、またオートバイに跨る。
エンジン掛ければやっぱり良いV型三気筒の排気音が響いて。
走り出せば、風との調和した心地よい音に変わって行く。
パリダカから、由布子を後ろに乗せて、あの、砂の城ーーーのある家まで。
漸く、オートバイで、送り帰す事が出来た。
《了》
完結です。ありがとうございました
パリダカ! 川崎そう @kawasaki0510
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます